第三百七十二話 告白
「私は……アガルタ王様をずっとお慕いしておりました」
「……」
メイがいる前で、何ちゅう話をブッ込んでくるのだと思いながら、俺は隣のメイにチラリと視線を向ける。てっきり動揺しているかと思いきや、彼女は眉一つ動かさず、冷静にヴィエイユを見つめている。その様子に安心した俺は、再び視線を元に戻した。
「アガルタ王様は、私の命の恩人であり、そして……初めて私を抱いていただいた方でございました。あのとき以来私は、もう一度、アガルタ王様に抱いていただきたいと思っておりました……」
言っていることには間違いはないが、この娘はかなり話を端折っているし、盛ってもいる。確かにルロワンスに感染した彼女を救ったのは俺だが、その状況を作り出したのも俺なのだ。それに、俺に抱かれたと言っているが、お姫様抱っこをしただけで、俺はそれ以上のことはこの娘にはしていない。そう言えば、ヴィエイユをお姫様抱っこしたと聞いたリコが、驚くほどに戸惑ったのだった。あのときはビックリしたが、そのときのリコはかわいらしかった。今、思い出した……。
「私は、アガルタ王様のモノになるのが夢でございました。この心と体を奪ってくださいませ。そうすれば、アガルタは未来永劫、何者にも侵される心配はなくなります。というより、そうした方が、アガルタの将来のためになりますわ。それに……」
「それに、何だ?」
「私を支配していただくお方がいなければ、私は私を抑えられなくなるかもしれません。それが、怖いのです」
「どういうことだ?」
「祖父のようになりたくはないのです」
今までの少女のようなしとやかさから一転して、どんよりとした雰囲気を彼女は纏い始めている。ある意味彼女は超一流の女優だ。腹芸……いわゆる、腹の中で芝居をして、雰囲気を人に伝えることができている。通常、こうした芝居はかなり熟練した役者でなければできないものなのだが、この少女はすでにそれが完成されている。このスキルを身に着けるのに、彼女は凄まじい苦労を耐え抜いてきたのだろうと思うと、俺の心は少し痛んだ。そんな俺の心を読み取ったかのように、彼女は目にうっすらと涙を溜めながら、ゆっくりと口を開く。
「祖父のように、己の欲望を満たすためだけに、権力と知識を使う……。そうした人間になりたくはないのです。そのためには、私自身を抑えていただく方が必要なのです。私も祖父の血を継いでおります。この先、私が大国の主になったとき、祖父のように暴走する危険性があります。そうならないために、アガルタ王様には、私の体を蹂躙していただきたいのです。死ぬまで私が、あなた様の下僕であると、この体と心に刻みつけていただきたいのです。アガルタ王様、ひいてはお妃さまたちには、承服しかねる点もあろうかとは思いますが、そうした方が、今後の、この世界のためでもあろうかと思います」
一気にそこまでまくし立てると、再びヴィエイユの目が艶めかしいものに変わっていく。その様子を見ながら俺は、ゆっくりと息を吐きながら、彼女に命じる。
「……脱げ、ヴィエイユ」
俺の言葉を聞いて、彼女はゆっくりと頷いた。そして、少し恥じらいを見せながら、着ている服を一枚一枚脱ぎだした。最後に下着を脱ぐときに、彼女は一瞬その動きを止め、まるで意を決したかのように、素早く下着を脱いで、一糸まとわぬ肌を俺の前に晒した。
「ヴィエイユさん……」
メイが両手で口元を覆いながら、悲しそうな表情を浮かべている。彼女は俺とヴィエイユに交互に視線を向けていたが、そんなメイに、俺は小さな声で話しかける。
「……畏まりました」
メイはスッと立ち上がり、ヴィエイユの許に近づいていく。そしてメイはヴィエイユの前までくるとピタリとその動きを止め、じっとヴィエイユを見つめた。てっきりメイが部屋を出ていくと思っていたのだろう。そんな彼女が、まさか自分の目の前に来るとは予想外だったのか、ヴィエイユは明らかに動揺した表情を浮かべている。
