第四百九十六話 光明
「生きて……いるって、リノス様……」
リノスの言葉に反応したのは、ペーリスだった。彼女はリコとソレイユが飲み込まれた一部始終を目撃している。その彼女をして、二人が生きているなどということは、信じられないことだった。
だが、リノスはその瞳に強い光を湛えていた。その様子は、彼の言葉が嘘ではないことを如実に物語っていた。
「必ず、必ず生きている」
「でも、リノス様……」
ペーリスはリノスと周囲にいる人々を交互に見比べながら、口を開く。その様子を察して、メイが口を開く。
「先ほど、シディーちゃんから事のあらましは聞きました。リコ様とソレイユさんは、噛み砕かれたわけではなく、丸呑みされたのですよね?」
「はい、そう見えました」
ペーリスが戸惑いながら返答する。
「と、すれば、生きている可能性もありますが……」
メイはそこまで話すと、静かに視線をリノスに向けた。彼女としても、リコとソレイユが生きている可能性は、限りなくゼロに近いと思っていたのだ。
ドラゴンと言う生き物は、何でも食べることができる。かなり毒性の強いものでも分解してしまう強い胃液を持っている。従って、人間がひとたびその中に飲み込まれると、わずか数分でその身は溶けてしまうのだ。しかもドラゴンは、飲み込んだ食べ物から徹底的に養分を吸収しようとする。そのため、リコとソレイユの体はロイスの腹の中にあるにはあるだろうが、その形はもはや、人間の形にはなっていないことは、容易に想像できたのだった。
しかし、リノスは生きていると確信を持って言う。その根拠がどこにあるのか、メイは無言のまま、彼に説明を促す。
「俺が二人に張った結界が、ちゃんと機能している」
リノスは短い言葉でそう言い切った。その様子は自信と安堵の表情が浮かんでいた。
「ちゃんと、二人の魔力を感じることができた。二人は、俺の結界に守られて生きている。ただ……」
そこまで言うとリノスは言葉を切り、ダイニングの床に転がされている黒龍のツネに視線を向けた。
「二人を食らったドラゴンが、どこにいるのかが、まるでわからないんだ」
ツネはリノスと目を合わせたまま、微動だにしない。どうやら、話をする気はないのが、誰の目に見ても明らかだった。
「空間……」
不意に声が聞こえた。声のする方向に視線を向けると、そこには、シャリオの姿があった。
「中の兄さまは、空間魔法を極めている」
「シャ、シャリオ!」
ツネが目を見開いている。余計なことは言うなと言わんばかりの様子だ。だが、彼女はツネを一瞥すると、冷静な表情で話を続ける。
「中の兄さまは、作り出した空間の中に潜んでいる。そこを突き止めるのは、困難だ。それに……飲み込まれた者が生きているかどうかを判断するのも……」
「いや、生きている。絶対にだ」
シャリオの言葉に、リノスは即答する。そのあまりに自信に満ちた態度に、シャリオは驚きの表情を浮かべる。
「ただ……全力で気配探知と魔力探知を発動しても、ヤツがどこにいるのか、全く見当もつかないんだ」
「中の兄さまはきっと、この屋敷の近くにいるだろう」
「何? なぜそう言い切れる?」
「きっと、あの黒龍はアリリアを狙っているのだと思います」
シディーが毅然とした態度で口を開く。その言葉に、シャリオは大きく頷く。
「中の兄さまの狙いは、この子だ。何の迷いもなく、サイリュースとこの子供を食らいにいっていた。確実に、もう一度この子を食らいに来るだろう」
「わっ、私が……私が……」
アリリアが必死の形相を浮かべながら、まるで懇願するように口を開くが、シディーはゆっくりと首を振った。
「残念ながら、アリリアが囮になる作戦は、失敗する気がするわ。母さんの直感が、そう言っているわ」
みるみるアリリアの顔がくしゃくしゃになっていく。彼女はメイの胸に顔をうずめて、声を殺して泣き始めた。
