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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十一章 釣り狐編
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第三百二話   投げられた賽

アガルタ軍本部に戻ると、そこにはラファイエンス以下、主だった者が全員、顔を揃えていた。驚いたことに、サダキチもテーブルの端にチョコンと立っている。体が小さいので、一見すると、何かの彫刻に見える……そんなことを考えながら俺は、席に着く。


「サルファーテの都が陥落したって?」


「ああ、間違いない情報だ。まずはテーシの報告を聞いてくれ」


マトカルに促されて、一番末席に控えていたポーセハイが立ち上がる。


「お初にお目にかかります。サルファーテに留学しておりました、テーシです」


彼はポーセハイの中でも、1、2位を争うほどの回復魔法の使い手だ。将来はおそらく、LV5の回復魔法を習得するであろうと言われている。チワンを始め、ポーセハイたちはこの男に大いなる期待をかけていて、そのため、世界最大にして最高の魔法使いが集まるサルファーテ国の都に留学させていたのだった。彼は落ち着いた声で、ゆっくりと説明を始めた。


「サルファーテ国の都、ハイセルにタナ王国の軍が突然侵攻してきましたのが、5日前です。サルファーテ側は、タナ軍が国境に向かっていることを全く知らなかったようです。国境を守っていた防衛軍はわずか1日で総崩れとなり、タナ軍は雪崩を打ってハイセルに至りました。都では、約3000名もの魔法使いが前線に立ち、侵攻を食い止めようとしましたが、なす術もなく敗れ、わずか3日間の攻防で陥落しました」


「俄かには……信じられないな」


マトカルが絶句している。その気持ちはよくわかる。何せ、サルファーテといえば、世界屈指の魔法大国なのだ。確か、世界に十数人しかいないLV5のスキルを持つ魔法使いも、この国には数名いたはずだ。それもあって、この国には世界中から魔法を習い、研究しようと数多くの留学生が訪れており、アガルタも、テーシを始め、数人の魔法使いを留学させていたのだ。


そうしたこともあり、サルファーテ国、特に都のハイセルは、かなり強力な魔法で街全体が守られており、ちょっとやそっとでは陥落どころか、城壁の中に入ることさえ難しいと言われていた。というのも、都の中にはLV4の結界魔法が使える者が十数名おり、LV3の結界魔法に至っては、扱える魔法使いが百名近くいると聞いていた。これらの結界師が全員で何重にも結界を張れば、かなりの防御力になる。俺が全力で攻めてもその結界をブチ破るのは骨が折れるだろう。さらに、攻撃に特化した魔法使いが1000名以上いるのだ。まさしくハリネズミのような都市なのだが、それをわずか3日で陥落させたのだ。マトカルが驚くのも無理はない。


俺はマトカルをチラリと見て、すぐにサダキチに視線を向ける。


『サダキチ達は、この戦闘を見たのか?』


『はい。ほぼ、一方的な戦いでした』


『詳しく聞かせてくれ』


『国境を突破したタナ軍は、ものすごい速さでハイセルに迫り、包囲しました』


『速さ、というのは?』


『全員が騎馬隊だったのです』


『なるほど、続けてくれ』


『都を包囲したタナ軍は、まず、弓で攻撃を仕掛けました。その攻撃は防御していたようです。そのときは攻撃を止め、一日後に再び弓での攻撃を行いました。その日も攻撃はそれで終了したのですが、明けて三日目にタナ王国軍が突撃を開始し、城門が破られてからは一方的に……』


『なるほど。ハイセルからは攻撃しなかったのか?』


『一日目と二日目は城壁の上から激しく攻撃をしていました。ですが、三日目になりますと、どういうわけか魔法での攻撃は、ほぼ皆無でした』


『皆無……か』


俺はそこまで聞くと、再びテーシに視線を向けた。


「テーシ、都の中はどうだった?」


「はい、都を囲まれた当初は、タナ軍の放った矢が、ほとんど被害がなかったこともあり、皆の士気は高かったのです。しかし、二日目になると途端に魔法使いが倒れ始めたのです」


「魔法使いが、倒れ始めた?」


「はい。私は後方で治癒魔法担当していたのですが、夜にかけて魔力不足と思われる症状で運び込まれる人が激増し、夜が明ける頃には前線に出ていた魔法使いのほとんどが戦闘不能になっていました」


