第二百七十八話 性格悪いは勝利の証
「……なるほどな。わかった」
俺は手紙から目を離し、ゆっくりとそれを隣の座っているリコに渡す。彼女はそれを無表情のまま眺めている。俺たちの前には、緊張感を漂わせたドーキと、面倒くさそうな顔をしたローニが座っている。
「ミーダイ国の王自らが来られるのですか? お詫びとありますが、なにもそこまでする必要はないと思いますわ」
ドーキが持ってきた書状は、帝様からのものだった。そこには、先日、クワンパック家の姫たちがやらかしたことに対する詫びと、贈られた塩に対してのお礼が書かれてあった。それだけでなく、一国の王を辱めたことに対する詫びと、それについて、帝自らが詫びに行きたいと記されていた。俺は自分の身分を隠したつもりだったのだが、あの帝には通用しなかったらしい。
「あの……」
ドーキが申し訳なさそうな顔をして口を開く。
「帝様は、リノス様のことを相当な大国の王だと仰っていました。……本当ですか?」
彼は俺をどこか辺境の領主だと思っていたらしい。確かに、彼に自分の身分を詳しく明かしていなかったし、ドーキが来るのはこの屋敷だけだった。ここだけを見れば、森近くの草原の中にある、単なる一領主と見るのが妥当だ。ただ、イデアが産まれた時にローニが、「日嗣の皇子、あれましぬ」と報告していたのを聞いて、一応、どこかの王様ではあるんだろうなという認識だったらしい。そんなドーキの様子を、ローニは呆れた顔で見つめている。
「あなた、リノス様のご身分を知らずにいままでいたのですか? どこまでおめでたいのですか」
「そんなこと言わないでおくれよ。誰も教えてくれなかったし、僕だって聞きにくかったんだ」
「まあまあ二人とも、そのくらいで」
俺は二人を宥め、コホンと咳払いをする。
「まあ、遅かれ早かれだろうから、ドーキ、君には話しておこうか。いいな、リコ?」
リコはゆっくりと頷く。それを確認した俺は、ゆっくりと口を開く。
「俺は、アガルタ国の王、バーサーム・ダーケ・リノスだ。いや、別に俺はなりたくてなったんじゃない……って、ドーキ? ……ドーキ? おーい、ドーキー」
バシン!
ローニがドーキの頭をブン殴っている。彼は目を丸くしてパクパクと口を開けたり閉じたりしている。
「あ……あの……アガルタの……王様?」
「そうだよ」
その瞬間、彼は慌てて椅子から立ち上がり、片膝をついて頭を下げた。
「し……知らぬこととはいえ、失礼を致しました。ご無礼の段、平にご容赦くださいませ」
「おい、待ってくれ。やめてくれ、ドーキ」
俺は慌てて彼を引き起こす。彼はペコペコと頭を下げながら、申し訳なさそうに椅子に座る。そのとき、何かに気が付いたのか、彼の長い耳がピクピクと動き、キョロキョロと辺りを見廻し始めた。
「どうした?」
「いや……あの……アガルタというのは、とても繁栄している国だと聞きました。失礼ですが、こちらのお屋敷は……かなり……」
「あー」
アガルタの都からは転移結界で移動しているのだが、彼にそのことを話そうかどうか、ちょっと悩んでしまう。できるだけ秘匿しておいた方がいいと言われているのだが……。そんなことを考えていると、ローニが口を開いた。
「もちろん、ここはアガルタの都ではありません。ここはリノス様のご家族だけが住んでいます」
「え? どういう……」
「アガルタの都から、毎日こちらに私やチワンさんと一緒に転移しているのです」
「あっ、そうか……。そうだよね。ローニは何度も転移できるから……なるほど。うん、確かに、こうやって別の場所に住まいを設けておけば、突然反乱が起こって襲われても大丈夫だし、都が攻められて陥落しても、王様一家は逃げられるよね。さすがは……イテッ!」
一人で納得しながら喋っているドーキの頭を、再びローニがブン殴っていた。ローニ、グーで殴るのはいけない。女子がグーで殴っちゃいけない。
「縁起でもないことを言わないで下さい!」
「まあまあローニ。そのくらいで……。ドーキ、帝様には、わかりましたと伝えてくれ。それにしても、帝様は、いつもこんな感じなのか?」
「いいえ。基本的に帝様は御所から出られることはありません。こんなことは前代未聞のようです。ただ、僕の転移を使えば、御所から出ることなく移動できますので……。通常は、ご自身の作った茶碗や、お召しの服、直筆の感状をお与えになります」
「そうか……。帝様に伝えてくれ。お詫びの品はいいから、今回は国と国同士が仲良くなるために訪問いただきたいと」
「まあ、それはとてもいいことですわ!」
リコがうれしそうな声を上げる。彼女も、帝様に会いたいと思っていたために、この話はまさしく渡りに船だった。俺はドーキにMPをチャージしてやり、彼をミーダイ国に帰らせた。
そして、数日後、帝様がアガルタの都に転移してきた。
