第四百四十一話 新メンバー
「りゅーおーくん、乱暴はダメよ!」
体を真っ赤に染めて怒る龍王に向かって、アリリアが人差し指を天に向け、腰に手を当てながら注意をしている。
「う……。わ、わかった……」
まるでお姉ちゃんに怒られた弟のように、龍王は恐縮してしまっている。そんな彼にアリリアは遊ぼう遊ぼうと言って屋敷に招こうとする。
「アリリア、もう、夜も遅いから、また今度にしよう」
「ええ~。りゅーおーくんとお風呂に入りたい」
「ダメだ。絶対にダメだ」
……イカン。娘にマジギレするところだった。いつもと違う俺の様子に、アリリアが少し慄いている。
「いや、龍王も忙しいからね。彼のお仕事の邪魔をしてはいけないよ」
「……うん、わかった。じゃあ、りゅーおーくん、また今度ね」
「ああ、いつでも呼ぶといい」
俺はフェリスに屋敷に帰るように促す。彼女はスッと頷き、アリリアと手を繋いで屋敷に向かって歩き出した。よほど龍王と遊びたかったのだろうか、アリリアは後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら戻っていった。
「お前、ウチの娘に手ぇ出したら、マジぶっ殺すからな」
「何を言っているのだ貴様は……」
龍王が呆れたような表情を浮かべている。いや、こういう男が油断ならないのだ。家に帰ると龍王が座っていて、いきなり「お父さん」などと呼ぶ……。何だお前は早く帰れと追い返そうとするが、アリリアがこの人と結婚する……なんて言い出すんだ。ダメだ、ゼッタイにダメだ。それにいきなりそんなことを言われても……。お父さん、実は、この人の子供がお腹の中にいるの。何だと!? 俺は許さん、絶対に許さん! ウチの娘に何てことをしてくれたんだ。まあまあリノス、アリリアが幸せならそれでいいではないですか。リコ、何を言っているんだ……って、メイもシディーもソレイユも、マトも……知っていた? え? いつから? 付き合い始めから? もう3年も交際している? ウソ、マジか? え? うん、確かに2年前にアリリア、俺にマフラー編んでくれたよね。あれ試作品? あの後編み直して龍王にあげたの? マジか……知らなかったの、俺だけだったんだ……。
……きけ。……している。……おい、我の話を聞かんか!!
突然龍王の絶叫が聞こえる。ああ、イヤなことを考えてしまった。てゆうか龍王、お前だけは絶対に許さんからな!
「何だ、貴様? 我に殺気を向けるなど! 我に挑むのならば、来るがいい!」
無限収納からホーリーソードを取り出そうとするが、出てこない。そうだ、メイに預けてあったんだ。あれじゃなきゃ、龍王の鱗は斬れないだろう。……チッ仕方がない。今日はやめておこう。
「何だ!? 来んのか!? ……全く、何と手のかかる男なのだ貴様は! 早くどうにかせよ!」
「どうにかせよって、何をだ?」
「さっきから言っておるではないか! あのドラゴンは貴様の許にいるのではないのか! 我が助けてもよいが、そなたの許にいるのであろう? そなたが助けるのが筋ではないのか?」
「さっきから何を訳のわからん話を……って、あれ?」
龍王が指さす先に視線を移すと、何やら人影が動いている。まるで匍匐前進をするかのように、ゆっくりと俺たちのところに向かって来ている。
近づいて見ると、それは少年だった。顔が腫れ上がっている。随分と派手にやられている。
「おい、どうした君、大丈夫か?」
「しっかりと手当てをしてやるのだ。全く……」
そう言って彼は空に飛び上がった。俺は龍王に向かって舌打ちをしながらも、目の前の少年に声をかける。
「う……う……み……ハ……」
「しっかりしろ!」
俺は少年を負ぶって、屋敷に向かって走り出した。
◆ ◆ ◆
「……」
あまりの光景に、誰も言葉を発することができなかった。ただ一人、フェリスだけは、眉間にものすごい皺を寄せながら、目の前の光景を睨み続けている。
山と積まれたからあげ、サラダ、パン……。それがみるみるなくなっていくのだ。さらに、寸胴いっぱいに用意されたスープも、まるで水を飲むかのような勢いでなくなっていく。
少年を屋敷に連れて帰り、回復魔法をかけると彼はすぐに意識を取り戻して立ち上がり、目の前の料理を見つけると、まるで何かに取り憑かれたかのように、それらを口に放り込んでいった。
全て手づかみで食べていく少年。大きな寸胴鍋も軽々と持ち上げて口に運んでいく。そして、テーブルの上に用意した料理は、瞬く間になくなってしまった。
「ふぅ……。落ち着いた」
一体君は……そう話しかけようとしたとき、少年がクルリと俺たちを見廻し、申し訳そうな表情を浮かべながら、口を開いた。
「すみません……おかわり、ありますか?」
「いい加減にしなさいよ!」
フェリスがものすごい形相で怒りをあらわにする。そのあまりの剣幕に、子供たちがビビってしまっている。
「フェリス、まあ、落ち着け」
「でもっ」
「取りあえず、こちらはどなただ?」
「「え?」」
フェリスと少年がハモりながら、同じ表情を浮かべている。一体どうしたのだろうか?
