第三百十六話 秘密の作戦会議
「ただいまー」
「とうたん、マミー、おかえりなさいー」
「おかえりなさいー」
帝都の屋敷に帰ると、エリルとアリリアが出迎えてくれた。以前までは、帰ってくると問答無用で俺の胸にダイブしてきた二人だが、ここ最近は、二人してお辞儀をしてお帰りを言ってくれるようになった。子供たちも着実に成長している。
そんな様子を嬉しく思いながら俺は、二人の娘を抱っこする。正直、かなり重い。だが、こうして抱っこできるのもおそらくあと少しのことだろう。そう考えると、腕が痛かろうが、腰が痛かろうが、そんなことは言っていられない。体が悲鳴を上げるまで、娘を抱っこし続けよう、そんなことを思いながら、俺はダイニングの椅子に腰を下ろす。すると、その途端、二人は俺の腕をすり抜けて、パタパタと離れに向かって走っていった。その姿は微笑ましくもあり、ちょっと寂しくもある。
「ママーぁ! とうたん、おかえりー」
二人の声が聞こえてくる。しばらくすると、イデアを抱っこしたままの状態で、リコとシディーがダイニングに入ってきた。シディーの腕には、ピアトリスが抱っこされている。そしてその後ろから、エリルとアリリアがパタパタと足音を鳴らして部屋に入ってきた。
俺はリコからイデアを抱き取ろうとするが、彼は母親にギュッと抱きついたまま離れようとはしない。別に俺が抱いても泣きはしないのだが、彼はできるだけ母親から離れたくはないようで、いつもこんな感じで拒否られることが多いのだ。俺は苦笑いをしながら、自分の席に座る。リコは優しい笑みを浮かべながら、イデアを椅子に座らせ、食事の準備を整える。
そんな様子を眺めていると、いつの間にか家族全員が揃っていた。そして、俺たちはいつもの夕食タイムに突入する。
「……ヘイズのことだが、今日、おひいさまが討伐したよ」
「そうですの……」
夕食の最中、俺は手短にヘイズの討伐を報告した。声を発したのはリコだけだった。他の者は、全員がゆっくりと頷いているだけだった。実は、あの現場には、気配を完全に隠したゴンが潜んでいた。彼はヘイズが討伐された後、すぐに屋敷に帰り、皆にその様子を伝えていたのだ。ヘイズの他にサツキが死に、オージンが茫然自失の状態になったという後味の悪さは、リコたちも感じていたようで、彼女たちはそれ以上深くこのことについて聞いてはこなかった。
食事が終わり、デザートを食べ終わると、子供たちはリコやマトカルたちに連れられて風呂に向かう。ダイニングにはメイとソレイユ、ペーリス、ルアラ、ゴンが残り、自然と俺の周囲に集まり、それぞれ椅子に腰を下ろした。
「オージンさんのことですが……」
メイが言いにくそうに口を開く。そして、研究所で調査した結果を報告してくれた。
今のオージンは、言ってみれば自分の体に閉じ込められている状態なのだという。つまり、意識も感覚もあるのだが、体が動かせない状態になっているのだ。わずかに動かすことができるのは、眼球と瞼のみで、メイやローニ、アガルタ医療研究所のスタッフの問いかけに対しては、それらがわずかに動いたことで、彼女に意識があることが確認されたのだそうだ。ただ、こうした症状はメイにとっても、ローニたちにとっては初めてのことであり、有効な対処法はなく、しばらくは様子を見るしか方法はないのだと、メイは悔しそうな表情を浮かべながら俯いた。
「いいや、メイ。よくそこまで調べてくれた。オージンの意識があるということがわかっただけでも、大手柄だ。ありがとう。礼を言う。すまないが、オージンのことを、頼むな」
俺の言葉にメイは、畏まりましたと頭を下げた。
「さて、お礼ついで……と言っては失礼になるけれど、ソレイユ、神龍様にお礼を言っておいてくれ。また、近々、お礼をするからお出ましいただこう。そのときはまた、頼むな」
その言葉に、ソレイユも承知しましたと言って頭を下げる。
今回の妖狐・ヘイズとの戦いに関しては、全てが神龍様のお蔭と言って過言ではなかった。彼にサルファーテ女王一行の監視をお願いしたことが、今回の討伐につながったのだ。
彼は、女王一行を見て、瞬時に一人の男が怪しいと看破した。それは言うまでもなく、レアルに化けた、妖狐・ヘイズだった。人間には多かれ少なかれ、邪念を始めとする様々な感情が同居しているものだが、侍従武官のレアルだけは、そうしたマイナスの感情を感じなかったのだ。と、いうより、喜びや楽しみといった感情も持っていない、言うなれば、全くの無の人間であったのだ。
何万年という時を生きている神龍様をして、このような人間は初めて見る者だった。と、いうより、そうした者は最早人間ではない。そう考えると、そんな芸当ができるのは、妖狐・ヘイズではないかという考えに行き当たる。そのため俺は、この旨をおひいさまに報告し、彼女はサンディーユと玉ノ井を密かに見張りに寄こしたのだった。
