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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百六十四話 月明かりの戦闘

月明かりに照らされた砂漠の中を進む一団があった。言うまでもなく、リノスが率いるアガルタ軍だ。彼らは黙って一面に広がる砂漠の中を行軍し続けている。


「……敵は動くでしょうか?」


ソワソワした表情を隠そうともせずクノゲンが話しかけてくる。


「動くと思うんだがな。敵の大将は、なかなかのやり手と見た。今夜、俺たちが動くと勘づいてくれると信じている」


そんな会話を交わしていると、目の前にサダキチが現れ、俺の肩の上に止まった。


『敵が動き始めました』


『ほう、詳しく』


『部隊の一部が街を出て、川に向かっています』


『どの方向だ?』


『南です』


『……南?』


俺は頭の中で、地図を思い浮かべながら考える。


『サダキチ、タナ軍から目を離すな』


『承知しました』


そう言ってサダキチは姿を消した。俺は馬首を並べているクノゲンとルファナ王女に視線を向ける。


「敵が動き出したそうだ」


「動きましたか!」


「クノゲンは嬉しそうだな」


「ええ。ようやく無駄飯ぐらいの境遇からオサラバできるのです。この気持ち、お分かりいただけんでしょうな」


彼の言葉に俺は苦笑いを浮かべる。


「ただ、スワンプを出たのはいいが、南に向かっているのだそうだ」


「南? 我らの背後を突いて来るのではないのですか? そのために、陣形に大穴を開けたのに……。罠であると気づかれましたか?」


「いや、そうでもないだろう」


ルファナ王女が、よく通る声で話しかけてくる。彼女は、失礼と言って俺とクノゲンの間に馬を滑り込ませる。


「おそらく敵は、ヴィエイユ殿の陣を迂回してくるつもりだ。そして、我らの横っ腹を突こうとしているのだ」


「なるほど。そう考えたか」


俺は顎の下に手を当てて、ちょっと物思いにふける。


「アガルタ王様」


声のする方向に視線を向けると、イリモの轡を取りながら歩いている、一人の男の姿があった。彼はサンダンジ王から遣わされたネーオという男で、この国の砂漠のことを熟知している。その彼が、ニコニコと笑みを湛えながら、俺に話しかけてくる。


「この先には、サンドワームの巣があるね。何だったら、そこに敵をおびき寄せて、一網打尽にするがいいね」


「いや、そうもいかんだろう。敵はその辺のことも知っていると考えた方がよさそうだ。下手をすると、俺たちがその巣のある所に追い落とされる可能性もある。当初のお願い通り、安全な場所を選んで案内してくれ」


ネーオはニコリと笑いながら、畏まり、と言って、北に向けて歩き出した。


そして、二時間ほど歩いたとき、サダキチからタナ軍が接近してきていると報告があった。どうやら敵は騎馬部隊を中心に軍を編成していて、その機動力を生かして俺たちを追尾しているらしい。


「ようやく来たね」


そう言ってネーオはニコリと笑う。俺は行軍を止めて、全軍に休憩を命ずる。そして、クノゲン以下、主だった者を集めて軍議を開く。


「決戦の場所はここにする。作戦は以前伝えた通りだ。クノゲン、頼むぞ」


俺の言葉に彼は恭しく一礼をする。


「そして、そのサポートとして、アーモンド司令官。あなたに指揮をお願いします」


アーモンドはぶ然とした表情を崩すことなく俺を睨みつけていたが、やがてゆっくりと頭を下げた。


「まずは兵士たちには腹ごしらえをさせろ。見ての通り、夜の砂漠は凍てつく寒さだ。全員にピタンを貼れと厳命しろ。あとは、温かいスープを作って体を温めてくれ。以上だ」


俺は全員に命令を下しながら、懐に忍ばせたピタンを取り出す。一見すると、何の変哲もない小さな袋なのだが、この中には小さな石が入っていて、それが熱を発しているのだ。コイツを持っているだけで、かなりの寒さがしのげるのだ。


「それにしても、シディーたちドワーフの技術力はスゲェな。わずかの間に、こんなものを作ってしまうんだからな」


俺は空に現れている月を見ながらそんなことを呟く。俺は砂漠での戦いを決めた直後、寒暖差の激しい砂漠の環境を考慮して、夜は暖を取ることができるものはないかとシディーに相談したのだ。俺としては、カイロのようなものを作ってくれれば御の字だったのだが、彼女は、いつものようにあごの下に人差し指を当てて何かを考えるポーズをとっていたが、やがて、何やら専門用語を並べた言葉で解説を始めた。その内容は俺には皆目見当はつかなかったが、どうやらすぐにできる、ということだけはわかった。そして次の日の夜、彼女はドワーフと共に、大量の石を持って転移してきた。驚く俺に彼女は、この石に水をかければ発熱するから、兵士一人一人に持たせてくださいと言って、石を俺の掌に置き、そこに水をかけた。


