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恐怖の先に在るモノ


 林の奥へ進むミルちゃんを追いかけ、私ことミリア=ハリウッドは木々の上を移動する。

 森と言うにはまばらな樹々だが、エルフの私には苦にならない。

 精霊を使役し、音を顰め、気配を消し、姿を隠し、ゆっくりと進むミルちゃんを悠々と追いかけた。


 私はエルフ。エルフは森の民。森はエルフのフィールドだ。


 まして私は精霊術士エレメンタリスト

 補助魔法と中距離魔法に長ける職業ジョブ

 精霊術士エレメンタリストは前衛職ほどではないが身体能力に優れ、精霊魔法には支援魔法や攻撃魔法に準ずるものもある。


 口さがない者には中途半端とか、器用貧乏とか言われることも多いのだが……そこは使い方次第だ。

 今だって、精霊魔法の【影潜み(シャドウラーク)】と【音籠り(ミュフレッド)】を併用し、ミルちゃんに気付かれることなく後を付けている。


 斥侯スカウトの【忍び足(スニーキング)】が一つで同じような効果なのは気にしてはいけない。多少手数が増えると言っても、盗賊シーフの二次職と同じようなことを、一次職の精霊術士エレメンタリストで出来るのだ、その辺を鑑みても精霊術士エレメンタリストの優位性が伺える。

 それに人間の斥侯スカウトでは、エルフの様に樹上行動ができなから私の勝ちだ。

 エルフの斥侯スカウトだったら? あいつら魔法使えないし、やっぱり私の勝ち。

 つまり、何が言いたいかというと、エルフでかつ精霊術士の私は森の中で最強であるという事だ。異論は認めない。


 しばらく林の奥へ入ったミルちゃんが、周囲を見渡し立ち止まった。


 だいぶ奥へ入ってきたが、この辺りで伐採をするのだろうか?

 ……伐採、か。


 エルフ的な感覚だと、どうしても好きになれない行為なのだが、人間が必要として木を切るのは理解できる。

 嫌悪感はぬぐい切れないが、これは本能的な物なのだろう。

 だが、かつて滅びに瀕したエルフをアリア様が根底から救ってくださり、エルフの生活を理解し尊重してくれたように、今ではエルフも人間が必要とする分の木の伐採は許容する者が殆どになった。


 まぁ感情的な事は置いておこう、今はミルちゃんだ。

 普通に木を倒すだけなら、もっと手前の伐採現場でいいはず。なので、見られてはまずいような何か特別なことをするのだろう。

 人の見られたら拙い事を盗み見るのは気が引けるが、これも諜報員の務め。グレア大司教に私情を挟むなと口を酸っぱく言われた事だし。心を鬼にしてミルちゃんの秘密をじっくりしっかり観察させてもらおう。


 もしそれが人に言えないような事で、ミルちゃんが悩んでいるようなら、このミリアお姉ちゃんが相談に乗ってあげるからね!


 表情を変えるのが苦手なので見た目は無表情のままだが、私は人の秘密を知る事に対する罪悪感と好奇心、そして僅かな高揚感でワクワクドキドキしながら興味津々ミルちゃんを見つめた。




 何かを呟いたミルちゃんが右手を掲げると、そこに白く輝く大剣が出現した。

 私の肌が粟立つ。


 その大剣は、荘厳そうごんにして豪然ごうぜん優美ゆうびにして強靭きょうじん精緻せいちにして鷹揚おうよう、相反する要素が渾然一体となった、真に神の手による一振りと疑うべくもない神剣だった。


 柄を合わせれば優に二メートルを超える霊験灼然れいけんいやちこなソレを、悠々と掲げたミルちゃんの雰囲気が、変わる。



―――ゾワッ!



「――ッ! ――ッハ!! ―――!!!」


 息が、出来ない。


 神剣の織り成す神々しい雰囲気を吹き飛ばす、あまりの濃密な殺意。

 離れた場所で、その片鱗に僅かに触れただけで、私の体は私の意思を離れ、生命を維持する事を放棄するように呼吸をしない。出来ない。

 悲鳴を上げる心。


――― コ コ カ ラ 逃 ゲ ロ !


