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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百三十五話 引き取っておくれやす

薄水色の鱗を持つ巨大なドラゴンが、アリリアを睨みつけている。一方のアリリアは、何が起こっているのかが理解できないのか、ポカンとドラゴンを眺め続けている。


「ゴアァァ……」


ドラゴンは、何とも言えぬ不気味な泣き声を上げたかと思うと、ゆっくりとアリリアの傍に降りてきたのだった。


◆ ◆ ◆


「!?」


アガルタにあるリノスの執務室から鈴の音が聞こえた。部屋の前で警備をしていた兵士が、慌てて扉を開ける。そのとき、リノスはすでに立ち上がり、転移結界を発動しようとしているところだった。


「すまんが少し留守にする」


「どちらへ?」


兵士の質問には答えず、彼は姿を消した。誰も居なくなった執務室を、兵士は茫然と眺め続けたのだった。


◆ ◆ ◆


俺の結界が破られた。しかもそれは帝都の屋敷だ。しかも破り方が最小限だったのだ。これは相当のスキル持ちでないとできない。


俺の結界は、LV5のスキルを持つ数名の魔術師が全力で攻撃すれば、破ることができる。だが一度や二度の攻撃でどうにかなるものではない。短くて5回。あるいはそれ以上の攻撃が必要になる。それだけの威力を持たせるためには、そこいらの魔術師では不可能なことだ。俺は一瞬、エルフたちが襲ってきたのではないかと思った。自分たちだけが通れる最小限の穴をあけるなど、神級を超えるレベルの持ち主でないとできない。俺自身でもそんな芸当は難しいだろう。


帝都の屋敷にはリコを始め、俺の大切な家族が住んでいる。まさかその家族に被害が及ぶのでは……。そんな不安を感じていた俺の目の前に飛び込んできたのは、予想もしない光景だった。


「はい、あ~ん」


「ゴアァァ」


「えらいねー。もう一つ、あ~ん」


「ゴァァァ」


何と、アリリアの前に巨大なドラゴンが立っていて、しかもそいつは、アリリアから餌をもらっていた。餌と言っても、庭に生えている雑草だ。アリリアは楽しそうにたんぽぽを与えているが、あれはそんなに美味しくないはずだ。俺は目の前の状況が理解できないまま、思わず口を開いた。


「……何やっているんだ?」


「あ、おとうさん、おかえりー」


両手を上げながらアリリアがパタパタと走ってくる。俺は彼女を抱きとめると、そのまま抱っこをする。


「何をやっていたんだ?」


「おままごと」


「おままごとだぁ?」


俺は目の前のドラゴンに視線を移す。彼はじっと俺たちを見据えている。


「てゆうか、なにをやっているんだ? ……龍王?」


俺の言葉に、ドラゴンはピクンと体を動かしたかと思うと、みるみるうちに人化し始めた。


「……我を呼んでおいて、その言い草は何だ!」


……逆ギレかい。


◆ ◆ ◆


帝都の屋敷のダイニング。そのテーブルには龍王が座っている。彼は屋敷の中を珍しそうにキョロキョロと眺めていて、かなりの挙動不審だ。その彼に向かい合うようにして、俺が座り、その隣にリコとソレイユが座っている。アリリアは俺の膝の上だ。


「アリリアが龍王様を呼びだした……そう仰るのですね?」


セイサムを抱っこしながらソレイユが口を開く。その言葉に龍王はゆっくりと頷く。


「アリリア、どんな歌を歌ったの?」


「え? この間、マミーに教えてもらったやつだよ。『もりのまもりがみさま』」


「歌ってみてくれる?」


コクリと頷いたアリリアは、楽しそうに歌い始めた。俺が聞くと、単なる歌なのだが、ソレイユはそれを目を閉じながら耳を傾けている。


「ここまでしかわかんない。続きをマミーに教えてもらおうと思ったの」


「よく覚えたわね。それに、とっても上手よ」


「エヘヘ」


ソレイユが優しくアリリアの頭を撫でる。その姿勢のまま彼女はスッと俺に視線を向ける。


「今、聞きましたら、なるほど、龍王様がお見えになるのがわかる気がします」


「どういうこと?」


「アリリアは、私たちサイリュースに近い音域が出せるのです。この子は全く意図していなかったのですが……。たどたどしくはありますが、『最強のドラゴンは、我の前に出でよ』と聞こえます」


