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頼れる壁役


 今日も私、アーシャは何時ものように冒険者ギルドで受付業務に勤しんでいます。

 今は毎朝の駆出し(Fランク)半人前達(Eランク)による依頼表争奪戦の時間が終わり、少し落ち着いた時間帯です。仕事中なので一息つく、というほどではないですが少し心の余裕ができ、油断した時に“ソレ”は現れました。


 カランカランと入り口のベルの鳴る音。冒険者の持ってきた依頼票に目を通しながら ちらりと入口に目を向けると。



 そこには天使様がいました。



 冒険者への対応中に、別の方向を向いて固まってしまうなど、目の前の冒険者に失礼な事この上ないですが、思わず凝視してしまった私に釣られ、目の前の冒険者もそちらを見て同じように固まったので、多分問題ないと思います。


 水面みなもに一石を投じたかの如く、喧噪に満ちていたギルドに波紋のように静寂が広がります。

 

 片時の静止。


 ギルド内に居た数十人の冒険者とギルド員が、物音一つ立てることなく入口のただ一人を凝視しました。


 彼女はドアノブに手を掛けたまま、その赤い瞳で悠然と周囲を見渡し。


――― パタン


 そのまま出て行ってしまいました。


 「あ……」


 その声は一体何人の人々から漏れたのでしょう。

 私も漏らした気がしますし、目の前の冒険者からの気もしますし、他の誰かかもしれません。

 ただ、その漏らした言葉の意味は、皆一緒だと思います。


 もっと見ていたかった、と。


 私はしばらく、夢を見ていたかのような心持ちでしたが、目の前の冒険者が振り向くに付け我を取り戻すと、慌てて営業スマイルを取り繕います。

 でも、必要無かったかもしれません。

 目の前の冒険者も幻でも見たかのように呆然としているのですから。


 「今の、見た?」

 「ええ、まぁ」


 まるで幽霊でも見たかのような物言いですが、気持ちは分からなくありません。


 何というか、現実感の無い瞬間でした。

 今のは本当に天使だったのでしょうか?

 あるいは妖精?

 とにかく人ならざるモノだったと思います。

 それ程に現実離れした、清らかさと美しさがありました。


 でもあれ、何か記憶に引っかかります。

 つい最近見た事ある顔だったような……?



――― カランカラン

――― ババッ



 再びのドアの開く音に、室内全員が入り口を見ます。

 きっとここにいる全ての人の思いは、ひとつになったと思います。

 即ち、もう一度見れるかもしれない、と。


 しかし、入ってきた人物に反応は割れました。

 八割の失望と、二割の歓喜に。

 ちなみに、割合はそのまま男女比で、私は歓喜の方です。


 そこに立っていたのは、昨日私が冒険者登録を受け付けた、クリスさんでした。

 昨日と変わらずイケメンです。

 地味な神官服すら輝かせる美貌に、ギルド内の女性が皆頬を染め、の人を見つめます。

 なぜか、数名男の冒険者も頬を染めていましたが、そんな世界知りたく無いので視界から追い出しました。

 私は何も見ていない。


 その時、失望に暮れる男性陣に、福音が煌きました。


 クリスさんの後ろからひょこりと先ほどの天使が顔を覗かせたのです。


 (うおおおォォォ!)


 常ならず静けさを保つギルド内に、声なき喚声が轟きます。

 いえ、轟いた気がしました。何故なら誰一人声を出さずに、食い入る様にその天使を見ていたのですから。

 でも、何かこう、雰囲気で轟きました。うおおお!って心の声が。


 その圧力を伴う視線に耐えかねたのか、天使は顔を赤くしてクリスさんの服の裾をキュっと掴むと、また後ろに隠れてしまいました。

 あれ?

 っていうか今のミルノワールさん?

 クリスさんと一緒ならそうだよね。

 何か、昨日の近寄りがたい高貴な印象と正反対の、白くてふわふわした可愛らしさに、全然誰か分かりませんでした。


 その小動物的な挙動と相まって、庇護欲が止まりません。

 抱っこしてくりくり可愛がりたい!


 そう思ったのは私だけでは無いのでしょう。


 室内の男性陣から、非難と羨望とやっかみと羨ましさと妬ましさがこもった視線がクリスさんに殺到します。




 ――― あぁん?




 氷結魔法ブリザードが炸裂したかと思いました。

 クリスさんは言葉を発することなく、ただ眼鏡の奥の視線だけで、非難を向けた男性陣を見下ろします。


 ――― 俺の嫁に何か用か?

