第三百十話 さて、誰が行く?
「オージンとサツキが!? 一体何のために?」
俺は思わず頓狂な声を上げる。それはそうだ。この二人の行方は、いくら探しても、ようとして知れなかったからだ。今になってこの二人が動き出すというのは、イヤな予感しかしない。
「うむ。マロも最初に聞いたときは驚いた。じゃが、空間魔法の使い手は珍しいでな。マロもまだ見てはおらぬが、話を聴く限りでは、おそらくサツキじゃろうな」
この二人がアガルタに姿を見せたのは、数日前に遡るのだと言う。彼女たちは、ニザ公国を経由して、アガルタに入ったらしい。
「で、二人は今どこに?」
「シェトラという街にいるようじゃの」
「……」
シェトラは、アガルタの都から徒歩で1日の距離にある小さな町だ。俺はマップを使って街の様子を見てみるが、俺に敵意を持った人間はどうやらいないようだ。そんな中、再び帝様の声が響き渡る。
「ギルドというところを通じて、女性の魔術師を探しておるのかの? どうやらそこにサツキが現れたようじゃ」
「あー」
俺は思わず遠い目をする。そういえば、ルファナ王女が、母親をアガルタに呼び寄せることになった際に、ギルドを通じて女官を募集すると言っていたことを思い出したのだ。
聞けば、サルファーテ女王の警護は男性が中心となって担当しているらしいが、やはりそこは女性が必要になることもあり、女王としては不便と感じているのだという。そこで、アガルタで落ち着くのならば、女性の女官を数名傍に置きたいというのがルファナ王女の希望だったのだ。
だが、彼女が示した採用基準というのは、とてもハードルの高いものだった。少なくともLV3以上の魔法が1つないし2つ扱える者で、かつ、高貴な家に仕えた経験のある人、というものだった。ルファナからしてみれば、女王の側近くに仕える者であるために、腕が立つのは当然だが、行儀作法もそれなりでなくてはならない。ただ、一から作法や教養を身に付けさせることは、時間の関係上難しい。そこで、このようなハードルの高い募集要項になったのだが……。それを聞いた俺は心の中で、誰も応募して来る者はいないだろうと考えていた。来たとしても、自信過剰なヤツか、身の程知らずのヤツかのどちらかだろうと思っていたのだ。だが、まさかサツキが応募してくるというのは、予想外のことだった。
「……」
俺は目を閉じて、無言のまま天を仰ぐ。そんな様子に、帝様はさらに言葉を続ける。
「イッカク」
「はっ」
「誰ぞ、オワラ衆にサツキたちの顔を知る者はおろうか?」
「キュアライトが存じて候」
「では、キュアライト。その方、シェトラという街に参りて、サツキとオージンを監視せよ」
「御意」
「いや、お待ちください」
話に割り込んできたのは、ドーキだった。彼は帝様を見つめたまま、ゆっくりと口を開く。
「オワラ衆であれば、サツキは顔を知っている可能性があります。あの人は、何度か御所に来られているのを見たことがあります。キュアライトさんでは気付かれる恐れが……」
「心配無用」
キュアライトが落ち着いた声で反論する。無表情だが、何となくムッとしているようだ。だが、そんな彼女に臆することなく、ドーキはさらに言葉を続ける。
「それに……キュアライトさんがいなくなれば、皇后さまの警護が……」
「そも、心配無用」
イッカクが毅然として言い切る。だが、それでもドーキは言葉を続ける。
「いえ、ここ数ヶ月、皇后さまのお側を警護していたのはキュアライトさんです。オワラ衆は人を入れ替えれば済む話ですが、皇后さまはどうでしょうか? 突然、勝手知らぬ方が側に仕えられては戸惑われませんか? それでなくとも、親王様をご出産されたばかりの皇后さまです。いたずらにご心労をおかけすることになりませんか?」
なるほど、確かにドーキの言うことも一理ある。皇后さまは無言でじっと目を伏せている。彼女としても、キュアライトが側に居た方が安心するのだろう。さて、そうならば……と思いを巡らそうとした瞬間、ローニ声が聞こえた。