……まるで、お灸をすえられているくらいに熱かった。思わず、ギャアと叫んでその石を放り出してしまったくらいだ。この鎧は、こうした熱は防御しないのだろうか? てっきり適当なところで熱をカットしてくれるものと思い込んでいたが、どうやらそんな機能はないらしい。それに、俺の結界も役に立っていない。一体これは、何なのだろうか?


涙目になって謝るシディーを、大丈夫だと制しながら、その石を布にくるんで懐に入れてみると、なるほど体全体が温かくなった。遠赤外線でも出ているのだろうか、とも考えたが、詳しいことはよくわからない。


俺はシディーに丁寧に礼を言い、石を受け取ると、すぐさま兵士たちにこの石を分け与えるように命じた。石自体も小さいもので、一人数個は簡単に持つことができるため、暖を取るだけでなく、いくつかの石を集めればすぐに竈になる。実際、兵士たちは石を集めて湯を沸かし、スープを作っている。これも、僅か数十秒で湯が沸くのだから、ティ〇ァール並みの熱量だ。


そんなことをしながら暖を取り、体を休めること一時間、サダキチからタナ軍がすぐ近くまで迫っているという報告があった。俺は全軍に命令を下す。


「よし、休憩時間は終わりだ。全軍、速やかに準備にかかれ!」


そう言って俺は兜をかぶり、イリモに跨った。


◆ ◆ ◆


時を同じくして、ヴィルの許にはアガルタ軍を捉えたという情報が、斥候から報告されていた。彼はすぐさまホンシュとルミネを傍に呼び、命令を下す。


「あの丘を越えれば、アガルタ軍の殿の姿を捉えることができよう。敵を見つけたら、すぐさま突撃を開始せよ。先陣はルミネ、そなたに命ずる」


ヴィルの言葉に、ルミネは恭しく一礼をする。その様子を満足そうに頷きながら、彼はルミネの隣に控えているホンシュに命令を下す。


「言うまでもないことだが、本陣からの命令なくして撤退することは許さん。先日のような不始末は、二度と許さんぞ」


「畏まってございます。兵士たちには、間違っても退けという命令は下さないことを徹底して伝えております。ご安心ください」


その言葉にヴィルは満足そうに頷く。


「よし! ルミネを先陣に、アガルタ軍に突撃を開始せよ! アガルタ王・リノスの首を獲れ!」


その命令が下るや否や、タナ軍は陣形を整えて、アガルタ軍へ突撃を開始した。


◆ ◆ ◆


「見えた……」


先陣を任されているルミネは、分厚い鎧の中で思わず呟いた。月明かりの中、丘の上を上っていく一団が目に入ったのだ。まさしくあれは撤退中のアガルタ軍だ。彼は鼻の穴を膨らませながら、周囲の兵士たちに向けて突撃の合図を送る。


二度とあのような失態は犯さない。何をしたのかは知らないが、あのときは突然頭が痛みだし、戦闘不能になった。おそらくあれは、耳に入った不愉快な音が原因なのだろう。そう考えた彼は、兜の中を軟らかい綿のようなものを詰めて、鎧が共鳴しない細工を施していた。これならば周囲の音は聞こえにくくなるが、戦闘不能に陥ることはない。戦闘の指揮は合図だけで何とでもなる。むしろ、この方が集中力が高まって好都合だ……。そんなことを考えながら馬を走らせ、アガルタ軍に肉薄しようとしたそのとき、彼の全身に衝撃が走った。


「ぐはっ!」


彼は叫び声と共に馬から落ち、全身を砂の上に打ち付けた。一体、何が起こったのか? 体中に痛みを感じながら、彼はゆっくりと起き上がる。そして、状況を確認しようと立ち上がったそのとき、再び体中に衝撃が走った。


「ガアッ!」


叫び声と共に、再び彼は砂の上に大の字になって倒れる。体が動かない……息が苦しい……一体何が起こっているのか……。彼は混乱する頭の中で、必死で現状を把握しようと勤める。だが、その意思に反して、彼の意識は少しずつ遠ざかっていった。


「美しい……月……」


意識を失う直前、彼の目に入ってきたのは、空に輝く満月だった。兜の隙間から見える月は、美しく、そして、冷たいものだった……。

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