第三百九十九話 山のあなあなあな
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雄大な山が広がっている。俺はその雄々しい姿を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。
俺は今、ムロック山脈の麓に来ていた。高い山とは聞いていたが、まさかこれほど雄大な山だと思わなかった。見ているだけで、何かのパワーを貰える……そんな気分が沸き起こるような山容だ。
そんな俺の傍には誰も居ない。たった一人でこんな大自然の中にいるのは、いつ以来だろう。実にのんびりした贅沢な時間だ。
そんな俺の目には何故か涙が光っている。……寂しい。マジで寂しい。早く家に帰りたい。
俺がこんなに弱気になっているのには訳がある。元々ここには、メイとシディーとゴンを連れてきた。言うまでもなく、このムロック山脈に俺の土魔法でトンネルを掘るためだ。
トンネルを掘るに際しては、どの方向でトンネルを掘り進めればいいのかを調査する必要があるため、この三人にそれをお願いしていたのだ。
三人は到着するとすぐに、景色に見とれている俺には見向きもせずに、山の調査を始めた。やれ、この山はナントカという石でできていそうだとか、地質的には……といった、俺の理解の範囲を超えた会話が繰り広げられる。ゴンなどは、その辺にある石ころを丹念に調べて、大昔に火山の爆発があったとかなかったとか、そんなことをブツブツと呟きながら歩き回っている。君はそんなキャラじゃなかったんじゃないのか? いつものエロさはどこにいったのだ……。俺は一抹の寂しさを覚えてしまった。
そんなことをしているうちに、気が付くと俺の足元を、チョロチョロと走り回るヤツがいる。よく見ると、メイと契約している土精霊のノームだ。彼は走り回りながら、メイに何やら大声で指示を出している。そんなことをしていると、気が付けば俺の周りに人がいなくなっていたのだ。
断っておくが、迷子になったわけではない。置いてけぼりを食らわされたわけではない。断じてないのだ。俺がその気になれば念話で連絡を取ることもできるし、メイたちの魔力を辿れば、そこに転移することもできるのだ。たださっき、念話を飛ばしたら、「ご主人様はそこに居てください」とメイに言われてしまっただけだ。……寂しい。
結局、待つこと二時間。ようやく三人は俺のところに帰って来た。
すっかり飽きてしまった俺は、帝都の屋敷に一旦帰ろうと言ったが、メイたちは目を爛爛と輝かせて、穴を掘る絶好の場所が見つかったと言って譲らなかった。取りあえず腹が減ったので一旦屋敷に帰ろうと提案してみたが、三人と一匹の妖精は、穴を掘るのが先だと言って断固として反対した。
「そんなに穴が大事か? 食事よりも穴が大事か?」
若干キレ気味に不貞腐れる俺。だが、メイとシディーは目を輝かせながら、それぞれが俺の手を握りながら、こんなことを言ってきた。
「今が一番いい時期なのです。この時期を逃すとこの辺りは雪と氷に閉ざされます。今しかないのです、今なのです」
二人がここまで俺の意見を完全に否定するのも珍しい。俺は納得いかない気分のまま、渋々と彼女らに従った。
歩くこと約10分。連れて行かれたところは、緩やかな坂になっている場所だった。メイとシディーはその地面に穴を掘れという。
「え? 下に向かって掘るの? 地下に行くのか?」
「そうです。一旦地下に潜り、ある程度の地点まで来たときに、真っすぐに掘り進めます。ここの地質は、レオリレンス岩盤上にエチソート地層が形成されていまして、非常に硬い岩盤になっています」
「加えて、地下ではケイカワン現象が発生しているために、条件的には最適です」
「儂も色々な土を見てきたが、こんなに理想的な場所は初めてじゃのう。なかなかこんな地層は滅多にお目にはかかれん。文句ばっかり言う前に、メイちゃんに感謝するんじゃ!」
メイとシディーの言っている意味は、半分も理解できず、最後にはノームに怒られてしまった。
俺は涙をこらえながら、彼女らに言われるままに土魔法で穴を掘った。単に穴を掘るだけでは、そこが崩落してしまう可能性もある。そのために、掘った部分は固く錬成して、崩れてこないようにすることも忘れなかった。
