第四百四十話 意外とエライ?
「ただいま帰りました……」
フェリスが帰ってきたのは、出発してからわずか二日後のことだった。俺は憔悴して帰ってきた彼女を見て、これは追い返されたなと思った。
クルルカンは基本的に、脱皮が終わって成竜として認められると、一旦、山を降りなければならない。そして、世界のどこかで修業をして、己の魔法をLV5にまで引き上げないと帰ることが許されない。フェリスはようやく風魔法がLV4に達したところだ。まだ、群れに戻る資格はないのだ。
だが、話を聞いてみると、ちゃんと群れには迎え入れられたのだと言う。黒龍が約束を違えるという緊急事態であるために、例外として認められたのだそうだ。彼女は両親を通じて族長にその旨を報告し、これから先のことについて指示を待ったのだそうだ。
「すぐに黒龍側から連絡があって、約束を違えることはしていないと言うのです」
「何じゃそら? 都で見たあのドラゴンは、黒龍ではないというのか?」
「いいえ。間違いなく黒龍です」
「じゃあ、何でだ?」
「わかりません。私は一旦山を降りて、リノス様の許で待機せよという命令を受けましたので、こうして戻ってきたというわけです」
そう言って彼女は大きなため息をついた。
「そうか。行って戻ってだから、ほとんど休めていないんじゃないのか? 疲れただろう。まずはゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます」
彼女はまずは風呂に入ると言って、自分の部屋に向かって行った。アリリアなどが、一緒に背中を流そうかと言っていたが、彼女は一人で入ると言っていた。いつもなら子供の面倒を喜んで見てくれるのだが……。よほど疲れているのだろう。
フェリスが風呂に入っていると、シディーが屋敷に戻ってきた。彼女はフェリスの帰還を聞くと、傍にいたエリルに向かってウインクを投げた。そして、腕まくりをして、ペーリスに視線を向けた。
「ほら、言った通りだったでしょ? ペーリスちゃん、これから夕食を作るんでしょ? 私も手伝うわ。今夜はたくさん作った方がいいみたい。いつもの倍……いや、三倍は作った方がいいわ」
シディーの言葉に、ペーリスはキョトンとしている。
「大丈夫。私を信じて。エリルちゃん、手伝ってくれる? アリリアは弟たちと遊んであげてくれるかな?」
シディーがテキパキと指示を出していく。エリルは最近拵えた自分専用のエプロンを付けてキッチンに向かって行った。こうしてみると、もう完全に彼女はお姉ちゃんになった。その様子を眺めながらアリリアと共に子供たちと遊ぶ。
◆ ◆ ◆
「ふう~。もう食べられません……」
腹を抑えながら天を仰いでいるフェリス。風呂から上がり、食事となったが、いつも以上の空腹と疲れを抱えた彼女をもってしても、今日拵えた料理を全て平らげることはできなかった。テーブルの上には、まだ高く積み上げられたから揚げや、まだ手付かずのサラダ、大量のパンやスープが残っている。基本的に出された食事は全て食べるというのが我が家のルールだが、今日は特例としてお残しを認めなければならないかもしれない。
ちなみに、体調不良などで食欲がない場合もあるので、出された料理を絶対に全て食べなければならないというわけではない。基本的に、箸をつけた料理は食べなければならないが、箸をつけていないものは、最悪、残してもよいことにしている。我が家のルールは、そこまで鬼ではないのだ。
とはいえ、この残った料理をどうするか。まあ、無限収納に入れておけば、非常用の食糧にはなる。そんなことを考えている俺の目の前で、シディーは悠然と座っている。
そのとき、俺の結界が破られるのを感じた。これは……また、アイツだな。
渋々外に出てみると、人化した龍王が立っていた。俺はため息をつきながら、ヤツに話しかける。
「こんな時間に何しに来た。今は一家団らんの時間なんだよ。邪魔をしないでくれるかな。それに、いちいち結界を破って来るのは、やめてもらえないかな?」
