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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話  軍神編・後日談
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第三百八十話  ミーダイ国、復活

真っ暗な闇の中に、小さな光の玉が現れて、辺りを照らしていった。その光の中にぼんやりと映し出されているのは、アガルタ王、リノスの姿だった。彼は注意深くゆっくりと周囲を見廻している。


「特に人の気配は感じませんね。それでは……やりますか」


彼は振り返りながらそんな言葉を呟く。彼の視線の先には、ミーダイ国の帝様の姿があった。


彼らがいるのは、ミーダイ国の御所の中にある大広間だった。言うまでもなくこの国は、タナ王国からの侵攻によって、その領土全域を石で埋め尽くされていた。リノスが咄嗟に張った結界のお陰で街は何とか壊滅を逃れていたが、全く太陽の光が届かない状況となってしまったために、とても人の住む場所ではなくなっていたのだ。


だが、先の戦いに勝利したこともあってリノスは、ミーダイ国の空を埋め尽くしている石を取り除き、この国を復活させることを帝様に提案してみた。帝様はそれを手放しで喜び、リノスの言葉に涙にむせびながら礼を言ったのだった。


「さあ、では、やりますか」


リノスはそう言いながらゆっくりと目を閉じる。その様子を帝様は息を殺して見守っている。彼を見守るのは、帝様ただ一人だった。ミーダイ国の復活は、この国に住む者全員の悲願であり、その復活の瞬間に立ち会いたいという者は後を絶たなかった。だが、帝様は誰の参加も許さず、一人でそれを見届けると言って、頑として首を縦に振らなかった。


彼としては、国に住まう人々を二度も危険にさらしたくないという強い思いがあった。元々、ミーダイ国は、山の中をくり抜いたような場所に建てられた国だった。そのため、空には絶壁のような高い山がそびえ立っていた。タナ軍はその石壁を壊してこの国を埋め立てたのだが、色々と調査した結果、この山はかなり脆い石質でできているようで、単に結界を上昇させればよいというものではない状況にあった。下手をすれば、結界を上昇させたところから、山が崩壊する可能性すらあり、帝様としては、どんな些細なことであっても、国の人々を傷つけることだけは避けたいという思いがあったのだ。


「う……ん……」


リノスの声が漏れると同時に、御所の中が小刻みに揺れ出す。彼は目を閉じて意識を集中させながら、ブツブツと何かを呟いている。すると、小さな、地鳴りのような音が周囲から聞こえてきた。


「お父様もうさま、お母様たあさま……お守りください」


帝様が小さな声で呟いている。リノスはその声には反応を示さずに、ただひたすら魔力を集中させている。


突然、御所が大きく縦に揺れた。ドン、ドン、とまるで下から突き上げられるような揺れを感じる。そこで、リノスはゆっくりと息を吐き出し、それと同時に、先程から続いていた揺れは収まった。


「ず……ずいぶんと揺れておったが……」


「そうですね。結界を上昇させたのですが、どうしても石や結界が山を引っ掻くような形になります。小刻みに揺れていたのはそのせいです」


「さっきのあの、突き上げるような揺れは……何だえ?」


「それは……俺にもわかりません。ただ帝様、この山の岩は予想していた以上に脆いですね。下手をすれば、結界を上昇させて空の岩を取り除いても、また、山が崩落する可能性もありますね」


リノスの言葉に、帝様は大きく頷く。


「そこもとには話しておらなんだかもしれぬが、我が国では、山が突然崩れるというのは、よくあることなのじゃ。マロの代になってからは起こってはおらぬが、三代前の帝の頃に、国の東側の山において山が大きく崩れ、多くの人が死んだのじゃ」


「帝様、こう言っては何ですが、どうしてそんな危険な国にお住まいになるのですか?」


「それじゃよ。我らが危険を冒してこの国に住まうのは、この国で獲れる石、即ち、崩れやすいこの石こそが、プリルの石や魔吸石を作る素になっているのじゃ」


「はぁぁ……」


聞けば、この国は山の斜面を削りながら、その領土を拡大させてきたのだという。つまり、側面の山を削り取りながら、空いた場所に家を建てるなどしている。ただ、それが行き過ぎてしまい、ちょうど火山のマグマだまりのような格好になってしまっているのだという。おそらく先程の縦揺れは、ドームの天井部分に結界が引っかかってしまい、それを無理やり押し上げようとして山が震えていたのだろう。咄嗟に張った結界だが、実にややこしいことになっている。


