元気の出る秘密の花園
地面に突っ伏したまま、ミルは激しく落ち込んでいた。
溢れ出る涙と鼻水を拭う気力もなく、ただただ横たわる。
彼女の男の矜持はズタボロだった。
それはもうトイレに流された便所紙のごとく、いい感じにふやけて散り散りだった。
ミルは、いや稔は、元の世界では目立たない陰キャである。
小中高と友達が居ないでは無いがそこまで多くも無く、成績は良くも悪くもなく、運動神経もそこそこ。
特技と言えば、ゴミを放り投げて正確にゴミ箱に入れる事と、飛んでいるハエにも高確率でハエ叩きスマッシュを叩きこめる程度の能力。地味にすごいがひたすら地味である。
だからこそ、達郎と違って目立たず穏便にこれまで生きて来た。
イケメンで目立つ達郎と一緒に居れば、それだけで目立ちそうなものだが、逆に達郎を目立たせなくさせるブラインドになるくらい目立たなかった。
背が低いというコンプレックスを拗らせて、高身長イケメンにメンチを切っても全く相手にされないほどである。視界に入っていなかったとは思いたくない。
でもだからこそ、陽キャでイケメンの癖に余り目立つのが好きではない達郎に重宝され、ずっと腐れ縁が続いている。勿論、お互い気が合うというのが最も大きな理由ではあるのだが。
穏便に目立たず生きて来た稔だからこそ、大男の大声に慌てふためき泣き出す失態を演じてしまったのだ。
ようは怒られ慣れていなかった。いや実際は怒られてすらいないので、単純に状況に委縮して怒られたような気がして落ち込んでいた。
そして怒られ慣れていない分、必要以上に落ち込んでいた。
そうそれこそ。
「穴があったら入りたい」
と口に出すくらいには。
むしろこのまま土と同化して消えてしまいたい。と思うほどであった。声には出さなかったが。
しばらくジメジメメソメソと女々しくいじけて地面に“の”の字を書いていたミルの上に、不意に影が落ちた。
「大丈夫?」
聞き覚えのある声に、突っ伏していた顔をあげると、スラリとしなやかで細い脚の奥に『秘密の花園』がありました。
「ブッ!」
思わず吹き出し、顔を再び地面に擦り付けるミル。
「えっちょっ! だ、大丈夫!?」
あわてて屈みこみ手を差し伸べるミリアだが、ミルはそれどころではなかった。
今の声はミリアさん!? え何でノーパンスタイルなの!? 昨日のお風呂は履いてたよね!? 落ち込む僕にサービスなの!? いや確かに穴に入りたいと思ったけど穴に入れたいと思っては無いというか、むしろお願いしますというかでも残念なことに入れるモノが無いというか、もぅなんなんこの状況神様! と大混乱でちょちょ切れていた涙も引っ込んだ。
差し出した手を取るでもなく、振り仰げばチラ見えするシークレットガーデンに思考をスパークさせて、もぞもぞと不気味に蠢く変態。
そんな残念極まりない少女に、ミリアはすわ打ち所が悪かったのかと大いに更に慌てた。
「どこか痛む!? 中級の治療薬あるからちょっと待って!」
テンパったミリアが普段では有りえないほど饒舌に言葉を発し、インベントリから中級の治療薬を取り出したところで、やっとミルの思考が戻って来た。
「い、いえ大丈夫です。痛くないです」
すんでの所でミリアが封を開ける前に間に合い、そう言うと体を起こすミル。
健全な男の子だったらむしろ起き上がれるせいで起き上がれなかっただろうが、起き上がれないからこそ起き上がれる体をほんの少し悲しく思い。哲学のような下品な思考に終止符を打った。
「本当に大丈夫? 痛くない?」
屈みこんで服に付いた汚れや葉っぱを払ってくれるミリアに面映ゆく思い、頬を赤くするミル。
元々両親共働きの一人っ子で鍵っ子だったため、可愛がられ慣れてもいないのだった。
ちなみに、いくらミルが紙装甲と言っても、転んだ程度で傷を負うような事は無い。VITが初期値でもレベル補正でその程度の硬さはあるのだ。【三重防御壁】を展開していれば汚れもつかなかっただろうが、今回は生憎と解除済みだった。