その様子を見ながら、リノスはゆっくりと口を開く。
「というのが一番の問題は、あの黒龍の空間を破る方法がない、ということだ。ヤツは全力で張った俺の結界を何のダメージもなくすり抜けた。あれは空間魔法のせいなのだろう。あの魔法を何とかしなれば、リコとソレイユを救うのは難しい……」
「……空間を斬る剣を作ればよいと思います」
メイが即答する。リノスが、得心したような表情に変わる。
「空間を斬る剣、か……」
「はい。これはあくまで理論上のことで、実際に試したことはないのですが……」
「リオエの理論……ね?」
シディーが口をはさんでくる。メイはゆっくりと頷く。
「約900年前に唱えられた理論です。天才鍛冶師であるリオエ・オーラが唱えた理論で、実現不可能と言われています。ジャルガランの石を溶かして剣を作るのですが、完全に均等になるように剣を打たねばなりません。そのうえ、鋭い切れ味を持たせなければならないので、一人や二人の鍛冶師では……」
そこまで言うと、シディーの動きがぴたりと止まった。
「どうした、シディー」
「できる、かも、しれません。ね、メイちゃん?」
シディーはメイに視線を向ける。彼女はゆっくりと頷いた。
「世界最高の切れ味を誇る剣は、すでに存在します。リノス様がお持ちの、ホーリーソードです。それを元に剣を作れば……」
「ホーリーソードに、溶かしたジャルガランを塗って、鍛え上げるのです。ただし、均一に鍛え上げねばなりませんので、世界最高峰の鍛冶スキルが必要です。ドワーフ王様に協力いただければ、あるいは可能かと思います」
「それなら、大丈夫だわ」
シディーが自信満々に胸を張る。
「お父様が断る可能性は、万に一つもないわ。大丈夫、私が説得してみせるわ。お父様が鎚を打ち、私とメイちゃんが介添えをすれば、きっと、空間を切り裂く剣は作れるはずよ。ただ……」
「ただ、何だ、シディー?」
「それを作り上げるまでに、一週間はかかります」
「一週間……」
リノスの表情が一気に曇る。リコとソレイユが生きている確信はあるが、彼女たちが飲まず食わずの状態で一週間もの期間を過ごせるかと問われれば、答えは否だった。リノスは思わず唇を噛んだ。
「ちょっと待って、シディーちゃん。人数を増やせば、その期間は短縮できるのではないでしょうか?」
「お言葉だけどメイちゃん、お父様や私、そして、メイちゃんくらいのスキルを持った鍛冶師は、世界中どこを探してもいないと思うけれど……」
「いいえ、一人いらっしゃいます。ガルトー様です」
「お兄様?」
「はい。先日、ガルトー様からアガルタ大学に解剖用のメスが十本贈られてきました。それらはすべて、ガルトー様がお造りになったそうです。すべてのメスが均一な厚さと見事なキレ味に仕上がっていました。失礼な話ですが、そのスキルは、ドワーフ王様と比較しても、遜色のないものだと思います」
「なるほど、お兄様ね……」
シディーは人差し指を顎の下に当てて、何かを推理するようなポーズを取る。しばらくすると彼女はゆっくりと頷いた。
「お父様とお兄様……そして、私とメイちゃんが代わる代わるに打てば、時間はかなり短縮できるわね……。今からすぐにかかったとして……三日。三日あれば、できると思います」
「シディー。すぐにかかってくれ」
リノスの決断は早かった。彼はシャリオにロイスの空間魔法のことを詳しく教えてくれと頼み、床に転がっているツネにも、知っていることを話せと命じた。そして彼は、家族全員に視線を向けながら、ゆっくりと、落ち着いた声で口を開いた。
「これからは、かなり危険な戦いになりそうだ。家族……特に、子供たちは、どこか安全な所に避難させよう。少し離れ離れになるけれど……な」
彼の言葉に、全員が息を呑んだ。