「ええと……だから……うん? とすると……あ、ダメだ。石が土砂のように流れ出るな。ええ~難しいな」


俺は頭の中で山の形とこの国の形をイメージしつつ、マップで確認しながら、どうやって空の石と山を崩さぬように結界を上昇させればいいのかを考える。理屈は簡単なのだが、結界の形状を都度都度に変えなければならないので、それがややこしい。そんなことを考えていると、ついに俺自身にも限界が来てしまった。


「……帝様、すみませんが、援軍を連れてきてよろしいでしょうか?」


「援軍? そこもとが頼りとするのならば、連れてきてもらって構わん」


俺はわかりましたと言って、そこから転移する。そしてすぐに俺は援軍を連れて戻ってきた。


「そのお方は……確か……」


「ええ。妻のコンシディーです」


俺が連れてきたのはシディーだった。この人の聡明な頭脳と閃きがあれば、この難題を解決してくれると思ったのだ。シディーは俺の話を聞くと、いつものように人差し指を顎の下に当てて、何やら考え始めた。


「恐れ入りますが、紙とペンをいただけませんでしょうか。あと、帝様、この国を見させていただくことはできますか?」


「あ、ああ……それは構わぬぞえ」


帝様の言葉に、シディーはスッと頭を下げた。


その後、俺はシディーと共に、ミーダイ国を隅から隅まで走り回った。国中にライトを点け周り、その上、足がないので、わざわざ帝都の屋敷からイリモを連れてきて、彼女に乗りながら陸と空を移動していったのだ。


シディーの明晰さは抜群で、彼女はこの国の立体的な地図のようなものを、大量の紙を使って書き始めた。驚くべきはその記憶力で、彼女は一度行った場所は確実に覚えていて、地図もほぼ、一筆書きのようなスピードで書き上げていった。そして、その最中に石を採取して、何やら小さいルーペのようなもので観察したりもしていた。


「わかりました。大体わかりました。大丈夫です。大丈夫ですが、かなり緻密な作業が必要になります」


走り回ること5時間。シディーは淡々とそんな言葉を呟いた。そして、上空に張っている結界の形をどのように変えれば効果的に上昇させることができるのか、立体的な地図を使って、丁寧に俺に教えてくれた。


その彼女の指示に従いながら俺は、結界の形を変えながらそれを上昇させていく。たまに、「違う!」とか「もう一度!」とか、今まで聞いたこともなかったような、ドスの効いた声で注意されて、心が折れそうになったりもしたが、ゆっくり時間をかけ、丁寧に上昇させた甲斐があって、ミーダイ国の空を覆っていた石は、すべて取り除かれたのだった。


「うわぁ!」


空が見えた瞬間、俺たちが同時に声を上げる。何とそこには、見事な満月が顔を出していたのだ。その冴えわたるような美しさに、俺たちは思わず息を呑んだ。


「クワンパックがおれば、さぞ、喜んだことじゃろうにな」


帝様はそう言ってフフフと笑みを漏らす。聞けばクワンパックは帰国を希望しているらしく、帝様もそれを認めるつもりのようだ。


「それに、オクと倅にもこの景色、見せてやりたかったの……」


「いえ、帝様。これから何度もこの景色は見ることができますから」


「そうじゃな」


俺たちを振り返った帝様は、本当にうれしそうな表情をしていた。


あとになってわかることだが、この国で獲れる石は、砕いて粉にしたものに水をかけ、それを乾かすととんでもない硬さになることが分かった。いわゆるコンクリートの原料のようなものであり、ミーダイ国はその後、この石を売ることでその財政を大きく好転させてゆくこととなる。


「さあ、帰りましょうか。ああ~一日中、頭と体を使い続けたから、疲れた」


う~んと背伸びをする俺に、帝様は笑顔で頷いている。その隣でシディーも、お疲れさまでしたと言って俺に頭を下げている。俺はそのシディーに向かって声をかける。


「久しぶりに心身ともに疲れたから、シディー。今日は癒してくれな」


「えっ!? あのっ……それは……ハイ……頑張り、ます……」


顔を真っ赤にして俯くシディー。俺はただ、屋敷に帰って足の裏を、彼女の足で踏んで欲しかっただけなのだが……。あとで聞くと、どうやら彼女は、「癒してくれ」という言葉を「いやらしいことしてくれ」と聞き違えていたらしく、後で大笑いしたのは俺たちだけの秘密だ。


そんな俺たちを、月は柔らかい光で包み続けていた。

本日、デンシバーズ様(http://denshi-birz.com/kekkaishi/)においてコミカライズ中の『結界師への転生 第二話』が公開されました。第一章のリノスとエリルの魔物狩りエピソードが描かれています。是非、ご覧ください!

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