第四百五十話 意図
ワーロフ帝国軍の陣で、四人の男女が黙ったまま視線を宙に泳がせていた。ゲシカナ将軍、シーワ副総司令官、ギギ司令官、トーイッツ司令官の四人……。彼らは視線を合わせることなく、それぞれがただ、それぞれがあらぬ方向に視線を泳がせていた。
「まあ、仕方がないだろう」
口を開いたのは、ゲシカナ将軍だ。彼は大きなため息をつきながら、周囲を見廻す。
「仕方がない、ではいけないでしょう」
不機嫌さを隠そうともせず発言しているのは、シーワだ。いつものような甲高い声ではない。低く、気だるそうな声だ。
「うう~ん。困りましたねぇ」
ため息をついているのは、ギギだ。四人は、ヒーデータ側からの回答を受けて急きょ、集まっていた。当初の十万の援軍要請は見送られ、代わりとして、二万の援軍とアガルタから一千の援軍を送るというのが、ヒーデータ本国からの回答だった。
「すみません……」
トーイッツ司令官が、申し訳なさそうに項垂れる。別に彼が悪いわけではないのだが、シーワとギギの姉妹が醸し出す雰囲気が、どうしても彼を臆病にしてしまっていた。そんな彼をジロリと睨みながらゲシカナ将軍は口を開く。
「まあ、これは戦いだ。仕方がない」
「将軍、我々は何もしていないのですよ? なのに、ドルガを突然奪われているのですよ。どう考えても不条理でしょう? そんな不条理なことに、どうして我が国の兵士の命が奪われなければいけないのです? 先だっての戦いで、我らは数千の犠牲者を出しているのですよ? こんなことで再び死なねばならない兵士たちが、可哀想です」
「しかし、ドルガは奪還せねばならない」
「……ヒーデータがまさか援軍を拒否するとは思わなかったですね。意外と、あの国もケチなところがあったのですね」
シーワはそう言いながら、再び視線を宙に泳がせた。
「ギギ」
「はぁい、副総司令官」
「周辺の国々に書状を出しなさい」
「書状?」
「援軍を要請するのです」
「はあ……」
「規模は三千以上。なるべく早くに急行して欲しいと書き添えなさい」
「承知しました。すぐに準備をして、早馬を飛ばしますぅ。トーイッツさん、お願いできますか? 近隣の……早馬で一日の距離にある国々全てに書状を遣わしてくださぁい。我が国と友好関係のない国でも問題ありませぇん。あ、差出人は、副総司令官の名前でお願いしますぅ。出来上がったら、持って来てください。添削してあげますから。すぐに準備にかかってくださぁい」
「はっ、はっ、はい」
彼はオドオドとしながら立ち上がり、その場を後にしていった。
「おい、シーワ。どうするつもりなのだ?」
「ヒーデータ軍十万が来ないのであれば、我々の兵力を投入せざるを得ないでしょう。しかし、兵数は多ければ多いほどよいのです。だから、兵数を揃える必要があるでしょう?」
「……そうだな」
ゲシカナ将軍は、シーワの言葉の意味がよく呑み込めないという表情を浮かべながらも、ゆっくりと頷いた。その様子を見ながらシーワは、不機嫌そうな表情を浮かべながら、腕を組むのだった。
それからしばらくして、ワーロフ軍の幕僚が一堂に集められ軍議が開かれた。そこで、ゲシカナ将軍は、ヒーデータからの援軍が当初よりもはるかに少ない規模となることと、それを見越して立てていた作戦を遂行するために、周辺国に援軍を求めることを伝えた。幕僚たちはその声に、恭しく頭を下げる。
「集めた軍勢は、誰が指揮するのだ?」
チャンが腕を組みながら呟く。
「私が指揮しましょう」
笑顔で言葉を返したのは、司令官の一人である、ガイミだ。若さと聡明さが溢れた彼の風貌を見たシーワは、ニコリと笑みを浮かべる。
「では、ガイミさん。お願いできますか?」
「承知しました」
「え? 大丈夫か?」
突然声を上げたのは、ワーカだった。彼はキョトンとした表情を浮かべながら、言葉を続ける。
