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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百六十五話 惨状

一方の司令官であるホンシュも、目の前の惨状を受け入れることができなかった。


乾いた破裂音が鳴り響いたかと思うと、突撃をしていた兵士たちが次々と落馬していった。それは先陣を切るルミネも同じだった。分厚い鋼鉄製のフルガードの鎧を着用し、相当の魔法の攻撃も物理的攻撃も受け止めることのできる彼が倒され、その鎧はあちこちに大きな窪みができていた。彼は砂の上に大の字になって倒れて動かず、すでに戦闘能力を喪失している。こんなことは、これまでの戦いの中で初めてのことだった。


「全軍固まれ! 楯を使って防御しろ!」


ホンシュの命令に、兵士たちが迅速な動きで自身の周囲を固めていく。このままの体制で敵に突撃をかけよう……そんなことを考えたそのとき、地鳴りのような音が聞こえた。ふと視線を移してみると、丘の上に撤退していたアガルタ軍の一団が、突然攻撃に移った。見たこともない程の速さで、しかも物も言わずに粛々と突撃を仕掛けて来ていたのだ。そのあまりの不気味さに、ホンシュは一瞬、息を呑んだ。


「防御!」


命令を下すのと、アガルタ軍が殺到するのがほぼ、同時だった。


「ぐはっ!」

「うわっ!」

「ぐっ!」


あちこちで兵士たちの声が上がる。それと同時に、金属がぶつかり合う音も耳に入ってくる。敵は槍で突き崩そうとしているらしいが、この盾を使っての防御はいささか自信がある。おそらく敵は突き崩せないとわかると動揺するだろう。そこで攻撃に転じれば……。


そんなことを考えていると、馬の蹄の音が遠ざかっていく。ホンシュは盾の間に隙間を作らせて、そこから周囲を覗き込む。すると、先程襲ってきたとみられる一団が、丘の上に引き上げていく様子が見えた。


「解除せよ! 状況を報告せよ!」


兵士たちの鎧がこすれる音が聞こえる中、彼はアガルタ軍が引き上げていった方向を、睨みつけた。


◆ ◆ ◆


「さすがですな」


にこやかな笑みを浮かべて話しかけているのは、クノゲンだった。その視線の先には、馬上で息を整えているアーモンドの姿があった。彼は鋭い目でクノゲンを睨みつけている。


「どうでしたか。タナ軍の防御は?」


「堅い」


「ほう」


「だが、穴がないわけではない。盾と楯のが少しでもずれているところ、もしくは、隙間が空いているところに槍を打ち込めば、中の兵士たちを倒せるだろう。それに……足元がほぼ無防備だった。そこを狙えば、あの堅い守りは崩せよう」


「ただ一度戦っただけでそこまで見抜くとは……。いや、あなたが味方でよかったですな」


「世辞はいい。こんな動きもしない者たちと戦うのは……私の性に合わん」


アーモンドは吐き捨てるようにして、馬をゆっくりと進めた。クノゲンは笑みを浮かべながら、その背中を見送った。


「よし、こちらの被害状況を報告しろ! ……全員帰還? よし、それでいい。誰も無駄死にはするな。危険と察知したらすぐに逃げろ。敵でなくとも構わん。魔物の気配を感じても逃げるのだ。夜とは言え、砂漠には毒を持ったサソリなどもいる。各自十分に注意しろと伝えろ」


膝をついてクノゲンの命令を聞いていた兵士は、ハッと返事をして、足早にその場を去っていった。


「甘すぎはしないだろうか?」


怪訝な表情を浮かべているのは、ルファナ王女だ。彼女は相変わらず重々しい鎧を纏い、大儀そうな動きでクノゲンの側に近づいて来る。


「兵士たちに逃げることを許してしまうと、すぐに戦線が崩壊してしまう。やはり、命を盾に踏みとどまらせるべきでは?」


「いいえ。これでいいのです。我が軍は何より、兵力が少ない。一人でも多くの兵の命を救いながら戦わねばなりません。それに……」


クノゲンはこれまでの柔和な顔を一変させて、真剣な眼差しでルファナ王女を見据える。


「私の部隊にいる兵士たちは、いずれも百戦錬磨の男たちです。一人一人の戦闘力が群を抜いています。それ故に、一人が欠けると大幅な戦力低下となるのです。納得いかない点も多くあろうかとは思いますが、静観していただきたい」


