先達の軌跡
そそくさと朝食を平らげたミルに追い立てられるように宿屋を出たクリスは、道すがら洋服店で何点か必要なものを買い足し、冒険者ギルドへ向かっていた。
クリスは今のうちに、先ほど出来なかった今後の方針について話してしまうことにする。
あまり人に聞かせる話ではないが、理解できる人間が居るとも思えないので、気にしないことにした。
「Cランクにですか?」
「ああ。アリアリの書にな、取り合えずCランクになってアリアリさんの墓参りするまでがチュートリアルって書いてあったんだわ」
「なっがいチュートリアルですね。というかアリアリさんのお墓はどこなんですか?」
「首都のアリア教本部にあるらしいぞ」
「へー……って首都ってどこですか。この国の地理知らないんですけど」
ミルにもゲーム時の知識はあるが、この世界がどこまでゲームと同じかまでは分からない。
「そもそも、アルレッシオ聖王国なんてゲームの時は無かったじゃないですか」
そう、この国はアリアがこの世界に来てから建国した国なのだ。
もうその時点でゲームとはかなりの差異が出ている。
「アリアリさんが来た当初は、ゲームの序盤と全く同じだったらしいぞ。自分が来てから、行動を起こすごとにゲームと違う点が増えていったらしい」
「つまり、アリアリさんが来た当初こそゲームと同じ環境でしたが、300年以上経過した現在は別物と思ったほうがいいと?」
「変わりづらい大霊峰や世界樹みたいなオブジェクトはそのままで、地名や国、国家間の勢力図は別物と思ったほうがいいな。もちろん残ってるものもあると思うが」
クリスはそう言ったが、特にアルレッシオ聖王国ではアリアが建国した当初に、あえてゲームと別の名前を付けるように心掛けたため、固有名詞に関してはかなり違っている。もちろん自分の後の時代に転移してきた同胞を見分けやすくする為である。
その意志は【楽園の用語集】を通じ脈々と受け継がれ、今に至ってはゲームと同じ名称を見つけることは更に難しくなっている。
「なるほどね。で、首都って昔でいうどの辺りなんですか?」
「【首都リネージュ】は【ヘルモア平原】の【ネイシス川】近くにあるらしいぞ。かなり発展してるから近くまで行けばすぐ分かるだろうってさ」
「あぁ【決戦平原】ですか。思い切った所に作りましたね。私だったら、嫌な事思い出すので避ける所ですが……」
ゲーム時のヘルモア平原は、魔族の国と人間の国と獣人の国の三か国の中心にある緩衝地域だった。
広大な平地にネイシス川が育む肥沃な土地を有し、三か国が所有権を巡って三つ巴の紛争を起こしている。という設定の地域であり、その広さを生かし戦争イベントや大型イベントでの決戦会場として活躍した。
逆に言えば、最前線で戦うトッププレイヤーとしては稼ぎ場であり、修行場であり、思い出の地であり、苦行の地であった。
大型アップデート直後のゲームバランスが不安定な時のレイドイベントなど、トップギルドのレイド十数個が壊滅するような壊れイベントなどもあったものだ。
ゆえにこそ、プレイヤーに付けられた仇名を【決戦平原】、またの名を【HELL MORE 平原】。
まぁ流石にそのイベントは運営もやり過ぎたと思ったのか、すぐに調整が入ったが。
トッププレイヤーの例に漏れず、ミルやクリスも非喜交交を共にした地である。
「……なぁミル、決戦平原が本格的に使われだしたのっていつ頃からか覚えてるか」
「【魔王降臨】アップデート以降ですね。それまでは、そもそも人間の国と獣人の国しかなかったですし。戦争イベントもその二カ国の間にある【タラップ高地】でした。|三カ国の緩衝地域という名目が出来たのもそのころだったかと」
βテストからの古参プレイヤーであるミルは思い出す。
そもそも昔は人間の国しかなかったんだよなぁ、と。
AAOのβテスト当初、国は人間の国【サンクロイア王国】しか存在しなかった。プレイヤーが選択できる種族は人間のみで、転生の祭壇から始まり、サンクロイア王国に所属して王国内のフィールドと小規模なダンジョンでゲームに慣れた。
αテストで半年、βテストで更に半年、計一年費やされたテストプレイでの最大レベルは100前後であった。
テスト開始から二年目、満を持して実行された本サービス開始時の【冒険の幕開け】アップデートで世界が広がった。
サンクロイア王国から見て東にヘルモア平原が、北に大霊峰イヴェルヴァリアと世界樹及び大森林が追加され。プレイヤーが選択できる種族にエルフとドワーフが追加。
エルフは大森林か人間の国、ドワーフは大霊峰か人間の国に所属することが出来、本サービスから始めたプレイヤーのかなりの数がその二種族を選ぶ。