 本能が全力で警報を鳴らしているのに、足は震えるばかりで一向に動こうとせず、体は氷の様に冷たいのに汗が滝のように流れ落ちる。

 小水が股を濡らすのにすら気付かずに、私は必死に幹にしがみついた。


 私はエルフ。エルフは森の民。森はエルフのフィールドだ。

 本来、森の中は私が最も安心できる場所で、樹々と共にあるほど心強いことは無い……はずなのに。


 ブルブルと、信頼できるはずの大樹が震える、私を振り落とすように。

 視界が揺らぐ、グラグラと。

 私を裏切るように、ガクガクと。


 あぁ違う。


 これは私の体が震えているのだ。

 私の視界が揺れているのだ。

 私の心が折れかけているのだ。


 地面を爆発させてミルちゃんが飛び上がった。

 ある程度離れているのに、それでも見失いそうになるほどの速度で、ミルちゃんが枝葉の中に消える。

 枝葉の隙間から微かに見え隠れする銀線。枝を切る音とは思えない、涼やかな鈴の音のような音が、あっという間が遠ざかっていく。


「――っ、ハッ はっ はぁはぁはぁ」


 それを確認し、やっと私の体は息を吹き返した。

 

 とんでもない。と私は未だに震える手を見て思う。

 先ほどまでの秘密を知ろうと思う好奇心や高揚感は、大霊峰の向こう側まで吹き飛んでしまった。

 相手は天人様ということは分かっていた。だがそれでも、見た目の可愛らしさに騙されていた。


 アレは明らかに、私達の常識の埒外にいる、存在だ。


 ……昨日の彼女の様子が脳裏に蘇る。

 喜怒哀楽を素直に表し、可愛らしくて守ってあげたくなる姿。

 あの姿に嘘があったとは思わない。あれも彼女の一面なのだろう。


 だが、それを差し引いても余りある危険。

 思い出すだけで心が折れそうになる殺気と狂気。常軌を逸した身体能力。神器としか思えぬ武具。

 もし彼女が敵に回った時、この世界に対抗できる存在がいるだろうか……いや居ない。居るはずがない。

 

 そう確信せざるを得ない光景だった。


 あのは、あの小さな体に、一体どれほどの狂気を孕んでいるのか。


 三度みたび、彼女が最初の場所に返ってくる。三度みたび強張る私の体。もうあと数分ここに留まれば、私の精神が持たないだろう。

 そんな私の様子を見透かすように、彼女は神剣の装備を解除した。

 同時に殺意も嘘のように消えうせ、やっと私の体も自由を取り戻す。


 そこに居るのはいつもと変わらないミルちゃん。

 だが、いつもと変わらないからこそ、恐ろしい。あの殺意を、暴力を、狂気を、その身の内に完全に隠していると知ってしまったから。


 彼女がそっと木に触れる。

 撫でるように優しく触られただけで、ぐらりと倒れる大樹。連鎖する破壊。さっきまで元気に立っていたのが嘘のように、枝葉を散らして倒れる樹々たち。

 茫然とその光景を見る事しかできない私には、連鎖する倒木の音が、世界の終わりが近づく足音に聞こえた。



■◇■◇■◇■



「お前さん、一体何をしやがった!?」


 大変見晴らしの良くなった目の前の惨状に、現場監督が鬼の形相で詰め寄って来た。

 肩を怒らせるむくつけき筋肉、髭、強面、怒声の四連コンボに、戦闘力で負けることは無いと分かっていてもビビるミル。

 自分の中では完璧な仕事をしてやったつもりだった分、彼が何を怒っているのか分からない。


 一応、現場監督の擁護をしておくと、動揺しながらも現場の責任者として、現状確認とこの圧倒的効率を叩き出すやり方を知りたかっただけで、別段彼は怒っているわけではない。が、いかんせん顔が怖かった。


 結果、後ずさり(ドン引き)して涙目になる美少女が一人。


「え、あの、ご、ごめんなさい! ……うぅぅ」


 コミュ障気味の陰キャが強面のおっさんに凄まれたらどうなるか?

