第三百八十八話 エクスカリバー
「そんな! 姫様は儂らに死ねと言われるのか!」
「やっぱり、そうよね……」
そう言ってため息をついているのは、アガルタ王・リノスの妻であるコンシディーだ。彼女の前には三人のドワーフが控えているが、その全員が憤怒の表情を浮かべている。
こうなってしまったのには、訳がある。コンシディーの夫であるリノスが、ある物を欲していて、彼女としては、それを何としても手に入れたいと考えていたのだ。
事の発端は、数日前、フラディメ国のメインティア王から肖像画を描きたいと提案されたことに始まる。彼は、出し抜けにアガルタに王の肖像画がないというのはおかしいと言ってきた。確かに、コンシディーの実家であるニザ公国においても、歴代の公王や公婿の肖像画が飾られていて、それらの大半は、公王が最も脂の乗り切った時期に描かれているのだ。メインティア王は、ちょうど今がアガルタ王の最も脂の乗り切った時期であり、その姿を肖像画に描いて、後世にその威光を伝えるべきだと言ってきたのだ。
だが、その話をリノス自身は嫌がった。まだ、そんな時期ではないと言って、頑なにメインティア王の提案を拒もうとした。しかし、お妃さまたちの肖像画も描こうと提案されてから、風向きが変わった。リコがその話に乗り気になったのだ。
彼女はすでに齢30を過ぎているが、その美しさは微塵の衰えも見せておらず、むしろ、そのあふれ出る色気は周囲の者を陶然とさせるものがあった。だが、そんな彼女も確実に老いていく。今の、夫から美しいと言われているその姿を残したいと考えるのは、無理からぬことだった。
結局リノスは、リコの説得に折れ、メインティア王の提案を受けることにした。肖像画について表立って意見を言わなかったものの、実際はそれを描いてもらうことに賛成の立場であったコンシディーは、その話を聞いて胸を撫で下ろした。
実際、シディーの娘のピアトリスは、メインティア王の息子であるオンサールと許嫁の関係にある。幸い二人は今のところ仲良しで、よく遊ぶ間柄だ。この先どのような関係になるかはわからないが、シディー自身は、オンサールの聡明さを見抜き、その優しい性格を気に入っていた。全く知らない人のところに嫁に行くよりは……。そう考えていたシディーにとって、この肖像画の提案は、メインティア王、ひいてはフラディメ国との関係を強めるのに打ってつけと考えたのだ。
その考えはメインティア王も同じであり、彼は、彼の独特な感覚で、アガルタ王家とつながるには、リノスの妻たちとのつながりが必須であると悟っていた。そうした思惑が絡まり合いながら、アガルタ王家の肖像画作成が始まることになった。
メインティア王は筆が速く、しかも、一度覚えた景色や人物は決して忘れることがなく、いつでもその風景や人物を描くことができるという特技を持っていた。そのため、リノス以下、モデルとなる人々は、各々が気に入った衣装に身を包み、30分ほどの時間、メインティア王の前に立つだけでよかったのだ。
俺は後でいいというリノスの言葉に従い、肖像画は妻たちから描き始められた。最初に描かれたのはリコであり、その出来栄えは、本人も赤面するほどの見事なものだった。そうして、メイとシディー、ソレイユ、マトカルの肖像画が完成し、いよいよリノスの番となった。彼はここに至ってもあまり乗り気ではなく、子供たちがもう少し大きくなったときに家族全員で……などと言い出す始末だった。シディーには、夫が自身の外見にあまり自信がなく、さりとて、少し美形に描かれるのも心苦しいと感じているのを、何となくその雰囲気で知ってはいたものの、今ここに至って延期するというのもできない相談であった。
結局、リコから相談を受けたシディーが一計を案じ、彼が気に入っている鎧を纏わせることで、ようやくリノスは重い腰を上げた。
メイとシディーが二人で鎧を着せていると、彼はすぐに機嫌の良さそうな笑顔になった。シディーとしても、この鎧には思い入れがある。ドワーフの技術の粋を結集して作った鎧で、世界最高水準の防御力を誇っている自信があった。事実、先日のタナ国との戦いでは、この鎧は大活躍をしていて、アガルタを勝利に導くその一端を担ったのだ。
