表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
343/1093

第三百四十三話 動揺

「下がれ! 後ろに下がれ! 後ろに下がるんだ!」


大声で兵士たちに命令を下しているのはクノゲンだった。彼は手綱を器用に操りながら、約二千の軍勢を率いて、リノスの傍からはるか後方に離れていった。この部隊は言わば、アガルタ軍にとっての奥の手の一つだった。クノゲンは敵方のただならぬ動きを察して、素早くこの一団を後方に退避させたのだ。それもそのはずで、敵陣のちょうど真ん中に、巨大な大砲のようなものが出現したのだ。その砲口は空を向いていたが、明らかにアガルタ軍を狙ったものであることは、誰の目から見ても明らかだった。クノゲンはその異様な出で立ちを見て、直感的にこの部隊は後方に退避させた方がよいと判断したのだ。


リノスはクノゲンから部隊を撤退させるという進言をすぐさま承知した。彼は無言のまま慌てて退避していく軍勢を横目でチラリと見ただけだった。


その様子をルファナ王女が目を白黒させて眺めている。彼女自身も、予想外のクノゲンの動きにどうしてよいのかわからなかった。前線に出てタナ軍の兵士を斬りたいという思いはあるものの、隣にいるアガルタ王・リノスからはクノゲンから絶対に離れるなという厳命を受けている。リノスに視線を向けるが、彼は敵を見据えたまま微動だにしない。彼女はしばらくオロオロとしていたが、やがて残念そうな表情を浮かべて、後方に下がっていった。


そのとき、タナ軍からドンという、まるで大砲を放ったかのような音が響き渡った。見ると、上空に何やら光る物体が打ち上げられていた。その瞬間、リノスの鎧が紫色に輝いて俺の周囲を覆った。



……気が付くと周囲が真っ白になっていた。


爆風と強烈な光で、瞬間的に視覚と聴覚を奪われたが、徐々にその感覚は戻ってきた。よく目を凝らして見てみると、俺の目の前には先ほどと変わらぬ光景がそこにあったが、兵士たちが皆、一様に耳を押さえている。爆風で耳をやられたのかもしれない。さらに視線を対岸に移すと、そこには黒い塊のようなものができていた。しばらくすると、タナ軍も元の姿に戻り始めた。どうやら盾を使って、今の爆風を防御していたようだ。


「まさか爆弾を使うとはな。耳や目をやられた者もいるかもしれん。回復魔法をかけておくか」


俺は前線の兵士たちに回復魔法をかける。だが、回復魔法をかけたときに現れる青い光は、俺のすぐ傍で消えてしまう。前線の兵士たちは、まだ耳を押さえていて、回復魔法が効いている様子は見えない。一体どういうことだ?


「……魔力が……使用不可」


俺のすぐ傍でオワラ衆のお頭であるイッカクが呟いている。一体いつの間にここに居たのだろうか? 彼は腕組をしながらキョロキョロと辺りを見廻している。そして、俺に視線を向けると、さも残念そうな声で口を開いた。


「プリルの石と推察」


「何? どういうことだ?」


「魔力、使用不可に候。魔吸石の可能性もあり」


「え?」


「結界、機能せずの恐れあり」


「ちょっと、もう少し詳しく……」


そこまで言ったとき、対岸のタナ軍からビユッという音が響いた。思わずその方向に視線を向けると、またしても黒い物体が空に向かって放たれていた。それはきれいな放物線を描きながら、俺たちの所に落ちて来た。


「うわっ!」


「ぎゃっ!」


あちこちで兵士たちの悲鳴が上がる。それと時を同じくして、アガルタ軍全体に動揺が広がっていた。


「け……結界が……効いていない?」


俺は茫然とした表情を浮かべながら、目の前の光景を眺めていた。


一方、最前線のラファイエンスは、その動揺を収めようと、いつも以上に声を張り上げていた。


「静まれ! 静まるのだ! 皆の者、静まれぇぇぇ!!」


その大声に、兵士たちの視線がラファイエンスに集まる。彼は眉間に皺を寄せ、血走った眼で敵の陣地を睨みつけたまま、周囲の兵士たちに声をかける。


「我が王の結界が機能しておらねば、なおのこと我らの腕の見せ所だ! これまでの訓練の成果が発揮できるではないか! 魔法も、弓矢も、躱し方は全て教えたはずだ! 思い出せ! あの苦しい訓練を思い出せ! 肉弾戦だ! 肉弾戦だぞ! 興奮するではないか! 皆の者、剣を取れ! 槍を取れ! やるぞ! そのために、我らの装備は軽くしてあるのだ! タナ軍の者どもを、一人残らず討ち取るぞ!」


