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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百四十四話 淫夢

白亜の城……その中の一室では、一糸まとわぬ肌を晒している、十名の男たちが整然と並んでいた。


筋骨隆々……。それだけではない。若さと美貌を兼ね揃えた、えり抜きの男たちだ。これだけの美々しい男たちが並んでいる姿は、まさしく壮観な眺めと言えた。


その男たちの前には、一人の女性が立っていた。彼女も彼らと同じく、一糸もまとわず肌を晒している。


女性は、目の前に林立する男たちを満足げに眺めている。そして、ゆっくりと一人の男に近づくと、その体に唇をつけた。そうして彼女は、男たちの体を一人一人、丹念に賞味していく。


どのくらいの時間が経っただろうか。男たちは相変わらず微動だにしない。そのときふと、女性が男たちに目配せをした。すると、その中で最も屈強に見える男が、軽々と女性を抱え上げた。そして、その体勢のまま、彼女をゆっくりとベッドまで運ぶ。


まるで、二十人は一緒に寝られるほどの巨大なベッド……。その真ん中に彼女はゆっくりと横たえられた。その周囲には男たちが素早く控える。


「始めなさい」


女性の一言が発せられるや、男たちが一斉に彼女に襲いかかった。凄まじい酒池肉林の光景が展開される……。


「……!」


女性はゆっくりと目を開ける。そこには、朝日が燦々と差し込んでいた。


「……また、だわ」


誰に言うともなく彼女は呟く。ここ最近は毎日このような淫らな夢を見る。その度に彼女は胸が締め付けられるような気持になる。いけない。こんな夢を見るようではいけない……。自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと頭を振る。


「お目覚めでしょうか?」


召使いと思しき女性が、恭しく彼女の傍にやって来て控える。その目はまるで、神を見るかの如く憧れの眼差しを湛えていた。


「少し、水浴びをします。着替えは、その後でいいですよ」


「畏まりました。あの……恐れ入ります。一つ、お知らせしたいことがございます」


「何でしょう」


「先ほど、書簡が参りました」


「書簡?」


「はい。アガルタ王様からの書簡でございます」


「……後で読みましょう」


「承知しました。それではあるじ様、水浴びが終わりましたら、お呼びください」


「その呼び方はやめてくださいとお願いしたはずです」


「でっ……でも……」


女性は戸惑いの表情を浮かべる。それはそうだ。目の前にいるお方は、神なのだ。絶対に侵すべからずの、この世を救うべき神なのだ。だが、彼女は、あるじ様は名前で呼べという。恐れ多い気持ちが湧き上がってくる。だが、その美しい眼差しはじっと向けられている。女性は、勿体ないという気持ちを押し殺すようにして、必死で口を開く。


「承知、しました。ヴィエイユ……様」


戸惑いの表情を浮かべながら退室していく女性の姿を眺めながら、ヴィエイユはクスリと笑みを漏らす。そして、ゆっくりと起き上がり、部屋に備えられているバスルームに向かった。


冷水を頭からかぶり、火照った体を覚まさせる。それから、何度も体に冷水をかける。これは彼女の習慣で、真冬でもこれは続けられる。しばらくすると彼女は、柔らかい布を手に取り、まるで磨き上げるようにして自分の体に擦りつけた。


「……ふう」


一連の作業が終わると、大きなため息をつきながら、鏡の前に立つ。我ながら美しい体をしていると思う。毎日冷水で磨き上げた体だ。まるで芸術品のように均整が取れている。


……この体を見て、ひれ伏さない男はいない。ただ一人を除いて。


彼女の脳裏には、アガルタ王リノスの顔が浮かんでいた。いつの日か、あのお方を自分の前に跪かせてみたい。泣きながら、自分を抱く許しを乞わせてみたいものだ。そうなれば自分は、名実ともに世界の王となれる……。


そこまで考えたとき、彼女の体が無意識に震えた。どうやら、寒さには勝てないらしい。もう少しこの素敵な妄想に浸っていたい欲望を抱えながら、彼女は予め用意されていた下着に手をかけた。


