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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百四十三話 秘密のお願い

三日後、俺は久しぶりにヒーデータ帝国の宮城きゅうじょうを訪れた。当然お忍びだ。リコからタウンゼット妃への返書をフェアリードラゴンに持たせると、三日後に陛下の私室に転移して来るように暗号が来たのだ。


正直、こういうやり取りはあまり好きではない。リコのことは微塵も疑ってはいないが、やろうと思えば、アガルタの情報を帝国に流すことができてしまうのだ。


そんな少し複雑な感情を胸に秘めながら、俺は陛下の私室に転移した。すると部屋には陛下しかいなかった。宰相閣下さえいないのだ。


「突然、呼び立ててすまぬの」


ゆったりと椅子に腰かけた状態で、彼は俺に座るように勧める。いつもの煌びやかな服装ではなく、ガウンのようなものを着ている。こんな砕けた様子の陛下は初めて見た。


「エリル殿は元気かな?」


突然、娘のことを聞かれる。予想していなかった質問に、俺は少し戸惑う。


「え……ええ……息災です」


「そうか。一度、遊びに連れて来るがよい」


「は……」


「アローズと一度くらい会わせておいた方がよかろう」


「は……はあ」


「我が息子、アローズとエリル殿は許嫁じゃ。親同士が決めた婚儀とはいえ、輿入れまで顔を合わせぬというのは、互いによくはあるまい」


「……」


「我が国には、イザエモンという貴族の子弟が学ぶ学校がある。アローズは来年、そこに入学させる。もし、よければ、エリル殿もそこに入れてはどうじゃ?」


「ええと……」


「将来的に我が国に嫁ぐのじゃ。早いうちから、帝国の貴族たちと交流を持っておくことに越したことはない。イザエモンに通う者たちは、我が国の貴族の子弟を始めとして、帝国が懇意にしている国々の貴族の子弟の者たちじゃ。将来、国を動かす地位に就く者も多い。そうした者たちと子供の頃から知己を得ておくのは、エリル殿の将来にとって有益に働くであろう。全く知らぬ土地に嫁いで来るよりは、はるかにマシであろうがの」


「あの……陛下、何の話で? そのためにわざわざ俺をここに呼んだのですか?」


「……これは、私としたことが。いや、呼び立てたのは他でもない」


陛下はオホンと咳ばらいをしながら立ち上がると、机の引き出しを開け、中から何やら取り出した。そして、それを俺の座るテーブルの上に広げた。


「これは?」


「ドルガの新しい地図じゃ」


俺は地図をじっと眺める。何やら、赤い線と黒い線が描かれているのが見える。


「この線は?」


「赤い線が堀、黒い線が城壁を指す」


「……めちゃめちゃいい砦じゃないですか」


俺の言葉に、陛下はゆっくりと頷く。


「しかも、その堀と城壁は、ここ一週間で作られたものなのだ」


「いっ……一週間!?」


思わず大きな声を上げてしまった。俺は周囲を警戒する。どうやら誰も居ないようだ。


「この、ドルガという街は、どのくらいの大きさですか?」


「大体10㎞四方と考えてよい」


「そんな街に一週間で堀と城壁を築くなんて……化け物だ……」


この俺でさえも、全力を出しても完成できるかどうか……いや、無理だな。不休不眠でやればどうにかなるかもしれないが、完成する前に倒れてしまう。


「……相当の魔術師がいると見て、間違いなさそうですね」


「ああ。それもあるが、何より私が注目しているのは、この堀と城壁の位置じゃ。ここにこんなものを作られては、攻める手立てがない。リノス殿はどう攻める?」


「……」


地図だけでは何とも言えないが、見る限りでは、弱点らしきものは見当たらない。


「これは、力攻めは難しいですね。やっても、相当の犠牲が出ますね」


「で、あろうの。相談と言うのは、そのことなのじゃ」


「まさか俺にこの街を奪還せよというのではないでしょうね?」


「……」


図星か。何ともムシのいい話だ。これは相当に難しい仕事だ。


「北方方面軍の総司令官であるライッセンは、十万の兵を増援してくれと言ってきおった。どうやら、数を頼んで押し包もうという腹らしい。そんなことをすれば、我が方の損害はどのくらいになるのか……。下手をすれば、全滅する可能性すらある」


