第三百三十三話 おめでたい話
メイとシディーは俺の様子を訝りながらも、ドワーフたちに命じて鎧を外に運びださせた。何でも最後の仕上げをするとかで、それは一日あれば十分完了するのだそうだ。だが、あの鎧はカッコイイ。しばらくは俺の枕元に置いて眺めていたい気分だ。
できればあれは箱に入れて、輪っかを引っ張るとそれが開いて鎧が現れて、自動的に俺に装備されるようにして欲しい……。自分で言っていて、そんなことあるわけないやんけ、と思ったりするが、メイやシディーに頼めば、何となくやれそうな気もする。ただ、それをするとなると、おそらく多くのドワーフや技術者が巻き込まれることになりそうだ。彼らのためにも、その案は俺の心の中にしまっておくことにしよう。
そんなことを考えていると、メイとシディーが俺の前に進み出る。二人は顔を見合わせながらゆっくりと頷いた。
「あの……ご主人様、私たちからあと二つの報告と、一つのお願いがあります」
「うん? お願い? メイからお願いされるなんて珍しいな? いいよ」
「では、まず報告から……。一つ目の報告は、ソレイユさんのことです」
「ああ、どうだったんだ?」
実はソレイユはこのところ、体調を崩しているのだ。太ももの付け根辺りに痛みがあり、しばらくは問題なく生活できていたのだが、三日ほど前、それが激痛に代わった。痛み自体はすぐに治まったのだが、重病の可能性もなきにしもあらずということで、メイに診察を頼んでいたのだ。メイはきれいな瞳を真っすぐに俺に向けながら、俺に報告を続ける。
「詳しく調べましたところ、特に病気は見つかりませんでした」
「え? じゃあ、あの痛みは一体何だったんだ?」
「病気ではありませんが、ソレイユさんはお腹に赤ちゃんがいます」
「え? それって……もしかして……?」
「はい。妊娠しています。おめでとうございます」
「おおう……」
完全に、あのエロブーストのせいだ。まあ、あれだけハッスルプレイをしたんだから子供ができてもおかしくはない。
「次に、二つ目の報告ですが、この話をソレイユさんにしたところ、子供が生まれるまでの間、サイリュースの里に帰るとのことでした」
「え? どういうこと?」
「何でも、サイリュースは身籠ると、精霊を呼びだすことができなくなるそうです。精霊の加護を受けない状態でいると、病気などの抵抗力が極端に落ちてしまうそうなのです。ソレイユさんの場合、神龍様の加護を受けていましたので、今のところは問題なく過ごしていますが、出産までの期間を考えますと、やはり徐々に抵抗力は弱まってくると思われますので……」
「……わかった。俺からも族長様に手紙を出しておこう」
「そして、お願いになるのですが……」
「うん、何だい?」
「マトちゃんも検査をしたいと思っています」
「マトを? 何故だ?」
「妊娠している可能性があります」
「え?」
「これはあくまで、薬師としての私の勘なのですが、マトちゃんも身籠っている可能性があると考えています。マトちゃんの場合、一度流産していますので、二度目が起こる可能性が否定できません。もし、身籠っているのであれば、できるだけ早く安静にした方がよいと思います」
「そうだな。今、マトはアガルタ軍の司令官として八面六臂の活躍だ。もし、身籠っていたら、あんな動き方はとんでもない話になるな。わかった。メイ、マトを診察してやってくれ。シディーも頼むぞ」
「お任せください」
俺は二人にソレイユとマトカルのことをくれぐれも頼むと再度、念押しをして部屋を出た。
執務室に戻りながら俺はふと、足を止める。
「ソレイユが身籠り、マトが身籠った可能性がある……。ソレイユがサイリュースの里に帰り、マトが妊娠したとすると、軍務には就くことができない。ソレイユがいなくなれば、リコの守りが手薄になるし、マトがいなくなれば、アガルタ軍の攻撃の起点を失う……。まさか、ヘイズの野郎はそこまで考えて俺やソレイユたちに呪いをかけていたのか? だとしたら……恐ろしいキツネ野郎だ」
