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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 ゼザの珍プレー
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第三百十八話  怪我の功名

アガルタの都の真ん中には、人工的に作られた湖がある。そして、その中心には、巨大な岩がそびえ立っている。これは言うまでもなく、リノスがジュカ王国を滅ぼしたときにできたものだ。そこには悲しい逸話があるのだが、今、ここではそれには触れない。それよりも、その湖のほとりで、一人の女性が腕を組みながら、この岩を睨みつけている。


その女性は、何とゼザだった。彼女は頭の中で、色々なことを猛烈な勢いで考え続けていた。


「はあ~」


相変わらず考えはまとまらず、解決策も導き出せない。彼女はそんな自分に嫌気をさしつつ、ガックリと肩を落としながら、トボトボとその場を後にするのだった。



「戻りました」


扉を開けると、一人の少女が椅子に座っていた。それは言うまでもなく、彼女の主人であるオージンだ。ゼザは物言わぬ主人の前に進み出ると、片膝をつき、恭しく頭を下げた。


オージンが見つかったと聞いた、ゼザ、ハーギ、シロンの三人は狂喜し、取るものも取りあえず都の迎賓館に駆け付けた。だが、そこで彼女が見たのは、既に息絶えたサツキと、物言わぬ姿になり果てたオージンの姿だった。


この三人は、サツキ同様、幼い頃にクワンパック家に奉公に上がった者たちだった。オージンが生まれ、その世話がサツキ一人では手に余るために、亡きクワンパックの奥方が新たに侍女として、オージンの遊び相手としてこの三人を付けたのだ。元々この三人も、口減らしのために売られたようなものだった。そのため、この三人にとっては、クワンパック家、とりわけその奥方は命の恩人であり、オージンは主君であると同時に、それこそ赤ん坊のころから面倒を見てきた、娘のような、妹のような存在だった。そんなオージンの変わり果てた姿を見て、この三人は人目もはばからず号泣したのだった。


当初、オージンの身柄は、アガルタの医療研究所において、メイ自らが担当して、その治療にあたることになっていた。だが、ゼザたち三人は、オージンの世話は自分たちが行うと強硬に主張して譲らなかった。特にゼザとハーギは剣を抜いて主張しようとしたため、駆け付けてきた帝様専属の護衛集団であるオワラ衆のキュアライトからキツイお仕置きを受けることになった。通常であれば、このような振舞いをするゼザたちは国外に追放されるのが一般的ではあるのだが、そこは、シロンが涙ながらに懇願し、メイのとりなしもあって、何とかこの三人はオージンと共に暮らすことを許されたのだった。


四人での暮らしが始まってみると、意外にゼザたちはオージンの世話を完璧にやりこなしていった。三人ともコミュ力がなく、ゼザはゼザで慌てるとすぐに擬音だらけの言葉になり、シロンはシロンでなかなか言葉が出てこず、ハーギに至っては、すぐに人の言葉を信じてしまうという欠点がありつつも、ともかく、オージンへの世話に関しては文句のつけどころのない行き届いたものだった。


とりわけ、ゼザは、オージンのわずかに動く眼球と瞼、そして、呼吸……そうした細かい変化を見逃さず、さらには、彼女が発する雰囲気を敏感に感じ取ることができ、指示は擬音だらけであるものの、長い付き合いもあって、ハーギとシロンはそれを聞き分けることができ、すぐに対処することができていた。そのせいもあって、オージンのストレスは激減していたのだった。最早、この三人は、オージンが生活するうえで絶対に欠くことができない存在になっていたのだった。


だが、メイやシディーの知識と技術をもってしても、オージンの容体は一向に変化が見られなかった。彼女を何とかしたいという思いは、ゼザたちも同じで、彼女たちも、何か助けになることはないだろうかと自問自答する日々が続いていた。その中でも、ゼザの思いはひとしおだった。


夜、眠りに落ちたオージンの寝顔を見ながら、彼女は一人考える。何とか、手足……いや、指先の一つだけでも動かせるようにはならないのか。そして、こんなことになってしまった原因は何だろうか……と。だが、いくら考えても答えは出なかった。


そんな日々を送ること数日、ある日ゼザは、いつものように、研究所にあるメイの部屋に向かった。オージンの食事を受け取りに行くためだ。


体が動かせないオージンは、基本的に自分で食事を摂ることができない。辛うじて水を飲むことはできるが、それも、口を開けてやり、そこに少しずつ水を注いでやってようやく、水を飲むことができる。そんな状態であるため、食事は固形物を食べるなどはとんでもない話であり、彼女はいつも、メイたち研究所のスタッフが作った錠剤で食事を摂っているのだ。


