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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 恋のキューピット
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第四百三十話  女の勘

「ああ、いらっしゃい」


「本日分を取りに伺いました」


「あ、用意ができています。こちらです」


「ありがとうございます。あ、今日は小豆が入っているのでしょうか?」


「はい。いい小豆が入りましたので、使ってみました。僕としてはとてもいい感じに仕上がったと思うのですが……。よければ、味見されますか?」


「……うん! 美味しいです! なんて上品なお味でしょう。これならばお二人もお喜びになられます」


「そうですか。そう言っていただけると嬉しいです」


仲睦まじい会話を交わしているのは、ポーセハイのドーキとターマだった。タナ王国との戦いの後もこの二人はミーダイ国に住み続けていた。ドーキの作るお菓子は評判を呼び、わざわざ遠方から買い求めに来る客もいるほどだった。だが、元来儲ける気のない彼は、自分が納得する菓子しか作らず、よって一日に生産できる数は限られてくる。そうしたこともあって、彼のお菓子は予約なしでは手に入れることが難しい状態で、その予約もすでに、半年先まで埋まっているという状態だった。


その一方で、菓子作りのクオリティーの向上に余念のない彼は、様々な試行錯誤を試みていた。その中で彼は試作品を作り、それを客に味見をさせることがよくあった。客の中には、その試作品を目当てに店を訪れる客も多く、そうした人々がミーダイ国に逗留することも多く、その彼らが落とす金が、この国に潤いを与えていたのだった。


忙しい日々の中で彼は、帝様の朝食を作ることだけは忘れなかった。帝様夫婦からの信頼も厚く、彼は御所で行われる儀式の食事一切を受け持つ役割にも任じられていた。そんな彼と帝様夫婦を繋いでいるのが、ターマだった。


彼女は皇后さま付きの医師として絶大な信頼を得ていて、皇后さまの体調管理はもちろん、先に生まれた皇太子の健康管理も担っていた。


彼女は毎朝、ドーキの店に朝食を取りに来る。その際、仲睦まじく会話を交わすその姿は、傍から見ると完全に恋人同士、もしくは夫婦のようにも見えた。


きっとこの二人は結婚するに違いない。そんな期待を周囲に持たせる二人……。ミーダイ国の人々は、温かく二人を見守っていたが、中にはそうではない、お節介もいた。町衆の代表格である、ショゲツだ。


彼女はじれていた。早く二人が結婚しないものかと。そうすれば自分も帝様や皇后さまにもっとお近づきになれる。彼女自身、オワラ衆の一人として帝様や皇后さまの警護を担いたいという夢があった。だが、生来のおしゃべりの性格により、その夢は諦めざるを得なかったという過去を持っている。少し歪んだ愛情ではあるが、帝様たちの役に立ちたいという思いは、誰よりも強かったのだ。


「おおおお、鈍なこと」


店の小僧から報告を聞いたショゲツは、呆れた声を漏らす。おそらく二人は相思相愛。ただ、二人とも奥手のために、なかなか関係が進まないのだ。何とかして、二人を添わせることはできないか……。そんなことをぼんやりと考えていた彼女に、一つの考えが閃く。


「せやせや、アテとしたことが。打ってつけの人がおましたやないか」


パチパチと手を叩きながら、彼女は立ち上がる。そして、店の者に出かけることを告げ、いそいそと着替えを済ませるのだった。


彼女が向かったのは、兄のイッカクのところだった。おそらく今日は夜警のために、屋敷にはいるだろう。そう考えた彼女は、真っすぐに実家に向かった。


「……」


一切表情は変えないものの、腕を組みながら妹を睨みつけるイッカク。その兄を恐ろしいと思うものの、必死で自分を鼓舞しながら、ショゲツは口を開く。


「ドーキはんとターマはんが夫婦になれば、帝様も皇后さまも、それはそれは安心されるに違いおへん。せやから、兄上から帝様と皇后さまに言うておくれやす。二人を夫婦にするように……」


