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五譚 有村志穂

 先にも言ったが、この学校の図書館はとても古い。

 木製の棚はとろどころささくれ立っており、うっかりと気を抜いて手を置こうものならすぐさまとげが指に突き刺さる。

 学校の方針か、それとも司書の先生の趣味か、新しい本はあまり入ってくることはなく、流行のライトノベルや、文庫本は期待する生徒すらいない始末。

 

 日本史、世界史の資料の蔵書には小夜曰く目を見張るものがあるのだそうだが。

 それ以外のジャンルは、そこいらの小学校の図書館以下とばっさりと評価をした。


 さて、何はともあれそのような図書館が人気か否かと問われれば答えは否であり。

 幽霊図書室と呼ばれるほど人気がない。


 図書室で調べ上げた情報をもとに、答えを論文形式で叩きつける大学生とは違い、テストの回答は教科書を見れば掲載されている高等学校。


 指や太ももを急襲する机やいすのある図書室を、勉強目的で利用する生徒などまれであり、静かで厳かな空気がこの図書室にはどんよりと漂っていた。     


 そんな中、私と小夜はライライに連れられてそんな図書室へとやってくる。

 彼曰く、小夜という女性は毎日この不気味といってもいい図書室で歴史について調べるのが趣味らしい。


「私、この前図書室に行ったときはそんな子いなかったけど」


 小夜は不思議そうに首を傾げていたが。


「目立たない子だからね……」


 なんて冗談みたいなことをライライは平然と言ってのけた。


「今はせんげんだいの七不思議について調べているみたいだけど……そういえば今朝一巻が見つからないって困ってたね」


「見つからないって……普通に本棚にさしてあったわよ?」


「そうなの? 返却したの忘れてたのかな……」

「どんな奴なんだ?」


「うーん、説明は難しいんだけど……あ、そこの本棚を曲がったところだよ」


 人の身長の二倍ほどの大きさの巨大な本棚。


 ちょうど民俗学と書かれたプレートを曲がり、私たちはライライに言われた通り本棚を曲がる。


 

 そこにいたのは、怪異だった。



 その時の衝撃は、恐らく二度と訪れることはないだろう。


 夕暮れ時、夕日も差し込まなくなった蛍光灯の壊れた薄暗い本棚のスペース。


 そこには、山のように乱雑に積み重なった本と、その山のてっぺんから生える一人の女性。


 本に捕食されているというのがぴったりの表現であろうその少女は、それでも気にすることなく、細い白い腕をのばしてひとつ、ひとつと本を本棚から落下させていき……その山を大きく成長させていく。


 アラウルネ……という上半身だけを華から覗かせている化け物がいるが。

 彼女の姿はまさにそれである。


 誇張もなく率直な感想を述べると、それは妖怪以外の何物でもないだろう。 


「ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない」


 声を上げなかったのは奇跡であったろう。

 それほど、そこにいた存在は不気味であり、その光景は異常であり。


 しかしながら、その姿はとても美しかった。



 思わず息をのむとその存在は体が動かないためか、不自然に首を傾けてこちらを見る。

 

 その奇怪な動きはいよいよ人間ではない……。


「あなた達誰ですか? こんなところで何をしてるんです?」


 それはこっちのセリフだ。

 

 今思い出すとそう答えるべきだったのだろうが、私の頭の中には、どこが目立たないんだというライライへの突っ込みで埋め尽くされていた。


「やっほー有村さん」


「あ、新井君じゃないですか。奇遇ですね、こんなところで出会うなんて」


 しかしこの図書室のアラウルネにも驚いたが。それよりも驚いたのが、ライライがなんの迷いもなく私たちに接するようにその怪異に声をかけたことである。


「図書館の本を床にばらまいちゃダメじゃないか」


「うぅ、それは素直に謝罪です。ですが仕方のないことなのです……確かにあとで私はこの本を片付けるのに苦労をするでしょう。ですがその程度の苦労で失ったあの本を見つけ出せるならば、これはコラテラルダメージ……目標を達成するための致し方ない犠牲でしかないのです!」