クノゲンの初めて見せる表情に、ルファナ王女は息を呑み、それ以上言葉を続けることができなかった。その様子を見ながら彼はいつもの表情に戻り、兵士たちに命令を下す。


「よし、速やかに引き上げるぞ! 急げ!」


クノゲンの号令一下、兵士たちが迅速に撤退を開始した。



夜を徹して行われたこの追撃戦で、タナ軍は甚大な被害を受けることになった。彼らは逃げるアガルタ軍を追尾しては捉え、そこで反撃に遭って兵力を削がれることを繰り返していた。


アガルタ軍は、追ってくるタナ軍の姿を見つけると、兵士たちがバラバラになって散開する。そして、軍勢を整えて突撃するタナ軍に対して、飛び道具を使って攻撃してきた。それは「魔銃」と称するアガルタ軍の新兵器で、充填した魔力を用いて鉄の玉を発射するというものなのだが、そのときのタナ軍にはそのような武器があることは把握していなかった。


ただ、どうやらそうした飛び道具を持っていると察知したタナ軍は、自慢の盾を用いて防御を固めながら突撃を行ったが、アガルタ軍はそれも構わずに攻撃を仕掛けてきた。彼らの攻撃力は抜群であり、当初は何とかその攻撃を躱すことはできていたが、やがて兵士の足元を集中的に狙われると、タナ軍は決まって陣形を崩した。さらに、魔銃で攻撃されたそのすぐ後には、決まってアガルタ軍は騎兵で突撃を仕掛けてきた。彼らは盾と楯の間や、防御の弱い点を的確に突いて攻撃を仕掛けてくるため、タナ軍は徐々にその数を減らしていった。そして、夜が白み始めた頃、タナ国皇帝のヴィルの怒りは、ついに頂点に達した。



「一体何をやっておるのだ!」


ヴィルの怒号に、幕僚たちはただ頭を下げてその怒りをやり過ごそうとしている。居並ぶ幕僚の大半は何らかの傷を負っていて、この戦いの激戦ぶりがよく見てとれた。


「ルミネやホンシュを始めとして、アガルタに攻撃を仕掛ける度に我が軍の損害は増えるばかりだ! それに何と申す!? この寒さと砂漠の移動で兵士たちの疲れがたまっておるから、一旦兵を退けと申すのか? 弱音を吐きおって! 貴様らそれでも常勝タナ軍の幕僚どもかァ! 恥を知れ、恥を!」


すでに先陣を命じたルミネとホンシュの姿はそこには居なかった。二人とも、アガルタ軍の銃に撃たれて戦闘不能となり、タナ軍から落伍していたのだ。


「……恐れながら」


ヴィルの前に進み出たのは、幕僚の一人であるタブーだ。彼はキッとヴィルを見据えながら、落ち着いた声で話しかける。


「敵はこれまでの敵とは全く異なる戦いを仕掛けて来ております。兵士たちはバラバラに散開しているため、攻撃しようにも的を絞ることができません。しかも、ヤツらは強力な飛び道具を持ち、我らを防戦一方に追い込んでおります。さらにその直後に行われる騎馬隊の突撃……。討ち死にしたる面々は、いずれもアガルタ軍の前で血の涙を流しながら、あるいは砂漠の砂に、血まみれの爪を立てながら果ててございます」


「タブー。そなたは、何が言いたいのだ!?」


「如何に攻めても、自軍の将兵を損耗するだけの無念さを……本陣におられる陛下には、おわかりになりますまい」


「タブー卿、言葉が過ぎますぞ!」


幕僚の一人が見かねて声をかけるが、ヴィルもタブーも睨み合ったまま微動だにしない。


「……余が命じた作戦に手落ちがあった、そう申すのか?」


落ち着いた、だが、ドスの効いた声でヴィルが口を開く。しかし、タブーはいつもの落ち着いた声で、ゆっくりと彼に話しかける。


「いえ、手落ちではございません。明らかな失敗でございます。アガルタ軍に対して、我らはあまりにも無策でございます」


その瞬間、ヴィルの手が傍にあった剣に手が掛かった。


「申し上げます! アガルタ軍が、陣を張っております!」


「何?」


「この先に小さなオアシスがございます。そこで、全軍が休息をとっているように見受けられます!」


伝令のその声に、ヴィルは剣から手を離し、幕僚たちに視線を向ける。


「疲れがあるのは敵も同じじゃ。我らは何としてもここで、アガルタ王の首を挙げねばならぬ。ここは敵中じゃ。我らが生きて帰るには、敵将の首を挙げる他ないのじゃ」


彼は立ち上がると、居並ぶ幕僚たちに大声で命令を下す。


「この上は総攻めじゃ! 他の首などいらぬ。敵はアガルタ王・リノスただ一人だ!」


その言葉に、幕僚たちはゆっくりと頭を下げた……。

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