第三百九話 悪所通い
ルファナ王女が母一行を迎えにガルビーに向かっているその間、アガルタの都では一つの問題が発生していた。今、迎賓館の部屋の一室では、その問題に対処すべく、秘密の会議が行われようとしていた。そこに居るのは、リノスをはじめとして、リコ、メイという顔ぶれの他に、チワン、ローニ、ドーキ、ターマという四人のポーセハイ、さらには、オワラ衆キュアライトもその場に顔を揃えていた。そして、彼らの視線の先には、幼子を抱きながら涙にくれる、ミーダイ国の皇后さまの姿があった。
彼女は、オーギと名付けられた皇子を大切そうに自身の隣に寝かせる。どうやら彼は眠っているようだ。皇后さまは赤子の頭を愛おしそうに撫でている。そんな様子を皆、ただ無言で見守っていた。
「俄かには……信じられませんが……」
その沈黙を破って口を開いたのは、ドーキだ。彼は驚いた表情のまま固まっている。そんな彼に、キュアライトが無表情だが、申し訳なさそうに口を開く。
「事実……」
その言葉に、全員がため息をつき、ガックリと項垂れた。
問題になっているのは、帝様だ。何と、あろうことかあるまいことか、彼はこのところ折に触れて、娼館・ミラヤアガルタに通っているのだと言う。その話を聞いたとき、俺もまさかと思ったが、どうやら事実であるらしい。
帝様の変化に気が付いたのは、皇后様だった。日頃は子供の面倒を進んでみるイクメンパパなのだが、夕方になると、人に会ってくると言ってフラリと出ていくことが多くなった。当初は、高名な学者や政治家に会い、ミーダイ国復活のために色々と学ぶのだという帝様の言葉を信用していた皇后様だったが、あるとき、彼がこれまでには記憶にない香りを付けて帰って来た。皇后さまは直感的に、これは女の香りであると見抜き、帝様を観察し始めたのだと言う。
そうなると、彼の行動の全てが怪しく見えてきた。何故、夕方に出かけなければならないのか。昼間ではダメなのか。そもそも、何故、帝様が会いに行ってばかりなのか。相手をこの迎賓館に呼ぶことは出来ないのか……。そんなことを考えていた皇后さまはついに、キュアライトに命じて、夫の尾行を命じた。
帝様の警護はイッカクが常に担当しており、キュアライトはその部下だ。皇后さまの命令は、上司を裏切ることになるため、彼女は戸惑ったが、皇后さまの涙ながらの訴えに根負けする形で、その任務を引き受けたのだ。とはいえ、相手はイッカクだ。ただ単に尾行しても、彼はすぐに気が付いてしまう。キュアライトは、持てる忍びの技術を最大限に駆使して帝様の後を追った。途中、何度かお頭に気づかれそうになりながらも、何とかその目を躱し、遂に帝様が娼館・ミラヤアガルタに入る所を目撃したのだった。
彼女はこの衝撃の事実を皇后さまに伝えるかどうかを悩んだ。そして、まず、彼女の主治医であるターマに相談した。そのターマも判断がつかず、彼女はドーキとチワンに相談し、そこから俺、さらにリコとメイに話がいく形になってしまったのだ。結局、皇后さまに隠し通すのは無理だと俺たちは判断し、彼女にその事実を告げたのだった。
ある程度予想し、覚悟をしていたとはいえ、皇后さまは帝様の行動を知って、喋ることができなくなった。全員で、必死で介抱したがその症状は改善しなかった。そこで、ドーキが機転を利かせてローニを呼んできた。彼女が同じような症状を治癒した経験があることを思い出したのだという。結局、転移してきたローニの処置のお蔭で、皇后さまはやっと落ち着くことができた。
「まったく……だから、男という生き物はダメなのです」
ローニの強烈な一言に、俺たち男の子は思わず目を伏せる。いや、断っておくが、俺は、浮気などはしたことはないし、しようとも思わない。本当だ。これはマジな話だ。嘘だと思うなら、俺の目を見てほしい。そんなことをする男の目ではないはずだ!