「マジで?」


「はい。しかも、声の主が何の邪念も持っていませんので……。龍王様がその声を聞いて姿を現しても、何の不思議もありません」


「はああ」


呆れる俺を、龍王はそれ見たことかという表情で眺めている。俺はオホンと咳払いをして、龍王に向かって口を開く。


「すまなかったな、龍王。もう帰っていいぞ」


「なっ、何?」


「どうやら手違いでお前を呼びだしてしまったようだ。ご苦労だった、よろしく引き取っておくれやす」


「貴様、我をバカにしているのか?」


「リノス、失礼ですわよ」


リコが俺たちの間に割って入る。彼女は申し訳なかったという表情を浮かべながら、龍王に一礼する。


「せっかくお見えになったのですから、食事でも上がってらして下さいませ」


「食事? そんなものは、いらん」


「左様ですか……。あなた様もお忙しいところでしょうに……。大変申し訳ございませんでした」


「全く……何なのだ」


「せっかくだから龍王、ソレイユもいることだし、神龍様に会って帰るか?」


「な! バカな! 神龍様にお目通りするなど!」


「わ~い、神龍君に会いたい!」


「それではお呼びしましょうか。リコ様、申し訳ありませんが、セイサムをお願いいたします」


「まあ、体調は大丈夫なのですか、ソレイユ?」


「はい、体調はまだ万全ではありませんが……。今まで神龍様を呼びだしていませんでしたので、久しぶりにお姿を拝見したいと思っていたところです」


「待て貴様ら! 神龍様をそのように軽々しく扱うな! 我ら龍族の守り神様なのだぞ!」


「固いこと言うなよ龍王。娘も会いたがっているんだ。あ、そうだ、ぜんざいを作ろうか? せっかく来ていただくんだから、何かおもてなししないとな。龍王、お前もぜんざい食べるか?」


「イランと言っているだろう!」


「え~神龍君は美味しいって食べてくれるのに、りゅーおーくんは食べないの?」


「う……そいういうことでは、ない」


「じゃあ、ぜんざいたべよう!」


青い顔をさらに真っ青にする龍王と、大喜びのアリリア。何だか二人の対比が面白い。結局、ソレイユの体調もあって神龍様を呼びだすことはせず、龍王にはお帰りをいただいた。ただ、ヤツが帰る際に、アリリアと二人で実に物騒な会話を交わしていたのが、俺にとっては気がかりだったが。


「りゅーおーくん、またあそぼーね」


「いつでも呼ぶといい」


「今度はおいしゃさんごっこしよう?」


「よいだろう」


……うちの娘に変なことをしやがったら、絶対に許さんからな。そう心に固く誓った俺は、さらに結界を強化して、愛刀であるホーリーソードの切れ味を増すように、メイにお願いしたのだった。


◆ ◆ ◆


この龍王の出現には、アガルタに向かっていたシャリオに、少なからず動揺を与えた。


「……このとてつもない気配は、龍王? まさかこれほどとは。しかし、アガルタとは全く別の方向に出現している?」


彼女は万里を見渡すことができるその龍眼で、龍王の気配を感じた場所を凝視する。


「……あれが龍王。その傍にいる子供は、何だ?」


ドラゴン族の頂点に君臨する彼が、羊獣人の子供と戯れるなど、信じられないことだった。一体あの子供は何者なのか、あれは一体、誰の住まいなのだろうか。彼女の好奇心に火が付いた。


まずはそこに向かおう、そう考えたそのとき、龍王の姿が消えた。彼の気配は、彼女の能力をフル活用しても追うことができなかった。


「あそこに行けば龍王が……。いや、私一人では分が悪すぎる。仕方がない、まずは当初の予定通り、アガルタに向かうとするか……」


誰に言うともなく一人、呟いた彼女は、その体躯をアガルタの方向に向けたのだった……。

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