「本当に大丈夫です。ちょっと恥ずかしい事があって落ち込んでただけで……えっと、それでミリアさ―――」
「お姉ちゃん」
心配顔が一瞬で真顔に戻り、真っ直ぐミルの目を見つめながら言葉をかぶせるミリア。
ミルを心配している時とは打って変わって、普段通りの無表情で言葉を被せられそこそこ怖い。
「えっと、ミリアs―――」
「お姉ちゃん」
顔は無表情のままに、不退転の覚悟が雰囲気に滲みだし、被せる速度が音速を超え、母音の発音すら許さないミリアの気迫にミルは恐れおののく。
「ミ、ミリアお姉ちゃんはなぜここに?」
ギャグマンガのように、その場のノリが翌日にリセットされる。などということは無く、むしろ悪化した現状に戦々恐々とする。
凹んだメンタルにはミリアも自分を叱りに来たのではないかと被害妄想が膨らむが、勿論そんなことは無かった。
「ん、エルフだから」
言葉少なく答えになっていない答えに、頬に流れる一筋の汗。
母性本能によって脊髄反射で飛び出したミリアが言い訳など考えているはずもなく、かといって素直に待ち伏せして尾行して監視していましたなどとも言えず、なんとなく森=エルフでゴリ押しする事に決めた様だ。
「はぁ……何か依頼ですか?」
「違う、エルフだから」
「ええ? エルフだから……狩り、とか?」
「ん。エルフだから」
「はぁ。エルフだからですか」
会話のドッチボールが酷い。
一方的にボールをぶつけられたミルは理解を放棄した。
「そこでミルちゃんが泣いていたから飛んで来た」
「ぅぇ!?」
「来た」
「ぁぅ」
「おいで」
「ファッ!?」
「おいで」
「……ふぁぃ」
お前ら会話しろ。と突っ込める人間は残念ながらおらず、単語と感嘆詞だけで会話が進む。
取り合えずミルは、エルフだから森で狩りをしていたミリアが偶然泣いている自分を見つけ、慰めに来てくれたのだ。と解釈した。
ちなみに、ゲームでのエルフは狩猟民族だった。ファンタジーでありがちな森の精霊の眷属とか、肉類食べれません受け付けません、とかの設定は無く、進化の過程で枝分かれした人間亜種、つまり亜人だ。
森に特化した狩人として、DEXとAIGとINTの伸びが良く、優秀な狙撃手や斥候、精霊術師になれる種族であった。
ゆえにこそ、何かこう種族的なフラストレーションがバーストしてフォレストのアニマル共をジェノサイドしに来たときに偶然僕を見つけたんだね、きっとそうだねうん。と、ミリアに抱きしめられたミルは柔らかな谷間に顔を埋めながら考えた。現実逃避である。
「落ち着いた?」
「えっと、元気出ました」
「そう、よかった」
むしろ落ち着けませんでした。でも、男の矜持は凹んだまんまだけど下心は見事に元気出ました。ありがとうございますごちそうさまでした。というのがミルの偽らざる本音であった。人の心配につけ込む見事な下種である。
一方のミリア、泣いている妹分の美少女を思うさま抱っこアンドなでなで出来てご満悦の様子。
ここに下種男とシスコンエロフの謎のwin-win関係が成立した。
「じゃぁ私は行くね」
「はい。ありがとうございました」
ミルが落ち着いたのを確認し、安心したミリアが別れを告げるとミルは少し寂しそうにしながらも御礼を告げた。
そんなミルの様子をうれしく思いながら踵を返すミリアに、これだけは聞かなければ、とミルは決死の思いで声をかける。
「あの! 最後に一つだけ聞いていいですか?」
「ん?」
「……なんでパンツ履いてないんですか?」
「…………エルフだから!」
「ッ!! なるほど! 獲物いっぱい取れるといいですね!!」
顔を赤く染めて逃げ去るミリアを見送り、手を振るミル。
完全に先ほどまでの悲壮感は消え去り、「獲物?」と首をかしげるミリアを清清しいほどのいい笑顔で見送った。
ここに、ミルを元気付ける。というミリアの思いは見事に達成されたのである。
ただ一つ、ミルに『種族的な理由でエルフは狩りのときにパンツ履かない』という間違った知識が刷り込まれた事を除いて。




