世界を救う物語
「まぁ冗談はさて置き」
「え? 冗談だったんですか?」
目をパチクリさせるミルに、クリスは苦笑して肩をすくめた。
「想像に想像を重ねた話だからな。実際にどうなるかなんて分からんさ」
「それはそうですが……もし現実になった場合。何人死ぬか分かりませんよ? 下手したらホントに世界が滅ぶかも……」
「それで?」
「……はい?」
世界の滅亡など心底どうでもよさそうに言うクリスを、ミルは呆然と見つめた。
おかしい、僕の幼馴染はこんなに薄情な奴だったっけ、と。
「ぶっちゃけ、こっちに来てまだ二日目だろ。正直思い入れも何もない。
ミツミちゃんやギースには多少なりとも世話になってるし、顔見知りには死んでほしくはないが、人の事を心配できるほどの余裕が今の俺達にはないだろう。俺たちだけなら生き残るのはそう難しくないしな」
「……それは、そうかもしれませんが」
「はっきり言うがな。俺はお前と元の世界に帰れるなら、この世界が滅んだって別に構わないんだ」
「っ!」
クリスの発言にビクリと肩を震わせるミル。
ミルの中で、この世界で知り合って会話をした数人の顔が思い浮かぶ。
たった一日。いや、時間にして数時間の関係だが、ミルにとって既に知り合い、仲良くなってしまった人々なのだ。
「……私は」
自分に何ができるかは分からない。でも、
「僕は」
何もしないで知り合いが死ぬかもしれないのは、我慢ならない!
「僕は、助けたい。ミツミちゃんや、エリーナさん、エマさん、ミリアさん、皆さんいい人達だった。何か出来るかもしれないのに、何もしないまま終わるなんて、出来るわけないじゃないか」
いつしか立ち止まりロールプレイも止め、決意を込めた赤い瞳が、睨みつけるようにクリスの青い瞳を貫いた。
クリスはその常人なら圧倒されるであろう圧力を真っ正面から受け止め、暫くじっと無表情にミルを見返した。
そしてミルが決意が本気だと感じ、にやりと笑うとポンっとミルの頭に手を乗せる。
「誰も見捨てるなんて言ってないだろう?」
「ふぇ?」
ぽかんと自分を見上がるミルに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、ぽんぽんと頭を撫でるクリス。
「お前ならそう言うと思ってたよ。何年腐れ縁やってると思ってるんだ」
「だって、滅んでも構わないって」
「帰れるんなら、ってつけただろう。俺とお前だけなら生き残るのは難しくないだろうが、文明が崩壊した状態で帰る方法を探すより、現状維持して探したほうが見つかりそうじゃないか」
「……からかいましたね!?」
「クックック……昨日のお返しだ」
「夕食でも普通だったから気にしてないと思ったら、根に持っていたとは……ぐぬぬ」
「いや、しこたま飲ませて悪戯したけど」
「!? やっぱりあの実験と縄はわざとですか! え、じゃぁ酔っぱらってお姫様抱っことかも嘘だったり?」
「いや、俺が酔ってたって部分以外は全部本当」
「あ゛あ゛あ゛」
路上で真っ赤な顔を両手で覆ってしゃがみ込んだミルを、クリスはさりげなく庇いつつ頭をくしゃくしゃと撫でる。
「こんな所でしゃがむなよ危ねぇな。またお姫様抱っこするぞ」
「っ! 結構です!! あぁもう頭触らないで、せっかく可愛くしてもらったのに!」
「また結ってやるから安心しろ」
「~~~! もう!!」
肩を怒らせてズンズンと歩く前を歩くミルは、真っ赤な自分の顔を見られたくなくて、残念なことにクリスの顔を見ることが出来なかった。
その、とても柔らかな笑顔を。
「ちょっと待てよ」
緩んでいた表情を引き締めなおし、ミルに追いつくと声を掛けるクリス。