そして、この二人も、レアルが妖狐・ヘイズに間違いはないだろうと断定した。それは、鑑定スキルを使っても、彼の過去が全く無であったことと、彼からは妖気も感じなければ、人族が持つ、人間らしい匂いすらも持っていなかったのだ。ここまでくると、何かの探知に引っかかることもなければ、俺がどんな効果を付与した結界を張っても、易々とすり抜けることができる。敵ながら、恐ろしいスキルを身に付けていたのだ。
妖狐・ヘイズを確認したおひいさまの動きは素早かった。ヤツの狙いはリコであることは明白だ。おそらく、サルファーテ女王を囮に使い、リコを奪いに来るだろう。そのように読んだ彼女は、自身がリコに化けてヘイズに肉薄する作戦を立てた。そして、計略は図に当たり、ヘイズは無事に討伐されたのだ。しかも、そこには万全を期してソレイユを配置し、神龍様の力を借りる準備もしていたのだ。まさに、万事計画通りにコトが進んだことになる。
そんなことを話していると、子供たちが風呂から上がったとマトカルが伝えてきた。今後のことは、明日以降に改めて話し合おうということになり、この日は解散ということになった。
メイとソレイユは、風呂から上がるエリルとアリリアの世話に向かう。そして皆がワイワイと子供たちの世話をしているそのさ中に、俺は勧められるままに風呂に入った。
何となく、一人で風呂に入るのは久しぶりだ。湯船に体を鎮めながら、俺はぼんやりと色々なことを考える。そして、風呂から上がり、パジャマに着替えて寝室に向かう。
扉を開けると、リコがイデアをベビーベッドに寝かせる所だった。彼はこのところ、面差しがますます俺に似てきた。エリルの姿を探したが、見当たらない。きっとマトカルと一緒に寝ているのだろう。彼女は本当にマトカルが大好きだ。やはり剣の才能がある者同士、通じ合うものがあるのだろうか。そんなことを考えていると、不意にリコがスルリと抱きついてきた。
「……リコ?」
「本当は、もう、遠慮しないといけないですけれど……」
「遠慮するって、何をだい?」
「……一緒に、寝ることですわ」
この世界の王族では、女性は30歳になると夫と一緒に寝るのを遠慮するというのが作法なのだそうだ。だがリコは、持ち前の寂しがり屋から、それができずにズルズルと今まで来てしまっていたのだと言う。俺はそんなことを気にする必要はないと言おうとするが、その前に、リコが小さな声で呟いた。
「でも……しばらくは、こうして、一緒に寝てくださいませ……。さもないと、眠れない気がするのですわ」
俺はゆっくりとリコを抱きしめ、そして、口を開く。
「リコが今、思っていることを当ててみようか? ……ヘイズは生きている。違うか?」
その瞬間、彼女は驚いた表情を浮かべながら、ガバッと体を離した。俺はその顔を愛おしそうに撫でる。
「実は、俺も、そう思っているんだ」
そう言いながら俺は、リコの腕をやさしく掴み、自分の顔近くまで引き寄せた。
「ヘイズが付けた、このリコの腕のシミ……。これはおそらくヤツの魔力が付いているのだろう。それが消えていないとなると……。ヤツは生きている可能性が高いな」
「……実は、私も、そう思っていたのですわ」
リコは再び俺の胸に顔をうずめる。俺はそんな彼女をやさしく抱きしめる。
「きっと……ヘイズはまた、襲ってきますわ。リノス……私は……あなたの腕の中でしか、生きられませんわ。もし、ヘイズに攫われるようなことがあれば、私は、舌を噛み切って、死ぬつもりです……」
「……俺も、リコが居なければ生きていけない。メイもシディーもソレイユもマトもみんな愛している。でも、やっぱりリコが居ないと、俺は嫌だ。だから、絶対、絶対にリコは守って見せる。守って見せるからな」
そう言って俺はリコを抱え上げて、やさしくベッドに連れて行く。
「リノス……愛していますわ」
「俺もだ、リコ……」
出会った頃はトゲのある女性だったが、結婚してからはそれも無くなり、むしろ、とても情のある妻になった。俺のために何とかしてやらなければならないと、いつも考えてくれているのがよくわかるのだ。そういった意味で、彼女は理想的な妻であると言える。結婚した当初は永遠の恋人のような存在だったが、今ではむしろ、俺の大親友のような存在だ。そんなリコを、他の男に渡せるわけがない。
「リコ……」
「何ですの?」
「今度、ヘイズが襲ってきたら……」
俺は小さな声で、彼女の耳元で囁く。リコはそれをじっと聞いていたが、やがて、俺の体を強く抱きしめた。
「必ず、必ず、ヘイズを倒すのですわ。リノス……助けに来て、くださいませね」
「もちろんだ。もちろんだよ、リコ」
「リノス……」
リコの体は、子供を二人も生んでいるとは思えない程に均整が取れていた。それに、その風貌も、初めて会ったころから、ほとんど変わっていないようにも思える。それに、相変わらずその肌は、シミ一つなく、ましてや角質などは一切ない、まるで絹のような美しさを保っていた。
リノスはリコを抱きしめながら、絶対にこの妻だけは守り抜いて見せると、あらためて決意するのだった……。




