第四百九十一話 天変地異
次の日、ヒーデータ帝国の帝都は、激しい大雪に見舞われた。晩秋のこの時期に雪が降るのは珍しい。ましてや、大雪となると、それはこの国に住む長老でさえ記憶にないという程の珍しさだった。
リノスが起床すると、辺り一面が雪景色になっていた。しかも雪はドンドン降り積もっている。あまりの天気の変りぶりに、リノスは驚きを隠すことができなかった。
「やはり、嵐になった」
空を見上げながら呟いているのは、シャリオだった。その彼女の後ろで、大きく頷いているのは、リノスの妻の一人である、シディーだ。
「昨日、空に魔力を感じたが、やはりアレが原因だったか」
「やっぱり、兄たちの力が働いている」
「……」
リノスは無言のままシャリオを見つめる。ダイニングに集まった家族全員が、彼女に視線を向けている。そんな様子を見廻しながら、シャリオはゆっくりと口を開く。
「こんなことができるのは、おそらくターチャとショースの兄さまたちだ」
「ターチャとショース……」
「兄さまたちは、天候を操る魔法が得意だ。二人であれば、天候がこれだけ変わるというのも頷ける」
「これだけ雪を降らせて、奴らは一体、何を考えているんだ?」
「わからない。ただ、魔力を消耗するだけのことだ。何のためにこれをしようとしているのか、私にもわからない」
「……邪悪なものを感じます。早くこれを止めないと、大変なことになります」
シディーがいつになく真剣な表情で話しかけてくる。そのとき、屋敷の玄関の扉を激しく叩く音がした。
「誠に恐れ入ります! ヒーデータ帝国皇帝の勅使、セオーノです! アガルタ王様に、お取次ぎを願います! 誠に恐れ入ります! お取次ぎを願います!」
あまりにも切羽詰まった声だったために、慌てて玄関に向かおうとしていたペーリスを止めて、リノスは一人で玄関に向かった。
「おお、アガルタ王様……」
「久しぶりですね、セオーノさん」
「ハッ……」
この人は、リノスがジュカ王国からヒーデータ帝国にやってきたときに、帝都を案内してくれた人だった。その後も、彼が結界石屋を始めたり、スーパーを開業したりしたときも、よく顔を出してくれていた人であった。だが、リノスがアガルタの国王になってしまってからは疎遠になってしまっていて、本当に久しぶりに会うことができたのだった。
ちなみに、結界石屋もスーパーもちゃんと営業していて、繁盛している。結界石は当初はリノスが作っていたが、今は何と、ゴンがそれを作っている。リノスが彼にその製造方法を教えたのだが、なかなかマスターするのに時間がかかったものの、今では結界LV3までのであれば、問題なく作ることができるようになっていた。彼の色町での遊び金は、この売り上げから出ているのだ。
色々と積もる話もあるが、セオーノの切羽詰まった様子が、その話をすることを躊躇わせた。彼はリノスの顔を見て安心した表情を浮かべていたが、やがて片膝をついて、畏まった。
「至急の用向きでございますため、ご無礼の段、お許しください」
「そんなに畏まらないでください、セオーノさん。まずは中に……」
「恐れ入ります。こちらで結構です。アガルタ王様に、陛下より至急のお願いがございます」
「承ります」
「恐れ入りますが、この帝都全体に、結界を張っていただきたく、お願いに上がった次第です」
「もしかして、この天候が……」
「その通りです。すでに|宮城<きゅうじょう>の周辺には深く雪が積もり、雪かきすらできない状態です。私も、こちらに来るまでに帝都の様子を見てまいりましたが、雪のために道が寸断されている箇所も多くございました。おそらく、帝都のあちこちでも同じ状況かと思われます。このままでは、帝都の機能が完全に停止してしまいます」
「わかりました。今すぐ結界を張りましょう」
そう言うとリノスは外に出て、空を見上げる。スッと手を出すと、その手の上にみるみる雪が積もってくる。彼は小さなため息をつくと、目を閉じて詠唱を開始した。
「……止んだ」
セオーノが小さな声で呟く。先ほどまで降っていた雪が嘘のように止んでいた。だが、空は相変わらず真っ黒い雲で覆われていて、何とも言えぬ不気味さを感じさせる。
