一筋縄ではいかない方々
時は少々遡り、ミルとクリスが兎の尻尾亭に消えて数分後、兎の尻尾亭の向かいにある喫茶店のテラスで、一人の女冒険者が項垂れていた。
「結局、声かけそびれた……」
彼女の名前はエリーナ=ラクウェル。
整った目鼻立ちに、肩甲骨にかかる程度のウェーブのかかった金髪。引き締まった肢体を金属製の軽鎧に隠し、しかし隠しきれていないバストが目を引く、二十歳前後の美女である。
彼女は、アリア教聖騎士団の、主に諜報任務に当たる第五部隊の一人だ。
普段は聖騎士団ということを隠し、Cランク冒険者として活動している。
ラウディ隊長から知らせを受け、天人様と接触を図るため、急ぎ冒険者ギルドへ向かったのだが……。
「先に案内役を見繕ってしまわれるなんて……」
報告を受けてからすぐに冒険者ギルドに入り、天人様を待ち構えるところまではよかった。
予定では、初めての冒険者ギルドに戸惑う天人様に声を掛けて、親切に説明することで好感度を上げるか、あわよくば血の気の多い冒険者に絡まれたところを颯爽と助けて一気に親密になろうと思っていた。
ところがどっこい、あの天人様達ときたら、冒険者ギルドに来る前にBランク冒険者を拾って案内させるわ、意味不明のカリスマオーラで荒くれ者揃いの冒険者すらビビらせるわ、挙句の果てに。
「あの目潰しは無いわよ……」
まさかのギルドカードフラッシュに、しっかりクリスとミルに注目していたエリーナの目は見事に直撃を受け、ギースに連れられて別室に移るまで復活することが出来なかった。
「別室から出てきたと思ったらすぐギルド出ちゃうし……」
慌てて追いかけて、幾度となく声を掛けようと試みるも、妙に迅速に露店や店舗をチェックして過ぎていく一行にその機会を得られず、今に至る。
「自信無くすわぁ」
諜報員として訓練を受け現場に出て数年、対人スキルとコミュ力を磨いてきたつもりだったが、無警戒の相手にここまで手玉に取られたのは初めてである。
「はぁ……」
「沈んでますねぇ、エリーナ」
そんな彼女に、声を掛ける女性が一人。
「エマぁ」
この長い青色の髪を右前でゆるく結んで流す、ゆったりした神官姿の二十代前半の女性は、エリーナと同じく聖騎士団第五部隊の同僚兼、冒険者としてもパーティを組んでいるエマ=ストリエルだ。
ゆったりした服の上からでもはっきりと分かる胸部に、周囲の男の視線が集中しているが、本人は慣れたものでどこ吹く風という体である。
剣士のエリーナと神官のエマ、あと彼女達と同じく第五部隊所属の精霊術士のミリアの三人が、彼女の表の顔のパーティメンバーだ。
「情けない顔しないの。相手が相手なんだから一筋縄ではいかないわよ」
「そうだけどさぁ」
エマは向かいの椅子に座ると、小声になりエリーナと話し始める。
「取り合えず、私たちの宿はどうする? あの方々は兎の尻尾亭に泊まるみたいだけど」
「いきなり宿変えたら怪しまれない?」
「接触後ならまだしも、接触前なら最初からたまたま同じ宿だったって事にしとけばいいんじゃないかしら?」
「あの方々だけならそれで通るかもしれないけど、ギースがいるじゃない」
「あぁ……彼ってすごい交友範囲広かったわね」
「まったく、厄介なのと知り合ってくれちゃって」
Bランクの冒険者【行商のギース】は、二つ名からは想像もできないが一流の斥候だ。
盗賊の上位職の一つで、短剣技と隠密行動、探索技術に優れる斥候はダンジョンの罠探知は勿論、討伐依頼での標的探しや、護衛依頼での周囲の警戒に欠かすことのできない職である。
当然引く手数多であり、大抵の腕のいい斥候はどこかしらのパーティに所属している為、フリーの斥候は非常に少ない。
彼の場合は行商が趣味なため、固定パーティを組むと行商しているあいだ他のメンバーに迷惑を掛けるから、と固定パーティを組まないようだが、その分色々なパーティと臨時パーティを組むことが多く、腕もいいことから冒険者間の知名度は高い。更に、面倒見もいいため後輩からも慕われている。少々空気が読めないところを除けば本当に優秀な斥候なのである。
しかも行商で街中に居ることも多いため、町人にも知り合いが多いときた。
エリーナたちは女性のみのパーティなので、臨時といえど男の斥候をパーティに入れることは無く、裏の顔を知られるリスクを抑えるために基本的に臨時パーティでも聖騎士団の第五部隊の斥候を入れるため、ほとんど接触は無かった。