「……同感です。やるとすれば、兵糧を断って日干しにする他はないでしょう」


「だが、この街には港がある」


「補給路は万全というところでしょうか」


「そうだの。海上を封鎖するのは難しい。我が帝国が全兵力をもってあたれば、できぬことはないが……」


「いや、そこまでしては、国民が動揺するでしょう」


「その通りじゃ」


陛下はゆっくりと息を吐き出しながら、改めて俺に視線を向ける。


「ライッセン然り、ワーロフ帝国軍も然り。ヤツらはドルガを単なる一都市としか見ておらん。先の作戦の失敗を顧みようとせず、徒に同じ失敗を繰り返そうとしておる」


「そうなると、敵はますます勢いづきますし、このドルガを拠点に、ワーロフ帝国に侵攻することができますね」


「その通りじゃ。事は一刻を争う。このままあの者どもに任せておっては、ワーロフは灰燼に帰し、我が国は喉元に刃を突き付けられたも同然だ。従ってリノス殿、そなたにこの作戦を頼みたい。タダでとは言わん。皇帝御料の半分を渡そうではないか」


「コウテイゴリョウ?」


「詳しくはリコレットに聞くがよい」


「……わかりました。ただ陛下、いつの間にそのような軍事知識を得られたのですか? 慧眼かと思います」


「私ではない。ダイアナじゃ」


「ダイアナって……」


「ヴァイラスの妻じゃ。なかなかに軍事に精通しておる。あの顔で、軍のことに興味があるらしい」


そう言って陛下はカラカラと笑った。俺はその様子を見ながら、再び地図に視線を向けていた。


「ただこの砦……全く隙がありませんね。隙のない城は落としやすい……って誰かが言っていた記憶があるな。さて、ここを攻めるとなると……」


俺は顎に手を当てながら考える。やりたくはないが、これだけの砦……一度、見てみたい気がする。興味心が湧き上がってきた……。


そんな俺の様子を、陛下は満足そうな表情で眺めていた。


◆ ◆ ◆


「どうだ。我ながら壮観な眺めだ」


そう言って満足そうな表情を浮かべているのは、ロイスだった。彼は人化し、鎧を装備していた。その彼の隣で、地面に片膝をついているのは、妹のシャリオだった。彼女も同じく鎧を装備しているが、肩で息をしているためか、時おりカシャリカシャリと鉄が触れ合う音が聞こえてくる。


……全く、中の兄さまは、無理なことをさせる。


彼女は兄の無茶ぶりに呆れ返っていた。次々と堀と城壁を作ることを命じられたかと思えば、さらにその堀に細工を施せと命じられたのだ。


一見、簡単な仕事であるように見えた。兄の命令は、単に堀の中に溝を掘れと言うものだったからだ。だが、兄が見本で作ったものを見ると、それはかなり複雑な形をしていて、同じものを作り上げるのに、苦労したのだ。


そんな彼女には目もくれず、ロイスは新しく作った堀と城壁に視線を向ける。


「全く問題ない。完璧だ。さあ、仕上げに入ろうか」


彼は左手に魔力を集中させる。するとそこに、小さな火の玉が生み出された。それはゆっくりと彼の手を離れたかと思うと、突然高速で海の方向に向かって行った。


海と堀との境目から火柱が上がる。一瞬の間をおいて、爆発音と衝撃が伝わってきた。


海から大量の水が流れ込み、瞬く間に堀は海水で満たされた。ロイスはそれを満足げな表情で眺めている。


「これで完成だ。この砦を見れば、必ずアガルタ王リノスは動く。これを見て食指を動かさぬ男は、取るに足りぬ凡将だ。優秀な男であれば、この砦の魅力がわかるはずだ」


そう言ってロイスはカラカラと笑う。そんな兄の様子を、シャリオは呆れたような表情で眺め続けた。

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