また、職業にも上位の二次職業が実装され、追加フィールドの経験値アップにより最大レベルが200前後となり、プレイヤーは切磋琢磨し攻略に勤しんだ。
三年目、【獣王の凱旋】アップデートで獣人の国【ディファルド連邦】がタラップ高地を挟んでサンクロイア王国の南東に出現。
獣人が種族に追加され、ディファルド連邦側の宣戦布告からサンクロイア王国との間で戦争イベントが発生する。
最大レベルが300前後となり、三次職業と複合職業が実装。
二次職業の上位互換である三次職業に加え、二次職業二つを掛け合わせる事で派生する複合職業が追加されたことにより、職業数が30種類を超え、プレイヤーの攻略が必死になり始める。この時の最大レベルは300前後。
また、戦争イベントに伴い対人戦が実装され、今まで対モンスターには不遇の職業だった暗殺者や罠士が脚光を浴びる。
四年目、【魔王降臨】アップデートで魔族の国【魔国ブリンガル】がサンクロイア王国から見てヘルモア平原を挟んで東側、ディファルド連邦から見て【ニビア黒海】を挟んで北東側に出現。
種族に魔族が追加され、魔王の号令の下、ヘルモア平原に大規模侵攻を開始する。
距離的にはディファルド連邦の方が近かったが、両国の間に広がるニビア黒海は船による航行が難しい難所であるため、侵攻しやすいヘルモア平原を手に入れんとするが、サンクロイア王国とディファルド連邦が迎え撃つ形になる。
この時、サンクロイア王国とディファルド連邦が手を取り合って魔国ブリンガルに対抗するか、共闘せずに三つ巴になるかは、それまでのサンクロイア王国とディファルド連邦の戦争イベントでの集計結果によって決められ、結果として血で血を洗う三つ巴の紛争状態となった。
これまでの流れで分かる通り、四年目の最大レベルは400前後。四次職業に加え複合職業が多岐にわたり、プレイヤーが完全把握を諦め始める。
ヘルモア平原が舞台の大規模イベントが起こり始めたのは、大体このあたりであった。
「……アリアリさんがこっちに来た時は、三カ国こそあったが、まだ状況的には本サービス開始直後ぐらいだったらしい」
「というと?」
「こちらの世界の最高レベルは200に届かず、三カ国と戦争状態でもなかったようだ」
「ふーん」
「で、だ。ここからが重要なんだが、アリアリさんがこちらに来て十日後に、ディファルド連邦と戦争状態に発展したんだと」
「へー」
「それ以前も緊張状態が高まっている、と言う話はあったらしいんだが、決定的な宣戦布告が行われたのが十日後の話らしい」
「その十日でアップデートでもあったんですかねぇ」
「……まさにその通りだ」
「へ?」
適当に相槌を打っていたミルの何気ない発言に、クリスは真面目に頷いた。
「アリアリさんの考察ではな、自分の出現がアップデートであったのではないか、と書いてあった」
「……ちょっと意味が分かりません」
「自分が転移してきたことでアップデートが行われたのか、アップデートが行われたから自分が転移してしまったのかは分からないようだがな、まぁアップデートに関してもアリアリさんがそう考察しただけで、根拠のあるものではないんだが」
「……リアルで世界のアップデートとかスケールの大きな話ですねぇ」
「全くだな。で、アリアリさんは生粋の日本人らしく、ゲーム本編と違って徹底した反戦主義を貫いて立ち回ったらしい」
「ほうほう、平和ボケした日和見感が日本人らしいですねぇ」
「……スイッチ入ったらサーチアンドデストロイし始めるお前に比べたら、大抵の人間は平和主義だと思うぞ。
あと現実の戦争はゲームと違って本当に人が死ぬんだ。
正義感が強かったアリアリさんが、戦争を止めようと動いたのは偽善や日和見じゃなく、本当に尊い志だったと、俺は思う」
「……ごめんなさい。言葉が過ぎました」
立ち止まり、真剣な顔で非難の視線を向けてくるクリスに、ミルも自分の失言を悟り謝った。
「いや、アリアリの書を直接読んだ俺とお前とでは情報量が違いすぎるからな、どれほど過酷だったか知らなければ、そういう意見になっても仕方ないさ。今晩でも渡すから読んでみるといい。
で、アリアリさんは冒険者として名声を高め、ランクを上げると同時に冒険者と傭兵を中心とした第三勢力を結成して戦争に介入。最初は微々たる勢力だったようだが、Sランクになるころには人間・亜人を問わず、彼女の人柄と志に感銘を受けた人々が集まる一大勢力になっていたようだ」
物語の主人公みたいですね、と感嘆するミル。
リアルで戦争など想像できないが、きっと壮絶な経験だったのだろうなと漠然と想像した。
