第三百四十五話 総攻撃
タナ王国国王であるヴィルは、敵陣の中で突然上がった火柱の方向を凝視していた。そのとき、一人の家来が本陣に駆け込んでくる。彼は無言で走り寄る家来に視線を向ける。
「申し上げます! ジーギス・クレッセンド司令官殿、討ち死になされました!」
側近たちが驚く中、ヴィルは表情を一切変えずに、目の前に控えている家来に早口で質問をぶつける。
「先程の火柱は何じゃ!」
「ハッ! 兵士が自爆したようでございます。ジーギス様はそれに巻き込まれた形で……」
「右翼を攻撃しているジーギスの部隊を、すぐに元の陣まで撤退させよ!」
「ハッ!」
「ジーギスの副将はブカンであったな。ブカンに伝えよ。兵を引き、整頓せよと。これよりは、我が本陣の許可なく兵を突撃させることはならぬと」
「ハッ!」
「その代り、対岸から主神様を裏切りし者どもに、雨のように矢を射かけよ。見たところ、奴らは盾を持っておらぬ。持っていたとしても、かなり小さい物じゃ。飛び道具での攻撃は有効に働くであろう。ああ、使用する弓は通常のものでよいと、左様に伝えィ!」
ハッ、という言葉と共に一礼して去っていく兵士の後姿を見送りながら、ヴィルはフゥ、とため息をついた。
「愚か者めが。おそらくは、女を捕らえようと功を焦ったのであろう。惜しい男を無くしたものじゃ。だが、褒めて取らそうぞ。武人たる者は戦場で死すもの。ジーギスは見事に戦場で散った。定めしあの者は我が国の守護神となるであろうな。……それにしても、敵は我らが教国の信徒のような戦いぶりをする。ジーギスと共に死んだ兵たちは、教皇聖下、ひいては主神様の祝福を受けられぬ……。哀れじゃな」
彼はゆっくりと首を左右に振りながら、目の前で行われている戦闘の様子に注目する。
戦いは膠着状態だった。タナ軍はよく攻めてはいるが、攻め切れていないというのが正直なところだ。
「……サンダンジ軍はどこにいる?」
「兵をまとめるのに戸惑っているようで、おそらくここに到着するのは、あと数時間はかかろうかと思われます」
「フッ、それまでに決着をつけてくれるわ」
そうは言ったものの、戦いの様子は、ヴィルが予想していたよりもはるかに停滞していた。だが、彼はそんな予想とは違った戦いの流れすらも楽しみに変える程の戦好きであり、彼は目を爛爛と輝かせながら、次の打つ手を思索する。
「クッ……思った以上に、敵の守りは固いな」
「うむ。あと一歩なのだがな。敵陣が崩れそうで崩れないのは、あの前備えに陣を敷く、ラファイエンスのためです」
幕僚たちの声に、ヴィルがほう、と言いながら彼らに視線を向ける。それに気づいた幕僚たちは頭を下げて押し黙る。
「よい、続けよ」
「……ハッ。あのラファイエンスという男。いかに挑発しようとも頑として陣立てを崩そうとしません。それがアガルタ軍、ひいては敵軍全体の崩れを防いでいるのです」
「……やはり、敵の狙いはサンダンジの軍に我らが横腹を突かせようという腹じゃな。そうはさせぬ。そろそろ総攻撃をかけてくれる。ルミネを呼べ!」
しばらくして、ヴィルの前に真っ赤な鎧を着こんだ男が現れた。身長は2メートル近くあり、全身を鋼鉄の鎧で固めていて、僅かに目の部分が空いているだけの異様な出で立ちをした男だった。彼は大儀そうにヴィルの前に片膝をついて畏まる。
「お召しにより、参上いたしました」
「そなたに兵、2万を預ける。アガルタ軍の前衛を粉砕せよ」
「仰せのままに」
「頃はよし」
そう言って彼は立ち上がり、腰に差した剣を抜き、ラファイエンスの陣に向けて大声で命じた。
「皆、根限りアガルタ軍を攻めよ! 正面の敵を打ち破り、アガルタ王・リノスの首を獲れ!」
幕僚たちが一斉に頭を下げ、雲の子を散らしたようにヴィルの許から去っていった。
その頃、俺はフェアリードラゴンを肩に乗せながら、手紙を書いていた。ニケの許に遣わしていたフェアリードラゴンが、彼の書簡を携えて戻ってきていたのだ。
