第四百六十三話 さぁて、始めますか
「失礼いたしますぅ」
甘ったるい声で俺たちの前に現れたのは、確か、ギギとかいう、ワーロフ軍の女司令官だ。きっとこの女子は男子からモテるに違いない。男子に手っ取り早くモテるのは、ぶりっ子をするのが一番だ。この女子はそれがわかっている。その反面、他の女子からは蛇蝎の如く嫌われているだろう。きっと、というか、確実にマトカルは彼女のことが嫌いだ。そして、ヴィエイユも嫌うだろう。だが、この小ダヌキにとっちゃ、女子から嫌われることなど問題ではない。男子からモテることが最優先なのだろうから。
そんなことを考えている間に、ワーロフ側の司令官がマトカルに挨拶をしている。俺は完全に置いてけぼりかい、と思ったが、表向きはこの軍勢の総司令官はマトカルと触れているので、彼女にまず挨拶をするのが当然だ。今の俺は一介の大佐という位置づけだ。返す返すも、シ〇アを名乗らなかったのが悔やまれるが、そうするのであれば、この鎧を赤く染めなくてはいけなくなる。メイやシディーは何と言うだろうか。意外と赤のカプリ〇ーンも格好いいかもしれない。
「よろしいですかな?」
俺の妄想をかき消すかのように、目の前に巨漢が立ち尽くしていた。これは、チャンだ。隣にはワーカがにこやかな笑みを浮かべている。どうやらこれから、打ち合わせに入るようだ。俺は促されるまま、クノゲンとルファナを伴って、席に着く。
「明日の朝、アガルタ軍におかれては、ドルガへの突撃を開始していただきます。アガルタ軍の突撃を契機に、他の部隊も一斉に突撃を開始いたしますので、よろしくお願いいたします」
チャンの言葉に、ワーカがさらに言葉を続ける。
「あっしらワーロフ軍は、今夜のうちにドルガの南西に移動しやす。つまりは、アガルタ軍の隣に陣取ることになるわけでやす。我々は、全力で、アガルタ軍への援護射撃を致しやすから、安心して突撃なさってくださいやし」
「援護射撃……か」
ルファナが無表情で呟く。その声に、チャンとワーカはバツの悪そうな表情を浮かべながら、ええ、まあ……と言葉を濁している。
「……何なのですか、この方々は」
いつの間にか俺の隣にちゃっかりヴィエイユが座っている。彼女は俺に顔を近づけて、小声で話しかけてくる。
「まあ、色々あるんだ。後で、説明するよ」
「ともかくぅ」
俺とヴィエイユのヒソヒソ話が癪に障るのか、小ダヌキが声を張っている。
「明日わぁ、アガルタ軍のお手並みをぉ、拝見したく思いますぅ。我々もぉ、後学のためぇ、明日はこちらにィお邪魔させていただきますぅ」
「……クスッ」
「……笑うんじゃないよ」
小ダヌキの喋り方がツボにはまったのか、ヴィエイユが思わず笑みを漏らしている。そんな彼女を俺は小声で窘める。その様子が彼女には気に入らないらしい。俺たちに視線を向け、少し声を張り気味にして、話しかけてきた。
「そちらの御方はぁ、どなたでしょうかぁ? お初にお目にかかりますね? 私、ワーロフ帝国軍司令官、ギギと申しますぅ」
彼女の声に、ヴィエイユは反応を示さず、涼しい顔で薄い笑みを浮かべている。
「恐れ入りますがぁ、こちらは、どちらの御方でしょうかぁ?」
小ダヌキが周囲を見廻しながら口を開いている。だが、その声に反応する者はいない。
「もしかしてぇ、あの船団に関係のあるお方でしょうかぁ? で、あれば、あれは、どちらの方でしょうかぁ?」
「ご想像に、お任せしますわ」
やさしい、だが、凛とした声でヴィエイユが答える。まるで、お前と私では格が違うのだと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。とはいえ、実際にそうなのだから仕方がない。この小ダヌキでは、一万回戦ってもヴィエイユには勝てないだろう。彼女もそれを察したのか、しばらく俺たちを睨みつけていたが、やがてその視線をマトカルたちに向け、一気にまくしたて始めた。