 有村志穂の第一印象は前向きに言って変な奴。


 正直に言うといかれた奴であった。


 「相変わらず君は個性的だね」


 だからこそライライのこの評価は、彼の器の大きさを知らしめられた瞬間でもあった。


 ライライは私たちの中で一番コミュニケーション能力が高い。

 それは私と小夜の二人で認めたことであり疑いようもない。


 しかし、その友好関係が人外にも有効であるとはこの時初めて私と小夜は知った。

 

 宇宙人とやらが地球にやってきたときに、ライライを親善大使として送り込めば、どんな目的で地球に来たとしても友好関係を築けるだろう……。


 そんなたわごとを本気で考えるくらいには、その時有村志穂と会話をするライライは偉大なことをやっているように見えた。


「ところでそちらのお二人はどちら様です?」


「友達だよ、前に話しただろ? カズと小夜」


「ほほぉ、お話には聞いていましたが彼らが新井くんの親友なんですね、私妄想の話とばかり思ってましたよ。親友なんて都市伝説かと思ってましたけど実在したんですね。珍しい」


「君より珍しい人間なんてそうそういないと思うんだけど」


「失礼な。私はどこからどう見ても絵にかいたような文学少女ではないですか」


「なんだ小夜、仲間がいたじゃねえか」


「ごめん、返上するわ」


 小夜は文学少女の肩書を捨てた。


「少なくとも、本を体にまとった祟り神のことを絵にかいたような文学少女とは呼ばないなぁ。鏡とか見たことない? 自分自身が現在進行形で都市伝説になりかけてるよ? というかどうやったらそんなことになるの?」


「私、鏡嫌いなので鏡のある場所には近づきません。そしてどうしてこうなったのかについてですが、これだけ大きな本棚だと、こうして一冊づつ取り出して確認しないと見落としてしまうかもしれませんし、うっかり列を飛ばして探しちゃったりするかもしれないじゃないですか! だからこうして見落としが無いように一冊一冊取りだして確認をしているのです。本当は平積みにしていたんですが、うっかり崩してしまって……だけどまた積みなおすのも面倒なので取り落として言っちゃえばいいかなぁと思い立ち今に至ります」 


 長々と説明をする志穂であったが、その時私は「トイレとかどうしてるんだろう?」という疑問しか浮かばなかった。


「……とまあ、こんな感じの子なんだけど」


「ねえライライ、本当に同じクラスなの? 私記憶操作でもされない限りこんな印象的な子を忘れるわけないと思うんだけど」


「クラスではおとなしくしてますからね。というか授業中と休み時間は基本的にお昼寝の時間なので」


「ほとんど寝てるってことだよなそれ」


「その通りです。新井君とは同じ図書委員なので面識があるだけです」


「どうやら、彼女のことを認識してない人間は俺たちだけじゃなさそうだぞ?」


「そのようね、私たちが孤立したボッチでないことが証明出来て何よりだわ」


「いや、孤立したボッチなのは事実だろ」


「………………」


「…………」


「……本題に戻りましょうか」


 小夜は話題を変えて誤魔化した。



「それで、本当は優しいくせに素直になれない詐欺師さんと、寂しがり屋なのに今更キャラが壊せないからボッチでいる優等生さんが私になんの御用でしょうか?」


「「ライライ?」」


「なんのことかなぁ~?」


 にらみつけると、ライライはそっぽを向いて吹けないくせに口笛の真似事をする。


「はぁ……とりあえず、どんな説明をライライがしたかをしばき倒して白状させるのはあとにして……貴方の探しものってこれかしら?」


 そういって、小夜は志穂に~遥カ見様~と書かれた本を突きつける。

 

