臨床実験と性教育
部屋についたクリスは、ミルをベッドに放り投げると鍵をかけ、ついでに魔法を発動する。
【空間魔法:隔離空間】
【風魔法:清浄なる空気】
部屋単位で設定された隔離空間に、清らかな空気が満たされる。
試しにジョブの違う二つの魔法を使ってみたが、問題なく作動することを確認。
ちなみにこの魔法、魔術士の三次職:大魔導師と錬金術師の三次職:教授を合わせた複合四次職である空間術士の空間魔法と、精霊術士の風魔法で、ともに今のクリスのジョブでは使えないはずの魔法である。
隔離空間の方は名前のまま、一定空間を空間ごと隔離して内部と外部と外部の影響を完全に遮断するものである。
外敵の侵入を完全に防ぎ、毒などの状態異常も侵入できない上に、低燃費かつ持続力もあり空間指定もしやすく、いかにも野外のキャンプやダンジョンの安地作成に作られたような魔法だ。
実装、運営も恐らくそれ用に実装し、当初ゲームでも安地作成目的に使われたが、何故か朝目が覚めるとデスペナ付きでセーブポイントに飛ばされるというバグ?が頻発した。
運営に問い合わせるも『仕様です』の一点張りであり、有志による度重なる実験の結果、中の空気ごと隔離するので、長時間中に居続けると酸欠で寝てるうちに死ぬことが判明した。
水中で継続ダメージが発生することは周知されていたが、酸素という概念がゲーム内にあることが初めて証明された事例である。
ゲーム内の痛覚制御機能の影響で、息苦しさというものが無かったことが発見の遅れを助長した。
クリスがしたように、空気を入れ替える魔法を併用すれば防げるのだが、似たような効果の安地作成魔法やスキルは他職にもあるため、次第に安地作成用には使われなくなっていった魔法である。
別の使い方として、薄く伸ばした隔離空間をモンスターの体内に発生させ、その場所だけ切り取る技術も開発される。
防御力無視でスパスパ切れる為、空間術士が『魔剣ア〇サラー!』と叫びながらブイブイ言わせていた時期が一瞬あったが、一週間で生物内に空間を設定できなく修正されたため、短い一生を終えた不遇の魔法でもある。
なぜクリスが習得しているかと言えば、真っ先に『魔剣ア〇サラー!』を始めた張本人であり、叫びこそしていないがドヤ顔でスパスパしていたからだ。今では黒歴史である。
「さてミル、今後の話を……ってどうした?」
振り返ったクリスの目に映ったのは、薄い掛布団を抱いて体を隠すようにベッド座り、顔を真っ赤に染めたミルの姿。
「たたたたっつん? なんでそんな厳重に隔離したのかな? ままままさかホントに僕にエロいことしようとしてる!? 早まるなよたっつん! 僕は男だぞ!?!?」
またいつもの冗談かとツッコミを入れようとし、なんかテンパりっぷりがガチっぽい相棒に、あるぇ? と現状の確認をすると、なるほど確かに美少女と美青年の夫婦が一つの部屋で、しかも旦那が音漏れしないようにかつ逃げられないように部屋を完全隔離した状況だ。
しかも今のミルは、股の間から薄い掛布団を通してぬいぐるみを抱くように布団を抱いてる。
必然的にスカートが捲れ、オーバーニーソックスとスカートの間のフトモモも艶めかしく、真っ赤な顔に涙目の気弱そうな美少女、のようなモノにしか見えない。中身が同い年の男で、しかも長年の付き合いでその残念っぷりを知っており、尚且つ見た目が犯罪臭漂うローティーンでなければ、コロッと押し倒してしまいかねないなほど魅力的であった。
そのワザとやっているとしか思えないほど男心と保護欲と嗜虐心をくすぐる姿に、こめかみを揉むクリス。
ネカマのし過ぎで男心をくすぐる仕草が癖にでもなっているのか、と考えるが直ぐに否定。そういえばコイツは元々そういう節があった。男なのに妙に男心を刺激する奇怪な性質が。
ミルの変な勘違いを否定し、場の空気を元に戻すのは簡単だ。チョップの一発でも落とせばいい。
だがしかし、この経験値ゼロの彼女いない歴年齢のリアル童貞が、女の体で今のように安易に無防備かつ天然魅了状態になっていては、今後のコイツの為にならない。口先の上手い相手にチョロっと丸め込まれてお持ち帰りされてしまうだろう。
ならば、ここでちょっとした性教育して今の危うい自分の状況を自覚させる必要があるかもしれない。