愛する夫は、そんな鎧を身に着けて肖像画に描かれる。これは、未来永劫、ドワーフの技術力の高さを証明することにもなる。シディーは鎧を着せながら、心を浮き立たせていた。
長い時間をかけてようやく鎧が着せ終わると、リノスはすぐに鏡の前に行って、自身の姿を大喜びでチェックし始めた。
「う~ん。いつ見てもカッコいいな。どっからどう見ても、カ〇リコーンそのものだ。うわ~マジでかっこええ~」
子供のように喜ぶリノスを見て、シディーは心から嬉しさを感じていた。苦労してメイちゃんやドワーフたちと共にこの鎧を作ってよかった。そんなことを心の中で思っていたとき、リノスの口から、予想もしない言葉が発せられた。
「エクスカリバー!」
その言葉を聞いて、シディーはギョッとした表情を浮かべる。慌ててリノスに視線を向けると、彼は鏡の前に立ち、右手を天に突きあげるような格好をして、それを一気に振り下ろしていた。
「エクス、カリバぁぁぁー」
確かに、確かに夫はエクスカリバーと言った。……何と迂闊なことであったろうか。その言葉を聞いて、シディーは愕然とした。
確かに、夫のために作った鎧は世界最高のものだ。だが、彼の持つ剣はどうだろうか。確かに、メイちゃんが魂を込めて作った剣、ホーリーソードを携えてはいるが、はたしてそれが世界最高の剣であるかと問われれば、即答はできない。何故ならば、世界最高の剣はエクスカリバーであることは、全世界の共通認識であり、しかもそれは、エルフ王が秘蔵する剣なのだ。
だが、シディーは諦められなかった。あの鎧には、エクスカリバーがふさわしい。それが揃えば、愛する夫は世界最高の武器、防具を所有していることになる。それをもって肖像画に描かれれば……。シディーの胸は高鳴った。
しかし、気が付いたときはすでに遅く、リノスは嬉々としてメインティア王の部屋に向かってしまっていた。落ち込むシディーは、ダメもとで、アガルタのドワーフたちに、エクスカリバーと同様の剣を作ることはできないかと尋ねてみたが、答えは決まっていた。
「姫様、それは無理というものじゃ。エクスカリバーを作るには、膨大な魔力がいるのと同時に、エルフの血が必要じゃ」
「それに、エルフが秘蔵しておるリボルバーの香木、あれが必要じゃと言われているのう」
「いずれにせよ、エクスカリバーを作れるのはエルフのみですじゃ。しかも、リボルバーの香木はすでに無くなりつつあると聞いた。やっても、一度も失敗できぬ難しい仕事になるですじゃ」
「やっぱりね……。でも、みんなは作ってみたいとは思わない? エクスカリバーを。どんなものでも斬ると言われる、あの剣を」
「そりゃ姫様、作りたいか、作りたくないかで言えば、そりゃ儂らだって作りたいぞい。じゃが、材料もなければ作る方法もわからんとなれば、諦めるしかないぞい」
「材料がない、作り方がわからない……。それじゃ、あなたたちが、エルフの里に行って、材料をもらって、作り方を教えてもらえばいいんじゃない?」
「無茶を言わんでくれ、姫様!」
「そうじゃ。エルフの里は、それはそれは高い山の上にある。しかも、断崖絶壁の山の上じゃ。儂らなど、近づくことさえできませんぞ。それに、あそこはすさまじく寒い。儂ら年寄りが行けば、確実に全員凍死するぞい!」
「そこを何とか……」
「いかに姫様と言えど、そのご命令は儂ら、お断りですじゃ。それとも姫様は、儂らに死ねと言われるのか!」
ドワーフたちにそう言われてしまっては、シディーも引き下がる他はなかった。だが、彼女の心の中には、いつまでもエクスカリバーの剣のことが離れることはなかった。
後にこのことは、アガルタ王家を巻き込む騒動に発展することになるのだが……。それはまた、別のお話。
軍神編・後日談は今回で終了です。次話から新章に突入します。お楽しみに。
本日が2018年最後の投稿となります。今年一年、本当にお世話になりました。また来年もよろしくお願い申し上げます。よいお年をお迎えください!