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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十六章 黒龍編 激闘編
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第四百九十四話 懇願

リノスの指先から小さな、黒い球体が、高速で褐色の肌を持つ子供の許に向かっていく。彼は一瞬、ギョッとした表情を浮かべ、その直後、とんでもない速さでそれを躱した。だが、リノスから放たれた球体は、正確に追いかけていく。


「ちいっ!」


憎しみとも怒りともつかない声が聞こえてくる。だが、この一瞬のやり取りが、運命を分けた。リノスが気付いたときには、上空の黒龍がアリリアのすぐ傍に迫っていた。


「……!!」


声にならない声を上げようとするリノス。そのとき、視界に金色の、フワフワしたものが映った。


それは、妻のリコレットだった。


彼女は両手でアリリアを突き飛ばした。宙に浮くアリリア。その瞬間、リコの体は、黒龍に飲み込まれた。


「リコぉぉぉぉぉぉぉ!!」


リノスの絶叫が響き渡る。リノスは右手のこぶしを握り締めながら、それを上空の黒龍に向ける。その瞬間、その腕が紫色に光る。


「アルラ、パーセンドリア、リーイッヒ、レゼベルグ……」


リノスの詠唱に呼応するかのように黒龍の周囲が紫色に包まれ、その色は徐々に濃くなっていく。だが、黒龍の姿は少しずつ透けていく。


「逃が……さん!」


しかし、まるでリノスをあざ笑うかのように、黒龍の姿は消え去ってしまった。


「……」


呆然とするリノス。そのとき、リノスの耳にバチバチと何かがはじける音が聞こえてきた。


そこでは、黒い子供が上空を高速で移動しながら、両手をクロスする形で防御態勢を取っていた。黒い子供の周囲には黒い煙のようなものが漂っているが、リノスの放った黒い球体がその煙に触れるたびに、パチパチという音を生み出していた。


子供は後ろ向きに飛行しながら、その球体から必死で自身を防御しようとしているが、それはまるで、吸い付くようにして離れない。


「グッ……ぐわぁぁぁ!」


子供が歪み切った表情を浮かべながら、叫び声を上げる。その瞬間、身体が炎に包まれ、その体を地面に叩きつけた。


「……」


リノスは動かない。ホーリーソードを片手に握ったまま、呆然とした表情で視線を向けている。そこは、高く積もった雪を一瞬で融かして、地面が露出していた。だが、そこに倒れているはずの子供の姿はなかった。


「やはり、強いな」


気が付くと、地面に叩きつけられたはずの子供が、宙に浮いていた。体中から黒い煙を出しながらも、腕を組み、尊大な姿勢でリノスを睨みつけていた。


「この姿ではやはり無理がある。ここは……うっ!」


パチッと小さな音がしたかと思うと、子供がどさりと地面に落ちた。リノスは相変わらず、呆然とした表情で眺めていたが、よく見ると、口元が小さく動いている。リノスは、ひたすらに詠唱していたのだ。


リノスは詠唱したまま、表情を崩さずに、ゆっくりと子供の許に歩いて行く。一歩を踏み出すたびに、子供の周囲を囲んでいる赤い靄のようなものが光を放ち始めていた。


「ぐっ……ぐあぁぁぁ」


リノスが近づくたびに、子供の表情が歪んでいく。一体、何が起こっているのかがわからなかった。子供の体がとんでもない力で締め付けられている。


この、子供の正体は、ロイスの長兄であるツネだった。ツネは、今、自分に起きている現象を信じることができなかった。


すでに人化は解除しているはずだった。にもかかわらず、自身の体は、元の子供のままだ。なぜ、人化が解除できないのか。そして、体にはジワジワと熱を感じる。これも、ありえないことだった。


もともと、その体を覆う鱗は、とても丈夫なものだった。加えてツネの場合は、鱗自体に魔力を通すことができるために、暑さ寒さを自由にコントロールすることができた。しかし、今は違う。ジワジワと周囲の熱が上がり、熱さを感じるようになってきた。先ほどから必死で体温を下げようとコントロールしているが、自身の力を遥かに凌駕した力で熱を加えられている気がしてならなかった。


