第三百六十九話 タナ国の処遇
やがて、アガルタの本陣には、カリエス将軍やニケ王らが次々とやってきた。最後にヴィエイユがやってきたが、彼女はやって来てすぐに、ニケ王に付いて来た息子のシンを見つけて、ニコリと微笑んだ。その瞬間から彼は、ヴィエイユをガン見し続けている。
その後すぐに彼女は俺に視線を向け、シンとはまた違った、目に色気を湛えた微笑みを浮かべた。どうやら、本命はあなたです、と言いたいようだ。
それぞれの軍の最高司令官が揃ったところで、ヴィルたちの引見が始まった。彼らの処遇は捕らえた俺の一存で決めてしまってもいいとアーモンドは言っていたが、クノゲンは、諸侯に引見した方がいいと言う。俺はそのクノゲンの意見を容れて、皆にヴィルを引見させたのだ。
アーモンドなどは、兵士たちにもヴィルの姿を晒すべきだと言っていたが、さすがにそれはいかんだろうと考えた俺は、四方に白い布を張って、その中で引見することにした。
「サンダンジ国の王である、ニケだ」
各将それぞれが、ヴィルたちに自己紹介をしていく。彼はふんぞり返ったまま俺たちの挨拶を受けていた。まるで、どちらが勝者であるのかわからない状況だ。
「さて、このヴィルたちの処遇ですが……」
俺の問いかけに、全員が視線を向けてくる。その中で俺は、スッとニケに視線を向ける。
「アガルタ王にお任せする」
彼はまるで宣言するようにそう言い切った。その隣で、息子のシンは、驚いたような表情を浮かべている。なぜ、このサンダンジ国で裁くと言わないのか……おそらく、そう思っているに違いない。ニケもその思いに気付いているのだろうが、彼は断固として息子には視線を向けない。そんな様子を見ながら俺は、カリエス将軍とアーモンド司令官に視線を向ける。彼らはゆっくりと頷き、ヴィルたちの処遇を俺に一任すると、無言で賛同を示した。
「アガルタ王様に申し上げます」
突然、そんな声がする。これは言うまでもなく、ヴィエイユだ。
「この、タナ王らの処遇は、私にお任せ願えませんか?」
あまりにも予想外の話だったのだろう。俺以外の全員が面を食らったような表情をしている。そんな中、俺は努めて冷静に、彼女に返答を返す。
「何をする気だ?」
「逆に、アガルタ王様は、この方々をどうなさるおつもりですか?」
「……」
正直、ヴィルたちの処遇については、細かいところまでは考えていなかった。命を奪う……ことも考えたが、直感的にそれをすると、タナ軍が頑強な抵抗をして、この先ややこしいことになる気がする。それはやらない方がよさそうだ。むしろ、ヴィルを人質に取りながら、何とかうまく収めていく……。
「この方々を生かしたまま、裏で操る……そうお考えではないですか?」
今、俺が考えていたことをズバリと指摘されて、思わずピクリと体を震わせてしまう。その様子を満面の笑みで見ていたヴィエイユは、わかっていますよと言わんばかりに、大きく頷いた。
「そのお考えに、私も賛成です。そのために、この方の処遇を私にお任せください。アガルタ王様のご命令に忠実に従う者に仕上げて御覧に入れますわ」
「いや、俺は別に女王様と下僕を拵えるつもりはない。それは、他でやってくれ」
俺の言葉に、ヴィエイユはいまいちよくわからないという表情を浮かべたが、すぐに元の表情に戻り、今度はニケたちを見まわしながら、よく通る声で口を開いた。
「それでは、タナ王国の処遇は如何になさいますか? まさか、この王を解き放って、お構いなしとは参りますまい? では、どの国がタナ王国の占領を担当なさいますか? アガルタ、ラマロンの両国はここから遠方にございます。それに、今の軍勢の規模では、タナ王国を占領し、管理することは難しいかと存じます。と、なれば、隣接する国が占領……となりますが、国境を接するミーダイ国とフラディメ国は、そもそもこの戦いに参加しておりませんから、その資格はございません。となれば、サンダンジ王国となりますが……。ニケ王様がそれをお受けするとは到底思えません」
「なぜ、そう言い切れる、ヴィエイユ?」
「これは……アガルタ王様としたことが。簡単です。それは、男のプライドです」
