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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百六十六話 乾坤一擲

ヴィルの目がカッと見開かれている。彼は目の前に広がる光景を、いまだに信じられずにいた。


「陛下、お危のうございます」


背後から、幕僚の一人であるタブーの声が聞こえるが、彼は敢えてその声に反応しなかった。もとより、危険は承知の上だった。彼は何と、自らアガルタ軍への斥候を買って出ていたのだ。


皇帝自ら、親衛隊も引き連れずに敵陣近くまで向かうことなど、あり得ない振る舞いだった。だが、彼は総攻撃を行う前に、どうしてもアガルタの陣立てを自らの目で確認したかったのだ。


これまでの、アガルタと対峙して以来の戦いは、計画通りに作戦が遂行できたことは一度としてなかった。アガルタとの戦いは、いつも途中で思わぬ横やりが入るなど、いつもあと一歩というところで軌道修正を余儀なくされる。彼は考えていた。何故、思い通りにコトが運ばないのかと。


その原因はすぐに思いつくことができた。オクタの存在だ。彼は転移という能力を使って、タナ軍の軍事的機動力を格段に高めていたと同時に、彼のもたらす情報は実に的を射たものであり、これまでのタナ軍の作戦成功のカギを握っていたと言って過言ではなかった。そうしたこともあってヴィルは、これまでのタナ軍の体たらくは、幕僚たちが報告する情報の質にあると考えていた。


今回の総攻撃において彼は、何としてもアガルタ王・リノスの首を挙げたかった。そうしなければ、このままズルズルと砂漠の奥地に引きずり込まれることになる。そうなると戦線は膠着し、敵中の中に取り残されることになる。彼としてはそれだけは何としても避けたかった。そのため、彼は敵の情報を確認するために、自ら斥候に出たのだった。


「アガルタ王、ヤツの首を獲るのだ。ヤツの首を獲れば、この戦、終わりだ……」


ヴィルは誰に言うともなく、独り言を呟きながら、眼下のアガルタ軍を見据える。伝令からの報告の通り、敵は砂漠の中にできている小さなオアシスに陣を張っていた。敵に動く気配はなく、明らかに休息をとっている様子だが、問題はその場所だった。何と敵は、砂漠の中にできた窪地に陣を張っていたのだ。


……幕僚たちを従えたアガルタ軍が、何故、このような愚策を?


勝利を確信する一方で、ヴィルの胸中には一抹の疑問が残っていた。こんなところに陣を張れば、周囲から攻撃されると、なす術もなく壊滅することは明らかだった。こうした窪地に軍を進めるときには周囲に敵軍がいないかどうか、細心の注意を払わねばならないのは、戦いの常識だった。で、あるにもかかわらず、アガルタはその常識外れのことをやっているのだ。


……何か罠があるやもしれぬ。


彼はアガルタ軍を見据えながら、もし、自分がアガルタ軍の立場であったならばと考える。


「囮やもしれぬな」


彼は振り返り、控えていたタブーに視線を向ける。


「囮……でございますか?」


「アガルタ軍の周囲に物見を放て! 総攻撃をかけるか否かを決めるのは、それからじゃ」


そう言って彼は愛馬に跨り、自陣に向けて走り出した。



オアシスに逗留しているのは間違いなくアガルタ軍であり、周囲に部隊はいないと報告があったのは、それから数時間後のことだった。既に陽は高く上り、気温もぐんぐんと上昇していた。ヴィルは眉間に皺を寄せたまま、あらぬ方向を見つめ続けていた。