「おそらく、魔吸石の仕業かな?」


ラファイエンスが誰に言うともなく呟く。俺は彼に視線を向け、ゆっくりと頷く。


「おそらくは、そうでしょう。ところでテーシ、ハイセルには騎士や歩兵はいなかったのか?」


「いいえ。居るには居ましたが……」


「兵数はどのくらいだ?」


「おそらく、1000程度かと」


「それじゃ、衆寡敵せずだな」


「仰ることはごもっともです。サルファーテ国も、自国の魔法技術の高さに胡坐をかいていた点も、この敗戦の一因と思います。ですが、魔法にかけては世界最高のスキルと技術を持った国が、わずか数日で灰燼に帰すというのは……今でも信じられません」


俺はテーシのその言葉に頷きながら、サダキチに念話を送る。


『サダキチ達は、タナ軍がサルファーテに向かったことは、いつ知ったんだ?』


『わかりませんでした。気が付いたら、サルファーテ国の国境付近に軍勢が侵攻していたのです』


「サダキチ達の目を掻い潜ったか……。運もよかった……か?」


俺は誰に言うともなく呟く。


「問題はだ」


ラファイエンスが立ち上がって口を開く。


「問題は二つある。一つが、今、テーシが報告したように、世界最高の魔法技術とスキルを持つサルファーテ国が滅びたこと。これを受けて我々は、魔法での攻撃と防御について再度、検討する必要がある。要は、リノス殿の結界だけに頼っていてはいかん、というわけだ」


その言葉に、マトカルは俯き、クノゲンは苦笑いを浮かべている。そんな様子を見ながら、老将軍はさらに言葉を続ける。


「もう一つが、タナ王国の後ろには、間違いなくクリミアーナが控えているということだ。今回滅ぼされたサルファーテ国は、むしろクリミアーナとは距離を置いていた国だ。当然、我が国とも距離を置いていた、言わば独立した国であった。その国を攻撃したということは、これはとりもなおさず、クリミアーナに組さない国は滅ぼすという意思表示に他ならない。敵はタナ王国だけではない、クリミアーナ教国、そして、それに連なる国々たちだ」


彼はそこまで話をすると、小さなため息をつき、声を落として、再び口を開いた。


「つまりこれは、世界を二つに割った、これまでにない大規模な戦争になる可能性がある、ということだ」


その言葉を聞いて、マトカルの背筋が伸びていく。俺はそれを見ながら、ゆっくりと口を開く。


「将軍の言う通りだ。俺たちは早急に今までの戦略を見直さなければならないな。特にこのアガルタの防衛についての策はもう一度練り直す必要があるだろう。まずは、そのことについてクノゲンを中心に策を練ってみてくれ。敵は恐ろしく速い機動力を持っているみたいだから、それも念頭に置いてくれ。将軍とマトは、これまでの軍の編成を一度見直してくれ。魔法使いが倒れてしまった場合の戦い方というのは、想定していないんじゃないか? 昔のように、槍を持って突撃……というのも、違う気がする。それは、シディーたちドワーフたちとも一緒に考えてもらいたい」


「承知した」


「マト、頼むぞ」


「……わかった」


「あの……リノス様、恐れ入ります」


突然、テーシが口を開いた。俺は思わず彼に視線を向ける。


「どうした、テーシ」


「実は、ハイセルの都から脱出するとき、私の同胞らと共に、サルファーテ国のルファナ王女も一緒にお救いしたのです。そのルファナ様が、是非、リノス様にお会いしたいと言っておられます」


「その、ルファナ王女とは、どんなお方だ?」


「ハイセルの戦闘において、最前線で戦っておられた司令官の一人です」


「恐らく、ハイセルにおける戦闘の全てを知る人物でしょうな」


ラファイエンスが鋭い目つきになって口を開いている。その話に、マトカルも大きく頷いている。


「リノス様、ルファナ王女から戦闘の様子を聞いた方がいい。こういうことは早い方がいいな」


「……そうか、わかった。テーシ、その王女様は、今から会うことはできるのか?」


「可能だと思います。ルファナ王女様も一刻も早くお会いしたいと仰っていましたので」


「わかった、では、今から会おう。……ここに来てもらった方がいいかな?」


俺はラファイエンスたちに視線を向ける。彼は黙ったまま、大きく頷いた。それが合図であったかのように、テーシは足早に部屋を後にしていった。

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