テキパキと身支度を整え、再び鏡の前に立つ。姿勢、身だしなみ、気品……一分の隙もないことを確認して、彼女は手を叩く。


「お呼びでございましょうか」


「執務室に向かいます。アガルタ王様からの書簡を持って来てください」


「承知しました」


召使いの女性の言葉に鷹揚に頷いた彼女は、足早に部屋を後にする。


執務室まではそう遠くはない。彼女は部屋に入るや、自身の机ではなく、その前に設えられているソファーのような椅子に腰を掛けた。周囲には、彼女の到着を待っていたかのように、近臣たちが控えている。一瞬の間をおいて、召使いの女性が一通の書簡を持ってきた。彼女はそれを受け取り、ゆっくりと目を通していく。


「……うふふ」


ヴィエイユは、リノスから送られた書簡を見て思わず笑みを漏らした。傍に仕える近臣たちは、そんな彼女に視線を向けることはないが、体全体で彼女の動きや心を感じようと意識していることは、手に取るようにわかる。


「ご褒美には、何をいただこうかしら」


誰に言うともなく彼女は呟く。その声を聞いて近臣たちは、主人の機嫌がいつも以上によいことを瞬時に察するのだった。ヴィエイユは、一枚の紙を取り出し、カリカリとそこに何かを書き入れるのだった。


◆ ◆ ◆


「……女狐め」


辛辣な言葉とは裏腹に、その表情には笑みが漏れていた。ヴィエイユからの書簡を手にしている、リノスだ。彼は困ったなという表情を浮かべながら、視線を宙に泳がせている。


「『ご褒美次第です』か。なかなか言うようになったな、あの小娘。俺の本気度を試していやがるのかな? う~ん。から揚げ一年分では……おそらくダメだろうな。敢えて俺の体を差し上げますって書いた方がヤツは喜ぶんじゃないか?」


そんな言葉を吐きながら、彼は目を閉じて何かを考える。


「まあ、ヴィエイユが動く、動かないで作戦の内容が大きく変わってくるが……。ま、ダメもとだ。動かなければ動かないなりに、別の方策を考えればいい」


彼はそう呟いて、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、そこにカリカリと何かを書きこみ始めた。


「ちょっとくらい意地悪をしてもいいだろう。これが読めれば、面白いんだがな」


そんなことを言いながら、彼はクスリと笑う。そして、ゆっくりと立ち上がったかと思うと、執務室の窓を開け、フェアリードラゴンを呼びだした。


◆ ◆ ◆


「……で、どんな返事をなさったのです?」


そんな問いかけをしているのは、リノスの妻のリコだった。彼女の傍らには、夫によく似た面立ちの子供が大の字になって眠っていた。言うまでもなく、二人の子供のイデアだった。


ママ大好きっ子の彼は最近、リコと一緒でなければ眠らなくなっていた。彼女はそんな息子の甘えん坊ぶりに不安を覚えていたが、リノスのそうしてやってくれという頼みもあり、一方でこの息子のかわいさのあまり、ついついそれを許してしまっていた。ただ一つの救いは、イデアはリコが添い寝すると、たちまちのうちに眠りについてくれる。その幸せそうな寝顔は、リコをして、心から癒してくれるものがあった……。


リコはまるで宝物を抱くように、大切そうにイデアを抱き上げて、傍らにある子供用のベッドに運ぶ。そして、優しく毛布を掛け、その柔らかな頬にキスをしてやる。しばらくの間、愛おしそうにその寝顔を眺めていたが、やがて彼女はリノスの待つベッドに戻ってきた。


「あまり無理はしないでくださいませ」


そう言いながら彼女はベッドに入り、リノスの胸に顔をうずめた。


「無理はしていないよ」


「それならばよいのですが……。どんな返事をなさったのです?」


「うん? こんな感じで返したんだ」


リノスは枕元にある紙を手に取り、そこにカリカリと文字を書き入れ、それをリコに渡した。そこには、こんな文字が書かれていた。



うしてやる

とかいない

んつのぞに

けみをみか

せこよてい



リコはしばらくの間、紙を眺め続けていたが、やがて、アッと声を上げたかと思うと、呆れたような表情を浮かべながら、手に持っていた紙をリノスに返した。


「いけませんわ。こんなことをして」


「わかったか……。さすがはリコだな」


「少し考えれば、すぐにわかりますわ」


「そうか……。悩むと思ったんだけれどな……」


さも残念そうな表情を浮かべながら、リノスは紙をクシャクシャと丸め、くず入れに投げ入れた。


「でも、そんなことを考えつくリノスが、私は大好きですわ」


「……ありがとう」


「うふふ」


リコはにっこりと笑って、リノスの胸に顔をうずめた。その彼女の体を、リノスは優しく抱きしめた……。

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