「何を言うのだ! あの結界を破らずして、どうやってここに来るのだ!」
「いや、俺の結界は一応、邪心のない者は通れる仕様になっているんだ。で、あるにもかかわらず結界を破って入ってくるということは……」
「貴様、何が言いたいのだ? 龍王たる我に対して……」
「あっ! りゅーおーくん!」
屋敷からアリリアがパタパタと飛び出してきた。これ、こんな生き物に近づくんじゃない。アホになるよ……そう言おうとした俺を遮るようにして、アリリアは口を開いた。
「遊びに来てくれたの? 遊ぼ遊ぼ!」
「よし、いいだろう」
「わーい」
「オホン」
咳払いが聞こえたかと思うと、龍王の背後から二人の男が姿を現した。二人とも初老の男性で、片方は髪が赤く、もう片方は黒髪だ。だが、コイツの場合、目が鋭く、その瞳の奥には憤怒の感情がありありと見てとれた。
二人は龍王の傍まで来ると、恭しく片膝をついた。
「そうだ。我は遊びに来たのではない。そなたにこの者が、申し開きをしたいと言っておるのだ」
龍王は黒髪の男に向けて顎をしゃくる。それを受けて男は、その鋭い眼差しを俺に向けた。
「我は黒龍族の族長、カンナンス。我が一族がそなたの都を襲ったと聞いたが、我らは一切預かり知らぬこと。その点、ご承知おき願いたい」
「黒龍の族長? まさか?」
「クルルカンから黒龍が約束を違えたと我の許に連絡があった。だが、黒龍は断じて知らぬと頑なに言い張る。我も調べてみたが、黒龍に嘘偽りは見えぬ。それ故、この者たちを連れて来たというわけだ」
「クルルカンの族長、グレイブだ。貴殿のことは聞いている。我が一族の者が世話になっている。今後ともよしなに」
赤い髪の男がそう言って俺に頭を下げた。
「ぞ……族長様!?」
俺の背後で頓狂な声が聞こえる。見ると、フェリスが屋敷から飛び出してきていた。彼女は俺の傍まで来ると、彼らと同じように片膝をついて、頭を下げた。
「黒龍を見たというのは、そなたか?」
龍王が威厳のある声でフェリスに話しかける。
「はい。確かに、都で見ましたのは黒龍です。間違いありません」
「そんなはずはない!」
黒龍の族長が声を荒げる。その彼に、フェリスは一歩も引かず言い返す。
「いいえ、絶対に黒龍です。それはリノス様もご覧になっています。それにあの臭い……黒龍でないと、あんな鼻が曲がりそうな臭いは出すものですか!」
「臭い? 我らにそのような……。まさか……。その臭いとは、何かが腐ったような臭いか?」
黒龍の族長の言葉に、フェリスはゆっくりと頷く。
「……ツネたちか」
「ツネ?」
「ああ、我ら黒龍には掟を破って山から出た者がいる。それがツネを筆頭とする四匹の黒龍だ。だが、奴らはあの島から出ないことを条件に命を助けたのだが……。まさか奴らが……」
黒龍の族長は、唖然とした表情を浮かべていたが、やがて龍王に向き直り、深々と頭を下げた。
「龍王様、誠に恐れ入りますが、我らにヤツらを討伐することをお許しください」
「討伐、と言うことは、山を降りると言うことか」
「その通りです」
「それは……認めるわけにはいかん」
「龍王様!」
「この始末は、我が付けよう」
「何と、龍王様、御自ら……」
クルルカンの族長が驚いた表情を浮かべている。その様子をチラリと見た龍王は、ゆっくりと頷く。
「このことは、全て我に任せよ。よいな」
「はっ」
「ははっ」
二人の族長は恭しく龍王に向かって頭を下げた。その様子を見ながら彼は再び顎をしゃくる。すると、二人の姿がゆっくりと消えていった。
「聞いての通りだ。今回の黒龍の一件は我が始末をつける。そなたたちは手出しは無用だ」
「うわーりゅーおーくん、カッコイイ!」
アリリアが思わず声を漏らす。その言葉がうれしかったのか、彼の体が薄い桜色に染まっている。
「それにしても龍王……」
「何だ、不服でもあるのか?」
「いや、不服はない。ただその……。お前さん、意外と偉いんだな」
「何ッ!? 誰に向かって!!」
龍王の体が、薄い桜色から、炎のような色に変わった……。