「流石はトップギルドのギルマスやってただけはありますね」
「そうだな。魅力プラス高潔な志と強さがあったから人が集まったんだろうが」
「アリアリさんは三年前に蒸発したんですよね。【魔王降臨】実装前後の時期ですか」
「正確にはアップデート直前らしい。アップデートの告知は見ていたから内容は大まかに知っていたみたいだな」
「となると、当時のトッププレイヤーのレベルは300オーバーですか。この世界の最高レベルが200に届かななかったのなら、そりゃもう無双したでしょうね」
「一人で万の軍隊を撃退したりしたらしいぞ。リアル無双だな」
当時は冒険者や騎士団のトップでレベル180くらいだった。一般兵の平均はレベル60程度である。
大人と子供どころか象と蟻ぐらいのステータス差だ。無双も出来るだろう。
「で、両国家に武力と対話で圧力をかけて、和平を実現したわけだ」
クリスの話はひと段落するが、ミルはふと疑問が沸き質問した。
「その間、魔国は何してたんですか?」
二カ国でごたごたしていたなら絶好の攻め時だ。にも関わらず全く名前の出てこない魔族の国は、当時何をしていたのかと。
ゲームと同じで存在しないというのは無理がある気がするのだが。
「あっちはあっちで内戦で血みどろだったらしいぞ。で、和平が成立したと同時期に、あっちもとある魔族が大頭して内戦が終結してな。和平からしばらくして、そいつが魔王となりヘルモア平原に侵攻したわけだ」
「なるほど、アップデートしたわけですね」
ゲームではアップデート前は存在さえしない魔族の国だが、こちらでは当然だが既に存在していたのだ。
人間の国と獣人の国が紛争で国力を擦り減らす中、指を咥えて見ていたのはそういった事情があるらしい。
「身も蓋もない言い方するな……。まぁそうなんだが」
「その時は、転移者は居なかったんですかね」
「アリアリさんもバタバタして探せてなかったようだな。後で思い至って捜索したが、それらしい痕跡は見つけられなかったようだ」
「まぁそうでしょうねぇ」
抗争の渦中にいる人物に、居るか居ないかも分からない人間を探せというのは、いささかどころではなく酷というものだ。
「それに反省して、いろいろ手を打ったようだがな」
「アリアリの書もその一つ、と言うことですか」
「だな」
アリアリの書しかり、各地の地名しかり、転生の祭壇への門番しかりだ。
アリア教や聖王国は偶発的に出来たものだが、ちゃっかり利用しているあたり強かである。
「で、魔族の進行に対して、アリアリさんはどうしたんですか?」
「魔王軍をサンクロイア王国とディファルド連邦と自分の勢力の連合を結成してヘルモア平原で迎え撃たせ、自身は少数で魔国ブリンガルに潜入。魔王城を攻略して魔王を打ち取ったんだと。いやホントすげーわアリアリさん」
「え? まじで? 魔王のおっちゃん死んじゃったの?」
「近所のおっさんみたいに魔王を言うんじゃねぇよ。あと素が出てるぞ」
あらやだと手で口を抑えるミル。素が漏れるくらいの衝撃があったようだ。
「なに? お前あの糞忌々しいNPC実は好きだったの?」
「いや、全然ちっともこれっぽちも好きではありません……アレ関連のイベントで経験値とドロップアイテムいっぱい貰いましたけど、セットでトラウマもいっぱい貰ったんで、差し引きマイナスですね。……けど、居なくなると寂しいですね」
経験値的に。と締めるミルに、クリスも嫌そうな顔をしながらも頷いた。
ゲーム時の魔王は、見た目は渋いイケメンの中年だが傲慢で性格最悪の糞野郎だった。
ゲームでは未だに元気に魔王をやっているが、あいつの絡むメインイベントは鬱展開&糞難易度で非常に人気が無い。
だが、大規模イベントだと率先してモンスターの軍を派遣してくれたり、邪神を封印したダンジョンを開放してくれたり、見つけたらやたらとドロップが美味しいスパイを放ってくれたりと、トッププレイヤーとしては経験値の稼ぎ場兼金づるとして重宝する相手でもある。いや、あったと過去形で言うべきか。
ではなぜ、そんないけ好かない魔王が未だにゲームでは健在なのかと言えば、単純にNPC扱いで討伐できないからだ。
魔族のプレイヤーでは仲間扱いだし、人間や亜人プレイヤーが高レベルモンスターが跳梁跋扈する魔王城を突破して会いに行っても、イラっとするセリフを吐かれてスタート地点に追い返されるだけで(しかも特に報酬もない)、現在に至るまで討伐イベントは発生していなかった。
「心情的にはプラスならいいんじゃね」