そのとき、すぐ傍に気配を感じた。それは、アガルタ王、リノスだった。


リノスは全くの無表情でツネを眺めていた。そして、その表情を一切変えることなく、手に持っていた剣を振るった。


……ツネの右手が宙を舞った。リノスは続けて剣を振るう。すると、左手も宙を舞った。


……このまま、切り刻まれるのか。


信じられないことだった。体の硬度には絶対の自信があったのだ。人化しているとはいえ、自身の魔力の動きはちゃんと把握できていた。すでに、体中に魔力を行きわたらせて、体を硬化していた。にもかかわらず、リノスは易々とこの体を切り裂いている。一体、何が起こっているのか、ツネの頭は混乱していた。


リノスは相変わらず無表情のまま、ツネに剣を向けている。やがてリノスは、剣の切っ先をツネの顔に向けた。


「殺してやる」


確かに、ツネにはそう聞こえた。リノスからは殺気は感じないが、確かにそう言った。それは実に不気味だった。


「リノス様、ダメェ!」


突然、女性の声が響き渡った。ふと見ると、緑色の髪の毛を持つ小柄な女性が、よろめきながらこちらに向かってきているのが見えた。その後ろでは、もう一人の、青色の髪の毛を持つ女性があらぬ方向に駆け出していく。


「リノス様、ダメです」


「放せ、シディー」


シディーと呼ばれる女性が、リノスの腕をつかんでいる。彼女はハアハアと荒い息遣いをしながら、リノスを睨んでいる。リノスは、全く視線を向けようとはしない。


「リノス様、ダメです。この黒龍を殺しては、いけません」


「放せと言っているだろう」


「リノス様!」


「やかましい!!」


突然リノスの絶叫にも似た声が響き渡った。リノスは思い出していた。あの、バーサーム家の悲劇の光景を。彼を育ててくれたご主人様、エルザ様を、師匠であるファルコを、心から分かり合えたお嬢様……エリルを、バーサーム侯爵を、摂政殿下を、一匹のドラゴンが食らったあの光景が、脳裏に思い出されていた。


あの時と同じことが今、目の前で繰り返されたのだ。沸々と湧き上がるドラゴンに対する憎しみが、彼の心の中を支配しようとしていた。彼は、剣を握る手に力を籠める。


そのとき、シディーの体が、スッとリノスの前に回り込んできた。そして、彼女はリノスの胸に顔を押し当て、両手を背中に廻して、抱きついた。


「リノス様……。大丈夫です。大丈夫ですから。心を落ち着けてください。リノス様、大丈夫です。この私が言うのです。リノス様、リノス様、リノス様……」


シディーの声がどんどんと涙声に変わっていく。彼女は泣きながら、さらに言葉を振り絞る。


「リノス様、リコ様も、ソレイユも、きっと大丈夫です。私の直感がそう教えてくれています。ただ……二人が……二人を守るためには……この黒龍が必要なのです。この黒龍を殺してしまっては、なりません。リノス様、お気持ちはよく、よくわかります。ですが、ですが、どうか、どうか、怒りを鎮めてください。お願いします。お願いします……」


「シディー……」


リノスはそう呟きながら、がっくりと膝を折った。その表情は相変わらず、無表情のままだった。


シディーはリノスに抱き着きながら、心に小さな痛みを覚えていた。リノスの怒りを鎮めるためについたウソ……。彼女の直感は、この黒龍を殺してはならないと伝えていたが、リコやソレイユのことまでは伝えていなかった。だが、このままでは確実にリノスは黒龍の命を奪う。そう判断したシディーは、咄嗟に嘘をついたのだった。


そんな心の痛みを隠すように、シディーは何度もリノスの名を呼び続けるのだった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] むいつもの通りのシナリオちょっと飽きた
[一言] 「彼」という代名詞を使いすぎてて、ちょっと読みにくく感じました。「彼」がリノスを指してたりツネを指してたりするので。
[気になる点] 似たような展開ですね、妻か家族の誰かが狙われてリノスがどうにかするパターン
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