第二百七十二話 一体何者なんだ?
次の日の朝、俺とチワンは再びドーキの店に転移した。前日は黒い服を着たばっかりに、訳の分からないトラブルに巻き込まれた。そこで今日は、ちょっとフォーマルな衣装に身を包んでみた。リコにコーディネートをお願いしたら、イデアに授乳する時間なので、自分で選んでくれと言われてしまった。子供が生まれる前なら嬉々として選んでくれたのだが……。一抹の寂しさを感じながら、俺は服を着る。
「まあ! 何ですの? その格好は……。上下の色が全然合っていませんわ。野暮ったく見えています。国王なのですから……。少しは他人の眼も気にしないといけませんわ。パンツも……そのようなものではなく、もっと細身に仕立てたものを着ませんと太っているように見えますわ」
ダイニングに下りた瞬間に、リコからダメ出しをされてしまった。そして、彼女の指示に従うこと数回。結局、昨日と同じカジュアルスタイルになって、やっと俺は外出の許可を得ることができたのだった。
俺とチワンが店に転移すると、ドーキがお菓子を作る作業をしていた。聞けば彼は早朝、まだ暗いうちに起き出して餅を搗き、出来上がった一部を持ってどこかに出かけたのだと言う。おそらく帝様の朝食を持っていったのだろう。しばらくして帰ってくると、休む間もなく餡を作りつつ、菓子を作り出したのだそうだ。そんな忙しい中、彼は、俺たちを見つけるなり、近寄ってきて、床に頭を擦りつけるようにして口を開いた。
「昨日は……本当に……申し訳ありませんでした……」
「いや、いい、ドーキ。気にしてはいない。お前が謝ることではないんだ」
「でも……」
「いい、いいんだ。でも、昨日の女たちはありゃ何だ? 勝手に人を犯人に仕立てやがった。ドーキの方は大丈夫だったのか?」
「はい。僕の所には誰も来ませんでした。……昨日の方々は、クワンパック様のご家来だと思います」
「クワンパック?」
「この国の宰相です。でも、宰相らしいことは全くせずに、ひたすらご自分の趣味に生きておられる方です」
「何だそりゃ?」
「雅やかなことを好まれまして……今は、山奥の別荘に籠られて、そこでお庭を作っておられます」
「庭だぁ?」
「何でも、お庭の苔を丁寧に育てておられるとか……。あと、滝も作ろうとしているとか」
「ロクでもなさすぎないか、それ?」
「ハイ……都があまりにも荒廃してしまって、全くヤル気を無くされたようでして……」
「何でクビにして、新たな宰相を任命しないんだ?」
「帝様が、気持ちはわかると仰いまして……。それ以降は、帝様が全ておやりになっています」
「できるのか、そんなこと?」
「……難しいと思います。ですが、先の戦乱で政務を執っていた貴族の半分以上が滅びたり、国外に逃げてしまったりしていますので、実質的に政務を執る人材が不足しているのです。そのお陰……なのかどうかはわかりませんが、この国は比較的自由に何でもすることができます。僕が店を出せているのも、気軽に帝様にお目通りできるのも、そのためなのです」
「なるほどな。で、何でそのポンコツ宰相の娘が攫われているんだ?」
「オージン様ですね? あのお方は、その……大変わがままでして……。その上、宰相様は財産を多くお持ちですし、オージン様を攫って、お金を手に入れようとしたのではないかと……。まだまだこの都は、治安が良くないですから」
「なるほど。そのわがまま姫にして、あの家来ありというわけか……。二度と会いたくないな。それにしても、一応犯人と目星をつけた男が逃げたのに、何もしないんだな。てっきりドーキの所に事情聴取に来ると思っていたんだがな」
「……すみませんでした」
「いや、謝ることはない。運が悪かっただけだ。ところで、昨日塩を運び込んだんだが、入りきれなくてな。外にまとめて出しておこうと思ったんだが……」
「ああ、ありがとうございます。昨日お話は聞きました。保存用の結界も張ることができるのですね。本当にありがたいです。僭越ですが、お言葉に甘えまして、こちらに移していただければありがたいです」