先ほどの“辻微笑み”で道行くマダムにかなりの被害が出たが、クリスは気が付かなかっようだ。
「……なんですか」
ぷっくりと頬を膨らませ、“私怒ってます”オーラを振りまくミルにクリスは思わず。
ぷにっ
ぷしゅー
頬を突っついてしまう。
「馬鹿にしてます?」
空気の抜けた頬を引くつかせ、青筋を浮かべるミルに、突っついた指で自分の頬を掻くクリス。
「いやすまん。あまりにもあざとい顔だったんでつい。馬鹿にしてないぞ」
馬鹿だとは思ってるが。とは、空気を読んで口には出さない。
「むぅ」
クリスの発言にまた頬に空気が溜まりそうになるが、息を吐いて何とか落ち着こうとするミル。
狙ってやっていたわけではなかったので、あざといと言われるとちょっと恥ずかしい。
「……もういいです。で、何ですか?」
「いや、今後の予定なんだがな」
やっとまともにこちらを見たミルに、小さくほっとするクリス。
「取り合えず、ランク上げて、アリアリさんの墓参り終わらせてしまおうと思っている」
「この切迫した状況で、そんな悠長な事をしていていいんでしょうか?」
困惑気味に問うミルに、肩を竦めるクリス。
「まぁ焦ってもしょうがねぇさ。
それに考えてみろよ、【神々の箱庭】のアップデートの時は、何回か予兆の地震があって、その後に異変の調査依頼が冒険者ギルドに来てからの、プレイヤーが調査地点まで到達して、やっと神域が出てきたじゃないか。大暴走はそのさらに後だしな。
これまでの例を見るに、アップデートはある程度ゲームと同じ経緯をたどるはずだ。だから、まずは地震が起きるまで、出来るだけ冒険者ランクを上げて」
ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ……
クリスの言葉の途中で、大地が揺れた。
青い空を見上げ、遠い目をして言葉を切るクリス。
だがミルは見逃さなかった、その冷静に見える頬を流れる、一筋の汗を。
「無駄にフラグ立てないでもらえますか!?」
「いや俺のせいじゃねぇし! ……ねぇよな!?」
クリスは自分が世界崩壊の引き金を引いたと思いたくなく、全力で否定するが、異世界人のフラグ建築力を否定しきれず自分でも半信半疑だ。
「あるれぇ!? 猶予期間十日じゃなかったの? 短くね!? 短すぎね!? よよよよし、取り合えず今日中にEランクになるぞ!」
「……まぁ出来なくはないですが、ハードですねぇ」
珍しく動揺を隠せていないクリスの発言に、冷静に返すミル。
いつもと立場が逆転しているが、相手が自分以上に動揺していると、逆に冷静になるアレである。
言うまでもないが、昨日ギルドに登録したばかりで一度も依頼を受けていないの二人のGptは0である。
この世界では一般的な駆出し冒険者が、Fランクを脱出しEランクになるのに、早い者でも一か月は掛かるのが普通だ。
と言うのも、Fランクの仕事は成人したての一般的な15歳の少年少女が、1日でこなせる仕事量を想定して1Gptが設定されている。
その為、普通の少年で必要Gptの50ptを貯めようと思うと、休みを入れて通常2ヵ月。優秀な者で、一日2~3ptを稼いでも20日以上はかかる。
その期間が、社会人としての一般常識や仕事の厳しさを知る。所謂、試用期間みたいなものなのだ。
そして、それに耐えられた者が初めて駆出しランクから半人前ランクになれる。
だがそこは、蛇の道は蛇と言うか、ゲーム時代の色々な攻略法に精通する廃人二人。
効率的なGpt稼ぎはいくらでも思いつく。
「クリスはどういった依頼でGptを稼ぐつもりですか?」
