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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百七十話  撤退準備

「ただ、アガルタ王。貴殿の戦利品はどうするのだ?」


不意にニケが口を開く。俺は彼の言っている意味が分からず、返答に窮する。そんな俺に、カリエス将軍がフォローを入れてくれる。


「この戦いにおける勝者は、アガルタ王、あなただ。いや、謙遜されずともよい。敵の総大将……しかも、国王を捕らえているのだ。これを勝利と言わずして何と言おうか。この連合軍の総大将は貴殿であることは、誰の目にも見て明らかだ。その貴殿が戦利品を持って帰らねば、タナ国に勝利したことにはならないのだ」


「う~ん、戦利品……ですか」


「一般的には、敵国の王の首を持ち帰るものなのだがな。それを望まぬのであれば、敵の王の娘を差し出させるのもよし、人質を取るのもよい。領土や金……アガルタ王やアガルタ国が欲するものを何でも要求し、差し出させればよいのだ」


悩む俺にニケが落ち着いた声で話しかけてくる。だが、彼の話の中で、俺の心が動いたものは、何もなかった。俺はゆっくりと息を吐きながら、周囲を見廻す。すると、兵士たちが持ってきたヴィルたちが装備していた剣や鎧が目に入った。


「……アガルタ王?」


俺はニケの呼びかけには応えずに、ゆっくりとそこに向かう。そして、ヴィルが持っていた剣を手に取り、それをゆっくりと引き抜いて刀身を眺めた。


「……いい剣だ」


そう言うと俺は、再び剣を鞘に納める。


「俺の戦利品は、この剣にします。これで十分です」


「いや、しかし、それでは……」


「お見事です」


ヴィエイユが笑顔で話しかけてくる。彼女は俺たちを見廻しながら、パチパチと手を叩いている。


「それこそが王としての振る舞いかと存じます。アガルタ王様は、物ではなく、心をお取りになりました。それこそが、勝者の振る舞いですわ」


「世辞はいい」


「これは失礼いたしました」


そう言いながらヴィエイユは、呆然とあらぬ方向を見続けているヴィルたちに視線を向ける。


「さて、それでは、私たちは、タナ王たちを連れてスワンプに向かいますわ。……いえ、我々だけで十分です。スワンプにて、残りのタナ軍を吸収して、そのまま私たちはタナ国に向かいます。そして……アガルタ王様のご意思に従うよう、タナ国を操って参りますわ」


彼女はそう言って、スタスタとヴィルたちの許に向かって行く。だがそのとき、ふと足を止め、再び踵を返したかと思うと、彼女はニケの傍に控えている、息子のシンの側に近づいていった。


「シン様」


ヴィエイユの甘ったるい声に、シンの体がビクッと震えた。


「これからは、隣国同士になりますわね。これから先々、仲良くして参りましょうね」


シンはその言葉にしばらくの間固まっていたが、やがて、再び体を震わせたかと思うと、シドロモドロになりながら、慌てて返答を返す。


「あ、ああ。そ、そうですね。隣国同士……。仲良く、仲良く致しましょう。ええ、喜んで」


彼はコホンと咳払いをして、自らを落ち着かせる。そして、スッと背筋を伸ばして、ヴィエイユをじっと見据えた。


「いつ、何時でも我が国にお越しください。このサンダンジ・クエア・シン、鶴首してお待ちしております」


俺からはヴィエイユの背中しか見えないが、彼女がシンにどんな笑顔を見せているのかは、何となくわかる。おそらく、嬉しさ全開の笑顔を見せているはずだ。シンの隣にいるニケは、鋭い視線を彼女に向けているが、ヴィエイユはそれに気づかないふりをしている。そして、俺の方向に振り返った彼女は、パチリと俺にウインクを投げかけた。


「アガルタ王様」


「……何だ?」


「大事なことを聞き忘れていました。撤兵はいつになさいますか?」


「……なるべく早くにしたいと考えている」


「今日、もしくは、明日くらいでしょうか?」


「いや、そうもいかないだろう。負傷者を先にアガルタに移さねばならないし、陣所や医療用テントの撤収もある……。やることが色々とあるから、少なくとも、撤退の準備に三日程度はかかるだろう」


そう言って俺は、ニケたちに視線を向ける。彼らも同じように考えていたのだろう。皆一様に頷いている。


「畏まりました。それでは、我々の撤兵は、準備が整えばすぐに行いたいと存じます。あとのことは、お任せください」


そう言って彼女は、笑顔を浮かべながら再びヴィルたちの許に近づき、彼らを促して本陣を後にしていった。その直後、俺はサダキチを呼びだし、ヴィエイユの監視を怠るなと命令したのだった。


