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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百六十六話 詭弁

同じ頃、ヒヤマの砦では、リノスたちがバーリアル王国軍の捕虜たちを引見していた。


「……なるほど。お前たちは訳も分からず出撃を命じられたと言うのだな?」


落ち着いた声で話しかけているのは、マトカルだ。彼女の傍には、リノスとクノゲン、そして、ルファナが控えている。そんな彼女らの前には、二人の男が畏まっていた。彼らは、自分たちのことを、これまでこの砦を守備していた指揮官のクピと、その副官のトマイと名乗った。彼らは、マトカルの質問に唯々諾々として答えていた。


「よくわかった。それにしても、この砦をよくこの五百の兵士で守り抜いた。ご苦労だったな」


「お褒めに預かり光栄です。ですが、私たちは何もしてはおりません」


「いや、我々の降伏勧告に素直に従い、砦を明け渡した。あなた方は五百の兵士の命を救ったのだ。ご自身の決断を、誇られるといい」


マトカルのその言葉に、二人は何とも言えぬ表情を浮かべながら、頭を下げた。


「ところで、一つ聞いていいかな?」


声をかけたのはリノスだ。相変わらず顔の大半を布で覆っているために、その表情はわからないが、機嫌の良さそうな声は、二人の警戒心を緩ませるのに十分だった。


「はい、我々が答えられる内容でしたら、何なりと」


「ドルガを守っているのは、どんな方かな?」


「エルサック公爵殿下です。国王陛下の弟君にあらせられます。どんな方と言われましても……」


二人は顔を見合わせていたが、やがて、クピが言葉を選びながら口を開く。


「一言で申し上げれば、穏やかな方です。些細なことで部下を叱り飛ばすこともありますが、涙もろいと申しますか、情に厚いところがあるお方です」


「なるほど。その王弟殿下が総司令官に居座っていられるのは、その情の厚さがあったればこそかな」


そう言ってリノスは、クックックと笑う。そして、再びクピたちに向けて言葉を続ける。


「他には? 軍師のような者はいないのか? つまり、軍の指揮や作戦を助言するような者だ」


「それは……」


「いるんだな?」


「我々には、よくわからないのです」


「わからない?」


「はい。今回のドルガ攻略作戦において、突然二人の指揮官が王の命令で付けられたのです。何でも、他国では負けなしの凄腕の方だそうで……。ただ、その二人は、我々と関わることはほぼありませんで……。常にエルサック様の近くに仕えておいででした」


「その二人が、そうなのかもな」


「は?」


「いや、こっちの話だ」


リノスはそう言うと、マトカルに向かって小さく頷いた。それを受けて彼女は、再びクピとトマイの二人に向き直る。


「わかった。まずはご苦労だった。また何かあるときは呼ぶかもしれないが、まずはゆっくりと休んでくれ」


そう言って彼女は、二人に退出を促す。


「ああ、お昼にはカレーを振舞うから、楽しみにしているといい。カレー知らないかな? アガルタ名物の料理だ。美味しいぞ。腹いっぱい食べるといい」


リノスの言葉に、二人は戸惑いながら頭を下げた。


そのとき、兵士の一人がリノスたちに近づいて来て、片膝をつく。その状況を察して、クピとトマイの二人は、アガルタの兵士たちと共にその場を後にしていった。


「どうした?」


「ハッ、申し上げます。ただいま砦の外に、ワーロフ帝国軍副総司令官のシーワと名乗る女性が参っております。他に、四名の方がお見えです。それに……」


「それに、何だい?」


「約一万の兵士が外に待機しております」


「きっと、この砦を受け取りに来たのだろう……リノス様?」


マトカルの声に反応せず、リノスは天を仰いでいる。やがて、視線を兵士に向けた彼は、通せと小さな声で呟く。


「さて、いよいよ真打のご登場か? どうなるかね?」


そんなことを言いながら、彼は腕組みをしながら、小刻みに頷いている。


やがて、兵士に案内されて、ワーロフ帝国軍のシーワたちが入室してきた。シーワは、マトカルを一瞥すると、無表情のまま少しだけ頭を下げ、そのまま彼女のちょうど正面に座った。それが合図であったかのように、彼女の両隣にギギとトーイッツが座る。チャンとワーカの二人は、その後ろで立ったままで控えている。


