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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百六十二話 敵か、味方か

ドルガの西、ヒヤマに築かれた砦の中は、静寂に包まれていた。ここにはおよそ、五百の兵士が詰めているが、その全員が、海を呆然と眺めていた。彼らの視線の先には、まるでクジラのような巨大な船が、海を埋め尽くしていたのだ。


その様子は、リノスが陣を張る山の上からもよく見ることができた。


「まさか、あんな巨大な船を作っていやがったとは、予想外だな。意外とアイツは、グランド〇インにでも出て、海賊王にでもなる気なのかね?」


そんなことを呟いているのは、リノスだった。彼の声を聞いて、傍にいたクノゲンはチラリと視線を向けたが、その言葉の意味を分かりかねたのか、苦笑いを浮かべながら、再び視線を海に向けた。


「解せないな……」


誰に言うともなく呟いたのは、マトカルだった。彼女は首をゆっくりと左右に動かしながら、海に浮かぶ船団を丁寧に観察している。


「なぜ、あの砦の近くに船団を展開しているのだ。二十……四十隻もの船があるのだ。あの砦を抑えるならば、数隻で事は足りるだろう。どうして、ドルガに向かわないのだ?」


「ああマト。俺がそう指示を出したんだよ」


「リノス様が?」


怪訝な表情を浮かべるマトカルを、リノスは満足そうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


◆ ◆ ◆


同じ頃、ワーロフ帝国軍にも、巨大な船団が現れたという報告がもたらされていた。


「一体どこの軍勢なのですか、それは?」


「わかりませぇん」


眉間に深い皺を刻みながら口を開くのは、副総司令官のシーワだ。その彼女の傍には、困った表情を浮かべた、妹のギギが控えていた。


「今朝、突然、ヒヤマの海に船団が現れましたぁ。それ以降の状況は、不明ですぅ」


「船の帆に国の紋章などは?」


「ありませぇん」


「まずはその船団が何者かを調べなさい」


「全力を挙げて、調べていますぅ」


シーワは忌々しいという表情を浮かべながら、砦の方角を睨みつけた。


「バーリアルに、あれだけの船団が組織できるとは思えない……。援軍……? であれば、まず、我々に連絡があるはず……」


ブツブツと独り言を呟きながら、シーワは頭脳をフル回転させる。だが、彼女の聡明な頭脳をもってしても、沖に現れた船団が何者であるのかを特定させることは、できなかった。


◆ ◆ ◆


「……くあぁぁ」


思わずあくびが漏れてしまう。眠りについたのが、今朝がただったからだ。ちょっと、頑張りすぎた。


マトカルに「大好き」と言わせようとしたのだが、なかなか言ってくれなかったのだ。夫婦になって数年経つが、俺は彼女から「好き」や「愛している」と言った言葉を聞いたことがなかった。唯一、「惚れている」という言葉を二度ほど聞いたくらいだ。そこで、昨夜はお仕置きと称して、「大好き」というセリフを言ってもらおうと思ったのだ。


だが、それがなかなか困難だった。俺のお願いに、彼女は首を振ったのだ。曰く、「恥ずかしい」と。そんなことを言われては、俺の男としての本能に火がついてしまう。結局、明け方までかかって、やっとそれを言ってもらったのだ。


思えば、アホなことをしたものだ。もっといいムードを作って、彼女が愛を囁ける雰囲気を作ってやるべきだった。昨夜のことをリコが聞けば、たっぷりとお小言を頂戴することになるだろう。


……それにしても、マトカルは可愛らしかった。いつもとは違って目を閉じたまま、眉毛をピクピクと動かしながら、「愛……して……いる」と呟いたあの姿は、ヤバイくらいに可愛らしかった。


そんなことを考えながら、目の前のマトカルに視線を向ける。彼女は平静そのものだ。睡眠時間は三時間もなかったのではないか……。だが、そんな様子は微塵も感じさせない。


「失礼します」


よく通る美しい声で、俺は現実に引き戻される。ふと見ると、そこには一人の女性が立っていた。ヴィエイユだ。彼女は空色の、動きやすそうな戦闘服に身を包んでいる。これは、どこかで見た記憶がある……。


