第三百四十九話 緊急案件
アガルタの都に突入してきた三匹のドラゴンは、西門の周囲の建物や周囲の人々に大きな被害を出しながら暴れ続けていた。
「くそっ! 攻撃が通らない!」
「あの硬い鱗のせいだ!」
そんなことを言いながら兵士たちは必死でドラゴンたちを食い止めている。その後方ではメイやローニたち医療研究所のスタッフが総出で、怪我をした人たちの治療に当たっていた。
「仕留めたぞ!」
兵士たちの歓声が上がる。どうやら、西門近くのアガルタ軍本部の付近まで侵入したドラゴンを仕留めたようだ。少し小柄ではあったが、それでもそれの持つ力は強く、兵士たちはケガ人を出しながらも、何とかこのドラゴンを討伐することに成功していたのだった。
「目だ! ドラゴンの目を突け!」
そんな声が西門付近の兵士たちの間で駆けまわる。程なくして、もう一匹のドラゴンも討伐されたという知らせが届き、兵士たちの士気は上がる。だが、その後に届いた知らせに、兵士たちは愕然とする。
「何? アンデッド?」
都の守備隊の指揮を任されているローウッドは、目を丸くして驚く。そして、忌々しそうに目の前で暴れるドラゴンを睨みながら、冷静に戦況を分析する。
「ドラゴンにアンデッド……。厄介だな。だが、幸か不幸か、同じ西側から攻めてきている。このドラゴンを倒し、その勢いを駆ってアンデッドと相対するか……」
そう呟くと彼は、兵士たちにこのドラゴンを十重二十重に取り巻いて、攻撃を集中させるよう命じるのだった。
「アンデッドですって? しかも数千!?」
驚いた声を上げているのは、フェリスだった。彼女は驚いた表情を見せつつも、その手許では次から次へと正確な位置に書類にサインを行っていた。彼女は左目で伝令を見ながら、右目で書類の内容を確認するという離れ業をやってのけていた。ドラゴンの視野は広く、360℃を見渡せると言われているのだが、人化しているとはいえ、元々、ドラゴン族の中でも高位にあるクルルカンの彼女は、視野の広さも失われていない。それがために、彼女はこのような離れ業をいとも簡単にやってのけることができるのだった。
「恐れながら、フェリス様、ルアラ様におかれては、東地区にお下がりください。ここも危のうございます」
「いや、私たちも戦うわ……って、政策名間違っている! 不承認っと!」
驚く兵士を前に、フェリスは隣で微動だにせずに机に噛り付くルアラに声をかける。
「どう? 手は空きそう? ってゆうか、空けてよね?」
その言葉を受けてルアラはしばらく沈黙していたが、やがて、イラつきを隠そうともせず、早口に返答を返す。
「わかっているわよ。……ああもう! やっぱり税率間違っている!」
彼女はそんなことを言いながら、ペンで書類に記載された数字に二重線を引き、新たな数字を記入していく。ルアラはルアラで、抜群の暗算能力を活かして、アガルタ国の経理の一切を担っていた。彼女も、ポセイドン王の娘として、幼少の頃は海の中で育った。海は広いために、自分がポセイドン王宮の位置からどの方角に、どのくらいの距離を進んだのかを正確に計算しないと迷子になってしまう。そのために彼女は、幼い頃から徹底して暗算の訓練を受けてきたのだ。そのお蔭もあって現在では、たとえ10桁の計算でも、わずか数秒で計算できる能力を持つに至っているのだ。
「ハイ! 終わった! 今年度の補正予算、終わりっ!」
そう言うとルアラは立ち上がり、コキコキと首を鳴らしながら、隣のフェリスに視線を向ける。
「お姉さま、行かないのですか?」
「ちょっと……待って……。承認……っと。ハイ、私も終わったわ。行きましょうか!」
フェリスは素早く立ち上がると、ルアラを伴って部屋を出ていく。その後ろを兵士が戸惑いながらも付いて来る。彼女たちは当初はフェリスがドラゴンを討伐すると言っていたのだが、すでに兵士たちが総出で討伐に当っていることを聞いて、アンデッド討伐に加わることになっていた。
「あの……アンデッドには、ハーギ様とゼザ様も加勢くださるとのことですが……」
兵士の声を聞きながらフェリスは、不思議そうな表情を浮かべる。
「ハーギとゼザ? あの二人、魔法は使えたかしら?」
