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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第四百二十一話 謎解き②

「まず、どうしてこの料理に毒が入っていることがわかったのか、その点をお話しした方がいいでしょうか?」


オルトーの眉毛がピクリと動く。その体から伝わってくる、何とも言えぬイヤな雰囲気が半端ではない。そんな状況であるにもかかわらず、シディーは淡々と口を開く。


「この料理の直前に出された、甘い氷の料理。あれはとても美味しゅうございました。それはそうでしょう。あの料理こそが、この食事会の中で最も大切なところだったのですから。だからこそ、知恵に知恵を絞り、腕によりをかけた逸品に仕上がっていたのですね」


確かに、あのかき氷は美味しかった。だが、まさかこのかき氷がこの食事会のポイントだったなどとは、まったく信じられないことだ。


「その後に出されたこの料理……」


シディーは毒の入っている皿に視線を落としたかと思うと、そのまま俺に視線を向けた。


「リノス様、恐れ入りますが、この料理を味わっていただけますでしょうか?」


……俺に死ねというのか!? ショックのあまり、目に涙が溜まってくる。


「いや、食べないでください? おそらく大丈夫だとは思いますが、絶対に飲みこまないでください。味わうだけです。愛するリノス様に、もしものことがあったら、私は生きていけません。恐れ入りますが、味わうだけ……。いや、大丈夫かな? おそらく飲みこむことはできないですね。大丈夫です。大丈夫ですから、ガッツリいっちゃってください」


シディーがウインクを飛ばしてくる。確かにかわいいのだが、何だろうか、この胸に去来する空虚な気持ちは。全く萌えてこない……。


そんなことを考えながら俺は、目の前の皿に視線を落とす。見るからに美味しそうなスイーツだ。先程、ソースを舐めてみたが、とても甘い味だった。きっとこの果実も相当に甘いのだろう。俺は、フォークでそれを刺して、口元に持って行く。


……きっととても甘いのだろうが、飲みこむことは厳禁だ。毒耐性LV5があるとはいえ、油断は禁物だ。口に含んで味わったら、すぐに吐き出すのだ。


自分の心にそう言い聞かせて、俺は果実を口の中に入れた。


「ぐえっ!」


自分でも驚くくらいに下品な声を出してしまった。いや、不味い。めっちゃ不味い。久しぶりにこんなに不味い料理を食べた。何と言うか……。口に入れた瞬間は甘さがいっぱいに広がるのだが、その後からは、何とも言えぬ苦みが広がる。甘さと苦みが醸し出すハーモニー……。不味いという言葉以外に、形容する言葉が見当たらない。敢えて言うならば、カ〇ピスに苦い薬を混ぜて飲んだときの感覚……とでも言おうか。残念。とにかく残念な味だ。


俺は堪らなくなってしまい、人目もはばからず、口の中のものを吐き出す。そして、グラスに注がれていた水を口に含み、ブクブクと濯ぐ。


「そのお水も飲みこまないでくださいね。いいです。お皿の中に吐き出しちゃってください」


シディーの指示通り、俺は口の中の水を吐き出す。まだ、若干の苦みが残っている。あと数回、口の中を濯ぎたいが、ここは取りあえず我慢することにする。


シディーは、俺の様子を満足そうな表情で眺めていたが、やがてオルトーに視線を移し、真剣な表情を浮かべながら、再び話を続ける。


「さすがのエルフをして、無味、無臭の毒物は作ることができなかった……。手に入れることができなかったのですね? 数百年間も外界と接触を断っていたから、できないのも当然と言ったところでしょうか。というより、この山中ではそもそも植物自体が育ちにくいですから、毒物を作ること自体が難しい……。と、いうより、外界との交流がなく、エルフ一族のみで暮らしていたから、特に毒物を扱う機会も、必要性もなかったというのが正直なところでしょうか? その中で毒を生成し、知恵を絞りに絞って作ったこのメニュー。さすがというべきでしょうか。ですが、オルトー様は自分で張った罠に自分で嵌った形になりましたね」