「あのあの、無言怖いんですけど!? いくら僕が魅力的でたっつんがド変態幼女趣味ヤリチンイケメンでも、男色属性まで追加する事無いと思うんだよね! そういうのはギースあたりで済ませてしまえばいいと思うな!」
小動物のようにプルプル震えて罵詈雑言を浴びせてくるミルに、クリスの表情がゆっくりと笑顔で固まった。
よろしいならば性教育だ。
「ほぅ、なんでだ? さっきお前も強調していただろう。
今 の 俺 た ち は 夫 婦 じ ゃ な い か 。
そういうことをしても何も問題ないさ」
「たたたたっつん落ち着け! 確かに今の僕は自分でも食べちゃいたいくらい魅力的だけどっ! だけどっ! イエスロリータノータッチは健全なる紳士の合言葉だよ!? 紳士のたっつんは僕にひどいことしないよね!? よね!?」
「ははは、俺がお前に酷いことなんてするわけないじゃないか」
クリスは胡散臭い爽やかスマイルでベッドに近づき、ミルの片手を取り強引に抱き寄せ耳元で。
「夫が妻を抱くだけだ、なんの問題がある」
「―――ッ!?!?」
目を白黒させて固まったミルをそのままベッドに押し倒す。
「こういう事は初めてか? まぁ力抜けよ」
「ひぅ!?」
耳に息を吹きかけ優しく首筋をなでながら、止め時を見誤って結構焦るクリス。
予定では押し倒す前にミルが逃げるか暴れるかすると思ったのだが、完全に状況に流されてされるがままになっている。
こういう展開で定番のネタ台詞に反応しないあたり、ガチでテンパりまくっているらしい。どうしよう。コイツの初心っぷりが予想外に深刻だ。
なんだか本当に幼気な少女にイタズラをしているようで、良心の呵責に苛まれはじめるクリスだったが、幸いその葛藤は長くは続かなかった。
「~~~~っ!!! たっつんのバカああああああああああああああ!!!!」
「げぶふぁああああぁぁぁぁ!!!」
押し倒されて腰が入らないにもかかわらず、ゼロインチで放たれたミルの拳が、持ち前の力強さと素早さをフル活用し、クリスの水下を正確無比に打ち抜いた。
その威力たるや、数秒クリスが天井に張り付いたことで察せよう。隔離空間が無ければ確実に天井をぶち抜いている。
クリスが張り付いているうちにベッドから脱出したミルは、ドアに駆け寄りドアノブに手を掛けると、貼り付けから解放され重力に従って落ちてベッドで悶絶しているクリスをキッっと睨みつけ。
「たっつんのエッチ! 変態! ヤリ〇ン! 男色野郎! イケメン! もう知らないっ―――って出れないし!!」
飛び出そうとして絶賛稼働中の隔離結界に阻まれるミルだった。
「まぁなんだ、今のお前は女なんだから、男に注意しろと言いたかったんだ」
「危うく一番信頼している男に貞操を奪われかけたんですけど」
「リアリティがないと本当の危機感がわかないだろ。その危機感を忘れないようにな」
「……僕が抵抗できなかったらどうするつもりだったのさ?」
「そりゃまぁあれだ……据え膳食わねば?」
「これだから陽キャのリア充は!」
「いや流石に冗談だが」
リアルでもイケメンで非常にモテていた達郎を思い出し、ミルは自分と正反対の相棒に羨ましいやら妬ましいやら。
「大体なんなんだよあの押し倒すまでの手際の良さは! 抵抗する暇もなかったしっ」
押さえつけられた手首や、耳に吹きかけられた吐息、撫でられた首筋の感触を思い出しまた顔を赤くするミル。だが。
「いやいやあのくらい序の口よ? 押し倒す前にキスして服を脱がさなかっただけ良心的だと思え」
そう言うクリスに、いろいろと想像力が刺激され顔を真っ赤にしたり真っ青にしたり忙しい。
「僕の幼馴染は、いつの間にか遠いところに行ってしまっていた……」
いつも一緒にゲームしていたはずなのに全く知らなかったリア充の生態に、ミルはショックを隠せない。
「というか、そんなにリア充していてなんでゲームまでできるのさ!? おかしくない!? 大学だって普通に単位取ってるっぽいし!」
「クックック……持つべきものは友だよなぁ」
代返、ノートの貸し借り、果ては試験の回答まで回ってくるというクリスの交友範囲と要領の良さに、リア充のコミュ力があればなんでも許されるのかと、真面目に大学に通って単位を取ったコミュ力不足の非リア充として真剣に羨ましい。