そんなことを思いながら目を上げると、ローニと目が合った。俺は思わず彼女から視線を外す。いや、だって、ローニ怖いんだもん。
「……まあ、これは帝様ご本人の口から説明いただくのがよろしいですわね」
リコの落ち着いた声が部屋に響き渡る。彼女は俺たちを見廻しながら、さらに言葉を続ける。
「私は、帝様が他の女性に現を抜かすとは思えませんわ。きっと何かの訳がおありではなくて? それに……娼館に入ったというだけで、部屋の中まで見たわけではありませんのでしょ?」
リコがチラリと俺に視線を向けてくる。俺はちょっと慌てながらも、皆に対して口を開く。
「あっ、ああ……。あの、ミラヤは、ミラヤはですね……。単なる娼館ではなくて、その……サロン、文化的なサロンとしての役割も担っております。従いまして、帝様がそこで浮気をしているかどうかというのは、実に微妙なことでありまして……」
全員の視線が痛い。お前がミラヤアガルタの営業許可出したんだろ? その店のコンセプト決めたのお前なんだろ? てことは、皇后さまに上手に説明できるよね? そんな、みんなの視線が、辛い……。
「……皆で、帝様のお帰りを待ちましょう」
リコのその一言で、その場は一旦解散となった。
帝様が迎賓館に帰ってきたのは、その夜もかなり更けてからのことだった。彼は部屋に入るなり、そこに控えていた俺たちの姿を見て、驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだ。まさか、自分の部屋に10人近い人間がいるとは思わないだろう。彼は、俺たち一人一人に視線を向けながら、オロオロと扉の前に立ち尽くしている。
「帝様、お疲れのところ申し訳ございませんが、一つ、お話を聞かせていただきたいのですわ」
リコの毅然とした声が聞こえてきた。彼はフッと息をつき、ゆっくりと俺たちの座っているテーブルに向かってきた。そして、ゆっくりと空いている椅子に座る。
「このように大勢……。一体、どうしたのじゃ?」
「帝様、単刀直入に伺います。あなた様はこのところ、娼館に通っておいでですわね?」
リコの直球が帝様にぶつけられる。彼は一瞬ギクっとした表情を浮かべたが、やがてポリポリと頬を掻きながら、言いにくそうな雰囲気を醸し出している。
「いっ……いや……その……」
「お上」
震える声で、皇后さまが口を開く。
「私に……落ち度があるのでしたら、仰ってくださりませ。そのような……私に隠れるようにして……悪所通いとは……私は……」
ポロポロと涙をこぼしながら、彼女は帝様に語りかける。彼は慌てたようにキョロキョロと周囲を見廻しながら、口を開いた。
「ま……待て、オクよ。一体、何の話をしておるのじゃ? マロは確かに娼館には行ったが、別の女子に目移りしたからではない。オクよ、落ち着くのじゃ」
「娼館に……行った?」
「いっ、いや……そういうことではない。そういうことではないのじゃ」
号泣する皇后さまと、それを必死になだめようとする帝様。この状況はアカン。確実に帝様がアウェーだ。何とかしてやらねばと思いながら、言葉をかけるタイミングを計っていると、不意に野太い男の声が聞こえてきた。
「誤解に候」
気が付けば、帝様のすぐ後ろにイッカクが控えていた。いきなりのことで、皆が凍り付く。そこに、彼はさらに言葉を続ける。
「娼館は、対面(体面?)にて」
「どういうことですの?」
リコが不思議そうな顔をして尋ねている。そんな中、帝様は頬を掻きながら、照れくさそうに口を開いた。
「マロが娼館に行っておったは……人に会うためじゃ」
「人に会うため?」
「うむ。ここ迎賓館で人と会うためには、それなりの身分、それなりの格好が必要になろう。それに……膝を突き合わせて話をすることができぬ。じゃによって、娼館で会っておるのじゃ」
「すみません、もう少しわかるように説明してもらえませんか?」
俺の一言に、彼は大きく頷いて、これまでの経緯を説明し始めた。
元々、向学心の強い帝様は、アガルタで多くの人と会い、教えを受けながら、自らのスキルを上げようと試みていた。ただ、迎賓館では自ずと呼ぶ人間は限られ、市井の人が気軽にやって来ることは難しい状況にあった。そこで目を付けたのが娼館だった。ここならば、身分に関係なく、また、服装などもラフな格好でもある程度は許される。そして、膝を突き合わせて議論することもできる。そうしたことから彼は人と会う場所に娼館を選んだのだった。
その後、彼はこれまで娼館で会った人のことを滔々と語り始めた。見識の高い学者をはじめ、軍人、医者、果ては、街で子供たちに絵を教えている老人にまで彼は会っていた。そして、そこから得た知識を、どのようにミーダイ国のために活かそうかと考えていたのだった。そのあまりの行動力に、俺はポカンと口を開けたまま話を聞くほかなかった。
「……そういうことじゃ、オクよ。マロはそなたがイヤになったわけではない。あくまで自らの学問のための娼館通いじゃ。……したが、その方にもいらぬ心配をかけたの。許して給れ」
そう言って彼は深々と頭を下げた。その後、イッカクが断じて帝様は他の女とは交わっていないと証言し、帝様の疑いは晴れた。彼は申し訳なさそうに俺たちに侘びを言いながら、言葉を続ける。
「したが、あの娼館街という所は、面白き所じゃな。珍しい者が多くおった」
「そうですか。しかし帝様、よく娼館などで人に会おうとなどと思いましたね」
俺の一言に、帝様はニコリと笑みを漏らす。
「うむ、男爵殿の助言での」
「男爵殿?」
「……ゴン殿に候」
「ゴン!?」
聞けば、帝様を娼館に案内したのはゴンなのだと言う。そういえば、帝様に講義をするとか何とか言って、夜遅くに帰ってきたことがあったが、まさか、そんなことをしていたとは……。しかもヤツはアガルタの娼館街では、「ゴン男爵」と呼ばれる有名なお大尽なのだという。
俺は思わず隣のリコを見る。彼女は無表情のまま、遠くを、宇宙の果ての果てを見ているかのような遠い目をしていた。俺は思わず目を背ける。
「……マロとてただ遊びに娼館街に行っていたのではないぞよ。あそこは千差万別、あらゆる人種、身分の者たちが訪れる。そのために、多くの情報が集まるのじゃ。あそこに通ったのは、無駄ではなかったぞよ」
帝様はにこやかにほほ笑みながら口を開いている。そして、俺たちを再び見廻しながら、少し顔を強張らせた。
「どうやら、オージンとサツキが、このアガルタに入ったようじゃ」




