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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十一章 釣り狐編
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第三百三話   ルファナ王女

コツ、コツ、コツ……。


部屋の外から、廊下を足早に歩く音が聞こえてくる。そしてその音は俺たちが居る部屋の前で、ピタリと止まった。


扉が開かれると同時に、俺たちは起立していた。誰が命じたわけではない。何故か皆一緒に立ち上がったのだ。俺はただ、王女がここにやって来るにあたって、座ったままで迎えては失礼にあたると思ったから立ち上がったのだが。


ただ、その思いは、全員が同じだったらしい。


部屋に入ってきたのは、痩せた長身の女性だった。彼女の姿を見た瞬間、全員が一礼をする。あまりの連帯感に思わず見入ってしまい、俺はお辞儀をするのを忘れてしまったほどだ。


如何にも重そうな金の鎧を装備したルファナ王女は、俺たちの姿を見て一瞬、目を見開いた。まさかこんな会議室に通されるとは思わなかったのか、はたまた、ラファイエンス以下、集まった全員が一糸乱れぬ連携で立ち上がり、一礼をした姿に驚いたのか……。おそらくそのどちらもだろう。


「大変な中、わざわざお呼びだてして申し訳ありませんでした。アガルタ国国王、バーサーム・ダーケ・リノスです」


彼女はスッと視線を俺に向ける。そしてゆっくりと俺に向き直りながら片膝を付き、口を開いた。


「サルファーテ王国の第四王女、サルファーテ・リン・ルファナでございます。以後、お見知りおきを」


俺はルファナ王女に椅子に座るように勧める。彼女が着席したのを見計らって、俺たちも席に着く。


「こんな所にお呼びだてして申し訳ありませんでした。ただ、この席には、アガルタ国軍の総司令官であるラファイエンス以下、軍の幹部が集まっています。ルファナ王女のお力になれるのではと思いまして、こちらにお越しいただきました」


俺の説明に納得がいったのか、彼女はゆっくりと頷き、老将軍たちを見回しながら口を開く。


「名将・ラファイエンスの御名は私も聞いています。お会いできて光栄です」


老将軍が恥ずかしそうにニヤリと笑う。ルファナ王女はその様子を見ながら、さらに言葉を続ける。


「アガルタ王は実に優秀な軍をお持ちです。いや、隠さずとも私には分かります。とても訓練が行き届いています。しかし、その優秀な軍も、タナ王国軍にかかればものの数日で蹂躙されるでしょう。どうか、世界の国々に、あの国の悪辣さを伝えていただきたいのです。そして、世界の国々と心を一つにして、タナ王国軍をこの世から葬り去ってほしいのです」


彼女はそこまで一気にしゃべると、フウと小さく息を吐いた。俺はラファイエンスたちに視線を向ける。それに気づいた彼は、ゆっくりと頷いた。このルファナ王女の話を額面通りに受け取らず、冷静に判断を下しながら聞いていけと俺に伝えているのだ。


王女はそれから一気に、まくしたてるようにしてタナ王国軍との戦闘の詳細を語った。


まず、突然国境付近に現れた数万の王国軍は、易々と国境を突破し、都であるハイセルに殺到した。タナ軍は騎兵を中心とした編成であり、いわゆる、その機動力を活かした電撃作戦を実行したようだった。


「分厚い鎧を着た騎兵が集団で突撃してくるのです。我々の歩兵や騎兵ではとても太刀打ちできなかった」


王女は悔しそうに唇を噛む。戦いは都での籠城戦に移った。この地点ではサルファーテ側はまだ、自分たちが負けることなど想定していなかったようだ。数千を超える魔法使いを擁し、加えて豊富に蓄えられた食料、堅牢な城壁……。ひと月やふた月は楽々と持ちこたえられる、そう考えていたのだそうだ。


しかも、タナ王国側からの攻撃は矢を放つのみだった。結界師をそれなりに備え、鉄壁の防御を自認していたサルファーテ側は、結界が破られたことに驚愕したらしいが、その矢は城壁を越えて街に達したものの、それらは建物の壁などに突き刺さり、人への被害は皆無だった。その後、タナ軍は都に突撃して来るだろうと考えていたが、意外にも、彼らのハイセルへの主だった攻撃は、それだけだった。


