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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百五十九話 大敗

冷たい北風が吹きつけてきた。体が芯から冷えていくのを感じるほどの冷気を含んだ風だ。その寒さに耐えながら、ワーロフ帝国軍の本陣では幕僚たちが無言のまま控えている。


彼らの眼前には、じっと目を閉じ、腕を組みながら天を仰ぐゲシカナ将軍と、その隣で、気だるそうな雰囲気を隠そうともせず、無表情のまま手元の紙に視線を落とすシーワ副総司令官の姿があった。


「一万……五千……。これは、正確な数字ですか?」


鋭い目つきで幕僚たちを睨みつけるシーワ。その彼女に視線を向けるものは一人もいない。


「どうなのですか?」


「せ……正確な数字です」


若い幕僚が声を振り絞るようにして答える。その様子を見て、シーワはさらに言葉を続ける。


「どうやって、この数字を出したのですか?」


「どう……やって?」


「先ほど、正確な数字かと私は聞きました。あなたは、正確な数字と答えました。では、この報告書に書かれている数字が正確なものであるという根拠を聞いているのです」


「各国の陣に赴きまして、死者の数を聞いてきました。我が軍につきましても、各隊から死者の数を報告させ、その数をまとめています」


「正確に数えたのですか?」


「は?」


「正確に数えたのかと聞いているのです」


「そこまでは……」


「ということは、正確な数ではない、ということになりますね?」


「いや、そんなことを言われましても……」


「私は正確な数字が知りたいのです。ですから、報告された数字が正確かどうかを確認したのです。あなたは、正確である、と報告しました。ですが、今の話では、正確でないということでした。あなたは、私に虚偽の報告をしたことになります」


「おい、いい加減にしないか」


間に入ったのは、チャン司令官だった。彼は巨体を大儀そうにゆすりながら席に座り直す。


「今、ここで論じなければならないのは、そんなつまらないことではないだろう」


「つまらない? つまらないとは何ですか? 人が死んでいるのですよ?」


「今は、戦争中でさぁ。人が死ぬのは当然でさぁ」


ワーカ司令官も言葉を続ける。彼はゆっくりと息を吐くと、優しい口調で語りかけた。


「今、俺たちが考えねばならないのは、一刻も早くドルガを奪還することです。今回の作戦は明らかに失敗です。同じ轍を踏まぬよう、新たな作戦を立てることこそ肝要かと思います」


「ならばワーカさん、あなたが次の作戦を立案してください」


「は?」


「そこまで言われるのであれば、ワーカさんが立案してください。よい作戦を期待しています」


「ちょっと待て、それは話が違うだろう」


「では、チャン司令官。あなたもワーカさんと一緒に作戦を立案してください」


「おい!」


「まあ、待て。落ち着け」


声をかけたのはゲシカナ将軍だった。彼はゆっくりと幕僚たちを見廻しながら、口を開く。


「死者の正確な数を把握することは、理に適っている。各国は死者の数を多めに報告するものだ。多くの国が来援しているこの状況下……。正確な実数を掴んでいけば、自ずと報告された人数よりは減るだろう。死者が一万五千と一万では、兵士たちの士気が全く異なるだろう。シーワはその点を考えているのだ」


そこまで言うと、彼はチャン司令官とワーカ司令官に視線を向ける。


「それに、そろそろお前たちで作戦を立てることも必要だろう。いつまでも、私やシーワ、ギギが作戦を立てているようではいかんだろう。チャン、ワーカ、早急に作戦を立案しろ」


そう言って、ゲシカナ将軍は席を立つ。それに倣うようにシーワ副総司令官、ギギ司令官、トーイッツ司令官が立ち上がり、皆でその場を後にしていった。残る若い幕僚たちも次々にその場を去り、その場には、チャン司令官とワーカ司令官の二人が残るのみとなった。


