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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第三百九十話  お怒り

「おお……ファルコとは……」


何とも言えない表情を浮かべながら、徐々に口元を緩めているのは、ヒーデータ帝国の宰相閣下だ。取りあえず俺は、二人の息子が生まれたことを陛下に報告に来ていた。


「大魔導士ファルコの名前をの。よい名ではないか。それに、セイサムという名も、なかなかではないか」


「はい。ソレイユが産みました子供は、『森の番人』という意味があるそうでして、ゆくゆくはたくさんの人を守れるような人物になってくれるようにとの願いを込めて、名付けました」


「フム。リノス殿も三人の息子を得て、アガルタも盤石じゃの」


「いえ、息子たちには、特に俺の後を継ぐことなどは考えずに、自分の人生を歩んでもらえればと考えています」


「フフフ、相変わらずそなたは謙遜するのじゃな。ま、余が言うことではないが、くれぐれも兄弟相克とならぬようにな」


「はい。そうならないように気を付けます」


そんなことを二人で話しながら、ふと宰相閣下に視線を向けると、彼は遠い目をしながら、目にうっすらと涙を溜めていた。きっと、ファルコ師匠との色々なことが思い出されているのだろう。


陛下はこの後、宰相たちと打ち合わせがあるとのことだったので、俺は早々に陛下の許を辞して、帝都の屋敷に帰った。


「ご主人……」


屋敷の勝手口の前で、突然声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには人化を解いたゴンが申し訳なさそうな表情を浮かべながら、俺の顔色を窺っていた。その様子を見て俺は、直感的にゴンが何か大きなことをやらかしたのだろうと感じた。


「あの……申し上げにくいのでありますが……」


「わかった。場所を変えようか」


「いや、ここで大丈夫なのでありますー」


「気にすることはない。いや、皆まで言わなくてもいい。わかる、わかるぞ。お前の言いたいことはよくわかる。男には秘密の一つや二つはあるものだ。ここではリコたちに聞かれてしまう可能性がある。離れたところで、俺たちの会話が漏れないように結界を張って聞こうじゃないか。来い来い来い」


そう言って俺はゴンを手招きして、屋敷から離れたところに行こうとする。だが彼は、ブンブンと音が鳴るんじゃないかと思うほど激しく、その首を振っている。


「いや、おそらく、ご主人が考えていることではないのでありますー」


「うん? いや、無理をしなくていいぞ」


「吾輩はこう見えてもおひいさまの眷属にして、法力を備える白狐でありますー。そんな吾輩に、後ろめたいことなど、ないのでありますー」


「ほう、では聞くが、『神の楽園』とは何だ?」


「はっ? えっ? なっ? い……いや……吾輩は、そのような……」


「いいのかな、そんなことをして?」


「しっ、失礼な! 吾輩は、自分の甲斐性で遊んでいるのでありますー。誰にも迷惑をかけていないのでありますー。女たちにも、チップを弾んだので、問題ないはずなのでありますー。あれ? おかしいでありますなー。あれだけ秘密にしていたのでありますのにー。もしかしたら……メインティア王が!? あの野郎……」


「『神の楽園』という名前は聞いていたが、やっぱりゲスいことをしていたんだな」


俺はゆっくりとしゃがんで、ゴンの背中をポンと叩く。


「吾輩を騙したのでありますか!?」


「おやめなさいな、二人とも」


俺たちの背後で声が聞こえて、思わずビクっと体が震える。振り返るとそこには腕組みをしているリコが立っていた。


「子供たちもいますから……。まずは中にお入りなさいな」


俺たちは言われるままに、すごすごと屋敷の中に入った。


屋敷に入ってもゴンは人化をせずに白狐のままだった。こういう光景は珍しい。白狐の姿のままでいると、子供たちの格好のおもちゃになってしまうからだ。フェアリなどは羽があるために空に逃げることができるのだが、ゴンの場合は逃げることができない。その結果、女子たちに捕まると顔にお化粧という名の落書きを施され、イデアなどはぬいぐるみ代わりにされてずっと抱きしめられることになる。さすがのゴンもそれには参っているらしく、ここ数年は白狐の姿を見ること自体が珍しい状況にあったのだ。


さすがにいつものリコとは違う気配を察したのか、子供たちはゴンにちょっかいを出すことなく、リコに命じられるままに、離れの部屋に移動させられてしまった。そして、改めて俺たちの向かいにチョコンと座ったゴンに、リコが落ち着いた声で口を開く。


