表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十二章 軍神編
338/1093

第三百三十八話 やられた!

「ご注進! ご注進! 国王様! 一大事です!」


ニケの許に一人の兵士が血相を変えて飛び込んできた。だが、ニケの側に居た幕僚の一人がスッと右手を挙げて彼を制す。


「落ち着け。国王様はすでにご存じだ。今、下知の最中だ。静かにせよ」


兵士は目を見開いたまま固まる。そんな彼を誰も気に留める者はなく、そこに居る者全員がニケの声に耳を傾けていた。


「……各将の陣立ては以上だ。今一度繰り返す。敵がどのような策を弄し、どのように挑発しようとも、我が命令が下るまで動くことは許さん。我らが攻撃に出るときは、アガルタ軍が敵の背後に回り、袋のネズミとしたときだ。それまでは降りかかる火の粉を払うつもりで、いかなる挑発に乗ってはならぬ。我の命令なくして動くことはならぬと兵に厳命せよ」


その言葉に、全員が緊張の面持ちで頭を下げた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


サダキチから報告を受けた俺は、すぐにニケに連絡を取った。何せ今回は10万を超える軍勢が国境に向かって動いていたのだ。俺は一瞬、今回も陽動作戦ではないかと考えたが、それにしては規模が大きすぎるし、クリミアーナ本隊は未だアフロディーテに集結している最中だ。おそらくこれは明確な攻撃意思を持っていると判断した俺は、すぐさまサダキチに書簡を持たせてニケの許に走らせたのだった。


次から次にフェアリードラゴンたちから報告が入ってくる。そして、タナ軍は一気に国境まで押し出していった。俺はその動向を、執務室の中で見守っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


タナ王国との国境であるカコナ川の砦の兵士たちは、タナ軍が現れるのを今か今かと待ちわびていた。ここに籠る兵士たちはわずか2千という規模だが、サンダンジ国の中でも最精鋭の兵士たちが配属されていた。


彼らの任務は、タナ軍と戦うことではない。むしろ、タナ軍を引き付けるだけ引き付け、ある程度の損害を与えつつ退却することだった。彼らに課されたのは、いかに全員の命を守りながら退却し、タナ軍をサンダンジ国内におびき寄せるかという任務を担っていたのだ。


「間もなくタナ軍が現れるだろう。全員、命を惜しめ! 但し、今回だけだぞ!」


砦の司令官を務めるオメゾの言葉に、兵士たちから笑いが起こる。ニケのいる本陣と違って、この砦の兵士たちの士気は高く、百戦錬磨の彼らは、自身の腕に絶対の自信を持っていた。


実際、10万もの敵をわずか2千の兵士で迎撃するのだ。通常であれば、衆寡敵せず。一瞬にして踏みつぶされる戦力差だ。だが、彼らは目の前のカコナ川を堀に見立て、夜な夜な川の底を掘削し、その深さを増していた。タナ軍がじっと動かなかった1ヶ月以上もの間、彼らはコツコツとその工事を継続し続けた。その結果、「雨だれ石を穿つ」という言葉どおり、一見浅い川に見え、すぐに渡河ができるように見えているこのカコナ川は、敵の侵攻を遅らせるのに十分な機能を備えた堀に変貌していたのだった。