 答え、半泣きで反射的に謝る。


「お、おおお!? い、いや、違う! 怒ってない、怒ってない」

「っ! えぐっ……ごめんなさい、ごめんなさい」


 先ほどまで輝くような笑顔だった美少女が、自分が声を荒げたせいで泣き出してしまったのだ。強面の自覚のある現場監督は自分の言動のせいだと思い、凄まじい罪悪感にさいなまれた。


 実際のところは、確かに最初こそビビッたのだが、この程度で泣いてしまった自分が情けなくて、泣いてしまった事に対して謝っていたのだったが、見た目は恫喝されて委縮した被害者にしか見えなかった。


「す、すまん。怒っているわけじゃないんだ、ただどうやってこれをやったのか聞きたかっただけでな」

「ぐすっ、すみません。これは違くて、えっと、……えぐっ、スパスパって切って、ずびっ、トンって押しました、ふえぇ」

「エグスパスパ? ズビトン?」


 なるほど分からん。と困惑を深める現場監督。

 感覚派のミルは説明が絶望的に下手だった。


「う、うまく言えなくて、ぐすっ、ごめ、ごめんなさい……ふえぇぇん」


 うまく言葉に出来ないことがもどかしく、余計に情けなくなってガチ泣きを始めるミル。

 元の世界のミルはこんな事で泣き出すなど勿論無いのだが、転移してからの精神年齢低下が酷い。完全に精神が外見に引っ張られている。


 そんなミルの前で、おろおろするしかない現場監督。

 犯罪者を見る目で上司を見る木こり達。背筋が寒くなるような底冷えする視線。


 まともに話せたとしても、ちゃんと説明できたかははなはだ怪しいが……一つ確実なことは、現状一番の被害者は間違いなく現場監督だという事だろう。


「ゴルァてめぇ等そんな目で俺を見るんじゃねぇ! ああクソ、どうすりゃいいんだよ!? 取りあえず嬢ちゃんはもう(けぇ)りな。後の回収は俺等でやっとくからよ!」

「ぐすん。い゛え(いえ)だいじょうびでふ(大丈夫です)さ゛いごまで(最後まで)や゛りまず(やります)

「いや何言ってるか分かんねぇよ」


 涙と鼻水でぐちょぐちょの顔で必死に言うミルだが、残念ながら意味不明だった。それが余計に哀れさを誘う。お互いに。


「依頼表に関しちゃ、これから本数カウントしてちゃんと査定してやるからよ。それが終わるまで待機小屋で休んでな。井戸もあるから顔洗って来いや。せっかくの可愛い顔が台無しじゃねぇか」

「う゛ぅぅ、ずみま゛ぜん」


 不器用ながら、何とかミルを慰めようと奮闘する現場監督。だが、傍から見れば美少女を慰み者にしようとする変質者にしか見えない。

 部下達の視線が更に険しくなった。中には殺気を伴う視線まである。


「てめぇ等その目いい加減にしろよクソが! ぶん殴られたくなかったらアホな事考えてないで今いる全員呼んできてカウントしとけ! カウント終わったら積み場に運搬だ! これ全部終わるまで今日は帰れねぇと思えよ!」


 自分の剣幕に慌てて仲間を呼びに行く部下たちを憎々しげに見送り、現場監督は未だにぐずるミルに向き直ると諭すように言う。


「カウントだけなら三十分もあれば終わるから、ちょっと待っていてくれよ」

「あぅ、でも゛……」

「頼むから俺の為にも大人しくしといてくれ、これ以上腹の立つ視線に晒されるのは耐えれん。

 それにお前さんはこの短時間で、普通の冒険者の数十倍の働きをしてくれた。俺達でも普通にこの範囲を伐採したら半月はかかる。その費用対効果は計り知れん。

 報酬は林業組合から出るから通常通りしか支払えないが、その分俺達からの気持ちだと思って、休んでいてくれねぇか」

「うぅぅぅ……分かり゛まじだ」


 ここでやっと、ミルは現場監督が本当にこちらを気遣ってくれて、かつ仕事っぷりも認めて貰えているということを理解し、何とか自分を納得させる。だが、やはり晒した醜態が恥ずかしすぎて、肩を落としてトボトボと待機小屋に向かうのだった。


「オイ嬢ちゃん、待機小屋はそっちじゃねぇ。あっちだ」

「あーうー。すみません……」


 最後までぐだぐだの自分に、心底ミルは落ち込んだ。



■◇■◇■◇■



 私の眼下で、この現場の責任者であろう男性が、大声を出しながら彼女に近づく。 

 先ほどの光景を見ていた私は、凄む彼が大樹のように切り刻まれて倒れる姿を幻視した。

 