そこまで考えると、何だか体に身震いがする。何だか、飛車角を取られた、二枚落ちで戦わなければならない……そんな感覚に囚われたのだ。
その後、マトカルはソレイユに伴われて医療研究所に向かい、簡易検査の結果、やはり妊娠していることが分かった。その夜、屋敷に帰った俺は、家族全員を集めて、ソレイユとマトカルが身籠ったことを告げた。
「エリル、アリリア、またお姉ちゃんになるね。まだ弟か妹かはわからないけれど、生まれてきたら遊んであげてね」
「わかりましたわっ! お姉ちゃんとしていっぱい遊びますわっ!」
「エリルはえらいね~」
「できれば、弟がいいですわ」
「弟か~弟君が生まれてくれるといいなぁ」
そう言って俺は家族全員を見廻す。皆、笑顔だ。ふと見ると、アリリアに何だか元気がない。
「アリリア、どうしたんだ?」
「マミーと一緒にいたい。私もマミーと一緒に行く! お別れするのは、いやだぁぁぁぁぁ」
そう言って彼女は泣き出してしまった。
「アリリア……」
メイが宥めているが、彼女は泣き止む気配がない。皆戸惑っている中で、ソレイユがゆっくりとアリリアに近づき、彼女を抱っこした。
「森にいる~たくさんのせいれいは~きれいにきれいに光っている~♪」
ソレイユが美しい声で歌うと、アリリアはグズリながらも少しずつ泣き止んでいく。
「マミーが毎日歌っていたおやすみの歌は、アリリアは歌える?」
「うん」
「寂しくて眠れないときは、マミーの歌を歌ってちょうだい。必ず寂しくなくなるからね」
「……」
「マミーがいなくなるわけじゃないのよ? 必ずアリリアの所にも帰ってくるからね。それに……」
彼女はチラリと俺に視線を向け、そして再びアリリアに視線を戻す。
「たまには、サイリュースの里に遊びに来てもいいのよ。アリリアだったら、大歓迎よ」
「うん、行く。絶対に行く」
ソレイユは俺に許しを請うような視線を向けてくる。俺はゆっくりと頷く。
「アリリアもエリルも、月に一度くらいはマミーのいるサイリュースの里に行ってもいいよ」
エリルもアリリアも頷いている。アリリアはソレイユとの別れが本当に辛いのか、彼女にギュッとしがみついている。
「今日は、マミーと一緒に寝る?」
アリリアは無言で頷いた。
食事が終わり、風呂から上がった俺は寝室に向かう。そこにはリコが一人で俺を待っていた。
「あれ? エリルは?」
「マトカルの所に行きましたわ」
「マトの所へ?」
「ソレイユのように、マトも離れ離れになるかもしれないと思ったようですわ」
「そうか……でも、マトのお腹を蹴っ飛ばさないか、ちょっと心配だな」
「エリルは寝相のとてもいい子ですわ。間違ってもそんなことはしませんわ」
「そうか……本当に、リコとそっくりだな」
「そうでしょうか?」
「寝相といい……話し方といい、エリルは本当にリコに似てきたな」
「そう? 私はリノスに似ていると思っていますわよ?」
「そうか?」
そんなことを言いながら俺たちはベッドに入る。
「リコ……」
「……」
「ソレイユがいなくなると、リコの……」
「大丈夫ですわ」
「リコ……」
「ソレイユがいなくとも、ここにはメイもいますし、シディーもいますわ。たとえヘイズが襲ってきたとしても、そう簡単には思い通りにはさせませんわ。それに、私も、自分の身は自分で守りたいと思います」
「リコ、絶対に、絶対に無理だけはしないでくれ。必ず俺が守るからね」
リコはゆっくりと首をふる。
「リノス、あなたはタナ王国との戦いに集中してくださいませ。私のことは、心配しなくて、いいのですわ」
俺はリコを抱きしめる。彼女は小さな声で俺の名前を囁いた。俺はリコを抱きしめながら、この美しい肌を絶対にヘイズには渡すまいと固く心に誓うのだった。