三人に指示されるまま穴を掘り続けること数時間、何か硬いものにぶつかる感触を覚えたかと思うと、それ以上前に進むことができなくなった。それを見たメイとシディーが、俺を押しのけるようにして調べにかかる。
「……氷ですね」
「間違いないわ」
「どうやら越えましたね」
「越えたね、メイちゃん!」
そう言って二人は抱き合って喜びあっている。そこに、ゴンとノームも参加して、大盛り上がりになっている。俺は大きなため息をつきながら、その場に腰を下ろした。
あとで聞くと、この山の地層はかなり複雑であったらしく、穴を掘る方向を間違えれば、すぐに崩落する危険性があったらしい。加えて、この山周辺の天気は変わりやすく、ましてや雪などになると、すぐに視界がゼロになってしまう。たまたま俺たちが来た日が、絶好の好天だったために、メイとシディーは無理をしてでも穴を掘る作業を進めたかったのだそうだ。ちなみに、俺が掘ったトンネルはとても強度が高く、我ながらよくやったと褒めてやりたい出色の出来栄えだったが、それに触れてくれる人は誰もいなかった。
外に出てみると、すでに夕暮れだった。山頂付近に雪化粧を施した雄大なムロック山脈を、夕陽が美しく染め上げていた。沈みゆく夕陽を見ながら俺は、しばし疲れを忘れたのだった。
帝都の屋敷に帰ると、ちょうど夕食のタイミングだった。昼食を食べていなかったので、夕食は実に美味く、久しぶりに飲むお酒もとても美味しかった。だが、食卓の話題は、ムロック山脈のことが中心で、俺のことは一つも話題に上らなかった。
俺は一抹の寂しさを覚えながら子供たちを風呂に入れ、絵本を読んでやるなどして寝かしつける。この日読んだ絵本は、「どろぼうのどろぼう」というお話で、間抜けな泥棒が、大泥棒の家に泥棒に入るという可笑しいお話だった。
子供たちが寝静まると俺は寝室に向かう。そこではリコが待っていた。
「早かったですわね。子供たちはもう……どうかしたのですか?」
「りっ、リコぉぉぉぉ~」
「ちょっ、なっ、キャッ!」
彼女の姿を見ると、俺は堪らなくなってしまって、リコを抱きしめ、そのままお姫様抱っこして、ベッドに運んだ。
◆ ◆ ◆
「……ごめんなさい。反省しています。怒らないでください」
俺はリコの体を撫でながら、彼女の耳元で小さな声で呟く。ちょっと乱暴だった。いや、むしろ乱暴にしてしまった。リコはゆっくりと体を起こして、俺と向かい合うようにして体を横たえた。
「……何かありまして?」
「う……実は……」
優しいリコの声に導かれるようにして、俺は今日あったことを話した。彼女は俺の手を握りながら、じっとその話に耳を傾けている。
「……それは辛かったですわね」
話を聞き終わると、リコは微笑みを浮かべながら呟く。俺は思わず泣きそうになった。
「でもね、リノス。これは私にも言えることですけれども……。あまり人に期待をしてはいけないですわ」
「期待?」
「メイたちは褒めてくれるだろう、シディーがやさしくしてくれるだろう……。リノスの心の中で、そんな考えがあったのではないですか?」
「ううう……」
「期待をするから、期待通りにいかなかったときに、怒りを覚えるのですわ。最初から期待しなければ、そんなことにはなりませんわ」
「そうだな……」
「子供たちと接していると、いつも思うのです。子供たちに期待しすぎてはいけないと」
「どういうことだい?」
「このところ、子供たちを叱ることが多くなりました。あるときふと気づいたのです。この怒りは、私の思う通りにならないことが原因なのだと。子供たちには子供たちそれぞれに授かった能力がありますわ。それを、私の考えを押し付けるのは違うと思ったのですわ」
「すごいな。そんなことに思い至るなんて、やっぱりリコは凄いや」
「そんなことはありませんわよ」
そう言って彼女はクスクスと笑う。
「本当にごめんな。大事なリコを乱暴にしてしまった……」
謝る俺に、リコはゆっくりと首を振る。
「いいえ。さっきのリノスも、私は嫌いじゃありませんわ。何だか、かわいいですわ」
「……そうか」
そう言って俺はもう一度、リコを抱きしめた。今日の夜は、何だか、長くなりそうな気がした……。