「ああ!? 」


 自らを捕食する本から脱出をし、手を伸ばす志穂であったが。、小夜は本を自らの背後に隠すと、伸ばした手は空振り志穂は大げさな音を立ててすっころんだ。


「探し物だった?」


「そうですその通りです! ぜひとも返却を! この本は、七つ集まらないと意味がないのです!」


「いやよ、これは私がそこの本棚から正当に借りたの……まだ読み終わっていないもの」


「そ、そんなぁ!? その子の帰りを待っている六冊の本たちがいるんです!? お願いします、お願いします!」


「それを一人だけ離れ離れにしたのは貴方の過失でしょう?」


「うぅ、ごもっともな意見でぐうの音も出ません! こうなれば情に訴えかけて助けてもらう作戦に移行するとしましょう! 助けてください新井君! カズさん!」


「小夜に一票」


「同じく」


「あえなく失敗です!」


「なぜ成功すると思ったのか不思議でならないけど……返してほしい?」


「もちろんです! すごく返してほしいです」


「そう……そこまで言うなら返してあげてもいいけど、一つ条件があるわ」


「ひっ……じょ、条件? い、いじめる?」


「いじめないわよ。失礼ね」


「そうですか、それなら安心です。なんでしょうか?」


「条件っていうのは、協力を仰ぎたいのよ……ね? カズ?」


「お、おい……」


「大丈夫よ、まかせて」


 不安から声をかけたが、小夜はウインクをして止める間もなく話を進めていく。


「きょ、協力ですか?」


「私たちは奇譚研究会っていうんだけど、今度せんげん台の七不思議について研究結果を報告することになったのよ、それも生徒会からの依頼でね……学級新聞に研究結果をのせるし、論文として発表もするわ。教師も注目してくれている」


「え? そうなの? この研究会そんなに注目されてたの?」


「安心しろライライ、俺も初耳だ」


 その時、彼女のよく回る舌にどちらが詐欺師だと私は毒づいたりもしたのだが。

小夜の言葉はあながち間違ってはいない。

 正確には生徒会からの【依頼】ではなく【命令】であり、七不思議の研究をしろともいわれてはいないのだが。

 私たちが七不思議の研究結果を生徒会に報告をするのは事実であり、顧問の郷ヶ先は自分の持っている研究会が廃部になるかもしれないと聞かされれば注目もするだろう。


 屁理屈と言ってしまえばそこまでであるが、志穂という少女は小夜が作り上げた出鱈目な正当性を信じ込んでしまったようだ。


「そ、それはその……すごいですけど、あの、結局私は何を協力すれば?」


「決まってるじゃない。お互い本は譲れない、譲れないなら一緒に読めばいいのよ」


「一緒に?」


「そ、一緒に。あなたはこの学校で七不思議に一番詳しいし近しいわ。だから、報告書の作成を手伝ってほしいのよ」


「一緒に?」


 反芻するように目を丸くする志穂。 飛び出そうになっているのは置いておいて……彼女にとっては予想すらしていなかった事柄だったのだろう。


 変な奴……程度にしか認識をしていなかったが。

 

 その奇跡を目の当たりにしたような瞳の意味を知るのは、まだもう少し先の話になる。


「わ、わた……私……だ、ダメな奴ですよ? 勉強もできないし……運動もできないし……こんな本ばっかり読んでますし……あの、自慢じゃないですけど人の目をはばからずに奇行や妄言を繰り広げますよ!?」


「関係ないわ、そんなこと言ったらこっちのカズなんて数学出来ないし、もてないし詐欺師だわ?」


「そこは自分を引き合いに出せよお前」


「私は完璧優等生だもの」


「へーへー……そうですねー」


「ほ、本当に本当にいいんですか?」


「いいんじゃないの? 正直この二人、口先だけであんまりあてにならないから……。有村さんが来てくれるとすっごい助かると思うんだよね」


「あ、新井君……」


 ライライの言葉がダメ押しとなったのか……今思うと彼女の青白い肌がその時紅潮して見えたのは見間違えではなかったのだろう。

 彼女はライライの言葉に小さく頷くと……小夜は笑顔を見せてハルカミサマの本を志穂に手渡した。


 彼女は大事そうにその本を抱きしめる。


「ようこそ、奇譚研究会へ! 明日の放課後、学校に泊まり込みで七不思議の調査と報告書の作成を行うわ! もちろん……来るわよね?」


 それは強制ではない小夜の質問であったが。


「……は、はい! 不詳この有村志穂! 理科も数学も英語も苦手ですが、魔界都市せんげん台の七不思議についてならば、この学校で右に出るものはいないことをお約束しましょう! っていうか泊まり込みの調査っていきなりですね!」


「あら、お気に召さなかったかしら?」


「その、初対面なのに何もかも見透かすような瞳! だから気に入った!!」


 薄暗い図書館に、そんな明るい声がその時確かに木霊する。


 奇譚研究会という、孤独な人間の避難場所に、また一人住人が増えた瞬間であった。




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