「いえ、剣で立ち向かうつもりじゃないかしら」
ルアラの声に、フェリスは呆れた表情を浮かべる。
「バカじゃないの? 確実に死ぬわよ?」
「ですから、二人が到着する前に、私たちで片付けないと」
「そうね」
そんな会話を交わしながら、二人は足早に階段を上り、城壁の上に向かう。すると、そこからは、遥か彼方に草原を埋め尽くすアンデッドの姿が見えた。
「うわ~ものすごい数ね」
「お姉さま、早く片付けましょう。私、他にも仕事があるので」
「そうね。私も仕事がまだ終わっていないわ」
フェリスとルアラは、スルスルと腕まくりをして、グルグルと肩を廻し始めた。
「さて、緊急案件を片付けるわよ! ウインドストーム!」
「仕事の後も仕事か……。何か、イヤになっちゃう。アイスバレット!」
城壁からアンデッドに向けて、凄まじい魔法が放たれ、目の前のアンデットたちが一瞬で消え失せた。だが、その後からアンデッドの大軍が再び現れる。二人は顔を見合わせて、ニヤリとした笑みを浮かべながら、魔法を打つタイミングを図るのだった。
一方、西門では最後のドラゴン討伐に手こずっていた。兵士たちは休みなく攻撃を繰り出していたが、ドラゴンはその硬い体表を駆使して、その攻撃を躱し続けていた。急所と思われる目を中心に攻撃を行うものの、ドラゴンはクルリと背中を向けて、尻尾で攻撃を繰り出し、兵士たちが近づくことを許さなかった。
守備隊隊長のローウッドの許には、すでにフェリスとルアラが城壁の上から、迫り来るアンデッドに攻撃を加えているという知らせは届いていた。加えて、ミーダイ国のハーギとゼザが加勢に向かっているという知らせが、つい先ほど届いたばかりだった。それだけに、彼は早くこのドラゴンを討伐して、外のアンデッド討伐に向かいたかった。
「ええい! 何をしている! 早く! 早く倒さんかぁ!」
「尻尾の付け根を狙え!」
突然背後から声が上がる。驚いたローウッドが振り返ると、そこには鎧を装備したマトカルの姿があった。
「ま……マトカル様……」
彼女はフッと優しい笑みを浮かべる。だが、その顔色は悪く、ローウッドは思わず息を呑んだ。
「全軍、散開! 三隊に散開せよ! ドラゴンの前に二隊、残りは背後に回れ!」
マトカルのよく通る声が響き渡る。その声を受けて、兵士たちが一糸乱れぬ動きで三つの隊に分かれ、配置についた。その動きにドラゴンもキョトンとした表情を浮かべている。
「前衛の二隊、突け!」
目の前から槍の突きを繰り出されたドラゴンは素早く背中を向け、尻尾で攻撃を仕掛けようとする。だが、背後に展開した一隊がマトカルの命令ですぐさま槍を繰り出してくる。
「ゴアァァァッ!」
周囲を槍で囲まれたドラゴンが後ろ足で立ち上がる。その瞬間、マトカルの指示が飛んだ。
「尻尾の付け根を突け!」
ドラゴンの後方の部隊から槍が繰り出される。その槍はいとも簡単にドラゴンの体に突き刺さった。
「ゴギャァァァ!」
仰け反るようにしてドラゴンが倒れる。ちょうど腹を出した状態で倒れているのを見て、マトカルは素早く指示を出す。
「今だ! 腹を突け!」
体勢を立て直そうとするドラゴンの腹に槍が次々と突き立てられていく。程なくしてドラゴンは動きをピタリと止め、やがて、その目から光が失われていった。その様子を傍で見ていたローウッドは、無言のままマトカルに向かって一礼をした。
「いい、ローウッド。よくやってくれた」
彼女は優しい笑みを湛えながら、彼に言葉をかける。そしてすぐに兵士たちに視線を向け、さらに指示を与えた。
「全軍、整列せよ! ドラゴン討伐の仕事の後だが、もう一仕事だ! すぐに外のアンデッド討伐に向かう! 馬を曳け!」
「マトカル様! お体が!」
「大丈夫だ。心配するな、ローウッド」
彼女は手を挙げて、止めに入ろうとするローウッドを止める。そのとき、背後から男の叫び声に似た声が耳に入った。
「コイツだ! コイツが、俺の母親を殺しやがったんだ! コイツがあのときのラマロン軍の司令官だ!」
マトカルはゆっくりと声のする方向に振り返る。そこには、予想もしていない、驚愕の光景が広がっていた……。