「……」


オルトーの眉間に皺が寄っている。少し、殺気を帯びてきているように見える。シディーはその様子を見ても、全く怯むことなく、言葉を続ける。


「この料理に混ぜられた毒……。おそらく、即効性があるから選ばれたのでしょう。ですが、この毒には苦みがある。何をどうしてもこの苦みを消すことはできなかった……違いますか?」


オルトーの呼吸が少し荒くなっている。握り締めた両手に力が加わっていることがよく見て取れる。


「そこであなたが考えたのが、この氷菓子。何と言っても、冷たいものを含めば、口の中がマヒしますからね。しかも、このデザートはほとんど噛まずに飲み込むように調理されている……。これならば、ほとんど苦みを感じずに飲み込むことでしょう」


「シディー、ちょっと待て。どうしてそんなことがわかるんだ?」


思わず声が出てしまった。彼女はちょっと意外そうな表情を浮かべたが、やがて優しい笑みを浮かべると、まるで噛んで含めるように、丁寧に話し始めた。


「リノス様もご自分でお料理をなさいますよね? ご自身がお客様をもてなす立場に立たれたとき、冷たいものはいつ出されます?」


「……最初の方か、最後だな」


「でしょ?」


「冷たいものを出した後にデザートを出したりはしますか?」


「……しないな。やっぱりアイス……というより、氷系のものは最後だな」


「同感です」


彼女はニッコリ笑うと、再びオルトーに視線を向ける。


「以前の私ならば、あなた様の罠にかかり、何の疑問もなくこの料理を食べたでしょう。しかし、夫と出会い、自ら料理に携わる経験をしたお陰で、今回の罠に気付くことができました。私は、よい人と結ばれました」


一体、このドワーフは何を言っているのだという空気がその場を支配している。だが隣の俺は、シディーの言葉が素直にうれしかった。


「この料理の差配を全て行ったのはオルトー様、あなたですよね? 賢いあなたのことです、おそらく毒もご自分で入れたのでしょうね。今回用いられたのは……カシトキでしょうか? 標高の高い山にも自生する草で、その実から乳液が取れます。それを乾燥させると粉末になります。少量であれば興奮剤になりますが、量が過ぎると筋肉が激しく痙攣し、呼吸困難に陥って死に至る……。おそらくそれを精製して今回の料理に使用したのでしょうか? で、あれば、オルトー様。あなたの手は黄色くなっているはずです」


ビシッとシディーはオルトーを指さして決めポーズを取る。何とも格好がいいが、オルトー本人に、うろたえた様子は全く見られない。それどころか、彼は俺たちの許にゆっくりと近づいてきて、両手を上げる。


「さあ、心ゆくまでご覧ください。私の両手が黄色に染まっているでしょうか?」


見たところ、それらしき色は確認できない。彼は俺たちにしばらく掌を向けていたが、やがて、身の潔白を証明するかのように、エルフ王に向かって両手を見せるポーズを取った。


「ほーら、やっぱり」


シディーの嬉しそうな声が聞こえる。オルトーがものすごい形相で俺たちに振り向いた。


「オルトー様、その剣の柄は、何でしょうか?」


「柄?」


オルトーの腰に差している剣の柄……白い柄だが、よく見ると、その一部が黄色くなっている。彼は一瞬、ギョッとした表情を浮かべた。


「オルトー様、あなたには左手で剣の柄を握るという癖があります。おそらくあなたは、本来は左利きなのでしょうね。あなたは、その左手で毒を入れ、無意識のうちに柄を握った……。注意深いあなたのこと、おそらく手は洗っていると思い、他に証拠はないかと思っていましたが……。やっぱりでしたね。こちらに近づいて来ていただいて、助かりました」


満足げな表情を浮かべるシディー。だが、オルトーはこめかみをピクピクと動かしながら、言葉を絞り出すようにして、口を開く。


「そ……そんなことで……。白い柄なのです。色が変わることくらいあるでしょう? それしきのことでこの私を……心外です。いい加減にしていただきたい!」


その様子をシディーはじっと見ていたが、やがて、大きなため息をつきながら、ゆっくりと首を振った……。

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