第四百九十話 不必要?
「何? どういうことだ?」
怪訝な表情を浮かべる俺に、龍王は表情を変えることなく、さらに言葉をつづける。
「ツネたち黒龍兄弟は、今、住んでいる島から離れないことを条件に群れから離れることを許されている。掟の厳しい奴ら一族にとってこれは、破格の待遇だった。だが、奴らはそれを破り、姿を消した」
「……ウチにいる、あのシャリオを取り戻しに来るつもりか」
「おそらくは、な」
「わかった……」
とすれば、黒龍たちは全力で俺たちに攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。このことをシャリオに伝えて、対策を練らなければならない。屋敷を見つめながらそんなことを考えていると、龍王がニヤリと笑いながら何度も頷いている。
「何だ、どうした?」
「貴様、わかってきたではないか」
「うん? 何が?」
「フフフ。さあ、我を案内せよ」
「もしもし? 何を言っておいでです?」
「何を……? 貴様、我をこの屋敷に迎えるのではないのか」
「え? 何て? おかしいな。耳がおかしくなったのかしら?」
龍王はゆっくりと腕組みをしながら、顎をクイッと上げる。明らかに怒っている様子だ。
「我がこの屋敷に逗留して、襲ってくるツネたちを撃退してやろうというのが、わからんのか?」
「……お気持ちは大変ありがたいのですが、間に合っています」
「ほう、では、貴様一人で、ツネたちを相手にできるとでもいうのか?」
「……いえ、その件につきましては、まだ、検討段階でございまして、これにつきましては、問題の重要性を鑑みますと、やはり議論に議論を重ねまして、慎重に結論を出したく存じますので、今しばらくの猶予を頂戴いたしたく、思う次第でございます」
「猶予? 貴様、そのような時間があるとでも?」
「ご指摘は誠にごもっともではございますが、先に申し上げました通り、問題の重要性が高いという観点から、すぐに結論を出すべき事案ではなく、限られた時間の中で十分に議論を重ねた上で、結論を出すべきものと承知致しております。その点をお汲み取りいただきまして、今しばらくのご猶予を頂戴したく思う次第でございます」
龍王の首がカクンと横に倒れる。見ていてちょっと面白い光景だが、そんな俺たちの様子を見かねたのか、シディーがスッと寄ってきて、クイクイと俺の袖を引っ張る。
「……遊んでいないで、結論を先に言ったほうがいいと思います」
何とか、国会の答弁みたいな感じで煙に巻こうと思ったが、厳しいようだ。そう考えると、あんな答弁を繰り返すことができる人たちは、基本的に頭が良いのだろう。頭脳の使い方は激しく間違っている気がするが。
「その点については、大丈夫だ。お引き取り下さいましな」
「……貴様、何を言っているのか、わかっているのか? ツネたちを甘く見ないほうが良い。少なくとも、この我と拮抗するだけの力を持っているのだ。貴様一人の力では手に余ることは明白だ。この屋敷が襲われれば、貴様は妻や娘を守りながら戦わねばならないのだぞ。そこにいる、若いドワーフやサイリュースに被害が及ぶやもしれぬのだぞ?」
「若いだなんて、そんな……。事実、若くはありますけれど……」
シディーが両手を頬に当てながら、顔を赤らめている。……そこじゃないだろう。
視線を龍王に戻してみると、ヤツは腕を組みながらドヤ顔をしている。コイツの魂胆は分かっている。そういって屋敷に入り込み、アリリアに近づこうとしているのだ。何て大胆不敵なヤツなのだろうか。こんな虫を入れてしまえば、どんなことになるだろうか……。ああ、想像するだけでも恐ろしい。
俺はコホンと咳払いをすると、彼に向けて、噛んで含めるように話を始める。
「龍王、お前はお前なりに考えてここに来たのだろう。その行動力は褒めてやっていい。だが、そこから先はダメだ。俺を説得しないとな」
「何だと?」
「忘れていないか? 我が家には、神龍様がいることを」
「なっ!?」