「何?」
「ニケ王様は、誰よりも誇り高きお方……。そのお方が、自ら援軍を乞いながら、決戦の場に遅参し、ただ指をくわえて戦いの趨勢を見守っていただけ……それだけの戦果しか挙げていない状況の中で、隣国の、しかも大国を併呑させてくれなどと、口が裂けても言えません」
「……ヴィエイユ、言葉を慎め」
「いや、ヴィエイユ殿の言われる通りだ。我らは戦に遅参した。その上、ほぼ、自軍の損害は限りなくゼロに近い。我らに論功行賞を論じる資格などない。それゆえ、タナ王国の処遇はアガルタ王に一任すると言っているのだ。何と言っても、この戦いでの一番の戦果を挙げたのは、アガルタ軍だ。続いて、ヴィエイユ殿……。お二人でお決めになるがよろしかろう」
ニケは真っすぐな視線を俺たちに向けている。時と場合によっては、息子を連れてここを去り、自陣に戻る……。彼の目からは、そんな覚悟が読み取れた。そんな様子をヴィルは薄笑いを浮かべながら眺めている。
「ニケ王様もこのように言っておいでです。タナ国の占領は我々にお任せください。アガルタの属国として、アガルタ王様の意のままに動く国に作り変えて御覧に入れます」
俺はヴィエイユの言葉に反応を示さず、大きなため息をつきながら考える。そして、スッとヴィルに視線を向け、しばらくそのままの姿勢で固まる。
「……何じゃ? 余に、知恵を貸して欲しいのか? よかろう。貴様らの状況は、そこにいる賊軍……いや、ヴィエイユ殿が言われる通りじゃろうな。それならば……」
「黙っていろ」
俺は冷たく言い放ちながら、ヴィルの頭に手を載せた。彼は憤怒の表情を浮かべ、俺の手を振り払う素振りを見せたが、俺が全力でヤツの頭を掴んでいるために、戸惑っているようだ。
「……割かし、王としては、そこそこできるようだな?」
「……」
静かな沈黙がその場に流れる。よく見ると、ヴィルの目が、これまでの憤怒を湛えた目から、フッと焦点を定めない、何やらボーっとした表情に変わっていく。
「今から俺の言う言葉を繰り返せ。『私はタナ王国国王、タナ・カーシ・ヴィル。全てはこの世界のために』」
「……我は、タナ王国国王、。タナ・カーシ・ヴィル。すべては……この……世界のために……」
まるで酒に酔っているかのように、目をくるくると廻しながら、彼は俺の言った言葉をブツブツと呟いている。その様子を、彼の従者たちが目を見開いて眺めている。俺は、その彼らに近づき、ヴィルと同じように頭の上に掌を載せる。
……やがて、ヴィルを始めとする全員が、ブツブツと何やらよくわからない言葉を呟いているが、その声は小さく、俺にしか聞こえない程度だ。その上、その様子はすぐに収まり、先程と同じ落ち着いた表情に戻る。
「お前たちの命は助けることにする。ただし、これからは俺の命令に従ってもらう。いいな?」
「承知……しました」
ヴィルはこれまでとは打って変わって真面目な表情で答える。それを確認した俺は、ヴィエイユに向き直る。
「タナ王国にはヴィエイユ、お前が占領しろ。このヴィル以下、タナ軍の諸将を連れて引き上げてくれ。まずは……彼らをタナ軍本隊がいるスワンプに連れて行け。おそらくヴィルが、退却命令を出すはずだ。お前はタナ軍と一緒に本国に引き上げるだけでいい。念のために、フェアリードラゴンを付けておく。何かあったら、それを使って俺に知らせを寄こせ」
そこまで命じて俺は、ニケたちに向き直る。
「アガルタ王……貴殿は、何をなされたのだ?」
ニケが目を見開いて驚いている。さっきまでイキっていたヴィルが、突然大人しくなったために、かなり戸惑っているようだ。
「彼にはちょっと、お灸を据えたのですよ」
「オキュウ?」
「ちょっと脅かしたのです」
「……」
「タナ王国は、基本的にはこのままに、俺たちが裏で操る形を取りましょう。あまり気乗りはしませんが……。だが、彼らの後ろには、クリミアーナ教国が控えています。あの国と戦うためには、ここで無駄な血を流すべきではないと俺は考えます。色々と思うところもあろうかとは思いますが、ここは俺に任せていただきたいと思います」
俺の言葉に、そこに居た全員が頭を下げた。