サンダンジ国が誇る最精鋭の兵たちが固唾を呑んで見守る中、地鳴りのような音と共に、タナ軍10万が現れた。砦の兵士たちに緊張が走る。


「ああっ! あれを見ろ!」


「タナ軍が西に向かっている!」


「どういうことだ!?」


てっきり砦を攻撃してくると思いきや、タナ軍は砦の目の前を通り過ぎて、西に向かって進んでいく。その様子を見ていた司令官のオメゾは、カッと目を見開いて立ち上がった。


「し、しまった!」


「司令官殿、どうされました?」


「まさか、奴ら、スワンプに向かっているのではあるまいな? ……すぐに我が王に伝令を送れ!」


オメゾは砦の中から、西に向かってまるで大蛇が進むかのごときタナ王国の大軍を、憎しみを込めた目で睨みつけるしか術がなかった。



「迂闊であった……。一生の不覚だ……」


俺の目の前には、ガックリと項垂れるニケの姿があった。彼の許に派遣していたフェアリードラゴンが書簡を持って帰って来たのだが、そこには一刻も早く俺に会いたいと殴り書きされた一文が書かれていたのだ。その様子はかなり慌てていたと報告されていたために、急を要すると判断した俺は、フェアリードラゴンに転移効果を付与した結界石を持たせて、ニケの許に向かわせた。彼はすぐに執務室に転移してきた。そして、俺の顔を見ると、申し訳ないという表情を浮かべたかと思うと、俺の机に手をついて、ガックリと項垂れたのだ。


「ニケさん、そのスワンプという場所ですが、どういう場所ですか? 砦ですか?」


彼はゆっくりと顔を上げ、俺の目をじっと見据える。


「……オアシスだ」


「オアシス?」


「我がサンダンジ国の最大のオアシスにして、水がめとなっている場所だ」


「え? それじゃ……」


「我らは命の水を取られたも同然なのだ」


「……」


俺は心の中で唸っていた。ようやく敵の狙いが読めたからだ。最初から敵はサンダンジのオアシス、水の手を断つことが狙いだったのだ。迂闊に攻め入れば、ハリネズミのような防御体制と共に、慣れない砂漠での戦いも相まって苦戦は必至と考えたのだろう。できるだけ損害を減らすためには、サンダンジを弱体化させねばならない。最も効果的なのは、水の手を断つことだ。砂漠の国にとって水は貴重品だ。それを断てば、肉体的にも精神的にも大きなダメージを与えることができるのだ。


おそらく敵は、サンダンジの兵が国境のカコナ川を夜な夜な浚渫しているのを知っていたのだろう。それが完成するのを待って侵攻を開始したのだ。迂闊に川を渡れば、今度はサンダンジの兵士が川底に足を取られて身動きができなくなる。ニケ側は自分で自分の首を絞めた格好となっていた。


しかも、サンダンジはこれから乾季に入る。雨はほとんど期待できない。敵はそこまでも見通して侵攻してきているのは確実なのだ。


「……敵ながら、天晴ですね」


「……ああ」


「水ならば、ある程度であれば支援することは可能です。幸いアガルタは湧水が豊富です。都の北には広大な森が広がっていて、そこからの湧水が都に流れ込んでいます。それに、この建物の前には大きな湖がありますが、そこでも水が湧き出ていますから、大量の水を送ることはできます。それに、魔法で雲を発生させて雨を降らせることは可能ですが……」


俺の言葉に、ニケはゆっくりと首を振る。


「……ですよね。ニケさんが求めているのはそれではありませんよね。実は俺も同感です。この際、タナ軍を徹底的に潰さねばなりません。そうですよね?」


「その通りだ」


「ニケさん、すみませんが、そのスワンプというオアシスのある場所について教えてもらえますか? できれば地図を書いていただけると助かりますが……」


「お安い御用だ」


彼は俺が差し出す紙に、さらさらと地図を書き始めた。実に見やすい地図だ。この人は絵を描かせても上手いに違いない。


「……なるほど、サンダンジ国の奥深くに入り込んだのですね」


「ああ。ここなら水があり、雨露をしのぐ木々もある。大軍を休ませるのには、持って来いの場所だ」


「う~ん、逆に包囲して兵糧攻めをするのは、難しいですね。それに……力攻めも難しいですね」


「……」


ニケは唇を噛んでいる。彼も同じことを考えていたようだ。このオアシスは台地の上にあり、言ってみれば、その台地が石垣の役目を果たしているのだ。台地の上にある軍勢……言ってみれば籠城している軍勢を攻めるとなれば、敵の3倍の兵力が必要になる。今の状況は、圧倒的にタナ側に有利なのだ。そんなことを考えながら俺は、じっと地図を眺め続ける。


「ここってどうなっていますか?」


「……ただの河原だが、何か?」


俺の指さす地図の部分を見て、ニケが不思議そうな顔をしている。


「ここなら、敵をおびき寄せられるかも……」


ニケの目が、ギョッと見開かれ、せっかくの男前が台無しになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