第二百七十三話 そうきましたか
「そうなのです。僕がこの北町衆の代表なのです。お断りしたのですが、どうしてもと言われてしまいまして、しかたなく……」
困ったような顔をしながらドーキは、先ほどやって来た人相の悪い男たちの許に近づいていく。
「すみません、お話があるとのことですが、その前に、塩が届いているのです。手伝っていただけませんか?」
ドーキは、彼らに店に置いてある塩壷を運び込むように丁寧な言葉で指示を出した。
「ヘイ、承知しました。しかし旦那、この方たちは……」
男たちは鋭い視線を俺たちに投げかけてくる。それはそうだ。見ず知らずの男と、黒ウサギたち。怪しいと思うのは当然のことだ。
「この方たちは、塩を分けてくださった方です。そして、この三人は僕の同胞です。三人とも転移スキルを持っていますので、ほとんど労力を使わずに、大量の塩を運んでくることが出来ました。皆さんも、お礼を言ってください」
ドーキの言葉を聞きながら、男たちの目が徐々に見開かれていく。そして彼らは、飛びのくようして後ろに下がって頭を下げた。
「こりゃ……知らぬこととはいえ、失礼しやした。本当に、ありがとうごぜぇます」
「ああいや、畏まらなくていい。俺は……このドーキの友人でリノスという」
「リノス? 確か……アガルタの王様がそんな名前だったような……」
「ああ、いや、名前が似ているだけで、あちらとは大違いだ。俺は……単なる商人のリノスだ」
そんなこと言いながら、俺はドーキとチワンたちに目配せをする。ただでさえ、宰相の娘の誘拐事件の濡れ衣を着せられた身なのだ。ここでヘタに身分を明かしてややこしいことになるのは避けたい。
「そ……そうなんです。この方が沢山の塩を持っていらして……。で、私の同胞と共に塩を運んでくれたのです」
「ヘ、ありがとうごぜぇます。なにしろ、塩がなけりゃ、このドーキの旦那のお店も開けられねぇし、あっしらの生活もままならねぇってんですから……たかが塩ごときで、情けねぇ話でやす。あの……そちらの黒ウサギの旦那方は、ドーキ旦那の同胞……お仲間でやすか?」
「私はチワンと言います。このドーキとは彼が幼いころからの顔見知りです。あ、私は医者をやっています。そして、こちらがゼンハイとフィットです。彼らも私と同じ医者です」
「……ドーキの旦那と同じ黒のウサギ獣人ってこたぁ、やはりあの、医師団のポーセハイで?」
先ほどから俺たちに話しかけている男が、驚いた顔で話す。チワンはちょっと意外そうな顔をしながら、返答する。
「ええ。我々はアガルタ国やヒーデータ帝国を中心に医療活動を行っている者です。私はその、代表を務めている者です」
「あなたがあの……有名な……」
「ほう、我々をご存じなのですか?」
「申し遅れました。あっしはベンテと申します。この北町衆のほんの頭数でございやす。あっしは元は冒険者でしてね。世界各国を旅して歩いた者でごぜぇます。ヒーデータのクルムファルで腹痛を起こしてブッ倒れていたところを、黒いウサギの兄さんに助けていただきやした。もう、死ぬかと思うような痛みだったんでやすが、そのお兄いさんに、たちどころに治していただいたんで……。そのときは十分なお礼もできずに、今になるまでうっちゃっていたんですが……。まさか、二度までも助けられるとは思いもよりませんで……。何とも面目ねぇことで……」
「別に面目なくはないと思うぞ?」
俺はフォローを入れたつもりだったのだが、彼はさらに恐縮してしまった。そんな様子を見ながら、ドーキは再び口を開く。
「……ベンテさん、そのくらいで。まずは、塩を運び込みましょうか。あ、紹介が遅れました。僕と共に北町衆の運営を手伝っていただいています、ダエモさんとカホシさん、ナンゴさんリーヘイさんです」
紹介された4人は、ベンテと共に深々と頭を下げる。全員、悪党顔だが、とても礼儀正しくて、なんだか好感が持てる。
「ヘイ、それじゃ、かかりやす」