チラチラと前線の様子を見ながら、紙にメモを書いていく。我ながら汚い字だが、今は戦闘の真っ最中だ。それは勘弁してもらおう。
ニケの手紙には、ようやくカコナ川を越えてこちらに急行しているとあった。どうやら、兵をまとめるのに時間がかかっていたらしい。その焦りと無念さが字体にありありと現れていた。フェアリードラゴンに聞くと、どうやらニケの息子が兵を出すことに反対したらしい。喉元に刃を突き付けられている状態でのこの動きは理解に苦しむが、彼は息子との怒鳴り合いの末に息子を殴り倒し、兵を動かしたのだそうだ。殴られた息子は兵士たちにどこかに連れて行かれたそうで、そういうこともあって、彼の着陣が遅れているのだ。俺は戦いが始まったこと、今は俺たちの方が寡兵であるために防戦一方になっていること、できれば、タナ軍の側面を突いてもらいたいと言う内容を認めて、その紙をドラゴンに渡す。
『これをニケさんのところに持って行ってくれ』
『承知しました』
その瞬間、俺の肩が軽くなる。魔法が使えない状況になっていて、辛うじて俺の周囲だけは魔法が使えるが、それが発揮できるのは、俺の周囲30センチくらいなのだ。そのために、フェアリードラゴンとの会話も、彼らを俺の肩の上に乗せて行う。これが意外に重たいので、俺の肩は少し凝っているのだ。
「リ……リノス様! あれを!」
近くにいた兵士の声で顔を上げると、中央の部隊がラファイエンスの許に突撃しているのが見えた。ひときわデカイ、真っ赤な鎧を装備した男が槍で兵士たちの体を空中に放り投げていた。それどころか、先程までヴィエイユの部隊を攻めていた左翼の軍勢の半分程度がラファイエンスの許に向かって川を渡っている。これはヤバイ。
「はあっ!」
俺は右手に魔力を集中させて、巨大な火の玉を作り出す。
「シェア・ファイヤー!」
高温の火の玉が発射されたが、それはすぐに空中で雲散してしまった。ダメもとで魔法を打ってみたが、やはり無駄なようだ。
「ヴィエイユ!」
「はい」
「ラファイエンスが窮地にある! 頼む! 助けてやってくれ!」
彼女の顔がぱああっと明るくなる。そして、見たこともないような満面の笑みをその顔に浮かべる。
「はい! よろこんで!」
俺はイリモから降り、手招きをしてヴィエイユの後ろに控えていたポーセハイをこちらに呼ぶ。そして、傍に控えているイッカクに口を開く。
「イッカク! 敵部隊を混乱させてくれ! 特にあの赤い野郎を何とかしてくれ! できるか?」
「承知」
その返事をした直後、イッカクは傍に控えていたオワラ衆に目配せをする。すると、彼らの姿が、まるで煙のようにスッと消えた。
「スゲェ……」
「感心している場合ではありませんわ。私のお役目は何でございますか?」
「ちょっと待て。伝令! 三番隊、五番隊を前衛に差し向けろ! 四番隊はその場を堅持せよ!」
ハッ、と伝令が返事をして、すぐさま馬に乗って俺の両側面を守っていた部隊に命令を伝えに行く。その様子を見ながら俺は、ヴィエイユに話しかける。
「お前は、タナ軍を攻撃してくれ」
「畏まりました。あの左翼の部隊を突くのですね?」
「いや、そうじゃない。正面攻撃をするのではなく、側面に回り込め」
「は?」
「側面に回り込みながら、敵の背後に背後に兵を動かしていくんだ。つまり……」
「承知しました。お任せください。ですが、我が陣が抜けたところをタナ軍に突かれれば、逆にアガルタ軍が包囲されることになります。そうなると、手薄の本陣を突かれることに……ならないよう、一部の兵は残しておきますね?」
「そういうことだ。頼む」
俺はポーセハイとヴィエイユの、体が触れ合うギリギリのところまで近づく。そのとき、ヴィエイユが俺にピタリと抱きついて来た。さらには、足まで絡めてきている。
「アガルタ王様のぬくもりが感じられないのが、寂しいですわ」
「やかましい。おい、君もこっちに来てくれ」
俺は空いている右手でポーセハイの方を抱くようにして掴み、転移結界を発動させた。