「援軍の軍勢……。つまりは、周辺国から集まった軍勢で構成された部隊じゃねぇのかい? どのくらいの規模になるのかはわからねぇが……。一体どれだけの国に援軍要請を出したンだい? 30!? すべての国が応じるとは思えやせんが、少なく見積もっても数万の規模にはなりまさぁね。軍勢とはいえ、言ってみりゃ、寄せ集めの部隊だ。そんな部隊を指揮するのには、相当の能力が必要になると思うが、お前ぇさんは大丈夫かい?」
「……大丈夫です」
「……そうかい。寄せ集めたぁはいえ、派遣されてくる者の中にゃ、海千山千の者もいらぁね。百戦錬磨の指揮官もいるかもしれねぇ。そんな者たちを束ねていくなんてぇ芸当は、相当難度が高けぇと思ったンだが、お前ぇさんは、大丈夫なンだな?」
ワーカの言葉に、ガイミは押し黙る。
「ちょっと、ワーカさん」
低い、ドスの効いた声が聞こえた。シーワ副総司令官だ。彼女は口元には笑みを湛えながらも、一方で鋭い眼差しをワーカに向けている。その様子を彼はチラリと横目で見たが、やがて視線を外した。
「あなたのそのやり方は、若手を潰しますよ。前にも同じようなことがありましたよね? あなたのその物の言い方は、若手を萎縮させます。ここにはおいでになりませんが、ヒラス元帥閣下も、あなたの言い方は若手を潰すと言っておいででしたよ」
「ほう、そりゃ初耳でさぁ」
ワーカは苦笑いを浮かべながら、腕組みをする。その姿勢のまま彼は、ガイミに視線を向けた。
「すまなかったな。俺のものの言い方は、若手を潰すそうだ。まあ、勘弁してくんな。今回は、お前ぇのいい経験にもなるだろうよ。やってみるがいい。俺ぁ、賛成だよ」
彼の言葉に、ガイミは戸惑いの表情を浮かべながら頭を下げた。
◆ ◆ ◆
「よーし、出発するか」
アガルタの都では、一千の兵士を従えたリノスが出陣しようとしていた。彼は鎧に身を包み、ゆっくりとした足取りで兵士たちの許に歩いていく。その周囲には都の人々が見送りに来ており、王の姿を一目見ようと押すな押すなの騒ぎになっていた。
彼はそんな群衆に右手を挙げて応えながら、ひらりと愛馬に跨り、歩みを進めた。その後ろをクノゲンとルファナが従い、さらにその後ろをマトカルが進んでいく。
その様子を兵士たちともに見送る、一人の老人の姿があった。ラファイエンスだ。彼はニコニコと機嫌の良さそうな笑顔を浮かべながら、手を振っている。
「将軍も出陣したかったのでは?」
傍らに控えていた兵士が声をかけてきた。彼はゆっくりと首を振りながら口を開く。
「いや、最近はそんな気が起こらん。私も年を取ったのだろうな。以前は、どんなに危険な戦いでも、出陣となれば胸が躍ったものだがな……」
彼は眼前を過ぎゆく兵士たちを眺めながら、フッと真面目な表情を浮かべる。
「ただ……この度の戦い……。規模が大きすぎる。軍勢の数が多すぎるのだ。多くの軍勢が集まれば、必然的に大きな戦いになる。そんな中に巻き込まれねばよいのだがな……」
「恐れながら将軍、今回は出兵ではなく、出向と伺っておりますが……」
「フフフ。我らに戦う意思はなくとも、巻き込まれてしまえば、戦わざるを得まい? まあ、リノス殿のことだ。その辺は上手くやるだろう。何と言っても、クノゲンとマトカルを連れているのがいい。この二人を従えていれば、道を誤ることはないだろう」
そう言って彼は大きく頷いた。
リノスの率いた軍勢は都を出ると、真っすぐに北に向かって移動し、ニザ公国を目指した。彼らはニザを経由して東に向かうルートを選択しており、このリノスの決断は、どちらかと言うと奇異の目で見られていた。
マトカルはリノスの後ろから彼を追いかけていたが、やがて休憩を取るために森の近くで軍を休めたとき、その真意を聞こうと、彼の傍に足を進めた……。