 ――― 文句があるなら言えよ。

 ――― ねぇんなら見てんじゃねぇよぶっ殺すぞ。


 幻聴です。クリスさんはそんなこと言わない。

 でもそんな声が聞こえてくる様な極寒の視線でした。


 直接その視線を受けた訳では無い私ですら、思わず秘技ジャンピング土下座を披露するところでした。

 直接視線を受けてしまった男性陣はたまりません。

 ランクに関係なく縮み上がり、目を伏せ、極寒の冬が過ぎ去るのを穴蔵で待つネズミの様に、丸くなってじっとしている他ありませんでした。

 視界の端に頬を染めくねくねする男性冒険者が映りました。

 ヤメロ、私の視界を汚すんじゃ無い。


 視覚的暴力を必死に見なかったことにし、お目汚しならぬお目清めにクリスさんに視線を戻すと、何事もなかったように依頼掲示板に向かいました。

 どうやら今日は依頼を受けに来たようです。

 そうと分かればこうしては居れません。

 クリスさんが依頼に来るかもしれないと、必死に先輩にお願いして新規登録窓口から依頼受付窓口に変わって貰ったんです。

 今私の受付に並んでいる冒険者は三組。ちゃちゃっと終わらせて空けておけば、クリスさんはきっと、顔見知りの私の窓口に来てくれることでしょう。


 オイコラ、目の前の冒険者。いつまでもミルノワールさんに見とれているんじゃない。

 確かにクリスさんの服の裾をキュっと掴んで引っ付いて歩く姿は、殺人的可愛さがありますが、相手は人妻だぞ。

 あ、しまった。それを言うとクリスさん狙いの私にブーメランしちゃう。

 えっと、そう、身の程を弁えろよこの野郎。


 「!?」


 私の願いが通じたのでしょうか。目の前の冒険者は我に返るとこちらを振り向き、青い顔でクエスト受注処理を済ませると、そそくさと依頼に向かいました。

 さて、あと二組です。

 営業スマイルで頑張りましょう。

 

 にっこり(威圧)





■◇■◇■◇■






――― パタン


「どうした?」


 冒険者ギルドの扉を開いて、すぐ閉めてしまったミルに、不審そうに問いかけるクリス。

 ミルはそれに答えず、無言でクリスの後ろに回ると背中をグイグイと押してくる。


「いやちょっと待て。何だ、どうした?」


 ミルが思い出したのは昨日の銭湯と、朝の食堂。

 多数の視線が自分に集まる、あの針のムシロのような状況。

 元の世界では、ただでさえ陰キャの目立たない空気キャラだったのに、こちらに来てから急に注目されるようになったので、視線慣れしていないミルはその(たび)非常に緊張する。

 ゲームでは目立っていた自覚はあるが、あくまでアバターに対してで生身にではなかったし、周りのギルドメンバーも目立つ人が多かったので分散されていた感がある。が、こちらではがっつり全部の視線が自分に来るのだ。


 密閉空間でない往来のある路地なら、さほど問題ないのだ。いざとなれば逃げられるし、注目されても歩いていれば過ぎ去っていく。

 兎の尻尾亭からここまでだってかなり注目されていたが、それほど気にせずに済んだ。


 だが密室はダメだ。だって逃げられないもん。こういう時はアレだ、必殺たっつんバリアだ。

 元の世界でもイケメンで視線慣れしているコイツを生贄に、僕は注目を回避するぜ。と自分勝手なことを考えながら、クリスをグイグイ押していった。


 ミルに物理的に押し切られる形で、冒険者ギルドに入るクリス。

 入った瞬間、ミルの行動の意味を悟る。確かにこの注目のされ方はうざったい。コイツにはキツイだろう、と。


 クリスは昨日から常時発動していた【気配遮断】に意識を向ける。

 アリアリの書に、先輩のアドバイスとして書いてあったのが、この【気配遮断】の常時発動だ。

 どうやらこの世界の人々は、レベルが離れすぎていると一種の威圧感プレッシャーを感じるらしい。

 特に獣人は野生の本能が強い為かその傾向が顕著けんちょで、下手に接触すると最悪失神したり失禁したりと酷い事になるようだ。

 おそらくミルに襲い掛かられた時に、ミツミが失神したのもこの為だろう。失禁まで行かなくて助かったと思うが、皆さんご存じの通り手遅れだ。

 ある程度、一緒にいれば慣れるようなのだが、無駄に注目されたくなければ【気配遮断】の使用を推奨する、とあったのだ。

 

 【気配遮断】は盗賊シーフのアクティブスキルで、単純に気配を少なくして敵に気付かれにくくなるスキルである。

 ダンジョンやフィールドで敵に見つかりたくない時に使うものなのだが、初級スキルだけあって上位互換の【ハイディング】や【隠形】などと違い、普通に視認されると見つかるので、序盤以外はほとんど出番が無い、上位スキルを取るための踏み台スキルだった。

 だが、単純に注目されたくないだけならば、この【気配遮断】で十分。常時発動しててもMP消費は無きに等しい。


 ちなみに、この事をクリスはミルに教えていない。

 だから今日はずっとミルばかりが注目されていた。


 なぜ教えないかって?



 こうやって、平気で人を生贄するようなヤツだからだよ!



