第三百三十四話 作戦四様
「……今日で……五日目になりますが、いかがいたしましょうか?」
「あと二日待て」
「ハッ」
ニヤリとした笑みを湛えながら口を開いているのは、タナ王国国王のヴィルだった。出陣して早くもひと月が経とうとしているが、彼は疲れを微塵も感じさせない。むしろ、機嫌がよいのか、出陣して以降はその顔から微笑みが絶えることがない。
「さて……敵はどのように思っているかな?」
「おそらく、和戦両様の構えを取っているものと思われます」
「フフフ、ホンシュもそう思うか? ……敵に迷いが出れば、間違いなく我らの勝ちじゃ」
「ハハッ」
ホンシュをはじめとした、そこに居並んだ家来全員が恭しく頭を下げた。
実際、サンダンジ側はタナ王国側の動きが全く読めず、そのために、内部は二つに割れようとしていた。あくまでタナ側が侵攻してくると信じて疑わない国王ニケと、タナ側が和議を求めていると信じる息子のシンとの間で、意見が真っ二つに割れようとしていたのだ。
タナ側が侵攻を始めた当初は、シンの意見は一笑に付されていたのだが、ここ数日の間に彼の意見を支持する者が急増していた。それは希望的観測もある一方で、サンダンジ側の兵士たちの疲労がピークに達しており、そのために、早くこの戦いが一旦でも終わりを迎えることを望む者が激増していたのだ。
タナ軍の機動力は、この世界では知らぬものがない程に有名であったし、その上、軍勢丸ごとを転移させる術も持っている。タナ軍は遅速行軍を続けながらも、部隊の一部が国境であるカコナ川まで進軍してきては、そのまま取って返すということを繰り返していた。ニケは、タナ軍は、転移術を扱うのはオクタと呼ばれる王の側近であり、彼が行ったことのない場所には転移できないという情報を事前にリノスから得ていた。そうしたことから、彼にはタナ側の動きは、自分たちサンダンジ側の目の前に軍を転移させるための準備としか映らなかった。そのため、国境を守る守備兵たちはもちろん、国中に展開している部隊に対して、常に臨戦体制を取るように命じていたのだ。
だが、それが一ヶ月にも及ぶと、将兵たちの士気は下がる一方だった。いつ襲ってくるかもしれないタナ軍。兵士たちはそれに内心怯えている。その状態が長く続いているために、怯えは明確な恐怖となって表れていた。そこにきての、息子シンから繰り返される和議の提案……このまま時を過ごせば、サンダンジ側は二つに割れることは明らかであり、そこをタナ軍に突かれると、サンダンジ側は簡単に崩壊してしまうのは火を見るよりも明らかだった。
ニケは今、眉間に深いシワを刻みながら、目を閉じてじっと何かを考えている。
「恐れながら申し上げます」
「何だ?」
ニケの前に片膝をついて控えているのは、斥候部隊を任せている部隊長だ。
「タナ側に動きはありません。もう既に五日間も動く様子が見えません」
「……そうか」
「あの……恐れながら……」
「何だ?」
「一度、タナ側に和平の使者を送ってみてはいかがでしょうか?」
「……」
「このままでは、敵の出方がわからぬままでございます。使者を送り、相手の様子を見れば、我らと戦う気があるのかないのか……その点だけでも分かるかと存じますが……」
「オーディティー」
「ハッ」
「それは……お前の考えか? それともシンの考えか?」
「私の一存でございます」
「……の、割には、シンと言っていることが同じだな」
「……恐れながら、シン様の申されることにも、一理あるかと思います」
その言葉を聞いてニケはゆっくりと目を開ける。
「オーディティー。お前はいくつになった?」
「今年で、46歳になります」
「呆けるには、まだ早いな」
「……恐れ入りますが、国王様の仰る意味がわかりかねます」
「わからんのか」
「はっ」
「オーディティー。お前がタナ軍の中に放った間者は何人になる? そして、何人が戻ってきた?」
「……」
「答えよ」
「10人の間者をタナ側に送り、帰還はゼロでございます」
その言葉を聞いてニケはゆっくりと息を吐く。
「我らの放った間者、しかもオーディティーが手塩にかけて育てた者たちが全員未帰還なのだ。と、すれば、敵は常に厳戒態勢でこの戦に臨んでいることになる。そんな敵が、我らと和平を求めると思うか? 明らかにこれは精神戦を仕掛けておるのだ。我らが和平の使者を送るということは、その段階で我らはタナ側に負けたということになる。それがわからぬオーディティーではあるまい?」
その言葉を聞いて、男は無言で深々と頭を下げた。