 止めるべきだ。と理性では思うのだが、先ほど刻み付けられた恐怖心が邪魔をして行動に移せない。

 私の心配をよそに、大声で近づていく責任者の男性に対して……彼女は予想外に、涙目になって後退あとずさった。


 戸惑う責任者の男性、と私。

 責任者の男性は当然少女を泣かしてしまった事に、私は彼女がその程度で泣くような存在と思えない為に。


 私の脳裏に、先ほどよりもより鮮明に昨日の彼女の姿が蘇る。


 澄ましているようで、その実、喜怒哀楽が激しい子だった。

 表情を動かすことが苦手な私と違って、ころころと変わる表情がとても可愛らしかった。

 心細そうにあたりを見つめる目、体を洗われて赤くなる頬、異国の文化に戸惑う姿、服を買ってあげた時の嬉しそうな顔。


 あの少女の笑顔が見たいと思った。


 あの少女を守りたいと思った。


 私の見ている前で、彼女の瞳から涙が落ちる。

 可憐な顔を歪めて、ワンピースをキュっと握りしめて必死に涙をこらえようとしているのに、ポロポロととめどなく落ちる涙。


 ……あの男、なに私の可愛い妹分(ミルちゃん)を泣かせてるわけ?


 刻まれた恐怖心を殴り飛ばし、カッと頭に血が上る。ココロに溢れ出る保護欲と愛おしさ、それと反比例するように冷たく鋭くなった視線で、責任者を睨みつける。

 私は男性とミルちゃんの間に割って入る為に飛び出そうとする体を必死に留め、成り行きを見守った。


 ……分かっている。彼だって悪気があるわけではないのだ。

 漏れ聞こえてくる会話で、彼も戸惑っているのは理解できる。


 一歩、彼がミルちゃんに近づいた。

 彼我の距離は3メートル。

 現場の責任者なのだ。自分が担当している場所で何が起こったのか、知る権利も義務もある。


 また一歩、彼がミルちゃんに近づいた。

 彼我の距離は2.5メートル。

 頭を掻きながら、困ったように近づく責任者。背中越しなので表情は見えないが、困惑と戸惑いがうかがい知れる。


 また一歩、彼がミルちゃんに近づいた。距離は2メートル。

 彼の胸より低い身長の少女を宥める為か、中腰で近づく責任者。

 ……分かっている、慰めようとしているのだ、断じて襲い掛かろうとしているのではないのだ。


 また一歩、彼がミルちゃんに近づいた。距離1.5メートル。

 もっと泣き出すミルちゃん。にじり寄る中腰の男性。どう見ても変質者。


 ――― それ以上、私の可愛いミルちゃんに近づいたらぶっ飛ばす。


 短杖ショートワンドを握りしめた私の願いが通じたのか、責任者は部下たちにドヤしつけると作業に掛かり、ミルちゃんはぐずりながらも無事その場を離れた。


 ほっと息をつく。

 私の可愛いミルちゃんは取り合えず無事だった。

 

 まったくあんな可愛い子を泣かせるなんて、あの男はデリカシーが足りなすぎる。

 あの子は繊細なんだから、もっと優しく接してあげないと。


 殺意? 狂気? 危険? 終焉の足音?

 うん、気のせい。全力で気のせい。あれは一時の気の迷いだった。私の可愛いミルちゃんがそんな危ないわけない。


 泣きながらトボトボと歩くミルちゃんに、今すぐ駆け寄って後ろから抱きしめてあげたい衝動をぐっと堪え、私は大樹の陰に身を隠す。

 隠密を悟られるわけにはいかないのだ。あとお姉ちゃんとして、お漏らした恥ずかしい姿を晒すわけにはいかないのだ。姉の沽券にかかわる。


 あ、ミルちゃんがコケた。

 十秒ほど待ったが起き上がらない。

 しくしくと泣き声だけが微かに聞こえてくる。


 うん。よし、隠密やめ。今すぐ助け起こしてぎゅっとしよう。

 私は濡れたスパッツとショーツを脱ぎ捨てると、颯爽と枝から飛び降りる。今日は膝上のショートスカートで、股がスースーするけどまぁ何とかなるなるだろう。今はミルちゃんをぎゅっとする方が先決だ。


 スパッツとショーツ以外にも、仕事への義務感とか騎士団の誇りとか乙女の恥じらいとかも一緒に投げ捨てた気がするが、どうでもいい。


 だって、私の可愛い妹分(ミルちゃん)が泣いているのだから!!!







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[一言] チビった描写が消えてる…??
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