「陛下、恐れながら、今が攻め時であると愚考します」


幕僚の一人が進言してくる。だが彼はその声に反応せず、相変わらず何かの物思いにふけっている。


「この機を逃すと、アガルタを殲滅する機会は……。間もなくヤツらは行軍を開始するでしょう。その前に……」


そのとき、ヴィルの視線が、幕僚たちに向けられた。


◆ ◆ ◆


「喉が渇いただろう。オアシスの水を飲んでいけ」


俺の言葉が終わる前に、目の前のサダキチは姿を消した。


「やっぱり、陽が出てきた砂漠は、喉が渇くよな」


そんなことを言いながら、俺は目の前に控えているクノゲンたちに視線を向ける。


「タナ軍が動き出したそうだ」


俺の声に、全員が頷く。俺は傍らに控えているアーモンドに視線を向ける。


「特に何をすることもないとは思うが、一応、準備をしてもらえるかな? 水は好きなだけ持って行くといい」


彼は無言でスッと頭を下げると、足早にその場を去っていった。


「何とも、いい男っぷりですな」


クノゲンがため息をつきながら、アーモンドの後姿を見送る。


「彼の見事な働きぶりは、カリエス将軍にちゃんと報告しなきゃな」


「そうですな」


俺はクノゲンとそんな会話を交わしながら立ち上がり、傍に置いていた兜に手を伸ばした。


◆ ◆ ◆


「……」


砂漠の丘の上で、ヴィルは腰に差している剣を抜きはらった。そして、それを天に向けて突き上げた。


「我は軍神なり! 汝らは軍神の兵たる本領を見せよ! 五波、十波、二十波……。アガルタ王・リノスの首を挙げるまで、断じて、断じて攻撃の手を緩めるでない!! ……突撃ィ!!」


彼の剣が振り下ろされた直後、タナ軍の一斉突撃が始まった。


馬を走らせながらヴィルは、目の前に迫ってくるアガルタ軍の様子を凝視する。兵士たちは一応は戦闘態勢を取っているが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。弓隊もいなければ、怪しげな飛び道具を使う部隊がいる様子も見えない。何かがおかしいと思っていたその瞬間、先陣を切ってアガルタ軍に突っ込んでいった兵士たちが、まるではじけ飛ぶようにして宙を舞った。


……一体、何が起こったのか、理解することができなかった。ただ、アガルタ軍が何かの策を施したのだけは辛うじて理解できる。ヤツらは何をした!? そんなことを考えている中でも、兵士たちが次々にはじけ飛んでいる。


パチッ、パァン!


何かがはじけるような、破裂するような音が響き渡っている。まさかこれが報告にあった、昨夜の攻撃なのだろうか? だが、アガルタ側の兵士が攻撃をしている様子は見えない。


そのとき、ヴィルの体に衝撃が走った。何事かと思いながら周囲を見廻すと、何と、はじけ飛んだ兵士の体が、タナ軍に向かってまるで弾丸のように、四方八方から飛んできていたのだ。そのあまりの凄まじさに、ヴィルは思わず馬を止めた。


「うっ……うわぁぁぁ……」


「あっ……あんな軍勢に……敵うわけはない……」


思わず馬を止めた彼の耳に、親衛隊の兵士たちの弱気な声が聞こえてきた。思わず声のする方向を睨みつけると、彼の背後をいくつもの黒い影が通り抜けるのに気が付いた。


……それは、タナ軍の兵士たちだった。彼らは、攻撃命令を放棄して我先に逃げ出していたのだった。


「かかれ! かかるのだ! 退くでない! かかれぇ!」


ヴィルは剣を振り回しながら必死で命令を下す。だが、彼の声は兵士たちに届かず、次々と騎兵や歩兵が彼の前を通り過ぎていく。


「ぐわぁぁぁぁ!」


絶叫とともに彼は剣を振るう。その瞬間、傍を通り過ぎようとしていた兵士の体が地面に投げ出された。だが、目の前で自軍の兵士が斬られたのにもかかわらず、兵士たちの動きは止まらず、タナ軍は完全に壊走状態になっていた。


「我は軍神じゃぁ! 軍神の命令が聞けぬのかぁ! 貴様らぁ! 貴様らぁぁぁぁぁ!」


ヴィルの絶叫が戦場に響き渡る。だが、その声は、空しく戦場の喧騒にかき消された。


「……はあ、はあ、はあ」


肩を上下させながら、激しく呼吸をするヴィルの前には、砂漠の景色が広がり、その数十メートル前には、槍を構えた兵士たちが並ぶアガルタ軍の陣があった。


「陛下……」


不意に自分を呼ぶ声が聞こえる。ゆっくりと声のする方向に視線を向けると、そこには幕僚の一人であるタブーの姿があった。


「……」


無言で睨みつけるヴィルをじっと見据えていたタブーだが、彼はゆっくりと視線を外し、アガルタ軍の方向に視線を向けた。それにつられるようにしてヴィルがタブーの視線を追うと、そこには、アガルタ軍の陣地から隊列を組みながらこちらに向かって来る騎馬隊の姿が見えた。


「陛下……いかがなさいますか?」


タブーの言葉に、ヴィルは何の反応も示さず、憎しみを込めた目で、こちらに向かって来る騎馬隊を睨みつけるのだった……。

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