ヴィエイユ達は翌日の朝、タナ軍と共に撤退をしていった。俺たちの目の前を数万の兵士が整然と行進して、カコナ川の上流に向かって歩いていく。最悪の状況を考えて俺は、全軍に臨戦体制を取るように命じていたが、取り越し苦労に終わった。ヴィルにかけた精神魔法は、上手く作用しているようだ。


本格的に使うのは初めてだったが、精神魔法LV5はある意味で恐ろしい魔法だ。分かりやすく言うと、他人の意識を遠隔操作することができるのだ。従って、術者が気が向いたときに痛みを与える……みたいなこともできたりする。その範囲は術者の魔力によるようだが、俺の場合、魔力は無尽蔵に近いために、ヴィルは世界のどこにいても、俺に精神を操られることになる。感覚としては、頭の片隅に、ヴィルの意識を感じ取ることができ、その部分の意識を集中させれば、彼の意識はもちろん、見ている景色なども読み取ることができる。これは感覚的なことであるために、説明が難しいのだが……。


例えば、ヴィルの目の前に好きな女性がいたとする。彼はその女性を口説こうと甘い言葉を囁こうとする。だが、その意識を察知した俺は、ヴィルの意識を操り、女性に対して罵詈雑言を浴びせかけることができる……。まあ、そんな感じだと考えてもらえればいい。


まあ、そこまですれば、俺の日常生活にも支障が出そうなので、今のところヤツらには、タナ王国を平和に、穏便に納めることが最高の幸せであるという意識を植え付けている。そしてさらに、ヴィエイユ達の軍勢も友軍であるという意識を植え付けている。もう少しやり方もあるのだろうが、ヴィルの性格が劇的に変わってしまっては国が混乱すると考えて、少し穏便なやり方を今は取っている。何か、奴らの意識に変化があるようならば、すぐに勘づくことはできるために、今のところは心配はしていない。まあ、ヴィルたちのことについては、リコに相談しながら決めていこうと思う。



タナ軍を見送った後、俺たちは撤退の準備に入った。医療テント村の撤収に時間がかかると踏んでいたのだが、メイに言わせると、これらは半日あれば片付けられるのだと言う。急げば、その日の夕方には撤退できそうだったが、俺は敢えて撤退を一日延ばした。その理由は、タナ軍が放った、魔法を吸収する矢の影響を調べようと考えたからだ。


ラファイエンスの機転で、あの矢は、着弾するとすぐにカコナ川に流された。だが、その矢は流れていった先で、周囲に影響を与える可能性があった。しかも、この川はオアシスのあるスワンプに通じている。おそらくそのオアシスの底には、夥しい数の矢があるはずで、一応それらを調べようと考えたのだ。


俺はメイやその研究所のスタッフたちを伴って、スワンプに向かった。そして、そこで魔法の効果を試し、問題ないことを確かめる。一応、念のために、オアシスの水質検査を行ってもらったが、特に問題なしとの結果報告を受けて、俺たちは帰陣することにした。


夜になって、俺はメイを本陣に呼びだして、転移で屋敷に帰るように言ってみたが、彼女は皆と共に帰ると言って聞かなかった。


「アリリアが寂しがっているぞ?」


「はい……。でも、研究所の方々は、今夜もここで寝泊まりをされます。私一人だけお屋敷に帰っては、彼らに申し訳が立ちません。それは、きっと、アリリアも分かってくれると思います」


メイはとてもきれいな眼差しを俺に向けている。それを見た俺は、それ以上何も言うことができなかった。


「あっ」


メイから突然声が上がる。何事かと思っていると、彼女の視線が俺の背後に向けられている。思わずその方向に振り向くと、空には満天の星空があった。


「……きれいだな」


「ご主人様と二人っきりで星を眺めたのは、いつ以来でしょう……」


「……クルフムファルのときだよ」


そう言って振り返ると、目の前には、今まで見たことのないくらいにうれしそうな表情を湛えたメイがいた。


「……覚えて、いただいていたのですね」


「当り前じゃないか。メイは、あのときから全然変わらないな。むしろ、あの頃よりももっときれいになった……」


「ご主人様……」


俺はメイを抱きしめようと手を伸ばした。


「申し上げます!」


「うおっ! なっ、なっ、なっ、何だ!?」


慌てて俺はメイから離れる。彼女も顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。


「失礼いたし……。あ、メイ様も……。これは失礼いたしました」


伝令の兵士がオロオロとしてしまい、どうしていいのかわからない様子だ。俺は気にする必要はないと言って、彼を落ち着かせる。


「ハッ、それでは……申し上げます。アガルタ王様にお目通りを願う方が参っております」


「目通り? もう夜になろうとするのにか? 誰だい?」


「それが……その……」


「どうした、早く言え」


「私でございます」


そう言って、本陣に入ってきたのは何と、ヴィルと共にタナ国に撤退したはずの、ヴィエイユだった……。

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