第三百六十八話 ご苦労様
俺は、目の前で立ち尽くすヴィルとタブーをそのままに、クノゲンたちに引き上げるための準備をしろと伝える。彼は伝令を呼び、それを命じる。するとすぐに、俺たちの周囲が俄かに騒がしくなった。
「ま、百聞は一見に如かずと言うからな。俺たちが魔法を使えるようになった理由を見せるのには、少々時間がかかる。しばらくの間だが、ゆっくりと休むといい」
そう言って俺は立ち上がり、踵を返して二人のいる場所から立ち去った。
「……こんなものでいいのかな?」
「ええ。あの手の男は、相手をすればするだけ要求をしてきます。基本的に相手をしないのが一番です」
俺は兵士たちの間を歩きながら、傍にいたアーモンドと会話を交わす。当初俺は、ヴィルとは色々と語ろうと考えていた。何せ、あれだけ短期間に隣国を制圧し、このサンダンジ国までも併呑しようとしたのだ。何か、学ぶべきことや相通ずるものがあるのではと考えたが、あの様子を見る限りでは、かなり独裁者の色が強そうだ。
「ああいうのは、上手くいっているときはいいのだろうが、上手くいかなくなると、坂を転がるようにして崩壊していくようだな」
「何か、お心当たりのことがありますか?」
「いや、俺も会ったことはないが、ある国でいたんだよ。そんな独裁者が」
「ドクサイシャ?」
「まあ、タナ王のように、全てを自分の意のままに操りたいと思う王のことだよ。その男は、平民出身だったが、巧みな弁舌を用いて、その国の国主になった。その直後から、ものすごい勢いで周辺国を侵略していって、世界を制覇するんじゃないかという程だったのだが、ある作戦が失敗したのをきっかけに、その国は敗れてしまった。当然、その国の独裁者は自ら命を絶った。ちなみに、その男は、元々は画家になりたかったのだが、それが叶わなかったために、仕方なく独裁者になった。まあ、人類史上最悪の職業選択をした男だ」
「何と……」
アーモンドは、わかったような、わからないような表情を浮かべている。そんな彼を横目で見ながら歩いていると、先程の伝令が俺に近づいて来て、準備が整ったと告げてきた。
「早いな。さすがだな。じゃあ、もう一度、あの独裁者の元に戻るか。……っとその前に」
俺はそんなことを呟きながら目を閉じ、意識を集中し始めた。
しばらくして、俺はヴィルたちの前に再び戻ってきた。彼らとその近習たちは、アガルタの兵士たちに監視されていて、特にヴィルは居心地が悪そうに、周囲の兵士たちをせわしなく睨みつけていた。
俺はそんな彼らに、ただ一言、これから戻るとだけ告げて、ポーセハイの肩に手を置いた。
「では、戻ろう」
そう言って俺は転移結界を発動させた。
「な……何じゃ? 一体何が起こったのじゃ?」
キョロキョロとヴィルは周囲を見廻す。彼のいる場所は、四方に白い布が張られているために風景が変わらず、そのために、タナ側の人間たちには、転移の様子がいまいちわからなかったようだ。だが、周囲から大きな歓声が上がっているために、何かが起こったことはわかるらしい。
「陛下! 足元を!」
近習の一人の声で、全員が足元に視線を向け、そして絶句する。これまで砂だった地面が、石だらけのそれに替わっていたからだ。その様子を見ながら俺は兵士たちに、布を取り払えと命令する。
目の前に現れたのは、見慣れたカコナ川の景色だった。ヴィル以下、タナ側の人間は、目の前に広がる光景に目を白黒させている。どうやら、現実としてなかなか受け入れられないようだ。
そのとき、イッカクが突然姿を現す。彼の存在に気が付いたタナ側の兵士たちが、ヴィルの傍を固める。そのあまりの慣れた行動に、俺は思わず苦笑する。
「御前に」
「ご苦労だった」
俺の声に頷いた彼は、スッと視線を後ろに向けた。すると、兵士の間から、イッカクと同じ格好をした者が、一人の男を引きずりながら歩いてきた。よく見るとその男は、白髪の男性で、鎧を装備しているものの、それはすでにボロボロになっており、顔に血がぺったりと付いていて、かなりの傷を負っている様子だった。
ズルズルと引きずられてくる白髪の男は、俺たちに気付くと、体をビクッと震わせて、その動きを止めた。