ベンテの一声で、塩壷が次々と運び出されていく。壷自体はそこそこ重いのだが、彼らはそれを軽々と持ち上げており、一人で二つ重ねて持っていく。俺たちも一緒になって手伝ったので、塩壷はあっという間に倉庫に納められた。
「これだけあれば、数ヶ月は持ちそうでやすね。ありがてぇことでごぜぇやす。ドーキの旦那、あっしらはこのあと、他の町の旦那たちに、塩が届いたことを触れてめぇりやす」
「ああ、そうしてもらえると助かります。外は物騒ですから、どうぞ気を付けてくださいね」
「へ、そのことでやすが、旦那。一つ、お聞きしたいことがごぜぇやす。何でも昨日、オージン様が攫われそうになったと聞きやしたが……」
思わず俺たちは顔を見合わせる。ドーキは俺たちに目で心配いらないと告げ、彼らに向けて口を開く。
「ええ。えっと……ベンテさんたちはそのことについて、どこまで知っていますか?」
五人は互いに顔を見合わせていたが、やがて、申し訳なさそうにベンテが再び口を開く。
「何でも、ドーキの旦那のお店で捕り物があったと聞きやした。あっしらは、昨日の夜にそのことを聞きやして……で、心配になりやしたものですから、こんな朝っぱらから、失礼も顧みず皆で申し合わせて伺った次第でごぜぇやす」
「なるほど、そういうわけだったのですね。皆さん、仕事もおありだったでしょう。申し訳なかったです。ご心配をおかけしました」
「いいえ! 旦那が謝ることぁねぇんで……。聞けば、下手人はすぐに捕まったと聞きましたが……見たところ、旦那にお怪我はねぇようで、安心した次第で……。ただ、先ほどこちらに伺うときに小耳に挟みやしたが、どうやら下手人が逃げちまったようで……何とも物騒な話しでやす」
……背中がゾクゾクしてくる。もしかすると、ドーキの店も、彼自身も危なくなるかもしれない。
「と、いうことは、犯人たちを捕らえるために捜索隊が出されるのかな?」
俺は平静を装いながら、彼らに対して口を開く。だが、ベンテから返ってきた答えは、意外なものだった。
「いいえ。そうじゃねぇみたいです」
「え? どういうことだ?」
「なんでも、オージン様の護衛の方々は皆、下手人を逃がした廉で、お屋敷の地下の座敷牢に閉じ込められたと聞きやした。で、追っ手の人数が足りねぇってんで、各町衆にその下手人探しをお命じになるとか……。追っ付け、旦那のところにも役人が来るかと思いやす。地獄耳の上町の旦那が仰っていたんで、間違いねぇと思います」
「……上町のショゲツ様ですか。なるほど、あのお方でしたら、間違いはないでしょう。相変わらず、情報が早いですね」
「へ、実は昨日の一件も、ショゲツの旦那のお身内から、あっしのところに知らせていただいたんで……」
「なるほど。ありがたいことです。近いうちに、ショゲツ様にお礼に伺わないといけませんね」
「差し出がましいことを申しやすが旦那、他の五ケ町に触れ回るついでに、寄合をお決めになっちゃいかがでございやしょうか。既に、南町、西町は塩が尽きかけていると聞いておりやす。早ぇに越したことはねぇかと思いやすが……」
「そうですね……では」
ドーキと五人の男たちは何やら打ち合わせを始めた。どうやら、俺が運び込んだ塩を後日、他の五ケ町の代表者が集まって分配するようだ。まあ、これでこの国の人々が救われるのであれば、俺としてはうれしい限りだ。ただ、俺の逃亡がバレることは予想していたが、まさか町衆を巻き込んで捜索しようとしていることは思いも寄らないことだった。ちょっとこれは、対策を立てる必要があるな……そんなことを考えていたとき、ドーキの声が聞こえた。
「お待たせしました。では、我々は店に帰りましょうか」
一度、チワンや皆で、今後のことを考えよう。そんなことを思いながら、俺たちはすぐ近くにあるドーキの店に戻るのだった。そして、俺たちの帰りを待ちかねたように、二人の女が俺たちの背後に立った。不覚にも、俺はそのことに気が付かずにいた……。
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