だが、その後、日を追うごとにハイセルの都を守る兵士たちから、体調不良を訴える声が激増していった。しかもその大半が魔法使いであり、サルファーテ側の戦力は、一気に落ちたのだった。


「突然兵士たちがバタバタと倒れていくのです。後方にいた治癒魔術師たちに応援を頼んだが、全く回復しない。症状からMPが枯渇しているのではと考えて、ポーションを飲んでみると、一時的には回復するのだが、すぐにまた魔力切れを起こす。そうしている間に、タナ軍が突撃を開始し、我々はなす術もなく……」


王女は唇をかみながら、小刻みに体を震わせている。


「……魔吸石の威力はかなりのものなのだな」


俺は誰に言うともなく呟く。その言葉に、老将軍が反応する。


「いや、おそらく魔吸石に何か仕掛けをしているのだろう。たった数日で、数千にも及ぶ魔法使いのMPを枯渇させるなど、考えられないことだ」


「わかりました、将軍。魔吸石については帝様と一度話をしてみましょう。その上で、シディーたちドワーフにも協力をしてもらいましょう」


俺は再びルファナ王女に視線を向ける。


「ところで、ルファナ王女。あなたは前線で指揮を執っていたと聞いています。多くの魔法使いが倒れていったとのことでしたが、あなたの体調は大丈夫だったのですか?」


「私は……」


王女の目が泳いでいる。一体どうしたことだと思っていると、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。


「体調は……問題ありませんでした」


「MPは枯渇しなかったと?」


「はい」


「う~ん。何故、他の魔法使いのMPが枯渇して、王女のMPは枯渇しなかったんだろうな? その鎧かな?」


「い……いや……その……」


「どうしました?」


「私は……魔法が苦手で……」


「あ、そうなのですね。だから、指揮官に?」


彼女は顔を真っ赤にしながら、頷いた。それにしても不思議なこともあるものだ。MPが多いであろう魔法使いには多大な影響があるが、MPが少ない王女には影響がほとんどなかった。と、すると、俺のMPは人並外れて多い。もし、魔吸石の効果がMP量に比例するのであれば、かなり厄介なことになるんじゃないのか。これは早く対策を打たねばならないようだ。


ちなみに、サルファーテ王家は代々、優秀な魔術師や魔導士を輩出してきた。従って、MP量や扱える魔法のレベルによって、その人の良し悪しを決める傾向にあるのだと言う。そのため、MP量が少なく、それ故に扱える魔法も少ないルファナ王女は、王家の中ではどちらかというと落ちこぼれとして冷遇されていた。そのために、王宮を飛び出すような形で、軍関係の仕事に就いたのだという。だが、テーシからの報告によれば、彼女は殺到するタナ軍を引き付けつつ、多くの人々を城外に逃がしたのだと聞いている。その状況判断や指示内容を聞いているうちに、この人は指揮官としてかなり優秀な人であるという印象を持った。それは老将軍もマトカルも同じだったようだ。


「いや、ルファナ様、何も気に病むことはない。あなたはかなり優秀な指揮官だ」


マトカルがよく通る声で口を開く。その話に、アガルタ軍幹部たちが大きく頷く。


「し、しかし……」


「なにも戦いに勝つだけが指揮官の役目ではない。優秀な指揮官は、いかにして部下や兵士たちの命を守るのかが大切なのだ。兵士たちに死なれてしまってはそれまでだが、生きていれば、捲土重来を期すこともできる。多くの人の命を救った貴女は、とても有能な指揮官だ。胸を張っていい」


「マトカルの言う通りだ。今、聞きましたお話は、このラファイエンス・オーグ、とても参考になりましたぞ。よく、多くの魔法使いや民衆の命を救われた。お見事です」


王女はどのように返答していいのかがわからないのか、じっと俯いている。そんな様子を見ながら、老将軍は俺に視線を向けてきた。


「アガルタに到着後、すぐにお呼びだてして申し訳ありませんでした。どうぞ今は、ゆっくりとお休みになって下さい。誰か、王女を案内してくれ!」


彼女は兵士の一人に案内されながら、部屋を後にしていった。その姿を見届けた俺は、再び全員に向けて口を開く。


「さて、これから、本当の作戦会議を始めようか」


部屋にいる全員が頷いた。

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