「なっ……」
突然メイの顔がヴィエイユの顔に触れるギリギリの至近距離まで近づく。思わず彼女は顔を背ける。そんな様子を気にすることなく、メイは舐めるようにヴィエイユの体を観察していく。
「足を開いてください」
「なっ!?」
「開いてください」
メイの冷静な声が響き渡る。ヴィエイユは俺に助けを乞うような視線を向けてきたが、俺は一切の反応を示さない。彼女は肩をゆっくり上下させていたが、やがてオロオロとした表情を浮かべながら、恥ずかしそうに足を開いた。そしてメイは再び舐めるように彼女の下半身を観察し始めた。ヴィエイユは顔を真っ赤にして、顔を背けている。本当に恥ずかしそうだ。
「……問題ありませんね」
メイは一言そう呟き、踵を返して俺の許に戻ってきた。そして、彼女にも聞こえるように、凛とした声で俺に話しかける。
「ご主人様、ヴィエイユさんの体に、ルロワンスの特徴は見られません。血液検査をしていませんので、完全に……とは言えませんが、高い確率で、完治しているとみてよさそうです。それに、肌の色つやもよく、見たところ他の病気に罹患している様子も見られませんし、健康体のように見えます」
その言葉を聞いて俺は大きく頷く。
「よかったな、ヴィエイユ。裸になったおかげで、世界最高の名医の診察を受けることができた。その上、ルロワンスは再発していないそうだ。お前確か、ルロワンスの特効薬を投与されていなかったんじゃないか? ちょっと心配していたんだ。まあ、何事もなくて、よかった、よかった」
俺の言葉に彼女はキョトンとした表情を浮かべる。そんなヴィエイユに俺は、さらに言葉を続ける。
「それにしてもヴィエイユ、お前……ちゅ~とはんぱやなぁ~」
「え!?」
「リコのような美しい肌でもない、メイのような全身から溢れるような清楚さと知性があるわけでもない、シディーのような切れ味抜群の頭脳やかわいらしさがあるわけでもない、ソレイユのような、辛抱たまらんようなエロさもなければ、マトのようなしおらしさもない……。まあ、中の上、とは言えるかもしれんが、何か突き抜けたところがないとな……。あいにく俺の食指は動かないな」
俺は立ち上がり、ゆっくりとヴィエイユの許に近づく。
「それにお前、俺と関係を持つことで、俺にお前の暴走を止める役割をしてもらいたいと言っていたな? それは本心なのだろうが、一方で、俺と関係を持つことで、俺をお前の虜にできればという思いも持っているんだろう? ……ちょっと目が動いた。図星というところか。それまで芝居だったら俺の負けだけれどな」
そう言って俺はハハハと乾いた笑い声をあげる。
「まずは服を着ろ、ヴィエイユ。まあ、こんなことは俺の言うことじゃないが、そういうことは、お前が一番好きな人とすればいいと思うぞ。それを、武器にするのではなくてな」
ヴィエイユの顔が少しずつ青ざめていく。何となく、彼女の心の動きはわかるが、それすらも、彼女の腹の中で計算されている気もする。そう考えると俺は、この少女を心から信頼することはできそうにない。
「まあ、しばらくはお前の動きは静観させてもらう。その後のことは、そのときに考えることにしよう」
そう言いながら俺は、彼女が脱ぎ捨てた鎧や服を集めていく。
「……なるほど。秘密はこのマントか。『鏡マント』……周囲の風景と同化するこのマントで、魔物たちから襲われるのを避けてきたんだな」
俺は集めたものをヴィエイユに手渡す。
「だが、臭いは消せないから注意が必要だな。護衛を付けてやる。早くお前の軍に帰れ」
そう言って俺はメイを促し、本陣を後にした。
「……ったく、どうしてこう、俺の許には厄介ごとばっかり起こるんだ!?」
俺は頭をガリガリと掻きながら、誰に言うともなく呟いた。俺の脳裏には、近い将来起こるであろう、サンダンジ国内での親子骨肉の争いの光景が浮かんでいた……。