だからまぁクリス達にとって、魔王といえどイベントの時だけテンション上げて前に出てくるちょいウザなNPCが過去の人になった感想など、そんなものである。
「んで魔王のいない魔国は、今どうなっているんですか?」
「即時降伏して一度はアリアリさんとこが占領してたらしい。
もともとヘルモア平原への進行自体が、他の有力者を一族郎党皆殺しにして成りあがった魔王の、自身の地盤が弱いゆえの国内の目を国外に向かわせる政策だったようでな。
支持はされていなかったというのと、良識的な有力貴族が軒並み前線行きで、逆に生き残ったってのが決め手になって、生き残った貴族で議会制にして国は存続させたんだと」
「なるほど、二次大戦のフランス然りで、国を完全に滅ぼしてしまってゲリラ的に散らばられるより、種族としての依存先を残して一括的に支配したほうが効率的、と言うことですね」
「!? 誰だお前、ミルじゃないな!?」
「!? 人がちょっと考えてものを言ったら別人扱いってひどくないですか!?」
驚愕し目を見開くクリスに猛然と抗議するミル。
じゃぁ普段からもうちょっと考えてものを言えよ、と思う。
「いきなり賢そうなこと言うなよ。びっくりするじゃないか」
「失礼な発言してるって自覚有ります? ……まぁいいです。で、どうなんです?」
「……さぁな。そういう考えもあったかもしれんが、どっちかと言うと放っておいたら魔族の被害者が増えるからって行動原理のほうがしっくりくるな。アリアリさんだし」
「主人公ですしね」
「主人公的ではあるわなぁ。
んで最終的に三か国同盟を結成して落ち着こうとしんだが、一番被害の少なかった人間側が欲を出して、また戦争おっぱじめようとしやがったらしくてな。
戦地だったヘルモア平原にあった町や村は酷いことになってたってのに、だ。
アリアリさんは悩んだ末に、戦火を逃れた難民や自分を慕って集まった人々、その他三国に住む善良な民衆、一切合切が戦争で苦しまず幸せになるように、ヘルモア平原に宗教的にも種族的にも中立なアルレッシオ聖王国を建国しました。めでたしめでたし」
ちゃんちゃん。と話を締めるクリス。
「……すごいですね」
「……だな。実際には建国から後も色々あったらしいが、昨日ちゃんと読めたのはそこまでだったわ」
アリアリさん。もとい、初代聖王アリア=アリネージュの半生を思い、しばし無言で歩みを進める二人。
「でな、最初の話に戻るんだが」
クリスが沈黙を破り、再び口を開く。
「最初の話と言うと?」
「世界のアップデートの話だ。アリアリさんは【魔王降臨】以降のアップデート内容は当然知らなかったわけなんだが、アリアリの書をざっと読んだ感じ、魔王討伐後の世界でそれらしい現象は確認できなかった」
「【魔王降臨】の次は【神々の箱庭】ですか。確かに大霊峰の上に【神域】が見当たりませんでしたね」
五年目のアップデート【神々の箱庭】は、大霊峰の上部に神々の領域【神域】が出現するところから始まる。神域にはこの世界の神々をモチーフにしたダンジョンが複数設置されており、対人戦や集団戦に力を入れていたこれまでのアップデートと違い、対モンスターとダンジョン攻略をメインとしたオーソドックスなアップデートであった。
しかし、アップデートとしてはオーソドックスな内容だが、一つだけ他のアップデートと違った部分がある、それは。
「ねぇクリス。私、すごい嫌な事、思い出したんですけど」
「奇遇だな。俺もだ」
それまでのアップデートのように、国や地形がいつの間にか沸いて出たような、無味乾燥な出現ではなく、ド派手な出現演出。
予兆となる数回の地震からの、大霊峰の頭上、高度1万メートルに、空間を引き裂き出現する、巨大な天空に浮かぶ島―――【神域】の出現。
そしてそれに伴う、モンスターの大暴走。
「あれって、大霊峰と大森林のある北側から、ヘルモア平原に降りてくるんですよね」
「……だな」
「こっちだと、ヘルモア平原にアルレッシオ聖王国があるんですよね」
「…………だな」
「こっちの最高レベルって、今どんくらいなんですかね?」
「アリアリさんの魔王討伐レベルが386。ドンパチやってた当時のアリアリさんの世界最強パーティで平均が350に届かないくらい。今は平和が続いてるからそれより低いと思う。下手したら300前半とかかも」
「アリアリさんが転移後十日でアップデートしたんですよね、今私たち二日目ですよね。最悪、後八日でアップデートですよね」
「そうなるな」
「大暴走って、数万単位でモンスター湧いて出ますよね。モンスター平均レベルって、いくつでしたっけ?」
――― 4 0 0 オ ー バ ー
「詰んでませんか」
「この世界オワタ」