「お久しぶりでございます、アガルタ王様。ご指示により、我ら新クリミアーナ軍四万、ただいま参じました」


「ヴィエイユ、よく来てくれたな。まさか、あんな巨大な船をこれだけ多く建造していたとは思わなかった。なかなかやるな、お前も」


「ホホホ。お褒めに預かり、光栄でございます。これも全て、兵士たちのためを思ってのことですわ」


「ほう、どういうことだ?」


「ただでさえ窮屈な海の旅……。せめて、休息するときくらいは、広い部屋を与えたい。そう思ったのです」


「で、あんなバカでかい船を建造したと。やるな」


俺の言葉に、ヴィエイユはニコニコと機嫌の良さそうな表情を浮かべる。聞けば彼女はポーセハイの転移を使わずに、この陣まで来たのだという。海から小舟を使って浜に上陸し、あの砦の間近を通ってここまでやって来たのだそうだ。どうやら、彼女が身に着けている青い服はマジックアイテムのようであり、気配や魔力を隠す効果があるようだ。この俺でさえ、ちょっと妄想していたとはいえ、目の前に現れるまで彼女の気配を感じることができなかったのだ。相当のアイテムを身に着けていると考えていい。さすがは、世界最大規模の教団の総帥と言ったところか。


「道中、砦を見て参りましたが、かなり堅牢であると感じました。これから、どのように戦いを進めていかれるのでしょう? よろしければ、ご教授くださいませ」


「そうだな。俺たちは明日、あの砦に向かって突撃する予定だ」


「は? 突撃……ですか?」


「そうだ」


「我々は、何を致せばよろしいでしょうか? 海から攻撃を……?」


「そうだな。明日の早朝、船をあの砦のギリギリまで寄せてもらいたい。攻撃は、追って指示を出す」


「畏まりました」


「ところでヴィエイユ。お前はどうやって自分の船に帰るんだ?」


「馬に乗って帰りますわ」


「一人……で来たのか?」


「はい。一人で参りました」


「相変わらず、向こう見ずだな、お前は」


「一人の方が気楽ですし、それに目立ちませんわ」


そう言って彼女はケラケラと笑う。俺は大きなため息をつきながら口を開く。


「では、お前の船まで送ろう。帰りに襲われでもしたら、色んな意味で面倒くさいことになる」


「まあ、送っていただけるのですか?」


ヴィエイユの表情が見たこともないくらいに、明るくなる。


「お前の船は?」


「白い屋根の船でございます」


「わかった」


俺は兵士を呼んで、指示を与える。彼は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、やがてハッと畏まると、足早にその場を後にした。


「もしかして、あのペガサスで送っていただけるのでしょうか? アガルタ王様と二人っきりで空の旅とは、この上ない喜びですわ」


嬉々とした様子を見せるヴィエイユ。そのとき、先程の兵士が戻ってきて俺の前で片膝をついて、拳ほどの大きさの石を差し出す。


「ご苦労様、ありがとうね。……サダキチ」


すぐにフェアリードラゴンが現れる。同時に、俺の手が光る。俺は石をサダキチに渡すと、その直後に彼は姿を消した。ヴィエイユはポカンとした表情で眺めている。


「ほらよ」


俺は彼女に懐から、小さな石ころを出して、渡した。


「これ……は?」


「転移結界石だ。これに魔力を通せば、船まで戻れる」


「……感謝、申し上げます」


何とも言えぬ表情を浮かべるヴィエイユに、俺はさらに言葉を続ける。


「ところでヴィエイユ。お前のその服は、どこかで売っているものなのか?」


「いいえ。特別に誂えさせたものですわ」


「だとしたら、すぐに変えた方がいい」


「……? どういうことでしょうか?」


「それ、ナウ〇カだろ? あちらのファンは厳しいからな。凄まじい批判にさらされる前に、デザインを変えた方がいい。それに、権利関係もややこしいぞ?」


「……恐れ入ります。お言葉の意味がわかりかねます」


「……そりゃ、そうだな」


そう言って俺は、乾いた笑い声をあげる。そのとき、俺の許に兵士がやって来て、来客を告げた。それは、ワーロフ帝国軍の、三人の司令官だった……。

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