それは、レスルと呼ばれる錠剤で、人間が生きる上で最低限に必要な栄養が含まれたものだった。それを舌の下に含むことによって体内に吸収させるというものだ。オージンの食事については、注射など他に方法がないこともなかったのだが、ゼザたちはできるだけひー様の体を傷つけたくないと希望して、現在の食事形態に落ち着いていた。とはいえ、錠剤だけでは栄養の足りない部分もあり、月に数度はメイたち医師による注射が行われるのだが。


「失礼する……あれ?」


メイの部屋に入ると、いつもいるはずの彼女の姿がなかった。だが、机の上には、ゼザに渡そうとする錠剤が三つ置かれていた。おそらく薬はこれだろうと判断した彼女は、それを手に取り、そのまま部屋を後にしようとした。そのとき、メイの机の後ろにある棚が目に入った。そこには、何やら薬のような粉末が入った小瓶が整然と並べられている。その中で、一つだけ紫色のビンがあることに気が付いた。彼女はその瓶に興味を持ち、ゆっくりとそれを手に取った。


きれいな色だ。中にはレスルと同じ錠剤が入っていた。鼻を近づけてみると、何やら甘い香りがする。それはゼザの記憶にある香りだった。


「……シンメーノ?」


毎年正月にクワンパック家で振舞われるお菓子で、いわゆる栗きんとんのようなものだが、その香りにそっくりだったのだ。


「シンメーノはひー様の大好物。これも一緒ならば、喜ばれる」


そう考えた彼女は、その錠剤も数個、その手の中に握りしめたのだった。



「あれ?」


メイが部屋に戻ってくると、ゼザがちょうど部屋から出ていこうとしていた。彼女はいつものようにやさしい笑みを浮かべつつ、ゼザに声をかける。


「あ、レスルを取りに来られたのですか?」


「かっ、で、ふわっ、で、パシパシっとしたから、ドン、だ」


そんなことを言いながら彼女は右手に持っていたレスルの錠剤をメイに見せ、そのまま足早に部屋を後にしていった。


ゼザがメイの部屋に戻ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。


「ひー様が! ひー様が!」


「オージンさんがどうかしましたか!?」


「カリっ、ゴクッとしたら、ぶわぶわーっ、ベロッ、バハッ、グテ~だ!」


「……すぐに行きます!」


メイは部屋を飛び出してオージンの許に向かう。そのただならぬ様子に気が付いた職員たちがその後を追いかけてくる。


「……!!」


オージンの部屋に到着したメイたちが見たものは、驚愕の光景だった。口からオレンジ色の、ゼリーのような物体をゆっくりと吐き出しながら、小刻みに震えているオージン。その周囲を、ハーギとシロンが泣きながらオージンの背中をさすり、その名前を呼んでいた。


「どいてください!」


メイが素早くオージンの許に駆け寄り、彼女を椅子から降ろす。そして、メイの膝の上に彼女を寝かせ、その背中を力いっぱい打ち付ける。


「ベハッ! ヴェロアっ!」


まるで魔物の鳴き声のような声を上げながら、オージンはさらにオレンジ色の物体を吐き出した。メイは扉を振り返ると、駆け付けてきた研究者たちに素早く指示を出す。


「すぐに胃を洗浄します! 準備を!」


走り去る研究者たち。そして、数人の男たちがオージンの体を抱えるようにして運んでいく。


「すみません、吐瀉物も回収してください」


メイは傍らに居た研究者に、オージンが吐き出した物体の回収も命じ、すぐに研究者たちの後を追った。


嵐のように研究者たちが立ち去った後、オージンの部屋では、一晩中女性の号泣する声が止むことはなかった。


幸い、オージンの容体は重篤なものではなく、彼女は次の日の昼には自室に帰された。そして、それを入れ替わるようにゼザがメイの許に呼ばれ、彼女はきついお叱りを受けた。


ゼザが持ち出した紫色の錠剤は、人間で言えば血糖値を下げるインスリンのような薬剤だった。通常、この薬を健常者が飲めば、一時的に低血糖状態となって意識を失うことはあるものの、重篤な状態になることもなく、後遺症が残るようなこともほとんどないものだった。だが、オージンは、オレンジ色のゼリー状の物体を吐き出し、しかもそれは放っておくと彼女の気管を圧迫して呼吸困難の状態を引き起こす可能性すらあったのだ。こんなことは、メイはもちろん、アガルタ医療研究所スタッフの誰もが想像だにしなかった現象だった。


メイは、早速、なぜこのようなことが起こったのかの調査にかかった。そして、同時に、オージンから回収した吐瀉物を詳細に調査する。すると、そこには驚くべき事が分かり、しかもそれは、今後のアガルタの戦略に大きな影響を与えることになるのだが……。それは、また、別のお話。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゼザとハーギへの対応が甘過ぎる。本来なら国外追放とか言っているが、どう見ても処刑対象。一国の王への抜剣だけでも複数回な上にその他多数の暴挙。この先に何か展開があっての延命だろうが、不自…
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