「そんなところで立っていないで、座ったらどうだい?」


不意にリノスが声をかける。二人は一瞬、ギクッとした表情を浮かべたが、やがてその視線をシーワに向ける。だが彼女は一切二人に視線を向けることなく、不機嫌そうに小さなため息をついている。


「あなた方二人は、この砦を陥落せしめた陰の功労者だ。そんなところに突っ立っていないで、どうぞ、こちらに」


そう言ってリノスはクノゲンに目配せをする。彼は兵士に命じて、新たな椅子を用意させ、それらをリノスの傍に置かせた。そして、二人を手招きして、そこに座らせた。


「で、御用の趣は?」


何の前置きもなくリノスが口を開く。その声からは、怒りとも不愉快ともつかない、負の感情がありありと見てとれた。その様子が癪に障ったのか、シーワが一切の感情を込めない声で口を開く。


「この度は、砦の奪還、ご苦労様でございました。まずは御礼申し上げます。この度はチャンとワーカの二人が無礼を働きましたこと、お詫び申し上げますと共に、この砦を受け取りに参りました」


「無礼? 何のことだ?」


「貴国がこの砦を占領しているにもかかわらず、チャンとワーカは受け取りもせず、帰陣してきました。占領してから、これまでの時間、多大なるご苦労をおかけしたかと存じます。お詫び申し上げます」


「いや、別に苦労はしていない。むしろ、この二人の判断は正しい。占領直後にやってこられては、こちらとしては甚だ迷惑だ。な?」


リノスがマトカルたちに視線を向ける。彼らはゆっくりと頷く。


「それはたまたまであって、本来であれば、傍に我が軍の者が控えているのですから、占領後は速やかに砦を受け取るものですわ」


「本来は、ね。だが今は戦闘中だ。その状況に応じた臨機応変の対応が必須だろう」


「お言葉の意味がわかりかねます」


リノスはピクリと体を動かし、すぐに傍に控えていた、チャンに視線を向ける。


「どうしてこうも話がわからないんだ?」


「いっ……いえ……」


「そもそも俺たちはあなた方に、援軍の類は不要だと伝えたはずだ。それは、この砦にワーロフ軍の人数を割くよりも、ドルガ奪還に全力を尽くすべきだと思ったからだ。俺は、アガルタ軍が突撃を敢行すれば、ワーロフをはじめとした、全軍がドルガ突撃の総攻撃を行うと聞いていた。しかし、俺たちが突撃を敢行しても、誰も動かなかった。この砦を奪還した直後に突撃を敢行すれば、それなりの成果はあっただろうに……。間違いなく敵は動揺していただろう。そこに付け込む絶好の機会だったんじゃないのか?」


「詭弁ですね」


「何?」


「そもそも、アガルタ側は約定違反をしているのですよ? 我々はそれを一切不問にしようとしているのに、そのような詭弁を弄されますと、こちらとしても、考えを改めねばなりませんね?」


「約定違反? 何のことだ?」


「我々は、貴国に対してドルガに突撃せよと要請していました。しかるに貴国はドルガへの突撃を敢行せず、このヒヤマに向かいました。この約定違反も、戦場での臨機応変の対応と言われるのですか? で、あれば、とんでもないことだと思います。今回はたまたまこの砦を落せたからよいですが、もし、砦が落とせなかった場合、他の軍勢が突撃を敢行していた場合、アガルタを含め、さらに多くの死傷者が出ることになったでしょう。我々は兵士の命を預かっているのです。あなた方の勝手な振舞いは、多くの人命を失うことになりますよ? それとも、アガルタでは兵士は駒の一つとして、命のことなど考えていないと言われるのでしょうか。だとしたら、アガルタの名声は地に落ちることになります。私は、そうはしたくないのです。アガルタには、すばらしい国であってもらいたいのです」


「失礼いたします」


シーワの話を遮るように、一人の女性が入室してきた。それは何と、ヴィエイユだった。


……また、ややこしいときに、やってきたな、コイツは。


リノスは心の中でそんなことを思いながら、小さく舌打ちをしていた……。

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