龍王が目を見開いて驚いている。どうやら、本当にその選択肢は頭の中になかったようだ。
「シャリオの兄たちのスキルに関しては、俺も認識しているつもりだ。まさか、こんなに早く行動を起こすとは思ってもみなかったが、彼らに関しては、神龍様のお力添えをいただこうと思う。ご苦労だったな、龍王。知らせてくれたことには、感謝する。まあ、何だ。ちょっと今はゴタゴタして、おもてなしはできないが、しばらく時間をおいてから、来ればいい。そうだな……二いや、三千年後にでも改めて来るといい」
俺はそう言いながら、右手をヒラヒラさせて龍王に帰るように促す。彼は無表情のまま、俺を睨んでいる。
「……ぬうん」
突然、彼が両手の掌を合わせたかと思うと、苦しそうな声を上げた。その直後、彼の両手がまばゆいばかりの光に包まれる。
すぐに光は収まった。気が付くと、龍王の掌に小さな水晶玉のようなものが載っていた。彼はそれをスッと俺に差し出す。
「何だ、これは?」
「龍玉だ」
「リュウギョク?」
「我とつながることのできる玉だ。これに魔力を通せば、すぐに我は駆け付けるであろう」
「手前どもには、必要ございませんが?」
「貴様にはなくとも、アリリアにはあるだろう!」
「何ぃ!?」
「アリリアは我を呼ぶとき、いつも長い詠唱をしているだろう! あんな幼い子供に、長い詠唱をさせるのは酷であろう。我の龍玉を与える。これでいつでも、我を呼ぶといいとアリリアに伝え……コラ、貴様!」
俺はその玉を、思いっきり遠くに投げていた。
◆ ◆ ◆
「まあ、そんなことが……」
龍王の作った龍玉をメイは珍しそうに眺めている。あの後、龍王は再び掌に龍玉を出して俺に渡してきた。当然俺はそれを遠くに投げるが、龍王はさらに龍玉を作り出した。さすがに見かねたシディーとソレイユが間に入り、受け取るだけは受け取ることにしたのだった。
シディーたちと相談した結果、アリリアに渡すかどうかは一旦メイに相談したほうがいいだろうということで、俺は取るものもとりあえずメイの部屋を訪れたのだった。
彼女は机に向かって、何か書いている最中だった。その傍らのベッドには、アリリアが幸せそうな表情を浮かべながら、ぐっすりと眠っている。俺はその寝顔に癒されながら、メイにこれまでのことを話して、龍玉を彼女に渡した。
正直、気持ち悪い。この球を通して、龍王がいつでもここにやって来ると考えると、吐き気すら催してくる。ウチの娘に近づく男の虫は、何としても駆除しなければならないのに。
そんな俺の心配をよそに、メイは龍玉を、何か虫眼鏡のようなものを使って、じっと観察している。そして、机の上にあったビーカーのようなものを取り出して、そこに水を注いでいく。
「メイ?」
彼女はニコリと笑うと、その中に龍玉を入れた。しばらくすると、玉から小さな泡が出ているのが見えた。
「何だ、これ?」
「おそらく、この玉から空気が出ているためだと思われます」
「え?」
「調べてみないとわかりませんが、おそらくこれは、キングロックだと思われます」
「キングロック?」
「周囲を浄化する効果のある石です。これを持っていれば、寿命が延びると言われています。おそらく、この玉から出る空気が、周囲を浄化していると思います。私も一度だけ見たことがありますが、とても珍しいものです」
「マジで?」
「大国の皇帝に代々引き継がれるような、とても貴重なアイテムです」
「はぁぁぁ……」
「龍王様がこちらにおいでになるかどうかはさておいて、アリリアはまだ魔法は使えませんから、龍王様に連絡を取ることはできないかと思います。この子にも、あまり龍王様のお手を煩わせないように言い聞かせないといけませんね。それよりも、せっかくいただいた、このような素晴らしいもの……。アリリアに持たせていれば、この子だけでなく、バーサーム家にとってとても有益だろうと思うのですが……」
メイは優しく微笑みかける。その表情は、俺の心の不安をゆっくりと溶かしていくものだった……。