周囲の評判から悪い人間ではないだろうが、交友範囲が広く隠密行動と探索技術の高い凄腕の斥候、しかもいままで接触がなく手の内がわからない相手という、監視兼護衛任務を行うエリーナたちにとっては正に最悪の相手を、いきなり案内役に引き入れられたのである。狙ったわけではないだろうが、やりにくいことこの上ない。
「彼が私たちの事をどこまで知っているか分からないから、いきなり宿を変えるのはまずいと思う」
流石に今まで接触の無かったCランクパーティの宿まで知っているとは思えないが、下手に疑われるわけにもいかないためここは様子を見ることにする。
「分かったわ。じゃぁ宿はこのままで、ミリアが来たら私は報告に教会に戻るわね」
「了解」
で、と一息入れ、エマは真剣な顔を作ると。
「あの御方達の第一印象はどう? 特にクリスタール様の方」
「……何と言うか凄まじいわよ。まさにこの世の者とは思えない美貌って感じね。お二人とも」
彼女の様子に、そこそこ長い付き合いから人柄とかそういう物を求めているのではないと察したエリーナは、取り合えず見た目の印象だけ伝えることにする。
それを聞くと、エマはうっとりと顔を蕩けさせる。
「はぁ……私も早くお会いしたいわ」
エマはまだ実際に二人を見ていないため、そんな言葉を漏らす。
もしこの時のエマをミルとクリスが見れば、アイドルに夢中の熱狂的ファンみたいだな。と思ったことだろう。
しかも、天人様降臨の報告を聞いたアリア教会とアルレッシオ聖王国の上層部のお偉いさんが程度の差こそあれ、同じような反応をしていることを知れば、なんと思ったことか。
ある意味、最高の偶像が降臨したようなものなのだから、当然の反応なのかもしれないが。
「そんなので本当に接触したとき大丈夫なの? 変に思われないように気を付けてよね」
「分かってるわよ。そんなヘマはしません。あなたこそ大丈夫なの?」
「見てすぐならまだしも、これだけ凹まされた後なら大丈夫よ。それに私からしたらクリスタール様のほうは綺麗すぎて近寄りがたくってね。ミルノワール様のほうが良いわ」
それを聞いたエマはガタッと椅子ごと身を引くと、青い顔で。
「あなたまさか……そういう趣味なの?」
「違うわよ! 末の妹に年が近いから近づきやすいってだけよ!」
「あぁそういうこと、びっくりさせないでよ」
「びっくりしたのはこっちよ……でも、ミルノワール様に『お姉様』なんて言われたら……やばい、鼻血が……」
身内びいきかもしれないが、うちの妹は可愛い、とエリーナは思っている。それこそ、姉から見ればミルノワール様に匹敵するほどに。
金髪の妹と銀髪のミルノワール様が並んで、お姉様と呼びかけて来ることを想像し。
「なにその理想郷、ヤバイ」
「……あの、エリーナ?」
「私決めた。絶対にミルノワール様にお姉様って呼んでもらえるくらいの信用を勝ち取る!」
エリーナは固く決意を固める。
同僚はなぜかドン引きしているが知ったこっちゃない。
「あなたの、その思い込んだらまっすぐ一直線ってとこ嫌いじゃないけど、今回は絶対斜め上に突き進んでると思うわよ」
「いいじゃない! ちょっとくらい任務に私情を挟んだって! やる気の維持って大事だと思うし、何より護衛対象の信頼を得るのは護衛として当然のことよ!」
「それはそうかもしれないけど……それで、これからの計画は何かあるのかしら?」
「出来ればどちらかが一人の時に接触したいわね。買い物でも入浴でもいいから一人になってくれないかな」
「来たばかりで警戒しているでしょうから、どうかしらね」
「もし外出してこないようなら、夕飯は兎の尻尾亭で食べましょ。その時に上手く話しかけて接触する流れで」
「分かったわ」
そこまで話したときに、テラスに新しい客が入ってくる。
若草色の髪を肩口で揃えた、皮鎧に弓と短杖を装備したエルフ。エリーナとエマのパーティメンバーの最後の一人、ミリア=ハイウッドだ。エルフには珍しく、彼女もかなり胸が大きい。
「お待たせしました」
「ミリアも来たみたいだし、エマは報告、ミリアは私と一緒に監視を続行ね」
「「了解」」
最後だけパーティリーダーらしく指示をして、エリーナは兎の尻尾亭の玄関を眺めながら、ミルが妹になった世界を妄想するのだった。