「お、おう。Gptが二倍になるEランク依頼を受ける事は確定として、索敵に時間が取られる討伐系は微妙だな。巣でもあれば話は別だが……。
俺の場合は定番の【治療院の回復係】があればいいんだがなぁ」
「私の第一候補は【木こり】ですね。無ければ定量系の運搬や配達かなぁ」
クリスの言う【治療院の回復係】の依頼は、E~Cランクにある、名前の通り治療院のヒール係だ。
Eランクの場合、切傷や打身などの軽症で3人につき1Gpt、骨折などの重傷で1人につき1Gpt、命の危機がある重体の患者は1人につき5Gptも貰える、Eランクの回復係にとっては大変美味しい依頼である。
ランクが上がる毎に人/Gptが倍々で増えていくため、Cランクではこの依頼の人気はあまりなく、逆に【重体患者の緊急回復係】という、交代で24時間待機の救急救命士のような依頼が別で出るので、ソロの回復係はそちらで稼ぐことになる。まぁそのランクになると、大抵の回復係はパーティを組むので、引退した冒険者くらいしかやる者が無く、こちらは常時人手不足の依頼であるのだが。
ミルの【木こり】は文字通り木を切る林業の依頼だ。
森に生えている木を、3本丸太に加工すると1Gptになる。
そう聞くと楽なように聞こえるかもしれないが、チェーンソーなどないこの世界で木を切ろうとすれば、当然手作業で斧を使うことになり、一抱えもある木を1本切り倒すのに腕力のある者でも1時間はゆうに掛かる。そこから枝を落とし、丸太に加工するのに更に1時間。運搬まで考えると更にかかるので、Eランク冒険者の前衛でも手を焼く依頼である。当然の如く人気は無いが、木材は建材や薪にとても需要があるので、依頼が出ていることが多い。
定量系の運搬や配達の依頼は、建築現場への資材の搬入や、大きい荷物の配達などだ、重さや体積で一定量運ぶと1Gptになるので、インベントリが大きい高レベル冒険者や収集鞄持ちには美味しい依頼である。
「じゃぁ収集鞄使うよな。コレ持っていけ」
そう言うと、昨日ギースがサービスしてくれたポシェットタイプの収集鞄をインベントリから取り出し、ミルに渡すクリス。
赤茶色の丈夫そうなポシェットは、今日のミルの服装には今一つ合わないが、まぁ仕方ない。
「ありがとう。丁度言おうと思ってました」
阿吽の呼吸で渡された収集鞄を受け取り、肩に掛けるミル。
ミルの場合は勿論インベントリで事足りるが、低レベル前提のFランク依頼で定量系の依頼を受ける場合、収集鞄持ちだとより安心感を持ってもらえるだろう。
「んじゃまっ、頑張りましょうか! 首都への移動時間も考えれば、5日以内にCランクになって移動を開始したいですね」
「だな。今日中にDランクまで上げれれば、後が楽になるんだがなぁ」
「それは出ている依頼次第ですね」
ギルド職員が聞けば白目を剥きそうなセリフをサラリと言い。
二人は見えてきた冒険者ギルドに目指し、進むのだった。
実際にギルド職員が目を剥き絶句するまで、残り数時間。
■◇■◇■◇■
「ところでミル」
冒険者ギルドまであと少しというところで、不意にミルに話しかけるクリス。
「なんですか?」
「いや、な。さっきの話で、助けたい良い人達の最初が、一番直接交流の少なかったミツミちゃんだったのは、ロリ枠だからってことでまぁ分かるんだが、ギースが入ってなかったのは流石にヒドイくね?」
「……ギース?」
「こいつ存在すら忘れてやがる!?」
一方その頃、大通りの一角、露店の集まる場所で。
「ぶぇっくしゅん! ……あ゛ー、誰か俺の事噂してんのかな? アーシャちゃんかミツミちゃんあたりかなぁ?」
鼻をすすりながら、妄想でニヤニヤする行商人が一人。
どこまでも不憫な男であった。