「で、二人で何を話していましたの?」


声に全く抑揚がない。何だか、怖ぇ……。


「いっ……いや……あの……その……」


「早くおっしゃいな」


「それでは申し上げるでありますー。実は、明日、おひいさまがこのお屋敷にお見えになるのでありますー」


「は?」

「え?」


声を上げたのが俺とリコの二人同時だった。それほど、ゴンの話は予想外のことだった。


「どうしておひいさまがこの屋敷へ?」


「それが……内々のお願いがあるのでありますー」


「内々のお願い?」


「妖狐・ヘイズの許から保護した、エルフ王の姫の件で、内々のお願いがあるのでありますー」


「エルフの姫? ああ、あの少女のことか」


俺は腕組みをしながら、遠くを見つめる。確か、ヘイズが自分の好みに育てたという女性だ。確か、今はおひいさまの許で丁重に保護されていると聞いていた。それが今になって内々の話とは……。俺は胸騒ぎを覚える。


「で、その内々のお願いとは何だ?」


「それが、吾輩にもわからないのでありますー。ただ……」


「ただ、何だ?」


「おひいさまの周りに、狐火がいくつも見えたでありますー。あれは相当お怒りの証拠でありますー。一体何がお怒りであるのか、吾輩にもわかりかねるのでありますー。おひいさまが自らあのお屋敷を出るなどは、余程のことがない限り、普段はあり得ぬことなのでありますー。あれだけお怒りのおひいさまがこの屋敷に来られると、最悪の場合、このお屋敷自体が吹っ飛ぶかもしれぬのでありますー」


「それは心配ありませんわ。リノスの結界がありますわ」


リコが事も無げに断言する。いや、一応相手は狐神なのだが……。


「だからこそなのでありますー。ご主人のスキルはすでにおひいさまを凌駕していると思われるのでありますが、そのご主人とおひいさまが相対することになれば、そうなれば……。吾輩にもどのような事態になるのか、わかりかねるのでありますー」


「うーん、一体、何を怒っているのかがわからないからな……。対処のしようがないな」


「まずは、おひいさまのお話を聞いてみることですわね。こちらが話を聞く姿勢を見せれば、無理に攻撃を仕掛けてくる方ではないと思いますわ。それで、こちらに非があれば、そのときは誠心誠意お詫びすればいいのですわ。そうですわね、ゴン?」


「ううう……」


俺は腕組みをしながら、目を閉じて考える。


「そうだな。まずは、話を聞かないことには何も始まらんな。と、なれば、おひいさまのご機嫌が少しでもよくなるように、明日はスイーツを大量に用意しておくか」


「何卒、よろしくお願い申し上げるでありますー」


そう言ってゴンは俺たちに頭を下げた。その後、俺は明日に備えて、おひいさまが好むであろうスイーツづくりのために、キッチンに籠った。


そして夜、明日の準備を終えた俺は、一人で風呂に入った。今日は子供たちと遊んでやることができなかったなと反省しながら、明日のことをぼんやりと考える。


あのエルフの姫は、相当長い間ヘイズの許にいた。ということは、かなり彼の影響を受けていることは容易に想像できる。ただ、その点とおひいさまの怒りの接点が見つからない。一体彼女は何に怒りを覚えているのか……。考えても結論は出ない。


「ま、しゃーない。話を聞いてみないと、わからん」


そう言って俺は風呂から上がり、寝室に向かった。


「あれ?」


寝室には、リコ一人がいた。大抵、彼女の傍には息子のイデアがいるはずなのだが、今夜はその姿が見えない。


「イデアは……?」


「シディーのところで寝ていますわ。エリルは、メイのところでアリリアと一緒ですわ」


「はああ」


「リノス」


リコの雰囲気が変わった。俺は思わずゴクリと唾を呑む。


「昼に話していたこと、本当でして?」


「どういうことでしょうか?」


「男には秘密の一つや二つあるものだと言っていましたが、あなたも秘密がおありでして?」


「えっ? いや、ないですよ? ないないない。リコに秘密なんて、ないよ。ないないない!」


俺は必死で否定するが、リコはジトッとした目で俺を睨んでいる。これはあかんパターンだ。否定すればするほど、疑いが増していく。俺はゆっくりと息を吐いて、リコをじっと見つめる。


「ただ、敢えて、敢えて言うならば……リコのことだ」


「私の? 何ですの?」


「俺の秘密は……この寝室……ってところだ」


言葉の意味が分からないのだろう。リコはキョトンとした表情を浮かべている。その様子を見ながら俺は、彼女の耳元で小さな声で呟く。


「それはね……俺とリコ(俺、虜)」


リコはゆっくりと俯いたかと思うと、クスクスと声を殺して笑いだした。

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