「あの……覚えて……ないのですか?」
少年が涙目になっている。俺はポリポリと頬を掻きながら、必死で記憶を辿る。
「……ラースです」
「ええっ!? ラース? お前、ラースか?」
「はい……」
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
「あの……今気づいたんですか?」
「あ、いや、その……。いや、以前見たときより少年らしくなっているから、ちょっと、わからなかったや。ハハハ……」
ラースはジトッとした目で睨んでいる。俺はオホンと咳払いをしながら、彼に再び話しかける。
「で、何しに来たんだ?」
「何しにって……脱皮が終わったので、お世話になろうと……」
「あー」
思わず天を仰ぐ。確かそんな約束をしたような記憶がある。
「今はダメって言っているじゃない」
フェリスが腕組みをしながら、ラースに近づいていく。
「今は忙しい時なの。黒龍が約束を違えたって聞いたでしょ? そんな時期に……」
「さっき龍王様が、それについては対応するって言ってたよ?」
「そうは言っても、今、リノス様は忙しいの。アンタを面倒見る余裕なんてないのよ! だから山に帰りなさい! まだ山に居てもいいでしょ! それか、他のところに行くか、どちらかにしなさい!」
「そんな……姉ちゃん……」
「まったく……あれだけボコボコにしたのに、ここまでたどり着くなんて……体だけは丈夫なんだから!」
二人のやり取りを見ながら俺は、リコを筆頭とする嫁たちに視線を向ける。メイやソレイユは仕方がないんじゃないでしょうか、といった表情だ。マトカルは好きにすればいいという表情だ。シディーは人差し指を顎の下に当てている。何かを推理している? そしてリコはラースの様子をじっと見守っている。
「ちょっとよろしいかしら?」
突然リコが口を開く。全員が彼女に視線を向ける。
「ラースさん、あなたをわが家に迎えることは吝かではありませんわ。しかし、我が家では必ず何らかの仕事をしてもらうことになりますわ。あなたは、何か得意なものがおありかしら?」
「得意な……もの?」
「例えば、あなたのお姉さんのフェリスは、書類チェックに抜群の能力を発揮していますわ。ルアラは暗算……。何でもいいのですわ。計算でも、料理でも……何がお得意かしら?」
「ええと……」
重苦しい沈黙が流れる。それが無意味だと言わんばかりに、リコが口を開く。
「一つ、問題を出しましょうか。ある牧場に、毎日一定量の牧草が生えるそうですわ。さて、この牧場に牛を20頭放したら10日間で牧草を食べ尽くし、15頭放したら、15日間で牧草を食べつくしたそうですわ。では35頭を放すと、何日で食べつくすことになるでしょうか」
「……」
ラースは天を仰ぎながら考えているが、なかなか答えが出てこない。
「リコ様」
その様子を見るに見かねたのか、シディーが声をかける。
「きっと大丈夫です。根拠はありませんが、彼をこのお屋敷に置いた方が、いい未来が待っている気がします」
「……そうですか。シディーがそう言うなら」
リコとシディーは顔を見合わせながら頷いている。そしてリコは、メイたち家族全員に視線を向ける。皆、頷いている。彼女はそれを確認すると、俺に向き直った。
「よろしいかと思いますわ」
「……ということだ、ラース。ただし、さっきもリコがいったが、ウチは働かざるもの食うべからず、だ。何らかの仕事は、してもらうぞ?」
「……ハイ! ありがとうございます!」
彼は元気よく返事をして、丁寧に頭を下げた。
その夜、ラースはフェリスの部屋で寝ることにして、俺たちはそれぞれの寝室に向かった。
俺はリコと子供たちと共に風呂に入る。
「ふぅ~。それにしてもリコ、どうしてラースにあんな問題を出したんだ?」
子供たちを風呂から上げ、二人で湯船に浸かりながら、俺はリコに話しかける。
「料理を手づかみで食べていましたでしょ? 色々と教育が必要かなと思ったのですわ。まずは、どのくらい基礎学力があるのかを知ろうと思ったのですわ。ある程度学力があれば、フェリスやルアラの手伝いができますでしょ?」
「なるほど」
「ただ……ちょっと二人の手伝いは難しそうですわね。彼には色々なことを経験しながら、できることを見つけていくのがいいと思いますわ」
「そうか……。俺はてっきりリコがダメだと言うと思っていたんだ」
「フフフ。実は最初、私もどうしようかと思っていましたのですわ」
「じゃあ、何で?」
「あの問題の答えと一緒ですわ」
「答え?」
「まっ、5日」