「ちくしょうリア充め、帰ったら玲子さんに言いつけてやる」
「ちょっ、姉貴は関係ねぇだろ!」
達郎が母親以外に唯一頭が上がらない相手である姉の名前を出し、せめてもの反撃をしておく。八つ当たりとも言う。
「大好きなお兄ちゃんが男を押し倒すような男色家だと知ったら、巴ちゃんや由紀ちゃんはどう思うだろうねぇ。兄の尊厳丸つぶれだ、ざまぁ!」
姉を引き合いに出されて途端に狼狽えたクリスに味を占め、クリスの他の姉妹も巻き込むミル。相手の弱点を見つけたら迷わず飛びつくあたり、小物感がハンパない。
しかし、下の兄妹の話題が出た瞬間、クリスの顔が真顔になった。
「いや、巴はともかく由紀は喜ぶな」
「え゛、由紀ちゃんいつの間にか腐ってたの!?」
「残念な事にな。気付いたら手遅れだった……」
口惜しそうに視線を下げるクリスに、ミルは何とも言えない表情になった。
ミル、というか中身である稔は女性の同性愛はバッチコイの大正義と思っているので、別にそういうジャンルを否定する気はない。
だが、男としては男の積極的を肯定することもできない。いやむしろ、今の状況で積極的に肯定したらナニカが決定的に破綻する気がする。とそこまで考えて考え首を振り、ミルは話題を変えた。
「おおぅ、しばらく会ってなかったらそんな事に……巴ちゃんや由紀ちゃんは元気なの?」
「由紀は受験勉強でヒィヒィ言ってる。巴は……まぁ普通に大学生やってるさ」
「……? そっか」
話を変えるとっかかりに無難な話題を振ったつもりが、何か奥歯に物が詰まった様な微妙な返事をされ、首を傾げるミル。傍から見れば理想的なリア充一家である栗栖家にも、何か問題があるのだろうか。
達郎の家は、両親と姉の玲子、達郎の双子の妹の巴、三つ下の妹の由紀と女系家族である。
一人っ子の稔からしたら兄弟というのは羨ましいのだが、本人からしたら三姉妹に自分だけ男と肩身の狭い思いをしてきたらしく、稔が羨ましがると微妙な顔をよくしていた。
別に仲が悪いというわけではないのだが、両親が共働きで父親は出張で家を空けることが多く、男手が一つだと何かと面倒ごとの頼みをされることも多いようで、『そんないいもんじゃねぇぞ』とよくぼやいているのを聞いていると、まぁ色々と不満はあるのだろう。
母親も留守の時は長女の玲子が弟妹の面倒を見ていたため、達郎は未だに玲子に頭が上がらない。
「って姉貴達のこたぁいいんだよ! 今はお前の事!」
脱線しかけた話を元に戻し、クリスはズビシッとミルを指さすと。
「色々と無防備すぎるんだよお前は! なんだあの媚びっ媚びの外面は、それでも男か!」
「今の僕は女の子ですー。男の子じゃないですー」
「やっかましい! 中身は二十歳超えた男だろうが! ネカマの癖にかわい子ぶるんじゃねぇよ!」
「だって僕って可愛いし……」
「あぁ可愛いよ! 可愛いとも、それは認める」
「ぁ、ぉぅ!?」
急に真顔で頷くクリスに、思わず頬を赤くするミル。
「やだ何、そんな真剣な顔で告白!? 可愛いって罪。でもごめんたっつん、僕女の子の方が好きなんだ。だから諦めて他に良い人見つけてね。僕より可愛い子は無理でもたっつんならすぐに良い人見つかるよ!」、と超上から目線で返事をするより早く、クリスが言葉を続けた。
「まぁ俺のストライクゾーンじゃないがゴベハッ」
「そういえばたっつん、巨乳好きだったねぇ」
「人の水下にストレートかましといて平然と会話進めてんじゃねぇよ!」
「おほほほ、あら何の事かしら」
「ったく、なんで殴ったんだよ」
「むしゃくしゃしてやった。はんせいしている」
「全然反省してないなっ!」
ミルも何故かイラっとして殴ったが、なぜイラっとしたか考える前に手が出たので何故かと聞かれても困る。
「つか、今の一撃でちょっとHP減ったぞ。補助魔法かけてないっつっても、素手でフル装備の俺のHP削るってどんだけだよ」
「たっつんのチョップも痛いからお相子だよ。むしろ僕の力で攻撃食らってほぼ削れないって硬すぎ」
「まぁ伊達にお前の相方やってねぇってこった」
「流石だな相棒」
得意げなクリスと、なぜか非常に機嫌が良くなるミル。
「んで、何の話してたっけ?」