「……作戦の失敗を、今回も検証せんとは、どういうことだ」


チャン司令官が巨体をゆすりながら嘆く。彼が嘆くのも無理はない。昨日決行した総攻撃は一万人以上の死者を出すという大敗を喫していたのだ。前回、ヒーデータ帝国と行った総攻撃の死者はおよそ五千。それを上回る死傷者を出していた。


「同じ失敗を、繰り返していますからね……」


ワーカ司令官も、チャンに同調するように、ため息をつく。


彼らからしてみれば、ただ単にドルガに突撃するだけの、到底戦略とは言えない作戦を、一度ならずも二度までも実行して、結果、大敗を喫しているのだ。しかも、被害の大半は援軍に駆け付けてくれた国々に集中しており、その国々が不満を抱いているのは、火を見るよりも明らかだった。


彼らは、ドルガの奪還という課題に加えて、各国々との関係をどうしていくのか……。そうしたことを考えながら、同時に深いため息をつくのだった。


◆ ◆ ◆


「……中の兄さま、もうそろそろ」


「わかっている」


一方、ドルガの街では、黒龍であるロイスとシャリオだった。シャリオは呆れたような表情で兄であるロイスを眺めている。


彼女の目の前には、山と積まれた兵士の死体があった。それを、人化を解いたロイスが片っ端から食らっていたのだった。


「うん、人間は、いつ食っても美味い。シャリオ、お前も食え」


「いや、私はいい」


「ふっ、遠慮深い奴だ。この味を知らんとは、ずいぶんと損だぞ?」


「損でもいい。早く人化してくれ、中の兄さま。私の結界も限界だ」


「……仕方がないな」


さも惜しそうに、ロイスは人化を開始する。それを見ながらシャリオは安堵したような表情を浮かべる。


……まったく、中の兄さまの能力を抑える結界を張るのは、疲れる。


そんなシャリオにチラリと視線を向けたロイスは、表情を硬くしながら、小さな声で呟く。


「それにしても、攻撃がなかったな」


「攻撃?」


「フフフ。昨日、大規模な攻撃があったばかりではないか……そう考えているな? 違う。アガルタ王リノスが攻撃してこなかったという意味だ」


「ああ……」


シャリオは昨日の戦闘を思い出していた。北、東、西……。三方向から大軍で総攻撃をかけられた。彼女は、最も敵の多い西側にいて、指揮を執っていた。


敵は何のためらいもなく、彼女が作った堀に向かってきた。そして、その堀に足を取られて身動きが取れなくなった。そこを城内から弓矢と魔法で攻撃を仕掛けると、面白いように敵を討ち取ることができた。思い描いていた以上の、大勝利だった。


それはロイスが指揮していた北側でも同様で、当然、東側でも大勝利を収めることができていた。彼らは指揮を執りながら、その中で最も能力の高い者を探し続けていた。だが、彼らの鑑定スキルと、優れた「目」をもってしても、龍王と同格の、恐るべき能力を持った者を見つけることはできなかった。


「まあ、敵も己の能力を封じるスキルを持っていてもおかしくはない。だが、それでも、攻撃となれば話は別だ。必ず己のスキルを使わねばならないだろう。しかし……そんな高い能力は全く感じなかった」


「まさか、ここには来ていないのでは?」


「いや、そんなことはない。アガルタ軍が到着しているのは確認している」


ロイスはそう言って顎をしゃくる。その方向には確かに、アガルタが陣を張る山があった。


「アガルタ王、リノスは必ずいる。どこかに隠れているはずだ……」


「中の兄さま、あまりやりすぎると、龍王に……」


「わかっている。心配するな」


そう言って彼はニヤリと笑う。


「まあ、しばらくは攻撃もないだろう。それまで、人間どもを食らいながら、次の作戦を考えるとしよう。さて、どうするかな……」


楽しそうに笑みを浮かべるロイス。その様子を見ながら、シャリオは何とも言えぬ不安を、心に覚えるのだった……。

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