そう言って彼は店の玄関を開けて、外に出ていく。
「……大丈夫です。今は誰も居ません。すぐ近くなのです。こちらです。どうぞ」
案内されて外に出てみると、目の前には広い通りがあり、そのすぐ奥には川が流れている。さらにその奥には、高い壁が建てられていて、それはかなり長い距離にわたっていた。そして、遥か先に、煌びやかな門が見えた。
「あれが帝様のお住まいです」
「デカイな」
「はい。御所はかなり大規模なのです。ですが、戦乱以降は荒れに荒れていました」
「そうなんだ? 見たところ、そんなに荒れているようには見えないけどな」
「僕がこの国に住み始めた時は、壁は崩れ、庭は荒れ放題、屋根からは雨漏りがする状態でした。それをこの国の町衆が力を合わせて少しずつ修復したのです」
「町衆?」
「はい。このお館を中心として、この都には6つの町がありまして、その町ごとに町民が集まっているのです。ちなみに、僕が住んでいるところにも町衆がありまして、北の町衆と呼ばれています」
「その町衆は何をしているんだ?」
「町を運営しています」
「え?」
「戦乱以降、国が乱れに乱れまして……。このままでは国が滅びてしまうと考えた都の人々は、独自に用心棒を雇い入れるなどしまして、自衛手段を取り始めたのです。それが町衆の始まりです。今では6つの町衆が話し合いながら、それぞれの町を運営しているのです」
「独立国家共同体みたいな国だな」
「詳しいことはよくわからないですが、町衆がクリミアーナを追い出し、悪党たちを追い出したおかげで、この国は平穏さが戻りました。皆が話し合いながら都を治めていますので、いい国になりつつあります」
「そうか。まあ、ある意味理想的な国かもしれないな。で、その町衆が何で帝様のお館を修理するんだ? むしろ、帝様を追い出そうとはしないのか?」
「帝様はとても高潔なお方なのです。その……お話をさせていただきますと、何故か、お助けしたい気持ちになるのです。帝様からは、何かをせよと命じられたことは一度もないのですが、町衆が苦しい状態をやりくりしながら、帝様をお助けしているのです」
「何だそりゃ? 何かすごい話だが……。町衆には帝様から何が貰えるんだ?」
「いいえ。町衆が無償でご奉仕しています」
「はあ?」
「これは言葉で説明するのが難しいのです。リノス様も、一度帝様に会えばお分かりいただけると思います」
「ふぅん、何か、不思議な王様だな」
そんなことを言いながら、俺たちはドーキの店から少し離れた倉庫のような建物に案内された。
「ここが、我が北町衆が管理している蔵です。まだまだ余裕はありますので、こちらに塩を運び込みます」
「ああ、わかった。では、ここに運び込もうか」
ドーキはチワンたちに蔵の中を案内している。どうやらここは二階建てであり、この上にも収納スペースがあると同時に、地下にも収納部屋があるのだと言う。俺はドーキに一声かけて、目の前にあった階段を降りていく。……かなり広いスペースだ。俺はライトの魔法を唱えて部屋を明るくし、手ごろな場所に転移結界を張った。
再び階段を上がると、ドーキとチワンたちはまだ、何かの打ち合わせをしているところだった。俺は彼らの許に近づいていく。そのとき、蔵の扉が開き、人相の悪い屈強そうな男たちの姿が見えた。彼らは胡散臭そうな顔でチラリと俺の顔を見たが、すぐに視線をそらし、ズンズンと中に入ってきた。そして、真っすぐにドーキの許に向かっていく。
何かイヤな予感がするので、俺も急いでドーキの所に向かう。何か因縁を付けられるのであれば、守ってやらねばならない。
「探しましたぜ」
ヤツらの中で、最も背の高い男が口を開く。俺は緊張しながら、次の言葉を待つ。ところが、彼らはスッと片膝をついて、頭を下げる。
「お話がありやして、参上しやした。ドーキの旦那」
旦那? ……ドーキ、お前、一体何者なんだ?