 ミルの考えを正確に読み取ったクリスは、そこそこイラっとした。

 

 ちょろっと顔を出したミルが、すぐまた顔を引っ込める。

 途端に上がる野郎共のヘイト。

 ぎゅっと掴まれる神官服の裾。震える手。振り返るまでもなく分かる、ミルの不安そうな顔。


 イライライラッ!


 クリスは【気配遮断】を解除すると周囲をめ付けた。

 すまんな諸君、完全に八つ当たりだ。俺はミルに対してイライラしているだけで、君たちは何も悪くないのだが、俺の機嫌が悪かったことを呪ってくれ。


 一瞬で大人しくなった周囲に満足すると、ちょっとすっきりしたクリスは【気配遮断】を再起動しEランクの掲示板に向かう。そしてそれに引っ付いて行くミル。

 

 クリスの視界の端に、何か得体の知れないくねくねしたモノが映った気がしたが、脳が認識を拒絶したのか、よく分からなかった。








 Fランクの依頼掲示板を華麗にスルーすると、Eランクの掲示板を見つめる二人。


「なんだ、効率良いのが選り取り見取りじゃないか」

「討伐系が少なくて雑用系が多いですね。分かってないなぁ」


 掲示板には、かなりの数の雑用系依頼が残っていた。

 先ほど話していた、治療院の回復係、木こり、定量系の運搬・配達、どれもある。


「まぁ適正レベルでやろうと思うと、どれも危険はないがキツイ仕事だからな」


 そうなのだ。こういった雑用系の依頼は適正レベルでやろうと思うとキツイ。

 逆に討伐系の依頼は、見つけてさえしまえば命の危険と引き換えに短時間で終わり、素材も拾えるため実入りが良い。

 特にEランクは駆出し(Fランク)から抜け出し、半人前として夢と希望に燃えている時期だ。

 心理的にFランクには無かった討伐系の依頼を優先的に受けたくなるのもよく分かる。


「まぁ私達にとっては都合がいいですね。クリスは治療院ですか?」

「そうだな。ミルは木こりか?」

「うーん……悩むところですね、3本で2Gptなわけですから、外の森まで出て75本切り倒して一回戻るのも面倒です。先に運搬でEランクになってしまいましょう」


 Eランクの依頼の材木の伐採(木こり)依頼は3本で1Gptの依頼なのでFランクで受けると上位ランクの依頼ということで二倍の2Gpt、Eランクへのランクアップに必要な100Gptを貯めようと思うと75本必要になる。そうなると、75本切った段階でいったんギルドに戻る必要があるので、それならば町中で終わる運搬系依頼でEランクになってから、上位ランクボーナスのGpt二倍を受けれなくなったとしても伐採依頼を後にした方が効率がいいと判断したようだ。


 周囲の冒険者が、何言ってんだこいつ、と言う目で見てくるが軽くスルー。

 パワーレベリングならぬパワーランクアップが理解されないことは承知している。

 これから確実に目立つのだから、ちょっとランクアップが早いくらいは目をつむって貰おう。


「そうか。昼飯はどうする?」

「各自で適当に食べればいいのでは?」


 ちょっと微妙な顔になるクリス。

 あれ、たっつんってばそんなに僕と一緒に食べたかったのかな? と、ミルはちょっと嬉しく思った。


「いや、俺お前が居ないと料理の内容分かんねぇんだが」

「各自で食べましょう」


 さらっとミルに見捨てられたクリスは、ちょっと慌てた。


「い、いや、お前だってどこかで一回ランクを上げに冒険者ギルドに戻ってくるだろ? そん時に一緒に食えばいいじゃないか。今9時前くらいだし、ちょうどいいよな? な!」

「……もー、しょうがないですねぇ。そんなに一緒に食べたいならいいですよ。一回お昼頃にここで落ち合いましょう。ちょうど食堂もありますしね」


 仕方なさそうに勿体ぶってオーケーするミルに、釈然としないクリスだが、飯に関しては背に腹は代えられない。

 傍から見たら奥さんと一緒にご飯を食べたい旦那がわがままを言ってイチャイチャしているようにしか見えないのだが、幸いなことに本人は気付かなかった。


「じゃぁ受付して早速始めるか。Gpt集まっても集まらなくても昼頃集合で」

「私の方はまず集まりますよ。問題はクリスですね」

「こっちは患者の数によるからなぁ。まぁそこそこ大きな町な上に観光地で出入りが激しいから需要はあるだろ」


 けが人病人が多いことは歓迎できないが、Gptの為にはたくさん来てほしいというジレンマだ。


「まぁ無理そうなら、ミルの木こりに乗っかるわ」

「……別にいいですけど、付近の森の生態系の為にできるだけ頑張ってくださいね」


 単純に倍の木材を伐採することになるので、ちょっと気が引けるミル。できれば自分で稼ぎ切ってほしい。

 二人は、自分の受ける依頼を取ると、受付に向かうのだった。






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