「あーそうだった、もうマジで話が進まねぇな! お前が無防備すぎるって話だ!」
「もう、回りくどいな! はっきり言ってよ!」
「だから、お前がうっかりおっさんに犯されたりして傷ついたりしないか心配だって言ってんの!」
「ぁ、はぃ」
「いいか、男は狼なんだぞ! 羊のふりしていても心の中は狼なんだ! ってなんで俺は幼馴染の男に対してこんな説教せにゃならんのだあああああ!!」
顔が赤いミルに、頭を掻きむしって絶叫するクリス、クールな顔が台無しである。
「あー、うん、たっつんの心配は分かったよ」
「分かってくれたか……」
「で、さ、例えばさっきみたいに組み伏せられたとして、僕が抵抗できないと思う?」
「実際抵抗出来てなかったじゃないか」
「そりゃ、信頼してる相棒にいきなり襲われたらびっくりするよ!」
「あ、はい」
「でも普通におっさんに押し倒されたら、速攻反撃するよ!」
「うーむ……だがな、こっちじゃ現実と違って麻痺とか催眠とか魅了とか色々と状態異常あるし」
「あー……たっつん、最近ペアで狩りしてて、僕が状態異常に掛かったことってある?」
「そーいや、ここんとこ見てないな」
「そうでしょ。ふふふ……ジャジャーン!」
得意気に右手の薬指を見せるミル。
「これなーんだ」
「結婚指輪……は逆か、なんだそりゃ? …………いや、まさか!?」
「あしゃすのゆびわ~」
ドラ〇もんの真似をしながら右手を高々と掲げるミル。
説明しよう!
【神器:創造神の指輪】とは、現在絶賛進行中のガチャイベント【創造神の神器】の目玉、創造神の名を関する神器セットの一つである。
現在、AAOにたった一つしかないその指輪の効果は、全状態異常完全耐性。
「当てやがったのか!」
「えへへ、でちゃった」
「キッモッ!」
「ひっどっ!」
クリスが驚愕するのも無理はない。
現在AAOの廃人プレイヤーが、累計何百万回まわされているか分からないほどのガチャの最上位当りの中の一つを、相棒がいつの間にか引き当てていたのだ。
セットの各部位が別々に出るという糞仕様をしてなお回さざるを得ない、創造神シリーズの鎧・手甲・足甲・指輪・首飾りの5点セット。公式チートやバランスブレイカーと揶揄されるほどの一品を、身近な人間が当てていた衝撃は大きい。
「言えよっ。紙装甲のお前がスタンや麻痺にかからないようにいっつも即キュアをスタンバってた俺の心労はなんだったんだよ!」
「ごめんよー。たっつんにだったら言っても良かったんだけど、何処かで聞き耳でもされて漏れたらすごい勢いで妬まれそうだし」
「リアルで言ってくれても……」
「イベント開始からAAOでしか会ってないじゃん」
「……確かに」
少し考えれば分かることなのに、言われるまで気付かない程動揺しているクリス。
超激レアと言えど、ネトゲの装備一つで一般人はここまで動揺しないだろうが、やはりクリスも常識人なようで廃人なのだ。
「まぁそういうわけだから、僕は大丈夫」
「そうか……オッケー了解した。でもなんでまた秘密にしてた指輪の事を言ったんだ? 適当にはぐらかせば良かったのに」
「そりゃ、心配してくれる幼馴染にこれ以上心配かけたくなかったからね。ありがと、心配してくれて。嬉しかった」
「……おぅ、さよか」
そっけなくそう言うと腕を組んだまま後ろを向くクリス。
幼馴染の素直な感謝と笑顔に、うっかり見惚そうになったということは断じてない。
こいつは稔、こいつは稔、と心の中で唱えて動揺を押し殺し、努めて真面目な顔で振り返る。
「さて、改めて今後について話し合いたいんだが」
「んー……それ今からじゃないとだめ? 僕ちょっと疲れちゃったんだけど」
「あー……そうだな、俺も疲れたしちょっと休憩して、夕食後でもいいか」
「そうしよう。僕もやりたいこと出来たし」
「やりたいこと?」
「お・ふ・ろ」
「あぁ風呂ね。……風呂? この宿には風呂は無いって―――ってお前まさか!?」
「ぐえへへへ、そらぁもうお前さん、女体化したとありゃそれしかありませんぜでゅふふ」
「やっぱりお前は稔だったよ!」
リアルだったら人様に見せられない顔になっているであろう相棒に、さっきの動揺はやはり気の迷いだったと黒歴史認定するクリスだった。