てっきり、帝様一人が来るのかと思いきや、彼は転移する人数は5人と連絡してきた。そこで、彼の迎えには、チワンたちポーセハイに手伝ってもらい、御所からアガルタの迎賓館のスィートルームに転移してもらったのだった。そこから、俺たちが待つ謁見の間まで移動してもらう。本来は、アガルタの街並みを見せるなどして国力の高さを見せつけるのだろうが、俺たちはミーダイ国に力を見せつけたいわけではない。それもあって、極々シンプルにいこうということになったのだった。
「……お見えになりました」
兵士の報告を聞いて、俺は居住まいを正す。チラリと横を見ると、リコを始め、着飾った妻たちが居並んでいる。皆、リコのプロデュースのお陰で美しく仕上がっている。元々が綺麗なうえに、さらに磨きがかかっているのだ。さらに、最近子供を産んだリコとシディーは、さらに美しさが際立っているように思える。そんな彼女たちの様子に見とれていると、リコがコホンと咳払いをする。どうやら、帝様が到着したようだ。
白い、それでいて銀色のような光沢を放つ布を巻き付けた帝様が俺たちの所まで歩いてくる。その後ろには、彼とよく似た薄緑色の体表を持つ女性が、落ち着いた赤の布を巻き付けた格好で従っていた。そしてさらにその後ろには、明らかにガチガチに緊張した状態のオージンとサツキ、そしてその後ろには、二人を見張るようにして、先日御所で帝様に呼び出されていた女官が従っていた。さらにその最後尾には、これまた恐縮しっぱなしのドーキの姿があった。
「……久しいの、リノス殿。ミーダイ国国王、ベナン・トゥレス・ゴンナーラじゃ。そしてこれが……我が妻であるデカルじゃ」
帝様に促されて、赤い布を纏った夫人が前に進み出る。
「ベナン・トゥレス・デカルでございます。以後、お見知りおきをくださいませ」
頭までスッポリ被っていた布をスッと取って彼女は一礼をする。帝様と同様、頭に小さな角があり、薄青の髪の色をしている。そして目は紫色の瞳であるが、とても気品のある、美しい顔立ちをしている。俺はスッと立ち上がり笑顔を見せながら口を開く。
「アガルタ国王、バーサーム・ダーケ・リノスです。本日はようこそお越しくださいました。帝様、皇后さま、アガルタ国王として、お二人を歓迎します。そして……後ろに控える方々も」
そう言って俺が視線を向けると、オージンはさっと顔を伏せてしまい、サツキも一切顔を上げず、俺を見ようとはしない。ドーキは相変わらずハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。まあ、今日の俺はリコによって全力でおめかしをしている。この恐ろしく煌びやかな衣装に面を食らっているのだろう。……ふと、視線を戻すと、帝様がリコたちに視線を向けている。
「ああ、紹介します。俺の妻たちです。この赤いドレスを身に付けているのが、正妻のリコレットです。そして、メイリアス、コンシディー、ソレイユ、マトカルです」
俺の紹介を受けて妻たちが立ち上がって一礼をする。
「帝様、皇后さま、お二人をお迎えできて、この上のない喜びでございます」
リコが見事な行儀作法で歓迎の挨拶を述べる。
「みっ……皆、お美しい奥方じゃの……これは驚いた……」
帝様は目を丸くして驚いている。そのとき、聞こえるか聞こえないかの小さな声が俺の耳に入った。
「……皆、性格が悪そうじゃの」
「ひー様」
明らかにオージンとサツキの声だ。しかもサツキは窘めるのではなく、そうですよねぇと言わんばかりの言い方だ。この二人は相変わらずのようだ。帝様は笑顔を浮かべたまま、クルリと振り返って、オージンたちに視線を向けた。彼女たちはスッと視線を落として畏まっている。
「二人とも、預けてあるものを出しゃ」
帝様の命令で、彼女たちは顔を見合わせながらアタフタと呪文を唱え始めた。おそらく空間魔法に収納して何かを持ってきたのだろう。二人とも目を閉じて必死で集中している。
『……性格が悪いって言っていますが、この女自身が、相当性格が悪いですよ』
思いがけずシディーから念話が飛んでくる。
『放っておきなさいな。相手にしてはいけませんわ』
『でも、リコ様……』
『いいや、シディー。完全勝利だぞ』
『え? どういうことでしょう?』
『女性は自分を基準として、ちょっと上は、好きな人は好きそう。さらに上は、性格悪そうって言うじゃないか。つまりは、リコもメイも、シディーもソレイユもマトも、全員あの姫より圧勝だということだ』
皆が俺の念話にゆっくりと頷いている。
『リノス』
『何だい、リコ』
『それは一体、どなたから学ばれたのですか? きっとそれは、女性からですわよね?』
リコが美しい笑みを湛えながら、俺に視線を向けている。俺は背中に汗を噴き出しながら、ゆっくりとリコから視線を逸らせた。