「明日はぁ、突撃をしていただきましたらぁ、まず、堀を越え、城壁を越えてくださぁい。しかる後、城壁を壊し、それで堀を埋めてくださぁい」
「ぶワッハッハッハ!」
「ホホホホホ」
思わず俺とヴィエイユが同時に笑い声をあげてしまった。小ダヌキはそんな俺たちをキッと睨みつけていたが、話しかけてくることはなく、その視線をマトカルに向けた。
「よろしくお願いいたしますっ!」
「……我ら、アガルタ軍は明日、確かに突撃を行う。それで、よろしいかな?」
落ち着いた、だが、威厳のある声でマトカルが返答する。
「よろしくお願いいたしますぅ」
小ダヌキはそう言って、立ち上がり、チャンとワーカを促して、足早にその場を後にしていった。
「……リノス様、これでよいだろうか」
「ああマト。それで十分だ。さて、これから俺たちの作戦会議に入ろうか」
俺の声を受けて、クノゲンが机の上に地図を広げた……。
◆ ◆ ◆
翌日の早朝、俺たちの前には、前日の三人が控えていた。この寒空の中、夜明け前にやってきたらしい。らしいというのは、そのとき俺は帝都の屋敷でソレイユに抱きしめられながら幸せな眠りについていたのだ。そんなこととは露知らず、俺はいつもの通り朝風呂に入り、朝食を摂り、一家団らんの時間を過ごして出勤してきたのだ。こんなことを言えば、重役出勤のように聞こえるが、到着したのは8時30分頃だ。決して遅い時間ではない。だが、俺とマトカルの姿を見るや、小ダヌキは鋭い視線を投げつけてきた。
「おはよう、ございますぅ」
「ああ、おはよう。清々しい、朝だね」
「それでは、今すぐ攻撃に移って下さぁい」
「藪から棒だな。まあ、わかった。準備もあるから、外で待っていてくれるかな?」
聞けば、小ダヌキたちは二時間もここで待っていたそうだ。クノゲン曰く、別に緊急の事態でもないので、敢えて俺たちを呼びにはやらなかったのだそうだ。待ちぼうけを食らわされた小ダヌキは随分イライラしていたそうだ。彼女に同情する余地はないが、一緒にいたチャンとワーカの二人には察するに余りある。俺はクノゲンに、二人とその部下の兵士たちには温かい、美味しいスープを差し入れるように言っておいた。
「サダキチ」
俺の声を聞いてすぐに現れたサダキチに、懐から手紙を出して渡す。彼はそれを受け取るとすぐに姿を消した。
「さぁーて、やりますか」
そう言って俺は、マトカルとクノゲン、ルファナを促して、陣を出た。俺はイリモに跨り、ゆっくりと山を下る。その後ろから三人も愛馬に跨りながら付いて来た。やがて目の前に広い平原が現れた。そこには、小ダヌキたちと、彼女らが連れて来たのであろう百人近い兵士たちが控えていた。その近くに、すでに山を降りていたアガルタの兵士たちの姿もあった。
「整ィ~列ぇーつ!!」
マトカルの大きな、よく通る声が草原を駆け抜けていく。その声の直後、今までバラバラだった兵士たちが素早く俺たちの前に集まり、ものすごい速さで整頓していく。実に見事な光景だ。これだけ見ても、アガルタ軍の練度の高さを伺い知ることができる。
そんなことを考えていると、隊列の中から一人の兵士が小走りに走り寄ってきて、挙手の礼を取った。
「報告します! アガルタ軍一千、全員、整列完了しました!」
「よぅし!」
マトカルが張りのある、いい声で返事をして、兵士たちの前に進み出る。
「よく聞け! 全軍、これから突撃する! 陣形は昨夜伝えた通りである! 遅滞することなく、迅速に動け! 以上である! ……続け!」
マトカルがゆっくりと馬を進める。その後ろを、俺たちも付いていく。そのとき、チラリと小ダヌキたちに視線を向けてみたが、彼女は俺たちを睨みつけたまま微動だにせず、チャンとワーカは、不安そうな面持ちで、俺たちを眺めていた。