兵士たちから大歓声が上がる。そして彼らは驚くべき速さで戦闘態勢を整えた。それと同時に、弓矢に貫かれて傷ついた者は素早く後方の部隊に送られ、いつものアガルタ軍の連携が戻っていた。


兵士たちが動揺しているのは、ラマロン軍でも同じだった。本陣ではカリエス将軍が伝令を走らせて部隊の鎮静化を図っていたが、なかなか思い通りに兵士たちの動揺は収まらなかった。


ラマロン側でも、魔法が使えないということは把握しており、魔術師や魔導士たちを素早く後方に移動させると同時に、弓矢に貫かれて命を落としたり、ケガをしたりした者たちも後方に移そうとしていたために、さらに混乱に拍車をかけていた。


カリエス将軍は焦りを隠し切れなかった。このままでは間違いなく、タナ軍はラマロン側に突っ込んでくる。動揺している軍に攻撃を仕掛けるのは戦いの定法であり、最も効率よく勝てる方法でもあるのだ。そのことを誰よりも熟知しているカリエス将軍は、目の前で動揺を続ける兵士たちの様子が歯がゆくてならなかった。


そのとき、最前線の川沿いを一人の騎士がゆっくりと進んでいるのが見えた。よく見るとそれは、司令官の一人であるアーモンドだった。彼は馬の鞍の上に立ち、左手を自軍の兵士たちにかざしながらゆっくりと進んでいる。その様子を兵士たちは呆気にとられた様子で見ていたが、やがてアーモンドがニコリと微笑んでいるのに気が付いた。


その表情はとても穏やかなものだった。兵士たちのどよめきが少しずつ収まっていく。そして、彼らの視線がアーモンドに集中したとき、大声で命令が下った。


「全軍、体勢を立て直せ!」


一瞬のうちにラマロン皇国軍の整列が完了する。それを見届けたアーモンドは素早く馬に跨り、自陣へと戻っていった。


「アーモンドめ……やりおるわ」


カリエス将軍は満足そうな笑みを浮かべながら、椅子に腰を下ろした。



「フッフッフ、ハッハッハ、アッハッハッハッハッハ!!」


天に向かって大笑いをしているのは、タナ王国国王のヴィルだった。彼はひとしきり大声で笑うと、爛爛と光る眼をアガルタ軍の方向に向けた。


「余が思う以上の軍勢じゃ。気に入った! この軍勢をもってすれば、どの軍勢でも負けることはあるまい。この軍神たる余が、あれらの兵たちを鍛えて遣わす。今以上の強き兵になるであろう! 余の野望を叶える軍兵に加えて遣わそうぞ!」


彼はギョロリとした目で、アガルタ軍とラマロン軍を交互に見比べている。そして腰に差した剣を抜き、その切っ先をカコナ川の対岸に向けた。


「突撃せよ! 敵は魔法は使えぬ! 我らの力を見せつけるのじゃ! 進めぇ!」


ヴィルの号令一下、タナ軍の前衛部隊がカコナ川を渡り始めた。


嬉々として戦いの行方を見守るヴィルの後ろで、オクタこと妖狐・ヘイズは満足そうな表情で頷いていた。その彼にヴィルは興奮を隠し切れない様子で話しかける。


「オクタ、ジェラニウスたち魔術師を移動させよ」


「ご安心を。すでに完了しております」


「相変わらず、早いの」


再び視線をアガルタ軍の方向に移したヴィルは、誰に言うともなく呟く。


「ジェラニウスたち魔導士たちが健在である限り、我らに負けはない。フフフ……。アガルタ王リノス、大魔王殺しのカリエス……こやつらの首は、陽が落ちる頃には胴についてはおらぬ……」


そんなヴィルの後姿を見ながら、ヘイズは恭しく頭を下げた。そして少しずつ彼から距離を取りながら、ニヤリとした笑みを浮かべながら、小さな声で呟く。


「まあ、戦いの準備としてはこんなものかな。あとは陛下の采配にお任せするとしようか。陛下、頼みましたよ。できるだけアガルタ王をこの戦場に釘づけにして下さいね? 理想を言えば、首を刎ねていただければうれしいですね」


彼は懐から杖を取り出し、それを地面に向けた。


「さて、これから僕も戦いを始めるとするか」


地面が光り出し、彼を包んでいく。


女神リコレット……今、行くよ」


その言葉を残して、ヘイズの姿が戦場から消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