「……」


「兄上かて、二人が夫婦になったら、うれしいやおへんか?」


「……興味なし」


「そないやから兄上はアカンのどす。もっと、男と女の機微に敏感にならなあきません。せやよって……」


「帰れ」


「え?」


「我、興味なし」


「帝様と皇后さまは心配やおへんのか?」


「関係なし」


「関係なして……。何も難しいことを考えんでもよろしいのやで? 帝様と皇后さまに、ドーキはんとターマはんを夫婦にしたら、それはそれはええ夫婦が出来上がるんとちゃますか? って言うたらええのや。そないしたら、お二人は、そらええこっちゃって言うに決まっています。そこから話が盛り上がることもあります。兄上も仏頂面ばっかりしとらんと、ちょっとは気の利いたことを言えなあきまへんえ? せやさかいに……あれ?」


気が付けばイッカクの姿はなかった。彼女は大きなため息をつきながら、ゆっくりと立ち上がり、そのまま屋敷を後にした。


◆ ◆ ◆


「これはお珍しい。一体どうされたのです?」


驚きの声を上げているのは、ドーキだった。彼の目の前に立っているのは、何とショゲツだった。


「ドーキはんに聞きたいことがおましてな」


「何でしょう?」


「ここではちょっと……な?」


「わかりました」


店の奥の部屋に通されたショゲツは、単刀直入に質問する。


「ドーキはん、アンタ、心に決めたお人はおますのか?」


「え?」


「いや、失礼を承知で聞いているのや。何や知らん、ここ最近のアンタはんを見ておりましたらな、どうも、心に決めたお人がおるんやないかと……そない思いましたんや」


「は……はあ……」


「まあ、他人の色恋に色々と口を出すのんは、あんまり行儀のええことやないんどすけれど、アンタはんはアテらの大事な仲間どすから、失礼を顧みずに言わせてもらいます。アンタ、心に決めたお人がおるんやったら、ちゃんと言いなはれ。せやないと、お相手も失礼になります」


「失礼って……」


「アンタはんは知らんやろうけれどな。お相手も、待ってはりますんえ」


「え? 待っているって……」


「まあ、アテもお話したことはあらしまへんけど、これは女の勘どす。間違いない。お相手は、アンタはんからの言葉を待ってはります。せやからな、ドーキはん」


「い……いや、そうは言っても……。彼女には仕事もありますから……」


「何を鈍なことを!」


思わず大きな声を上げてしまった。ショゲツは上品に口元を抑えて、辺りをキョロキョロと見廻す。そして、ドーキに顔を近づけて、声を殺しながら口を開く。


「アテはアンタはんを心配していますのんえ? ここ最近、体調が優れへんのやおへんか? 言わいでもわかります。きっと、寝られてぇしまへんのやろ? アンタはんに倒れられたら、帝様が悲しまれます。それに、お相手も……。ドーキはん、アンタはんは最早、一人の体ではおへんのやで? アンタはんにもしものことがあったら、多くの人が悲しみますのんえ? せやさかいに、こんなことを言いますのや。大丈夫。アテが保証します。お相手はアンタはんのことが好きですわ。せやなかったら、アテもこんなことは言いに来まへんがな。思い切って言うてみなはれ。心が軽くなりますえ?」


「は……はあ」


戸惑うドーキ。だが、ショゲツはそんな彼ににこやかな笑みを浮かべている。そして、帰り間際、クルリと振り返った彼女は、彼に向かってグッと親指を立てた。


「間違いない。間違いおへん!」


そのあまりにも自信に満ちた表情は、繊細で用心深いドーキをして、何とかなるのではと思わせるものがあった。彼は彼女に向かって大きく頷いた。


……もう一度、真剣に話をしてみようか。オワラ衆ともつながっているショゲツ様のことだ。何の根拠もなく、こんなことを言いに来るとは思えないしな。


彼は右手をギュッと握り締めながら、心の中で決意する。明日、話し合いに行ってみようと。運命の歯車が、音を立てて動き出そうとしていた……。

本日、『結界師への転生①』のコミック版が幻冬舎、バーズコミックス様より発売となりました! 書店に寄ってはポストカードの配布(3種類あり)も実施されています(無くなり次第終了)。SS「ファーストキス」も収録して、リノスとエリルのほのぼのとしたエピソードを描いています。是非、手に取ってご覧いただければうれしく思います。

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