「これで、これ以上雪が降り積もることはないと思います。結界の外面には、熱を持たせてありますので、雪は結界に当たるとすぐに溶けてなくなるかと思います」
「ありがとうございます。陛下もこれで、安心なされるかと思います。あの……それで……」
「何でしょうか?」
「私とともに、陛下の許にいらしていただけませんでしょうか?」
「え? どういうことです?」
「その……宰相様が仰るには、アガルタ王様はきっと、帝都に結界を張って下さるだろうと。それが済んだら、すぐに陛下の許にお越しいただきたいと伝えよと。アガルタ王様ならば、私と一緒に転移してくださるはずだと」
「……何という。わかりました。少しお待ちください」
リノスはそう言うと、踵を返してダイニングに戻っていった。彼はそこを抜けて離れにある自室に向かう。そこには、リコがエリルら子供たちとともに控えていた。
「リコ、今から陛下のところに行ってくる」
「まあ、兄上が?」
「至急会いたいそうだ」
「わかりましたわ。それでは、着替えを……」
「ああ、頼む」
リコはいそいそと衣裳部屋に向かっていった。その彼女を追いかけて、子供たちも付いて行く。
「アリリア」
リノスに呼び止められたアリリアは、キョトンとした表情を浮かべる。そんな彼女にリノスは手招きをして呼び寄せ、懐から龍王から贈られた龍玉を取り出す。
「これは、龍王からアリリアに渡してくれと頼まれたものだ」
「ええっ? りゅーおーくん、来てくれたの?」
「ああ。夜遅くに来たんだ。アリリアは寝ちゃっていたな」
「ええー。つまんないの」
「その龍王からアリリアに、これを渡してくれと頼まれたんだ。大切に持っておくといい」
アリリアはリノスから龍玉を受け取ると、不思議そうな表情を浮かべてそれを見ていたが、やがて、大切そうにそれを持って、パタパタと部屋を出ていった。
……あ、あの玉に、魔力が通らないように結界を張っておけばよかった。
もし、アリリアがあの玉に魔力を通せば、龍王はあの玉から出てくるのだろうか? そんなことを考えていると、リコが子供たちを伴って、部屋に戻ってきた。
「これと、これを着てくださいませ」
「ありがとう。助かるよ、リコ」
彼は子供たちに手伝ってもらいながら、いそいそと服を着替える。それが終わると、彼はリコに視線を向ける。彼女はじっとリノスの様子を見ていたが、やがて、ゆっくりと頭を下げた。それを見て、彼は行ってくると言って、部屋を後にした。
セオーノと共に、陛下の許に転移する。彼はさも、申し訳なさそうに陛下の私室に転移してほしいと言って頭を下げた。リノスは仕方なく、彼を伴って陛下の私室に転移する。
「おお、ようやく来たか。遅かったではないか」
陛下は、リノスの姿を見ると大きなため息をついた。その周囲には、宰相閣下、ヴァイラス公爵が控えていた。彼らも椅子に腰かけていて、待ちくたびれたという感じがありありと見て取れた。
「申し訳ございませんでした。雪のため、難渋をいたしまして……」
セオーノが片膝をつきながら、深々と礼をする。
「よいよい。そなたも、苦労であったの」
「ハハッ。勿体なきお言葉」
陛下は優しい笑みを浮かべていたが、すぐに真顔になってリノスに視線を向けた。
「まさか帝都にこれほどの雪が降るとは、予想外であった。すまぬが、知恵を貸してもらいたい」
「俺でよければ、何なりと」
「この雪を解かすためにどうすればよいかの。このままでは帝都が雪に埋もれてしまう」
「そうですね。そうなりますよね」
「アガルタは大丈夫であろうか」
宰相閣下が陛下とリノスを交互に見比べながら口を開く。
「そうですね。何かあれば知らせが来るはずですが……。特に何もないので、問題ないと思いますが、一度、確認しようと思います」
「それがよい。アガルタの状況を確認してから再び、こちらに戻ってきてもらえまいか?」
「わかりました」
そう言って、リノスはアガルタの都に向けて転移した。
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