「よい、オーディティー。人は弱きもの。困難な状況が続けば、何らかの救いを求めたいと思うものじゃ。だが、敵の策に気が付かず、己の策を吹聴するシンを……このまま捨て置けば、間違いなく我らは滅ぶ」
「国王様……」
「シンを斬れば兵たちも覚悟を決めよう。が、我にはどうしてもできぬ。我が子を手にかけることは、できぬ……」
「国王様、何が憎くて子を斬る親が、どこにおりましょうか」
オーディティーの言葉に、ニケはゆっくりと頷く。そして、彼を下がらせた後、誰も居なくなった本陣で、ニケは大きなため息をついた。
「もはや、我ら一人の力ではタナ軍には対処できまい……。無念ではあるが……」
そう言って彼は懐から紙を取り出し、そこに手紙を認め始めた。
「……ご苦労だった」
俺はそう言って、手紙を持ってきたフェアリードラゴンに、肉を与えて帰らせた。そして窓を閉め、椅子に座って目を閉じる。
ニケの手紙には、アガルタ軍の援軍を求める内容が記載されていた。そして、力を合わせてタナ軍を撃退して欲しいと書かれてあったのだ。
正直、ここまで膠着状態になるとは俺も予想はしていなかった。少なくとも、タナ側はサンダンジ国との国境を侵してくるだろうと考えていたのだ。その場合、ニケたちが易々と破れる可能性は低いと見積もっていた。彼らはあらゆるところに砦を築いていたし、これは極秘情報ではあるが、各所に地雷のようなものを設置していたのだ。これはドワーフが開発したもので、その威力はなかなかのものだ。そうしてタナ軍がサンダンジ国の奥深くまで入り込み、浮足立ったところを見計らって、俺たちアガルタの軍勢が背後を突くという形に持ち込もうと考えていたのだが、これまでの流れを見ると、どうやら俺たちの作戦は最初の段階で頓挫してしまっていた。
「う~ん。さて、どうするかな……」
俺は頭をフル回転させて次の作戦を考える。そのとき、執務室のドアがノックされて扉が開いた。そこから現れたのは、意外な人物だった。
「お邪魔するよ」
「メインティア王⁉ 一体、どうしたのですか?」
「いや~くたびれちゃってね」
彼は空いている椅子にゆっくりと腰を下ろし、足を組んでため息をついた。
「ずいぶんとお疲れのようですが……」
「そりゃ疲れるさ、毎日手紙を書いているからね」
「手紙?」
「クリミアーナにさ」
「どういうこと?」
聞けば、クリミアーナ教国からは、メインティア王に対してアフロディーテまで釈明に来いと矢のような催促が来ているのだという。その点に関してはリボーン大上王が釈明に行くと主張したが、教国はそれを認めず、あくまでメインティア王の召喚を命じているのだという。
「そして、二言目には、主神様の教えに背くのかとくるんだ。よく言うよね、我が国に旨味がないと知った途端、引き上げていった連中が、今になって主神様がどうだのと言ってくるんだ。笑ってしまうよ」
彼は肩を震わせながら、クックックと笑っている。
「とはいえ、このままにしておくわけにはいかないでしょう? 放っておけばフラディメはクリミアーナの討伐対象になりますよ?」
「ああ、それはない」
「何で?」
「ヤツらは私を女狂いのバカ国王だと思っているからさ」
「それは俺も同感ですが、それが討伐対象にならないという理由にはならないでしょう」
「クックック。アガルタ王は手厳しいね? でも、考えてもみ給え。そんなバカ王が治めている国だ。放っておいても自落すると考えるのが普通の考え方じゃないかな? そんな国にわざわざ軍を派遣して蹂躙するなどというのはバカげているよ。賢いクリミアーナは、そんな回りくどいことをせずに、私をアフロディーテに呼びだして詰問し、私のバカさ加減を白日の下に晒した挙句に、王としての資格なしと烙印を押して、また新たな国王を立てようとするつもりなのだよ」
「え? そんなことが?」
「幸か不幸か、私の娘であるユリアがフェルド国に留学していてね。あの国はクリミアーナ教を国教としている国だ。娘はまだ10歳だから、あの子を女王に立てて、そこに教国の者たちを送り込んで国を支配するつもりなのだろう。そして、ゆくゆくはどこかの国の王族で、クリミアーナ教の敬虔な信者を婿に送り込んで、盤石の支配体制を作る……そんなところじゃないかな?」
「なんとまあ。で、あなたはどうするつもりなのですか?」
俺の言葉を聞いたメインティア王はニッコリと笑いながら、言葉を返した。
「そんなことをされるのは、私もゴメンだ。だから私は……これから死ぬことにしたのだよ」
……は? お前、今、何て言った?