「ま……まさか……陛下!? なぜ、陛下がここにおられる!?」
「ジェラニウス……」
二人とも目を見開いて固まっている。だが、オワラ衆の一人は、そんなこともお構いなしに、ジェラニウスの首根っこを掴んで、ズルズルと引きずりながら俺たちの許に連れてきた。
「斯様に候者は、ジョウニに候」
イッカクがこちらに向かって来るオワラ衆の一人を紹介する。彼は体中に黒い包帯のような布を巻き付けていて、その表情を伺い知ることはできない。だが、体にぴったりと薄い布が巻き付けられているので、その体つきは見ることができる。彼の体は、全く贅肉のない、言ってみれば、ガリガリの体をしていた。なるほど、この体なら、長距離を走れるなと思わず俺は納得してしまう。
彼はジェラニウスの体を地面に叩きつけるようにして、ひれ伏させる。そして、片膝をついて、俺にスッと頭を下げた。
「へっ……陛下……。陛下……。申し訳……申し訳ございません……」
まるで、タナ軍の敗北を宣言するかのように、ジェラニウスは慟哭した。
タナ軍と睨み合っている際に、サダキチから報告があったのは、とある場所で、数人の男たちが強い光の周囲に集まっているという情報だった。その光は真っすぐに俺たちが陣を張る方向に向いており、しかも、そこに居る男たちは掌をその光にかざして、ブツブツと何やら呪文のようなものを唱えていたというものだった。
直感的に怪しいと判断した俺は、イッカクに命じ、その光を調べてもらうことにした。ただそこは、戦場からかなり離れた場所にあったため、普通の人間ではなかなか時間がかかる。だが、オワラ衆は普通の人間よりも速く走ることができる。そこで俺はイッカクに、オワラ衆の中で最も足の速い男に、その探索を命じたのだ。
「……完遂」
ジョウニもまた、簡潔に報告をしてくる。俺はご苦労と言って彼に労いの言葉をかけた。
結果的に、このジェラニウス達は、戦場から遠く離れた場所で、ある装置を使って俺たちに向けて魔力を送り続けていた。言うまでもなくそれは、この戦場で俺たちの魔力を封じ込めるためのものであり、彼らはそれこそ、命を削って魔力を送り続けていたのだ。
ジョウニの手には、人の拳大程の淡いピンク色の石が握られていた。これこそが、魔力を遠方に送る装置であるらしく、それは当然、オクタことヘイズが彼らに与えたものだった。
彼は、俺の命令を忠実に実行したらしい。俺は、その光を消せと命令を出していた。それだけでなく、もし、その光を消すことを邪魔する者があれば捕らえること、最悪、非情な手段を取ることも許すと言っておいた。そのため彼は、装置をブッ壊す際、周囲にいたタナ軍の兵士たちを皆殺しにしたのだと言う。その中でも最も頑強に抵抗したのが、慟哭しているジェラニウスだった。だが、彼の魔法をもってしても、ジョウニの体に傷一つ付けることはできず、逆に彼は体をズタズタに斬られたのだという。だが、斬られても斬られてもその都度、回復魔法を唱えて復活してくる彼に、これ以上戦うのは時間の無駄と判断したジョウニは、彼を気絶させ、縛り上げてここまで連れてきたのだそうだ。ちなみに、連れてくると言っても、手を引いて彼を連れてきたのではない。彼を背負って走ってきたのだそうだ。最早、人間のする芸当ではない。
「君が、装置を破壊してくれて助かったよ。お蔭で、結界を張ることができて、タナ軍を殲滅することができた。オワラ衆には、改めてお礼をさせてもらうよ」
「魔法……いつ気付かれしをや?」
「ああ、たまたま、オアシスで休憩をしていたときに、兵士の一人がライトの魔法を唱えたら、それが出たんだ。もしかしたらと思って、魔法を使ってみたら、いつものように使えたんだよ」
そう言いながら俺は、掌の上で、火を出したり、ライトを出したりして、魔法が使えることをアピールする。これまでは、1メートル先には魔法は届かなかったが、今はかなり先まで炎を届かせることができる。そんなことをしながら俺は、小さな声で呟く。
「やっぱり魔法は万能で、便利だな。これさえあれば、この戦いは、すぐにでも終わらせられそうだ……」