「ならば、選択肢はひとつですね」
「え? どういうことだい、ローニ?」
「話は簡単です。ドーキ、あなたが行けばいいのです」
「え? 僕が? いや……行きたいのはやまやまだけれども……僕はサツキさんとオージン様に顔が……」
「リノス様に結界を張ってもらえばいいのです」
「え?」
「リノス様、以前メイ様がポーセハイに見える結界を張られたことがありましたが、あの結界をドーキに張ればいいのです」
「あー、なるほど、確かにな」
俺は苦笑いを浮かべながら返事を返す。そうだ、そのスキルがあることを忘れていた。
「ええと……僕は別に構いませんが……」
「が、何です? あなたは念話が使えますし、転移も使えます。打ってつけじゃありませんか」
「いや、確かにそうなんだけれども、僕は……お店が……」
「時間が空いているときにやればいいのです。相手も24時間、365日動き続けているわけではないでしょう。人間なのですから、必ず眠る時間、休む時間はあるはずです。そのときにお店のことをやればいいのです」
ローニは頷きながら喋っているが、言っていることはとんでもない内容だ。ドーキに店のことをやりたいのであれば、24時間体制でやれと言っているのだ。これはさすがにヒドイ。
「あの……」
そんな中、申し訳なさそうに口を開いたのは、ターマだった。彼女は俺たちの顔をチラチラと見ながら、たどたどしい様子で話し始めた。
「よければ……。ドーキさんがお店のことをしている間は、私が代わりましょうか?」
「え?」
「確か、お店のことは、朝の数時間ですよね? そのくらいの時間であれば、私が代わりに見張ります。……いえ、その、戦うことはできませんけれども、見張るくらいなら、大丈夫かなと思います。何かあれば念話で伝えますし、危険があれば転移で逃げればいいのですし」
……全員が俺に注目している。どうやら、俺が判断しなければならないようだ。
「サツキとオージンの動きはやはり気になる。やはり、二人を監視する必要があるな」
「でも、リノス……」
「いいんだ、リコ。大丈夫だ。ドーキ、お願いできるかな」
「はい……僕でよければ、喜んで」
「いや、ドーキがずっと見張る必要はない。もちろん、別人に見える結界を張るが、見張りをする者は、別のヤツに任せる」
「え?」
「ドーキは、サツキとオージンの情報を引き継いでくれるだけでいい」
「は……はぁ」
俺は笑みを湛えながら口を開く。そして、傍らに控えているリコにそっと耳打ちをする。彼女は一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、やがて、真面目な表情に戻り、先に参りますわねと呟いて部屋を後にしていった。
「リノス様……一体、何を……」
「大丈夫だ。ドーキは何も心配することはない。だが、ご苦労で申し訳ないが、今からシェトラに転移してくれないか? そして、サツキとオージンの居場所を探って欲しいんだ。そして、帝様……」
俺は帝様に向き直る。彼は俺の視線を受けて、スッと背筋を伸ばした。
「ドーキにオワラ衆の一人を護衛に付けてもらえませんか?」
帝様はイッカクに視線を向ける。彼はスッと頭を下げて、よく通る低い声で呟く。
「承知」
「では、今からドーキに結界を張ろう。その後すぐにオワラ衆と共に転移してくれ。……ターマ、そんな心配そうな顔をするな。明け方までには交代の者を寄こすから、ドーキはすぐに帰ってくる。ドーキは交代の者が来た段階で引継ぎをして、すぐにその場を離れてくれ」
そう言って俺は、全員を見廻して、さらに言葉を続ける。
「サツキとオージンの後ろには、おそらく妖狐・ヘイズがいるだろう。ヤツは一筋縄ではいかない男だ。ドーキ以外の者も、ゆめゆめ油断しないで欲しい」
俺の言葉に、全員が力強く頷いた。




